2012年08月18日

いつだってあるさ、自分よりも、夢よりも、大事なこと

『いつだってあるさ、自分よりも、
 夢よりも、大事なこと』
      エドワード・エルリック
       アニメ「鋼の錬金術師」より

 エドが、最後の決戦に向かうべく
ロイ、リダの車に同乗しているときに
その会話の中で、語ったセリフです。
大切なもの、大事なこと、
生きている意味、
生きていく意味、
命の尊さ、そして、自分の信念に
正直に、歩んでいく、責任と自戒、
さまざまな想いが、
エドとロイの会話のなかで、
語られる。
物語のなかで描かれてきた兄弟の旅のなかで
出会った出来事、知った事実から
どうすべきなのかを決意したエド。

このセリフの前に、
エドは、次のセリフを語っています。

「軍属になってみたけど、
 戦争なんて、どこかのだれかが、
 おれらのしらないところではじめておわる
 自分達には関係のないものだって思ってた
 でも、賢者の石をつくらせるために
 戦争をあやつるやつがいる
 だから賢者の石を求めるひとがいるかぎり
 戦争はつづく
 そして、その心はだれのなかにもある
 ホムンクルスが、戦争に火をそそぐ
 だけど、それをつくったのは人体錬成だ
 おれたちの心が知恵がつくってしまったものにすぎない
 だとしたら、おれたちに関係のない
 戦争なんてない」
   :
「おれたちの夢だけ
 かなえても、しかたがない」
   :

世界との係わりあいのなかで、
生きているということを、エドは感じとって
いたのです。

私たちもまた社会のなかで生きています。
その社会は世界のなかで動いています。
決して無関係であるとは言いきれない。
関係しあって、存在している。
そんな事実を再認識していくことが
大切なのだと感じます。
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2012年08月17日

間違いを繰り返しても、・・・

『間違いを繰り返しても、
 そこから引き返し、考え直し、
 生きて、懸命に生きて、
 また自分たちの道を
 切り拓いてゆくことにこそ
 意味があります。』
       ワタル
    「ブレイブ・ストーリー」より

 ワタルが、女神にひとつだけ
かなえてもらうことができる
願いを申し出たとき、
その願いは、旅立ちのときとは異なるものに
なっていた。
女神のそれでよいのかという問いに
ワタルは、答える。
最初の願いをかなえてもらっても
それは、一時のことでしかないということを
旅のなかで、得たことを
そんなワタルの成長の証ともいえる
セリフです。
これから先の人生で、同じような困難に出会ったとき
また女神に願い出るわけにはいかないことを
ワタルは悟ったのでした。
だから、その困難にであったとき、
また、過ちに気がついたとき、
どうしていくべきなのかを、
出来るかどうかは、わからないけれども
どう心構えをもっておくべきかを
ワタルは女神に語り、願いの変わった理由を
説明したのでした。

この言葉は、多くの現実の人生において、
大切にすべきことを、語っている言葉であると
思います。

生きることの大切さ、
過ちや困難に出会っても、
やり直していけばよいのだということ
人生は、生きていてこそ意味があるのですから。

ブレイブ・ストーリー
(上)

ブレイブ・ストーリー
(中)

ブレイブ・ストーリー
(下)
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2012年08月16日

それは、みんなが、みんなを大好きだってこと

『わたし、わかったの
 ほんとのこと、
 ほんとのこと、それは、ジャンがいること
 ほんとのこと、それは、ジャンパパがいること
 ほんとのこと、それは、ジャンママがいること
 ほんとのこと、それは、タイモンがいること
 ほんとのこと、それは、ここに海があること
 ほんとのこと、それは、ここに山があること
 ほんとのこと、それは、ここに丘があること
 ほんとのこと、それは、ここに風が吹くこと
 ほんとのこと、それは、笑うこと
 ほんとのこと、それは、泣くこと
 ほんとのこと、それは、話すこと
 ほんとのこと、それが、ほんとの魔法、
 ほんとの、ほんとの、ほんとの魔法、
 それは、みんなが、みんなを大好きだってこと』
           ヤダモン「NHKアニメ ヤダモン」より

NHKが1992年に制作した短編アニメの名作
「ヤダモン」
その最終回に、ヤダモンが言う最後のセリフです。
落第魔女のヤダモンが、
魔法の国の王女に相応しい魔女に
成長した証ともいえるセリフでもあります。
その言葉は、
普通の生活をしている人にも
あてはまることではないでしょうか、
生きているということ
そのなかで、真実は、何であり、
大切なことは、何であるのか、
それを、伝えてくれている言葉でもあると思います。
親しい人々、
大切な人々、
自然と環境、
そして、心からの感情の発露と
言葉のやりとり、
そして、互いに助け合う愛。
それこそが、真実であり、
人生における大切なものであるのでは
ないでしょうか。

