2016年06月20日

四耐四不訣

「四耐四不訣」
   曾国藩(そうこくはん)

 冷(れい)に耐え、
 苦(く)に耐え、
 煩(はん)に耐え、
 閑(かん)に耐え、
 激(げき)せず、
 躁(さわ)がず、
 競(きそ)わず。
 随(したが)わず、
 以て大事を成すべし。

四耐四不(したいしふ)
事を成すために必要なこと
耐えるべき4つのこと、
してはならない4つのこと。
パワハラに耐え、
自身の道を行くべきであると
言うわけです。
冷遇されても
苦業や苦痛を与えられても
煩わしいことが多くなっても
何もさせてもらえず窓際に追いやられても
耐えるべきということです。
そして、
怒ることなく感情的になることなく
さわいだりしないで、
また争ったり競ったりしないで
他人の意見や言うことに従わないで
落ちついて自分自身の考えをもって
自分の責任で行動することが
事を成し遂げるには大切ですよっと
言うことになるわけですね。
でも、これを実践すると、
日本の企業では評価されることはないでしょう。
出る杭は打たれ潰されるのが一般的ですし
無自覚ハラスメントが多いのが
普通の企業の日常であるとも言われますから。
経営者の姿勢としてはありでしょうけど、
会社員の姿勢としてはなしということに
なるのかもしれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 17:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月09日

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
ポール・ゴーギャン(1848−1903)

 その答えは、既に既知ではあるが、無知であることの方が多い。
その答えを知るためには、出会いが必要となる。
その出会いとは、神の叡智との出会いである。
神の叡智との出会いは、なかなか難しい。
出家と修行に踏み出せる環境にあるのか。
それを決断できる心情があるのか。
物心両方でのハードルが存在しているからだ。
自ら直接知るのは、並大抵のことではない。
では、間接的に知る方法はあるのか。
それには、神の叡智を知る人から学ぶしかない。
神の叡智を知る人との出会いが必要となる。
その出会いの縁をもっているかいないかで、
知ることが出来るか否かが決定してしまうということだ。
また、もしかしたら出会えていたとしても
その出会いをしっかりと捉えることが出来なければ
得ることは出来ないことになる。
一期一会の時をどれだけ大切にすることが出来るのか
っということになる。
ゴーギャンには、そんな縁がなかったということだろう。
posted by 清水の伏竜. at 12:21| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月05日

人生の目的、宗教の目指すもの・・・・


キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、聖書を聖典としている
宗教の目指すものは何でしょうか、
その信仰の先にあるものは何なのか、
求めるものは何なのか、
それについて、本質とも言えることを語っているものがあります。
そこから、その内容を引用しつつ紹介してみます。

人生の目的とは何でしょう?
人は誰でも幸せを求めています。
つまり人生の目的は喜びであり幸せになることです。
ではどうすれば最高の喜び、最高の幸せを得られるのでしょうか?
3つのことを行っていくことがその道であるというわけです。

一つ目は、心身統一を土台とした立派な愛の人格を養うことです。
良心に従って生きる人になることです。
イエス・キリスト
「敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」(マタイ5:44)、
「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」(マタイ 5:48)
と言われました。
「怨讐をも愛する」ことができるような愛の人格を持つことを目指しています。

二つ目は、愛のあふれる家庭を築くことです。
愛は一人で成長させることができず、必ず関係性の中で成長していきます。
私たちにとって最も近い人間関係がある場所が家庭です。
その中で私たちは子女の愛、兄弟姉妹の愛、夫婦の愛、父母の愛を学んでいきます。
そして、その家庭内での愛の関係をモデルとして、
家族以外の人々とも家族的な人間関係を築いていくことができるのです。
つまり、家庭は愛の学校なのです。
それをさらに社会、国家、世界にまで拡大することによって、
平和な社会、国家、世界を築くことができるのです。
その世界の中心は人類の親である神様です。

三つ目は、自然万物との調和とその活用です。
自然万物は神様が人間に下さったプレゼントです。
人間は科学を発展させることによって、万物の構造や特徴を理解し、
それらを用いてより快適な生活環境を築いていくことができます。
同時に万物の美しさ、雄大さ、厳しさを通じて神様の真の愛を感じることができます。
このように、万物を大切にし、その価値を見出し、また調和して暮らすことで、
この地上に天国を建設することができるのです。
posted by 清水の伏竜. at 07:19| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月29日

