2011年12月31日

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。

『言は肉となって、
 わたしたちの間に宿られた。
 わたしたちはその栄光をみた。
 それは父の独り子としての栄光であって、
 恵みと真理とに満ちていた。』
     ヨハネによる福音書 1.14

言葉というものが、人にとって、何を
意味しているのか、
バベルの塔が崩壊するまでは、人は自由に
意思のやりとりをしていたともいわれる。
言霊という言葉があるように、
言葉は、大きな影響を与えることができる。
人類が生まれたときから、
コミュニケーションの大切さに変わりはないだろうし、
記録、記憶を伝えるという手段としての言葉は、
文字を生み出していく、
良い言葉との出会いは、人にとって、
少なからず影響を与えるものだろう。
だから、良い言葉との出会いの機会を
増やす意味でも、音楽、映画、書籍との出会いは、
大切なことなのではないだろうか。
あなたは、今年、何冊の本と出会いましたか、
いくつの詩と出会いましたか、
何作の作品と出会いましたか、
その出会いから、きっと何かを得ているのだと
思います。
posted by 清水の伏竜. at 09:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

これだけは忘れないで下さい。

『これだけは忘れないで下さい。
 あなたは しあわせに
  なるために
 この世に創られ、
 そして今日も生かされて
   いるのです。』
   ひろはま かずとし

人の存在している意味は何かという問いに対する
ひとつの答えであろうかと思います。
だからこそ、自分のことを大切にすることが
まずは必要であり、そこから、何もかも
始まっていくのだろうと思います。
自分のことのように、他人も思えるようになれば、
幸せを分かち合えるのではないでしょうか。
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2011年12月29日

英雄とは、自分の出きることをした人である。

『英雄とは、自分の出きることをした人である。
 これに対し、凡人は、自分の出切ることはせず、
 出来もしないことをしようとする。』
      ロマン・ローラン

自分の出きること、出来ないこと。
この判断は、結構難しかったりする。
自分の力量を正しく測ることのできる素養が
必要であるといえるから。
出切ることから、積み上げていくということが
大切なのかもしれない。
退くタイミングにしても、出来るか否かを
正しく判断できるかどうかにかかっている。
これには、知恵と経験と、強い精神とが
必要とされるのかもしれない。
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2011年12月28日

愛されていることの確信は、・・・

『愛されていることの確信は、
 内気な人をも自然な状態にすることによって、
 その人に多くの魅力を与える。』
       モーロア

 愛が人を魅力的にするという言葉ですね。
確かに、その通りかなと思います。
子供も、親の愛の注がれ方で、笑顔が違ってくるのでは
ないでしょうか。
女性も愛されている女性は、輝いてみえるものなのかな。
愛されていることを実感している人は、
そのことが、顔に表れてくるのではないでしょうか。
そんな感じがします。
 愛の無い男女の交わりについては、悲しみと空しさと
ほんの一時の快楽のあとの巨大な虚無感とを与えるだけ、
そんな気持ちが、私の感覚の中にはあります。
 貞淑という言葉に対して、乙女という言葉に対して、
処女という言葉に対して、恥ずかしさを感じることは
馬鹿げているし、おかしなことだと思います。
自分を大切にしていることを、誇りに思ってよいでしょう。
それを、馬鹿にしたり見下したりする人の方が、
よりレベルの低い人格しか持ち合わせていないのだと
感じます。虚構をうめるための虚勢でしかないでしょう。
 ユニセフなどの児童買春撲滅運動には、大賛成です。
大人の誤った欲望や願望の為に子供を犠牲にするのは
犯罪といってよいでしょう。
 愛がより、純粋で、純真なものであることを、
誰もが理解している世界になるように祈りたいです。
虚構の愛や、偽りの愛を、愛だと勘違いしている多くの大人や
子供が、存在している現実が、少しでも改善されるように、
世界の人々、特に宗教家や教育者、政治家の皆さんには、
自らの行動に、より高次元での責任を持って欲しいと
願いたいです。
posted by 清水の伏竜. at 19:57| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

求めて得られる愛はすばらしい、でも求めることなく・・・

『求められて得られる愛はすばらしい、
 でも求めることなく与えられる
 愛はもっといい。』
   シェークスピア「十二夜」より

シェークスピアという英国の誇る偉人の作品の中には
名言が溢れています。
その中のひとつです。
愛というものに、人はやはり、あこがれを感じ、
いとしさを感じるものです。
また、得られないことへの悲しみや寂しさを
感じることもあるかもしれません。
しかし、愛にも、いろいろな解釈や定義が
あったりします。
人に個性があるように、その人の愛にも個性が
あるのかもしれません。
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2011年12月26日

