2016年05月09日

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」
ポール・ゴーギャン(1848−1903)

 その答えは、既に既知ではあるが、無知であることの方が多い。
その答えを知るためには、出会いが必要となる。
その出会いとは、神の叡智との出会いである。
神の叡智との出会いは、なかなか難しい。
出家と修行に踏み出せる環境にあるのか。
それを決断できる心情があるのか。
物心両方でのハードルが存在しているからだ。
自ら直接知るのは、並大抵のことではない。
では、間接的に知る方法はあるのか。
それには、神の叡智を知る人から学ぶしかない。
神の叡智を知る人との出会いが必要となる。
その出会いの縁をもっているかいないかで、
知ることが出来るか否かが決定してしまうということだ。
また、もしかしたら出会えていたとしても
その出会いをしっかりと捉えることが出来なければ
得ることは出来ないことになる。
一期一会の時をどれだけ大切にすることが出来るのか
っということになる。
ゴーギャンには、そんな縁がなかったということだろう。
posted by 清水の伏竜. at 12:21| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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