誰かを幸せにするということ

WUG
仙台コラボユニット
アニメーション1クール最終話
グランプリはとれなかったけど
7人の少女たちは大きなものを
得ることが出来たのでした。

それは、人気アイドルユニットから
WUGに移ってくることになった
少女の想いの言葉の中に
込められていました。

『誰かを幸せにするということ
それには三つのタイプがあると思う
世の中の多くの人を幸せに出来る人
自分の周りの身近な人を幸せに出来る人
それと
自分を幸せに出来る人

幸せについて
もうひとつわかったことがある
それは、自分が幸せじゃなければ
誰も幸せに出来ないってこと

だから今の私なら
もしかしたら誰かを
幸せに出来るんじゃないかなっておもう』

アイドルユニット&
地域コラボレーション
アニメーション
第2シーズンはあるのかな。
http://wakeupgirls.jp/
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2014年03月26日

無観客試合に寄せて

無観客試合に寄せて

我らはサッカーを愛する
誇り高きサポーター
地元、清水にて、
ゼロからスタートした
エスパルスを愛し、見守ってきた。
アウエイの無観客試合、
初めての出来事、
応援に駆けつけること出来ずとも
心は常に、チームと共にある。
この出来事に不満や不平など、
言いはしない。
この試合に
他のクラブやサポーターが
巻き込まれなかったことを嬉しく思う。
何故なら、我らは、
真にサッカーを愛する
誇り高きサポーターであるのだから。
どんな逆境にも、どんな苦戦にも、
挫けることなく、エスパルスを愛し、
応援し続けることが出来るのだから。
正義が成されたことへの
立会い人となれたことを誉れとして、
更なる飛躍を成し遂げるために、
不平不満は不要なものでしかない。
全てのサッカーを愛する人のために、
エスパルスを愛する人のために、
我らエスパルスサポーターは、
暖かく愛ある応援を送り続けていくだけである。
それが、エスパルスのサポーター魂なのだから。
さあ、今こそ、
One tearm.One mission.
RISING!
WE ARE! 清水エスパルス!



iPhoneから送信
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2014年03月09日

人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。

「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
 しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に」
森信三

 出会い、人は、日々、生活するなかで、
多くの人とすれ違います。
街ゆく人、電車やバスの中、劇場や美術館、公園、商店、
でも、そこで見る人、すれ違うだけの人とは、
出会いであっても、出会いではなかったりします。
出会いとは、お互いの存在をお互いに意識し認識して
はじめて本当の意味を持つものだということです。
同じ場所、空間、時間を共有しているだけでは
出会いとはいえないでしょう。
 本当の意味での出会い、それは人生のなかで
数限られたものでもあったりします。
そして、人生の中で、出会うべき人がいたなら
必ず、出逢うことになるということです。
用意され、導かれし出会いというものが、
確かに存在しています。
そんな人との出会いをしっかりと絆にして
いくことが出来るかどうか、
それは、自分自身の責任分担ということに
なるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 23:15| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月04日

本気になると世界が変わってくる

『本気になると世界が変わってくる
 自分が変わってくる
 変わってこなかったら
 まだ本気になってない証拠だ

 本気な恋
 本気な仕事
 ああ
 人間一度こいつを
 つかまんことには』
  坂村真民

 本気の度合いが、
人生においては、常に問われて
いるのだということでしょう。
本気になっていれば、
変化が起こっていく
変化が起こっていかないのなら
まだ本気になり切れていないと
いうことになるのでしょう。
どこまで本気になれるのか
自分自身に問われています。
それに答えることのできる
自分でありたいものだと
思う次第です。
posted by 清水の伏竜. at 05:53| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心構え

『心構え
 新しい年を迎えるには、新しい心構えがなくてはならぬ。
 決してただ漫然と迎えてはならぬ。
 そしてその心構えには年相応のものがなくてはならぬ。
 五十代には五十代の心構え、
七十代には七十代の心構えが大切である。
 還暦になったんだから、
 古稀になったんだからという妥協は、
 自己を深淵に落ち込ませるだけである。』
   坂村真民

 私の心構え、昨年末に出た修練会のなかで
得られたもの感じたもの思ったことから
ひとつの心構えが出来ていたように感じます。
それを忘れることなく、
新しい年を歩んでいきたいと思います。
そして、更にこれからの人生について
セカンドキャリアを含めて、
考えて行きたいと思います。
posted by 清水の伏竜. at 05:47| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

