2012年02月29日

振り返る言葉・・・

 ここしばらく、ブログのアップを行わずに
 いました。
 その期間について、6年前の言葉を
 再度、アップしてみました。
 当時の自分が感じたことと
 今、感じること、
 やはり、少し違っているように感じます。
 少しは、成長しているということでしょうか・・・
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2012年02月28日

愚公、山を移す

『愚公、山を移す』
  「列子」より

不可能と思えるようなことであっても
努力の積み重ねで、いつかは
可能になる、成し遂げられる。
そんな意味の言葉です。
この言葉は、中国のお話から出ています。
愚公という90歳の老人がいたそうです。
その老人は、自分の家の前にある
2つの山が、じゃまになるので、
他に移してしまおうと考えて、
そう言って、実際に行いはじめたそうです。
周囲の人々は、その行いを
愚かなこと、不可能なことと言って
あざ笑ったそうです。
しかし、老人は、
「自分が死んでも子供や孫がいる。
 また、その子供や孫に引き継いでいけば、
 山が増えることはないからいつかはできる」
と答えたそうです。
当時の天帝は、その話しを危機、
その心意気に感じて、ふたつの山を
他の場所に移してあげたということです。
中国には、万里の長城という史跡があります。
これは、1代では完成することなど出来ない規模の
工事であったでしょう。
しかし、何代も引き継がれて、行っていけば
不可能と思えるような建造物も、
作り上げることができるのです。
不可能とあきらめるのは簡単です。
でも不可能であったとしても、それに向かって
歩んでいくことの方が、人生は充実したものに
なるのではないでしょうか・・・。
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2012年02月27日

蝸牛角上の争い

『蝸牛角上の争い』
   「荘子」より

つまらぬ争いなのしない方がよいという
意味の言葉だそうです。
中国の昔、魏の恵王が斉の国を攻めようと
したときに、戴晋人という人物が
恵王に対して言った例え話からきた言葉だそうです。
そのたとえ話とは、
「かたつむりの左の角の上にある触氏という国と
 右の角の上にある蛮氏という国があって、
 いつも領土争いをしていました。
 ある時は、双方数万人の死者を出すほどでした。
 地上の戦いもこれとどれほどの違いが
 あるでしょう」
というものであったそうです。
ようは、より大きな視点、視野でみたならば、
領土争いで国と国とが地上で戦っていることに
どれほどの価値があるというのでしょう。
小さなことではないですか。
その戦いで、数多くの命が亡くなることの
愚かなこと。
そんな愚かなことをする必要などないでしょう。
といった意味だといえるようですね。
「人類は一家」という言葉がありましたが、
宇宙の広さからみれば、地上の狭いこと。
その狭い中で、領土を奪い合うことなど、
どれほどの意味があるのかといったところでしょう。
国は、何のためにあるのか、
領土拡張のため?、他国を支配するため?、
違いますよね。国民を幸福にするためでしょう。
それならば、争い事など、自ら進んで行うことほど
愚かなことはないといえるということですね。
posted by 清水の伏竜. at 18:09| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月26日

矛盾

『矛盾』
 「韓非子」より

この言葉の由来は、よく知られています。
盾と矛を売る商人がいて、
この矛は、どんな盾でも突きとおすことが
出来る矛です。といって売っていた。
そして、盾にについては、この盾は
どんな矛でも突き通すことは出来ない盾です。
といって売っていた。
そこで、それを聞いた人が、
その盾を、その矛で突いたらどうなるのかと
質問したら、答えに詰まってしまったというものです。
2つのことが、同じに成立しないのに、
成立するかのように言ってしまう。
辻褄が合わないこと、
そして、その辻褄があわないようなことを
思いつきで言っていると、
いつか、みぬかれて、信用を失ってしまうもの
矛盾という言葉は、そんな意味合いももっている
のですね。
世の中には、矛盾することが、たくさんあります。
そこに合理的な回答を与えることが出来るのなら
それを成していくことが必要でしょう。
政治、経済、教育、・・・・。
矛盾を誤魔化していては、悪化していくだけなのだろうと
思います。
posted by 清水の伏竜. at 21:40| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月25日

