2014年01月04日

人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。

『人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
 しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に―。』
    森信三

縁という絆、それは神の采配ともいえるもの
これまで生きてきて、
共に人生を歩み、家庭を築いていける人との
出会いはありませんでした。
その可能性があったかもしれない方とは
何人か出会ってきたことはあるものの
友人以上の関係にはなりませんでした。
そろそろ、人生を共に歩んでいける方との
出会いがあっても良いのかなと、
逢うべき人に必ず出会えると信じて・・・
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人間は、進歩か退歩かのいずれかであって、

『人間は、進歩か退歩かのいずれかであって、
 その中間はない。
 現状維持と思うのは、
 じつは退歩している証拠である。』
    森信三

新年を迎えて、やはり、少しでも
進歩していきたいものだと
思います。
現状維持は、相対的には
退歩であるといえるでしょう。
だからこそ、進歩のために
日々を、精一杯に生きていく
ことが重要なのだということですね。
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「人生二度なし」これ人生における最大最深の真理なり

『「人生二度なし」
  これ人生における最大最深の真理なり』
    森信三

今回の私という存在の人生は、唯一無二のもの
魂は転生しても心身は転生することはなく
スピリチュアルも同様。故に、天命あるものの
その運命のなかで自分に与えられた裁量権の中で
精一杯に生きていくことこそが大切であるといえるだろう。
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2013年10月29日

「在家の五戒」

「在家の五戒」

 不殺生戒(ふせっしょうかい)
   - 生き物を殺してはいけない。
 不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
   - 他人のものを盗んではいけない。
 不邪淫戒(ふじゃいんかい)
   - 不道徳な性行為を行ってはならない。
 不妄語戒(ふもうごかい)
   - 嘘をついてはいけない。
 不飲酒戒(ふおんじゅかい)
   - 酒を飲んではいけない。

仏教の檀信徒であれば、これを守ることを心掛けることは大切なことです。それをすすめるように教えるのが僧侶の役割であるといえるでしょう。残念ながら、日本の仏
教界はそれすら出来なくなっているほど堕落してしまっていると言えるのかもしれません。
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「十善戒」

「十善戒」

 不殺生(ふせっしょう)
  - 故意に生き物を殺さない。
 不偸盗(ふちゅうとう)
  - 与えられていないものを自分のものとしない。
 不邪淫(ふじゃいん)
  - 不倫をしない。
 不妄語(ふもうご) 
  - 嘘をつかない。
 不綺語(ふきご)
  - 中身の無い言葉を話さない。
 不悪口(ふあっく)
  - 乱暴な言葉を使わない。
 不両舌(ふりょうぜつ)
  - 他人を仲違いさせるようなことを言わない。
 不慳貪(ふけんどん)
  - 異常な欲を持たない。
 不瞋恚(ふしんに)
  - 異常な怒りを持たない。
 不邪見(ふじゃけん)
  - 誤った見解を持たない。

仏教の出家信者であれば、基本として守るべきことですが、守れていない人が多いのが日本の仏教界の低落を示すものであると言えるのかもしれません。
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2012年08月31日

無功徳

『無功徳』
   「伝燈録」

梁の武帝「私は寺を建て、僧を養成した。
     どんな功徳が得られますか」
達磨大師「並びに無功徳」

何か見返りをもとめて
行なうことは、打算的であり、
功徳などは得られないものだと
いうことです。
何もみかえりを求めずに、
打算も下心も捨てて
無心で行なうことが、
もっとも大切なことだと
いうことです。
笑顔で接しても、
笑顔をかえしてもらえず、
助けても、お礼の言葉もなく、
助言をしても、答えなく
寄付しても、感謝もない、
それでも、
よいと信じて行なうことが
人の本来の取るべき道であり
善行であるということ、
無心で行動できるのが
本当の人といえるのだと
いうことですね。
天は、常に見ていてくれるの
ですから。
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2012年08月30日

冷暖自知

『冷暖自知』

道元禅師「正法眼蔵」のなかに
「証の得否は、
 修せんものおのづからしらんこと、
 用水の人の、冷暖を
 みづからわきまふるがごとし」
とあるように、
水が、冷たいのか、暖かなのか、
そんなことは、他人に聞く前に
自分で水をさわってみれば
直ぐにわかること。
すなわち、師に教わったり
先生から習ったりしても、
結局は、自分で、考え、体験し、
体感してみなければ、
理解は出来ないということですね。
また、その方が出来る早道であり
唯一の道でもあるのかもしれません。
経験、体験に勝る教えはないと
いうことですね。

感性を育て、可能性を伸ばす
幼い頃に、より多くの体験、
経験をすることが、
子供を大きく育てるためには
もっとも大切なことでは
ないかと思います。
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2012年08月29日

至上の処世術は、妥協することなく、適応することである

『至上の処世術は、妥協することなく、適応することである』
             ジンメル

妥協せずに、
適応すること。
自分の考えや、
思いをふまえて、
そのうえで適応する。
なかなか、簡単にはいかないのが
世の中ですね。
どうしても、どこかで、
妥協してしまうことが
多いではないでしょうか。
この言葉を実践できれば、
確かに、不満もなく、
物事を進めていくことが
出来ることでしょう。
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2012年08月28日

雨奇晴好

『雨奇晴好』
    蘇東坡

雨もまたよし、晴れもまたよし。
天気に左右されることなく
とらわれない心でいることが
大切だということば。
雨の日には、
雨の日の楽しみを、
晴れの日には、
晴れの日の楽しみを
見出して、楽しんで
生きていきましょう。
人生も同じこと、
辛いこと、哀しいこともあれば
嬉しいこと、楽しいこともある
それでも、それぞれの時々に
よいこと、よかったこと、を
見出して、心を穏やかに
前向きに生きていきましょう。
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