念ずれば 花ひらく

『念ずれば 花ひらく
 苦しいとき母がいつも口にしていた
 このことばを
 わたしもいつのころからか
 となえるようになった

 そうしてそのたび わたしの花がふしぎと
 ひとつひとつひらいていった』
   坂村真民

想いのたけを念ずること
それは、自分自身の心のなかに
深く刻み込みということ
そして、深き祈りの中に、
その想いを込めて、
神の助けを得られるように
努力していくことにより、
想いを現実に変えていく
それが出来るか否かは、
まさに、自分自身の心次第であり
その心が、意志となり、行動となって
行くことによって、
開花していくことになると
いうことだろう。
posted by 清水の伏竜. at 05:47| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。

『人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
 しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に―。』
    森信三

縁という絆、それは神の采配ともいえるもの
これまで生きてきて、
共に人生を歩み、家庭を築いていける人との
出会いはありませんでした。
その可能性があったかもしれない方とは
何人か出会ってきたことはあるものの
友人以上の関係にはなりませんでした。
そろそろ、人生を共に歩んでいける方との
出会いがあっても良いのかなと、
逢うべき人に必ず出会えると信じて・・・
posted by 清水の伏竜. at 05:38| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人間は、進歩か退歩かのいずれかであって、

『人間は、進歩か退歩かのいずれかであって、
 その中間はない。
 現状維持と思うのは、
 じつは退歩している証拠である。』
    森信三

新年を迎えて、やはり、少しでも
進歩していきたいものだと
思います。
現状維持は、相対的には
退歩であるといえるでしょう。
だからこそ、進歩のために
日々を、精一杯に生きていく
ことが重要なのだということですね。
posted by 清水の伏竜. at 04:37| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「人生二度なし」これ人生における最大最深の真理なり

『「人生二度なし」
  これ人生における最大最深の真理なり』
    森信三

今回の私という存在の人生は、唯一無二のもの
魂は転生しても心身は転生することはなく
スピリチュアルも同様。故に、天命あるものの
その運命のなかで自分に与えられた裁量権の中で
精一杯に生きていくことこそが大切であるといえるだろう。
posted by 清水の伏竜. at 04:37| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

「在家の五戒」

「在家の五戒」

 不殺生戒(ふせっしょうかい)
   - 生き物を殺してはいけない。
 不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
   - 他人のものを盗んではいけない。
 不邪淫戒(ふじゃいんかい)
   - 不道徳な性行為を行ってはならない。
 不妄語戒(ふもうごかい)
   - 嘘をついてはいけない。
 不飲酒戒(ふおんじゅかい)
   - 酒を飲んではいけない。

仏教の檀信徒であれば、これを守ることを心掛けることは大切なことです。それをすすめるように教えるのが僧侶の役割であるといえるでしょう。残念ながら、日本の仏
教界はそれすら出来なくなっているほど堕落してしまっていると言えるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 05:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「十善戒」

「十善戒」

 不殺生(ふせっしょう)
  - 故意に生き物を殺さない。
 不偸盗(ふちゅうとう)
  - 与えられていないものを自分のものとしない。
 不邪淫(ふじゃいん)
  - 不倫をしない。
 不妄語(ふもうご) 
  - 嘘をつかない。
 不綺語(ふきご)
  - 中身の無い言葉を話さない。
 不悪口(ふあっく)
  - 乱暴な言葉を使わない。
 不両舌(ふりょうぜつ)
  - 他人を仲違いさせるようなことを言わない。
 不慳貪(ふけんどん)
  - 異常な欲を持たない。
 不瞋恚(ふしんに)
  - 異常な怒りを持たない。
 不邪見(ふじゃけん)
  - 誤った見解を持たない。

仏教の出家信者であれば、基本として守るべきことですが、守れていない人が多いのが日本の仏教界の低落を示すものであると言えるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 05:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月31日