守株待兎

『守株待兎』
  「韓非子」より

しゅしゅたいと、中国の宋の時代に
農民が、木の切り株にぶつかって
兎がしぬのをたそうです。
兎を何もせずに手にいれることができた農民は
また、兎がやってきて、
切り株にぶつかっるのを期待して、
切り株を見張って、待ちつづけたけども
いつまでたっても兎はこなかったそうです。
世の中には、偶然の幸運はあるものです。
でも、同じ偶然の幸運をまっていても
何もおこらないものです。
だから、そんな幸運をまってるよりも
地道に努力していくことが
大切だということだということですね。
posted by 清水の伏竜. at 21:28| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月24日

他人の罪は目の前にあるが、自分の罪は背後にある

『他人の罪は目の前にあるが、自分の罪は背後にある』
        トルストイ「アンナ・カレーニナ」より

 他人の欠点や悪いところ、間違いや過ちには
よく気がつくことがあるものです。
では、自分の欠点や悪いところ、間違いや過ちは
どうでしょうか。
以外と気がついていないものです。
 他人の罪は、見えやすいが、
自分の罪は、見えないもの、
そんな苦言を伝える言葉のひとつです。
 これは、他人の欠点やミス、過ちについて
ばかり目がいっていると、同じことを自分が
していても気がつかないといったことにも
通じていますね。
 自分の背後に気をつけて、目の前の他人のことより
前に、注意していくことが大切だといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 22:15| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月23日

明日、何をなすべきかを知らない人間は不幸である

『明日、何をなすべきかを知らない人間は不幸である』
         ゴーリキィ

明日に、何をするのか、
何をしてよいのかわからないということは
不幸なことであると
この言葉は、語っています。
それは、人生における目標を持っていることの
大切さを示している言葉でもあります。
明日、そして未来への目標をもっていれば、
明日、何をなすべきかは、そこから自ずと出てきます。
目標=夢、であってもよいでしょう。
人間は、人生をより豊かに生きていきたいものです。
その豊かさの価値観は、人それぞれに異なるでしょう。
しかし、異なった価値観であっても、
夢をもって生きていること、
明日の目標があって生きていることの方が
それが無いよりも、より幸せであることは
間違いないことだと思います。
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2012年02月22日

大切なのは疑問を持ち続けることだ

『大切なのは疑問を持ち続けることだ』
         アインシュタイン

なぜ?、どうして?、疑問を持つことは
興味を持つこと、
即ち、好奇心、この心を忘れては
ならない。
アインシュタイン博士の言葉は、
何かを発見し、新たな進歩を成すためには、
好奇心を持つことが、大切だということを
しめしています。
偉大な発明も発見も、好奇心から
うまれているといってもよいでしょう。
いつまでも、好奇心をもって、
いたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 02:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月21日

美しい笑いは家の中の太陽である

『美しい笑いは家の中の太陽である』
      サッカレー

笑顔、笑顔、笑顔、・・・
家の中に、笑顔があふれていれば、
心は、やすらぎ、気持ちもよくなるものです。
笑顔が、家のなかを明るくし、暖かくします。
そんな笑顔の効果を、
あらわした言葉のひとつです。
あなたは、最近、笑顔をみせたことが
ありますか。
なかったとしたら、意識的に、
笑顔をつくってみてください。
きっと、よい方向に、
変化があることでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:02| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

やりのこしたことがあるように思うとしたら

『やりのこしたことがあるように思うとしたら
 それはあなたが、もっとすばらしい
 もっと最高のステージを創ることが出来る
 その証よ』
    レイラ・ハミルトン
     「カレイドスター
       レジェンド・オブ・フェニックス」より

 今や、業界でもトップのひとつ、
GONZOが贈るアニメーション
「カレイドスター」その最新作のオープニングで
レイラ・ハミルトンが、苗木野そらにこたえる言葉
人の持つ可能性、その存在の気持ちは、
何をを成したときに、やりのこしたという感じが
あったら、そこには、より高い目標があるという
ことを示しているという。
この物語は、カレードステージというステージの
演技者としての少女の成長を描いたものですが、
この言葉は、それ以外の世界でも、
他の芸能、スポーツの世界はもちろん、
会社員にでも、当てはまることなのでは
ないでしょうか。
そして、また学生の皆さんにも。

遣り残したこと。

それが何なのかがわからずに悩むことが
あるのかもしれません。
でも、その悩みを、前向きの悩みとして
考えていくことが大切なのでしょう。
そして、遣り残したことを知るために
何ををしてみるということでも、
構わないと思います。