自分を過大評価する人は、他人を過小評価する。

『自分を過大評価する人は、
 他人を過小評価する。
 そして、他人を過小評価する人は、
 他人を平気で虐げる。』
  サミュエル・ジョンソン「説教集」より

この言葉を目にしたときに浮かんできたのが
”謙虚”という言葉でした。
偉人ほど、子供に対しても真剣に応対するものだと
語り継がれていることが多いですね。
名君ほど、自分に謙虚であり、他人に寛大であるものです。
そして、他人を差別したり、虐げたりすることも
ありません。
この言葉は、まさに世界のどこでも通用する真理に近い言葉で
あると言えるでしょう。
客観的な視野と視点、そして評価が行えるのか否かは、
今の日本における管理職には必須といえる能力となっています。
成果主義が、うまく運用できるか否かは、その成果の評価が
いかに公平であり透明性があり客観性があるのかが、
大切となってくるからです。
しかし、なかなか、難しい面もあります。
自分では、過小評価していないつもりであっても、
自分では、過大評価していないつもりであっても、
実際には、ハロー効果や、外見などの印象や、
たったひとつの事象をみて、判断してしまっていることが
あったりします。
また、数字だけを信じて判断するのも誤りであることも
あったりする分野や業務もあります。
貢献度の評価の難しさは、経験と研鑽によるしかないのかも
しれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 22:08| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月25日

頭のいい人は恋ができない。恋は盲目だから。

『頭のいい人は恋ができない。恋は盲目だから。』
    寺田寅彦「科学者とあたま」より

クリスマスの朝を、素敵な相手と迎えられる人は、幸せですね。
一人きりで迎える寒い朝、一人でいることの寂しさと
なんとなく、ボーっとしてしまう瞬間と、
夢の中に、佇んでいたいと思ってしまう気持ちが、
こことのなかに、浮かんでくるものです。
恋に熱中できる年でもなくなってしまったのかもしれません。
学生の頃に、もっと恋に盲目になれたなら、
私の人生も、まったく違ったものになっていたような気がします。
小学校、中学校、高校、大学、大学院、そして、
新人の社会人のころ、懐かしい思い出のなかに、
盲目になれなかった自分の姿を見出すとき、
情けなく、悲しく、寂しくなってくるものです。
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2011年12月24日

愛とは、大勢の中からたった一人の・・・

『愛とは、大勢の中からたった一人の男なり女なりを選んで、
 ほかのものを決して顧みないことです。』
    トルストイ「クロイツェル・ソナタ」より

クリスマス・イブ、なぜか、カップルが目に付く
夜ですね。まったく無関係、無縁なものにとっては、
あまり関係ない日です。
キリストの誕生日の前夜祭として、
サンタクロースが良い子にプレゼントを運んできてくれる
そんな、小さな奇跡が、起こるかもしれない日に、
愛する人に、この文豪の言葉を贈ります。
愛は、純粋で、一途であるほど、美しいものだと
信じていたいから・・・。
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2011年12月23日

経営者は、その企業の将来について、

『経営者は、その企業の将来について、
 もっと時間と思索をさくべきである。』
      ドラッカー

経営者の心構え、その中のひとつを指しています。
この言葉を実践しているかいないかの差は、
おそらく数年後に、出てくるのでしょうね。
posted by 清水の伏竜. at 23:16| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月22日

「前例がないからやめておこう」。

『「前例がないからやめておこう」。
 そういうアイディア・キラーの言葉がある。
 「前例は破るためにある」
 「前例がないからやってみよう」、
 そういう新しい発想を持った
 管理職になって欲しい。』
      川勝久(テレビ東京)

理想の上司との出会いは、人生において
非常に恵まれたことのひとつであると言ってよいでしょう。
では、理想の上司とはなにか、
この言葉は、その中の要素のひとつを言っていると
いえるでしょう。
チャレンジしろと自分は部下に言っても、
自分は行わない、そんな上司の言葉についてくる部下は
少ないでしょう。
また、情報は、上流から下流へ流れなければ、
決して、下流からあがってくることはないと言われます。
上司が情報を積極的に発信していないのに
部下に意見を出せといっても、無理でしょう。
時代は変化し、年功序列の時代ではなくなったのですから、
年齢、性別、人種に関係なく、能力とスキルで、
管理職は選ばれるようでなければ、会社の発展は
あり得ないということですね。
でも、日本では、まだその事実に気がついていない
経営層や管理職の人が大勢いるのも確かなようです・・・。
posted by 清水の伏竜. at 19:38| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