無功徳

『無功徳』
   「伝燈録」

梁の武帝「私は寺を建て、僧を養成した。
     どんな功徳が得られますか」
達磨大師「並びに無功徳」

何か見返りをもとめて
行なうことは、打算的であり、
功徳などは得られないものだと
いうことです。
何もみかえりを求めずに、
打算も下心も捨てて
無心で行なうことが、
もっとも大切なことだと
いうことです。
笑顔で接しても、
笑顔をかえしてもらえず、
助けても、お礼の言葉もなく、
助言をしても、答えなく
寄付しても、感謝もない、
それでも、
よいと信じて行なうことが
人の本来の取るべき道であり
善行であるということ、
無心で行動できるのが
本当の人といえるのだと
いうことですね。
天は、常に見ていてくれるの
ですから。
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2012年08月30日

冷暖自知

『冷暖自知』

道元禅師「正法眼蔵」のなかに
「証の得否は、
 修せんものおのづからしらんこと、
 用水の人の、冷暖を
 みづからわきまふるがごとし」
とあるように、
水が、冷たいのか、暖かなのか、
そんなことは、他人に聞く前に
自分で水をさわってみれば
直ぐにわかること。
すなわち、師に教わったり
先生から習ったりしても、
結局は、自分で、考え、体験し、
体感してみなければ、
理解は出来ないということですね。
また、その方が出来る早道であり
唯一の道でもあるのかもしれません。
経験、体験に勝る教えはないと
いうことですね。

感性を育て、可能性を伸ばす
幼い頃に、より多くの体験、
経験をすることが、
子供を大きく育てるためには
もっとも大切なことでは
ないかと思います。
posted by 清水の伏竜. at 01:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月29日

至上の処世術は、妥協することなく、適応することである

『至上の処世術は、妥協することなく、適応することである』
             ジンメル

妥協せずに、
適応すること。
自分の考えや、
思いをふまえて、
そのうえで適応する。
なかなか、簡単にはいかないのが
世の中ですね。
どうしても、どこかで、
妥協してしまうことが
多いではないでしょうか。
この言葉を実践できれば、
確かに、不満もなく、
物事を進めていくことが
出来ることでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 01:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月28日

雨奇晴好

『雨奇晴好』
    蘇東坡

雨もまたよし、晴れもまたよし。
天気に左右されることなく
とらわれない心でいることが
大切だということば。
雨の日には、
雨の日の楽しみを、
晴れの日には、
晴れの日の楽しみを
見出して、楽しんで
生きていきましょう。
人生も同じこと、
辛いこと、哀しいこともあれば
嬉しいこと、楽しいこともある
それでも、それぞれの時々に
よいこと、よかったこと、を
見出して、心を穏やかに
前向きに生きていきましょう。
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2012年08月27日

喫茶去

『喫茶去』
   「趙州録」

まあ、お茶でも召しあがれ。
来客にお茶をすすめ、
ごはんをいただいたら茶碗を洗おう。
そんな簡単な礼節を
相手の地位や性別、年齢など
無関係に、分け隔てなく
行なうことが、大切なこと。

どんな相手に対しても
同じように、客人として
接していくことが、
茶室に招いたときの礼儀。

平常心の大切さと、
常に相手に関係無く、礼節を保って
対していくことの大切さを
教えてくれています。
posted by 清水の伏竜. at 01:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

世界でたったひとつの頑張らなくていい場所になりたいんだ

『世界でたったひとつの頑張らなくて
 いい場所になりたいんだ』
       山田あす「貧乏姉妹物語」

かずといずみ著の漫画が原作のこのアニメ。
 母が死に、父が蒸発してしまった、
山田姉妹の生活を描くハートフルストーリー。
新聞配達をしながら中学に通う姉きょう、
働く姉が大好きで家事をこなす妹あす、
春になると桜のきれいなアパートに住む2人が
互いに支えあって暮らしている。
そんな、ハートフルストーリーのなかで、
山田あすが、友達の銀子ちゃんに、
語ったことばです。
 大好きなお姉さんのために、
自分に出来ることを考えて思った言葉には
暖かさと人としての大切なものが
感じられます。
あすの言葉をきき、姉の金子との関係で
悩んでいた銀子は、

”一番大切なのは、お互いを思いやる気持ち”

ということに気がつきます。
人と人との絆、
そんな絆に、何が必要なのか、
何が大切なのか、
それは、やはり心なのでしょうね。

貧乏姉妹物語 1
貧乏姉妹物語 2
貧乏姉妹物語 1 (1)
貧乏姉妹物語 2 (2)
貧乏姉妹物語 3 (3)
posted by 清水の伏竜. at 01:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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