ヤダモン DVD-BOX 1
ヤダモン DVD-BOX 2
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2012年08月15日

可及其智 不可及其愚

『可及其智 不可及其愚』
     「禅林句集」より

お利口さんにはなれるかもしれないが、
おおばか者にはなかなかなれないもの。
策士策に溺れるという言葉があるように
智者は、その智からはなれることが
むずかしいもの、
悟りを開いたものは、
悟りをわすれる境地にまで
達するほどの無心を得られるほどの
境地こそ、大愚者であり、おおばか者であると。
まさに、真に悟りを得て、
無心でいられること、
生きていけることが出来るものこそ
大愚者とよばれるもの。
だから、大愚者になるのには、
智者になるよりも難しいということです。
賢者、偉人と呼ばれるひとには、
大ばか者と呼ばれていた人も
歴史には、いらっしゃいますね。
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2012年08月14日

百花春至為誰開

『百花春至為誰開』
     「碧巌録」より

春がやってくると
花が咲きます。
花は、人の心を和ませてくれます。
でも、花は、誰かのために
咲いているのでも、
咲くのでもなく、
ただ、その命のおもむくままに
育ち、咲き、散っていく。

花は、
その姿を誇ることもないし、
ためらうことも、
不平をいうこともなく
与えられた場所で、
ありのままに生きています。

人も、不平不満をいうのではなく
ただ無心に、生きるこそが
大切なのかもしれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 03:55| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

和敬清寂

『和敬清寂』
   「茶祖伝」より

「和」の心でお互いを認めあえば
「敬」の心が芽生え、互いを敬い尊重し合い
「清」の心を得ることができ、清らかに生きて
「寂」の境地に至ることができる
迷いも悩みもない純粋で透明な境地に至る。

和のこころ、日本人が、昔から
大切なものとしてきたものです。
その心は、平和を維持していくのに
とても大切なものであると思います。
人種、宗教、性別、職業、学歴、地位、財産、
そんなものに関係なく、人として、
お互いを認め、敬いあっていくことが
争いのない社会、世界を
築いていくことができるのでは
ないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 04:44| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月12日

松樹千年翠

『松樹千年翠』

変わらないものの価値を
しっかりと見つめて、
忘れないようにすることの
大切さを伝えたことばです。

春の花見、初夏の新緑、秋の紅葉。

四季の草木を愛でる慣習は
日本の素敵で大切にしたい文化です。
そして、かわらないもの
過去から大切にしてきたもの
そんなものを
見なおし、守っていくことも
大切なことだと
考えていかなければならないと
思います。
posted by 清水の伏竜. at 09:19| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月11日

歩歩是道場

『歩歩是道場』
   「維摩経」より

閑静な修行場で、落ち着いて修行を
おこないたいと、良い修行場がないか
探していた修行僧がいました。
その修行僧が、
街にむかって歩いている維摩居士と
道で出会いました。
どこから来たのか訊ねてみると
道場からきたとの返事がありました。
その道場は、どこにあるのですかと
訊ねると、「直心是道場」との
答えがかえってきたそうです。
真っ直ぐで、素直な心があれば、
どんなところも道場でり、
修行の場であるということです。

何かを学んだり、
夢に近づくために何かをするとき、
それを行うために必要なのは、
心のありかたであり、
場所や環境などは、
どうでもよいものであるということを
教えてくれている言葉です。

修行の場は、心の中にあり、
研鑚の場も、心の中にある。
だから、電車の中でも、家の中でも、
道すがらであっても、
修行は出きるし、学びも出来る。
何ごとをなすにも、
環境や条件は、二の次であり、
まずは心の持ち方、ありようが
大切であるということですね。
posted by 清水の伏竜. at 04:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月10日

掬水月在手

『掬水月在手』
    于良史

みずをきくすればつきてにあり

自分だけが運がない、
恋人にも、お金にも、仕事にも
恵まれない、
世の中は、不公平だ、
そんな事を考えていては、
だんだん他人をひがみ、ねたみ、
ひっぽけな人間になっていってしまうもの。
道は、誰にでも、開かれていて、
希望の光は、みんなに、そそがれている。
池の水に、月の光が映っていたら、
それを手に掬ってみる
すると手の中にも、月の光は映っている。
そう、誰にでも、チャンス、
希望、可能性を、手にすることは
可能なのだ。
その可能性、チャンスを、
自分の手にとるのか、黙って見過すのか
その差だけに過ぎないもの。
そんなことを語りかける詩の一節です。
仏法の恵みは、誰にでも
平等に与えられるものであり、
神の恵みも、愛も、誰にでも
そそがれているものなのです。
それに気がつくか否かで、
人生は、大きく変化していくことに
なるのかもしれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 01:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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