2011年11月30日

母の涙は、子の不平を洗い去る。

『母の涙は、子の不平を洗い去る。』
     アレクサンダー大王

母親の子供への愛情は、無償の愛であると
言われています。
その母親の涙をみれば、子供は不平など言えなくなると
あのアレキサンダー大王が言っていたというのです。
最近の親子の関係は、世紀末的な崩壊を
見せている部分もありますが、
まだまだ、この言葉が、そのまま通用する
親子も、多くいることと思います。
母親を泣かすことのない子供として、
りっぱな大人になることが、親孝行であるのは
今も昔も変わっていないのではないでしょうか。
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2011年11月29日

フランスのいいところは、家庭という単位がしっかりしていて、

『フランスのいいところは、
 家庭という単位がしっかりしていて、
 それが社会のバックボーンに
 なっているところだ』
   ジスカールデスタン大統領

さて、今、暴動で、大騒ぎのフランスですが、
そのフランスの大統領の言葉です。
西欧では、家庭における躾は、キリスト教をベースに
しっかりと行われているのは、確かなようです。
日本は、戦後、家庭における躾という点で、
戦前から、残しておくべき部分も、無くしてしまった
その為に、おかしくなってきたという気がします。
儒教的な躾のあり方は、戦後の教育においても
残しておくべきだったのではないでしょうか。
これから、見直していくべき点の多いのが
教育という世界です。
そこには、家庭、地域、学校、国家という
様々なレベルで、考えていくべきことがあるように
思われます。
また、教育関連の産業界においても、儲け主義に
はしるのではなく、教育の本質を考えて、
子供にとって必要なものは何か、
視点をかえて、考えていかなければならないと感じます。
そろばん、書道、九九の算、計算尺、ものさし、
そんなものが、軽視され、なくなってきたのは、
何故なのでしょうか。私は、残っていて欲しかった気がします。
また、家族の団欒という言葉や、大家族という言葉が
死語になりつつあることも、悲しいことであったように感じます。
家庭が小さな社会であり、人間関係の基本となるべきことを
学ぶところであったのではないでしょうか。
それが失われてしまったことが、荒廃へと繋がった要因の
ひとつのように感じます。
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2011年11月28日

富める人がその富を自慢しても、彼がその富を・・・

『富める人がその富みを自慢しても、
 彼がその富をいかに使うかがわかるまで、
 彼をほめてはならぬ。』
      ソクラテス

富を持つものの評価は、その富の使い方にあるということは
古代から変わらないことなのですね。
富める人になるのも大変です。
もちろん、生まれたときから富める立場の人もいます。
しかし、そうでない人が大半です。
富めるまでの過程もまた大切ですね。犯罪をして富めるものに
なっても、それは評価は低いでしょう。
誰かを幸せにしなからも、富めるものになることが出きれば
最高なのではないでしょうか。
貧困率で、世界の五指に入ってしまった日本。
貧富の差の大きな社会には、様々な問題が発生します。
その問題を解決するにあたっては、
誉めることができる富めるひとが多くいるのかどうかに
かかってくる部分も多いことでしょう。
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2011年11月27日

女性にとって満足のいくただ一つの運命は、

『女性にとって満足のいくただ一つの運命は、
 幸福な結婚である。』
       モンテルラン

さて、この言葉、女性の中には、なっとく出来ないと
思われるかたも多いのではないでしょうか。
ただ、幸福な結婚は、満足できることのひとつであることには
違いないのではないかと思います。
女性は、男性と違って、大きな成長をなす経験を
積むことができます。
それは、出産です。
この経験は、男性には出来ないものです。
また、出産し育児を体験した女性は、何かより強いオーラを
放つようになる気がしてなりません。
命を生み出すことができるのですから、
これほど、価値の高いことは、ないといえるでしょう。
人類の文明、社会を存続させていくためには、
あたらな命の継承が不可欠です。
そして、それをなすことが出来た上に、自分の仕事を持ち
活躍している女性の皆さんこそ、もっとも人生における深い充実した
経験をなし得たのだといえるのかもしれません。
幸福な結婚には、そんな女性の生き方が出きる環境を
得られるという意味合いが含まれているのではないでしょうか。
そんな気がします。
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2011年11月26日

よく何にでも手を出す人がいる。

『よく何にでも手を出す人がいる。
 そういう人は何の喜びも享受することができない。
 真剣に仕事に取り組み、
 それに喜びを感じられる人だけが、
 遊びにも喜びを感じられるものだ。』
   チェスターフィールド「父から息子へ この一行の重み!」より

喜びを感じるためには、何が必要なのか、
そんな疑問へのひとつの回答をこの言葉は示しているのだと
思います。
もちろん、この言葉だけが、回答ではないでしょう。
何にでも手をだしても、かつ全てに真剣でありえる人も
世の中にはいらっしゃいますからね。
よく、自分に当てはまらないからといって、
何でも否定する人がいますが、それは少し悲しい感じがします。
客観的な視点をもてるのが、人間の良さでもあるのですから。
他の動物は、客観的に物事を見ることはないでしょう。
主観と本能で、物事をみて、判断し、行動しています。
人間だけが、客観的に物事をみて、判断し、行動することが
可能と言えるのではないでしょうか。
本能ではなく、理性で、行動することが出来るのです。
また、喜びも、知的、感情的にも、深みがあるものでは
ないかと思います。
自分の選んだ道を後悔することがないように、全力を尽くすこと
それは、父から息子への言葉としては、良い言葉だと
思います。残念ながら、結婚もまだな私には、断言できませんが、
客観的に考えて、そうだろうなと感じます。
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2011年11月25日