カンパニーの本来の意味は、

『カンパニー(株式会社)の本来の意味は、
 「同じ釜の飯を食う者同士」ということである。』
    ジョージ・A・ゴイダー

 この言葉をみたとき、本当?って思ってしまいました。
今の日本の企業に、カンパニーって存在しているのか?。
思わず疑問になってしまった感じです。
競争社会、社内での貧富の格差の拡大、
成果主義という名の固定費削減、
自殺する人が、減らない社会、企業、
鬱病となり通勤できなくなる人がでる企業、
ハラスメントが、今だになくならない企業、
マイナス面が、より多く、表に出てきているような感じを
ニュースを読み、聞き、観ていると、持ってしまいます。
 原点に戻る時代に、来ているのかもしれません。
労働と生活と社会のあり方、そして、その中での企業の
役割と責任のあり方、人々の幸福と、未来への継続。
人類が滅亡しないために・・・。
posted by 清水の伏竜. at 22:06| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月20日

人間の幸せとは、金でも、地位でもない。

『人間の幸せとは、金でも、地位でもない。
 天職についているという気持ちで、
 元気に働いている満足感である。』
      小島直記「一期の夢」より

この言葉は、過去から未来へ、常に人にとって
真理に近い言葉のような気がします。
これに、暖かい家庭があれば、最高では
ないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 22:10| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月19日

逆境には必ずそれよりも大きな報酬の・・・

『逆境には必ずそれよりも大きな報酬の種が
 隠されているものだ』
    ナポレオン・ヒル
    「成功哲学 やる気を自身がわいてくる」より

確かに、逆境にあったとき、この言葉のように
思わなければ、落ち込む一方ですからね。
この言葉が、正しいかどうかなどは別にして、
こう思いこむことが、逆境に耐える方策のひとつで
あることは間違いないと感じます。
しかし、こう思えるのかという課題は存在しています。
疑いをもっては、効果がないでしょう。
だから、盲信するしか、逆境にある場合には
仕方がないと感じます。
でないと、ストレスから病気になってしまうことでしょう。
でも、人間は、悲観という想いに捕らわれてしまうと
その檻を破ることは、一人ではなかなか出来ないもので
あることも事実では、そんな風にも想います。
posted by 清水の伏竜. at 20:47| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月18日

我々が自分自身に与え得る、

『我々が自分自身に与え得る、
 また与うべき高い価値は、
 行為によって成立するのではなくて、
 実に心意によって決定されるのである』
         カント

高校生のころ、倫理社会の授業で、教科書に出てくる
人物について、その著作を最低1冊は読んで、その人物の考えについて
レポートし発表するという課題が与えられたことがあり、
その時に、私の担当することになった人物が、
カントでした。
当時、岩波文庫より出版されていたカントの著作を数冊ほど
購入し(文庫1冊100円か200円だったのですよね)て、
読んでみたものでした。
言葉としての記憶では、「カント、ベンサム、ミル」という名前が
まとまって出てくるのと、「ヘーゲル」の名前が連鎖として出てきます。
カントの「純粋理性批判」「実践理性批判」を読む前に、
読んだ方がよいとどこかで聞いて、「道徳形而上学原論」とあと1冊、
読んで、教科書の内容とあわせて、まとめ、発表した記憶が
あります。
紹介した言葉は、カントの著作の中で、出てくる言葉のひとつです。
自己への価値の創造について、行為よりも、心のありようの方が、
大きな影響を与えるのだということになるのですが、
人の行動を決定する要因は、心のありようにあるからだとも
いえるからだと考えてみてもらえば、
そうだよなと思って頂けるのでは、ないでしょうか。
衝動的な行為といっても、やはりその行為を起こさせるものは
心の中にもともと存在しているということですね。
心のありかたが、人にとっては、とても大切であるということだと
いえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 11:38| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月17日

叩けよ、さらば開かれん

『叩けよ、さらば開かれん』
   新約聖書 マタイ伝 より

何事も、まずは、おこなってみること
そうすれば、光がみえてくるもの。
昔から、その前向きなトライ、チャレンジの精神は
大切であるといわれているのですね。
扉をまずは叩いてみることから、
はじめてみることが、
必要だということですね。
そうしなければ、その先は何もかわらない。
たしかに、その通りでしょう。
扉を叩く勇気をもつこと、
なかなか大変ですが、でも、していかないと・・・。
posted by 清水の伏竜. at 06:36| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

人生、このあたりで、

『人生、このあたりで
 ひとことひとことの言葉と
 ひとつひとつの行いに、
 おもいっきりの心を込めて、
 生かされてゆきたい。』
    ひろはまかずとし

生かされる、
言葉とおもいと行動に、
心をこめて、
人生のこれまでの生き方をふりかえると、
この言葉のおもさを感じてしまいます。
すれ違ってしまった縁、
誤ってしまった判断、
躊躇してしまった決断、
自分の足りなさを感じます。
なかなか難しいことですね。
posted by 清水の伏竜. at 22:25| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、

『平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、
 すなわち非凡なのである』
  アンドレ・シード(仏・ノーベル文学賞受賞作家)