この言葉で始まる
作品には、不死鳥というテーマに絡んで
悩んだとき、壁にぶつかったときに
それを乗り越えるための参考となるような
言葉が、他にも出てきます。
お奨めです。

posted by 清水の伏竜. at 00:40| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月19日

失敗の最たるものは、何ひとつ失敗を・・・

『失敗の最たるものは、
 何ひとつ失敗を
 自覚しないことである』
      カーライル

まちがい、過ち、失敗、もちろん
しない方が良いことです。
しかし、人に100%を望むことは、
それ自体がまちがいでしょう。
ただ、失敗などのなかで、
最悪なことは、していまった失敗、
まちがい、過ちに、気がつかないことであり
自覚できないということだと
この言葉は語っています。
その通りであると思います。
気がつけば、反省し、対策もできます。
そして、失敗の情報を共有できれば、
次に同じ失敗が発生することを
回避することもできるはずです。
それが、出来ないことは、2重の失敗だと
いえるでしょう。

失敗を非難すること、誹謗することは簡単な
ことです。それを許し繰りかえさせないように
導くことが大切であり、成長への第一歩で
あるといえるのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 17:43| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月18日

虹だって15分も続いたら人はもう見向かない

『虹だって15分も続いたら人はもう見向かない』
        ゲーテ「格言と反省」より

きれいな虹、でも15分もずっと見つづけている人は
はたして何人いるのでしょうか。
ゲーテは、成功したこと、うまくいったこと、
そんなときの人の気持ちの中にうまれる
有頂天というこころ、その心をに対する戒めとして
どんなに良いことでも、そればかりを思っていたら
誰にも相手にされなくなっているときがあると
言っているようです。
成功した、よかった、でも、謙虚でいることが
大切なのですよと、
有頂天でいて、その喜びに浸っているだけでは、
だめですよ。
そんな、戒めの言葉のひとつです。

でも、きれいな虹なら、いつまでも見ていたと
思うときもありますよね。自然の虹であればですけど。
posted by 清水の伏竜. at 17:07| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

一番忙しい人間が一番たくさんの時間を持つ

『一番忙しい人間が一番たくさんの時間を持つ』
         アレクサンドル・ビス

忙しいということは、
時間をもっとも有効に利用しているから、
限られた時間を最も有効に使っていれば
充実した日々を過ごすことができる。
忙しいから出来ないということは、
時間をうまく使っていないことを
示しているので、本当に忙しい人は
忙しいとはいわないと、
ビスさんは、言っているそうです。
タイム・マネジメントという言葉が
ビジネスの社会では、よく使われるように
なってきました。
時間を有効に使う方法論を語っています。
忙しいと感じる人の忙しいが、
皆、同じかといえば、決してそうではないのが
実態のようです。
時間というものは、不思議なものです。
子供の感じている時間の流れと
大人の感じている時間の流れは
違っています。
同じひとりの人間であっても、
同じ1時間を、まったく違って感じることが
あったりします。
時間の過ごし方、単純に無駄であるのか
有効であるのか、割り切れない部分が
存在していることも、
また事実ではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 07:37| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

逆鱗

『逆鱗』
 「韓非子」より

竜は、そのみかけによらずに、
普段はおとなしい生き物なのですが、
のどの下に逆さまにはえた鱗があり、
それに触れられると、
怒り狂い人をかみ殺してしまうという
伝承から、生まれた言葉です。
そこから、人の激しい怒りを買うことを
指すようになったようです。
人には、他人に触れて欲しくないことが
あるものです。何気ないことであっても
本人にとっては、
とても気にしていることだったりします。
親しい中にも礼儀ありとも言うように
人が気にしていることについては
配慮した会話や態度で接していけるような
人間でいたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 02:49| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月15日

行動は雄弁だ

『行動は雄弁だ』
  シェイクスピア「コリオレーナス」より

言葉で説明するよりも、行動で示した方が、
相手に伝わるもの。
そんな意味で使われる言葉です。
やってみせることが、
伝承においても、継承においても
よい指導となるというのも
確かなことかなと思います。
行動や態度で示すことが、
言葉で説明することよりも
相手に伝わるもの。
でも、やはり言葉によるフォローも
時として必要でしょう。
posted by 清水の伏竜. at 00:34| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