平凡な日々、でもそんな生活の中に幸福が
あったりするものです。
世界の中で、東京が普通だという感覚の方が、
どちらかと言えば特殊なのだと言えるかも知れません。
欧州などの田舎町で、家業を継ぎ、結婚し、子供を育て
日々、生活をおくっていく、そんなことの方が
幸福であるのかもしれません。
幸福とは何か、非凡とは何か、平凡とは何か、
すべて、個々に異なる基準をもっているのでは
ないでしょうか。それが普通であり、何もおかしな事では
ないのでしょう。ところが、それはおかしいと
自分の価値観を、相手に押しつけようとする人も
世の中にはいることは確かです。
もちろん、それが出会いとして、ベクトルが一致していて
プラスの効果を生み出す人もいるでしょう。
しかし、逆にマイナスになり、かえって不幸になって
しまう人もいるでしょう。
日本は、貧富の差が激しい国になりました。
価値観も多様化してきています。
宗教や道徳観も、多様に共存しています。
そんな中で、自分の価値観を、どうしっかりと持つのか
持って行けるのか、これは重要な問題であり
課題であると言えるでしょう。
なかなか、大変なことです・・・。
posted by 清水の伏竜. at 20:15| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

第一の財産は健康である

『第一の財産は健康である』
      エマーソン(米国:詩人)

本当に、痛感する言葉です。
不健康になってから、この言葉の重さを
感じても手遅れなのですよね。
だから、健康な人は、この言葉の重さを
十分に感じて欲しいと思います。
私が、仕事中に、ぎっくり腰をやってしまい、
動けなくなって、何とか我慢すれば動けるようになり、
病院にいってみると椎間板ヘルニアとの診断。
レントゲンにMRI検査をして、静養で経過観察で
良いでしょうという結果となり、
今日に至っているのですが、
動けなくなったときに、動けることのありがたさを
痛感させられました。
健康であることの恩恵と感謝の念を感じたしだいです。
ベスト体重であった大学時代までと、
今の状況(肥満)で、かつ、仕事のストレスから、
いっとき、心療内科の御世話になったことなど、
それらの経験から、得られたのは、健康第一だということ
健康でなければ、次のステップへ仕事の面でも
飛躍するのには、非常に苦労するということでした。
健康である内に、健康を維持するための習慣を
身につけることを、絶対にお勧めします。
posted by 清水の伏竜. at 22:24| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月13日

捲土重来

『捲土重来』

土をまきあげ、再び押しよせる。
この言葉は、まけたものが、再び勢力を盛り返して
やってくるということを意味しています。
再起を誓う言葉のひとつといったところでしょうか。
一回まけても、まだ諦めずに頑張ることが、
大切であるということですね。
一回の失敗くらいで、めげてはダメだということでしょう。
本当に、がんばって、いければと思います。
posted by 清水の伏竜. at 22:35| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月12日

年年歳歳花相似たり、

『年年歳歳花相似たり、
 歳歳年年人同じからず』
    劉希夷「白頭を悲しむ翁に代わる」より

この言葉を耳にしたとき、
「蟲師」
の物語を思い出しました。
それは、人に寄生し、1日で成長し子をなし死んでいき
また子が生まれ次の日に育ち、その日の夜に死んでいき
この繰り返しをする蟲に、寄生された人間は、
同じように、夕方に老い、一刻死んだようになり、
朝には、前と同じ姿に戻って、起きあがる。
それを繰り返すのです。
花は、毎年、同じように咲きます。
昨年咲いた桜は、今年咲いた桜と区別が付かないものですよね。
でも、昨年、あった友人に、1年後に会うと、
1歳年をとっているのです。
同じではないのです。
この言葉は、その事を詩っています。
変わっていくことに不安を感じる人がいるかもしれません。
でも、人は、変わっていくものなのです。
それを認めることから、始めないと、前には進んでいけないでしょう。
また、人は変われるものだのだというポジティブな考え方を
していくことが大切なのだろうと思います。
どんな風に変わっていきたいのか、そのイメージを強く強く
心に抱くことが、大切なのだと思います。
外見の変化よりも、内面の変化の方が、
実際に出会ったときには、インパクトが大きいものではないでしょうか。
最近は、外見を気にして、外見から内面を変えていこうという
アプローチをする人が増えてきています。
確かに、そのアプローチもありだと思いますし、それが効果がある人も
いるでしょう。でも、本質は、内面の変化であることには
変わりはありません。整形しても顔は年をとっていく中で、
その人の内面を表すように変化していってしまうでしょう。
きっかけとしての整形は、あるのかもしれませんが、
整形前の自分がきえるわけではありませんから。
太ってしまった自分をみていると、健康の為にもやせないとなと
思います。でも、それには、心を変化させないとダメでしょう。
習慣となってしまったことを変えることは、
年を経るごとに難しくなっていきます。
だからこそ若い内に、自分の理想に近づくように努力することが
大切なのだろうと思います。
posted by 清水の伏竜. at 18:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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