人間は努力する限り迷うものだ

『人間は努力する限り迷うものだ』
      ゲーテ「ファウスト」より

人は、目標に向かって、
それを成し遂げるために努力していく
でも、その過程で、悩んだり、迷ったりする
それは、あたりまえのこと。
壁にぶつかれば、立ち止まることもある。
問題に出会えば、悩むこともある。
選択肢がわかれれば、迷うこともある。
それは、未熟だからでもなく、
力がないからでもなく、
弱いからでもない、
人間であれば、あたりまえのこと。
でも、それを乗り越えることで、
次の段階へと、進んでいくことが出来るし
成長していくことができるし、
目標に近づくことができる。

そんなことを語っている言葉です。

私も今、迷って悩んでいます。
でも、なんとかその先へと、
進んでいければとおもっています。
posted by 清水の伏竜. at 00:30| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

人間、志を立てるのに遅すぎるということはない

『人間、志を立てるのに
 遅すぎるということはない』
     ポールドウィン


志を立てるのに、
いつから出なければだめだということはなく
遅すぎるということはない。
自分の道を決めるのだから、
自分が納得できるときにきめても
まだまだ大丈夫、だからあきらめずに
これからでも、きめてればよい。

もう、遅いとあきらめないで、
さあ、今からだとおもうことが
大切だということですね。
posted by 清水の伏竜. at 06:05| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

幸運は望むものにしか訪れない

『幸運は望むものにしか訪れない』
       アイザック・アシモフ

幸せになりたいですか?。
本当に幸せになりたい、幸運をつかみたい。
そう思っていない人のとこには、
幸運は、決して訪れることはないでしょう。
少なくとも、幸運を望みながら、
幸せになりたいと想いながら、
願いながら、その実現に向けて、
ほんの少しでもよいから、
何かをしていこうと、していっていないと
幸運が訪れても、それをつかむことは
できないでしょう。
この言葉は、そんな意味で語られている言葉の
ひとつです。
posted by 清水の伏竜. at 14:04| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月11日

真実の山では登って無駄に終わることは決してない

『真実の山では登って無駄に終わることは決してない』
   ニーチェ「道徳の系譜」より

真実とは何か、その考え方で、
この言葉の捉え方、感じ方は変わってくるのかもしれません。
でも、それをみつけて、その山に登っていくこと
目標に向かって困難な道でも歩んでいくことは、
その結果が成功であっても失敗であっても
道のりでの経験という得がたいものを獲得できる。
だから無駄になるということだけは、
絶対にないということを伝える言葉です。
結果がよければそれにこしたことは無いです。
でも、その過程、プロセスの中でも得ることはあり、
それを次のステップに活かしていけるということです。

成果主義という言葉が流行っています。
プロセスを評価できなくなったとき、貴重な人材を
失うという可能性が高くなり、会社にとっては人材資産の損失という
リスクを抱えることになります。
でも、そのことに気付いているかどうかは・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 11:12| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

覆水盆に返らず

『覆水盆に返らず』
     「拾遺記」より

 後悔するようなことがないように、
どんなことでも決定するときには
さまざまな可能性とその先について
検討しておかないと、二度と取り返しがつかないと
いうことになってしまうかもしれません。
 お盆からこぼれた水は、
もうお盆に戻すことは出来ないのです。
一度行なってしまったことは、
もとには戻らない。
 この言葉は、中国の過去、周の国があった時代
周の国に呂尚という、読書ばかりいていて
働かなかった人がいて、妻もいたのですが、
その妻は、とうとう愛想をつかして離縁して
去っていってしまったそうです。
やがて呂尚は、太公望とよばれ、斉の国を
与えられるような人物に出生したのでしたが、
そのときになって、離縁して去った元の妻が
復縁を求めてきたそうです。
読書して学んでいた時代に去った元の妻に、
呂尚は、盆の水を道にこぼして、
「この水を元のとおりに盆に戻すことができたなら
願いにおうじましょう」と言ったそうです。
もちろん、道の土に混ざってしまった水など
すくえるわけもなく、元の妻がすくえるのは
泥だけだったそうです。
 飛躍する前の我慢の時に、一緒にいてくれなかった妻に、
呂尚は、出世したあとで、復縁を求めてきたことに対して、
一度、行なったことは、元には戻らないと
いうことを示すために、そんなことをいったようです。
このお話より、この言葉は生まれたとのことです。
これは、後悔しないようにしなさいということだけでなく
物事の表面だけをみて、判断してはいけないといった
ことも裏には含んでいて、出てきた言葉なのだなと
感じます。
posted by 清水の伏竜. at 04:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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