すぐれたところがありながら疎んじられる人がおり、

『すぐれたところがありながら疎んじられる人がおり、
 欠点だらけでも好かれる人がいる。』
      ラ・ロシュフィーコー

好かれることも、疎んじられることも、
その人の能力や欠点などが基準ではなく、
やはり感情的なものが、中心になっているということ
なのかもしれませんね。
人事評価でも、よくハロー効果という言葉が言われます。
何か良い点が記憶に残っていると、それが全体の評価に影響し
悪い業績も隠れてしまうことがあったり、
何か悪い点が1回だけ記憶に残っていて、他からみると凄く
優秀で業績がよくても、全体評価が悪くされてしまう。
人間による評価の問題点ですね。
管理者や評価者に客観性が強く要求されるのは、
そんなことからも当然と言えるでしょう。
しかしながら、客観性は、もてる人もいれば、
どうしても、主観が入ってしまうという人もいます。
天性の部分、性格の部分が、多分に影響してしまうと
いえるのかもしれません。それを自覚していれば、
抑え込むことも可能でしょうが、なかなか自覚出来ないというのが
現実の社会の多くの人たちの実情でしょう。
成果主義の導入は、評価の透明性、客観性が非常に重要ですが、
評価者のスキルが、足りずに失敗する事例が、
日本では多かったのではないでしょうか、
これは、教育の問題でもあるのかもしれませんね。
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2011年11月24日

馬上少年を過ぐ。世平らかにして白髪多い。

『馬上少年を過ぐ。
 世平らかにして白髪多い。
 残?天の赦すところ、
 楽しまざることをこれ如何せん』
       伊達政宗

伊達政宗が、晩年に読んだ詩だそうです。
世も平安となって、自分の髪も白髪が多くなった。
残りの人生の長さは天が決めるものであり、
悠々と楽しんで生きていかなくてどうするというのだ。
といった感じだそうですね。
この境地に達するのは、今の時代であると
還暦くらいなのかな・・・。
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2011年11月23日

強い企業が伸びる。「期待される課長像」とは、

『強い企業が伸びる。「期待される課長像」とは、
 1.会社の立場で判断できるか。
 2.絶えず問題点を把握し、問題提起に伴う政策立案ができるか。
 3.人間的魅力が豊かで、部下の心に火をつけ、燃える集団にすることができるか。
 4.困難に前向きに取り組む、チャレンジ精神があるか。
 5.自己を厳しくコントロールし、自己啓発ができるか。
 6.経営の刷新にドロをかぶる姿勢で断行できるか。
 7.絶えず部下の長所を見て、多様な価値観の人をうまく組み合わせ、
   引っ張っていけるか。
 8.人使いがうまいか。
 9.優れた組織上の知識と専門能力を持っているか。
 10.社外にも多様な人脈を持っているか。』
     田辺昇一「回転の経営」より

サラリーマン、ビジネスマン、中間管理職は、結構大変な役職です。
上も下も見なければならないからです。
昔は、腰掛け的な役職であったこともあるのかもしれませんが、
バブル崩壊後、企業が、年功序列から、成果主義へと変化していくなかで
その役割にかかる責任と仕事の量は、多様で多量になっていきました。
その中で、ストレス、プレッシャー、過労から、ダウンしていく
人が大勢出てきました。
過労死、過労自殺、うつ病、そんな追い詰められた人も大勢います。
その割に、残業はつかない、昇給もない、手当も廃止、と報われぬ環境に
いる人も、多く、業界、業種、企業での格差が、
ますます大きくなっているようです。
かといって、転職は、能力だけでできるようになったかといえば
いまだに、年功序列時代のまま、年齢の障壁は、大きなものに
なっています。優秀な40代、50代の上位の項目を満たす人材でも
年齢が壁となって、転職できないのが、日本の悲しい現実であり、
変動と混迷の時代に、今があることを示しているといえるでしょう。
引退し、お金もある団塊世代と、若くこれからのチャンスも多い35歳未満世代の
間の世代は、時代の変化の流れの狭間で、
もっともしわ寄せと苦労とを背負わされてしまった世代であると
いえると感じます。
それが、少しでも改善されていくように、法律改正や条例、行政指導など
政府には、もっと頑張って欲しいものです。
posted by 清水の伏竜. at 12:57| 静岡 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

一人一人の人間がみな性質も身体つきも声も違うように、

『一人一人の人間がみな性質も身体つきも声も違うように、
 一人の男と女が結婚して同じ家の中で生活を始める場合、
 この「結婚」はみなそれぞれ独自のものとなってくる。』
     庄野潤三「幸福な家庭と不幸な家庭」より

人間に個性があり、同じ人間が存在していないように
家庭や家族にも、同じものはない。
あたりまえなことのように思いますが、
おかしなもので、家庭の中での会話で、
「お隣は・・・なのに、内は、・・・」といった言葉が
出てくることがあるようです。
その言葉は、無意味であることは、あたりまえだと
思わないといけないのだということですね。
自分たちの家庭、家族は、自分たちだけのもの、
お隣とも違えば、御近所とも違うのは、当然のことで
比較すること自体が意味のないことなのだということ
でしょう。
自分たちだけの家庭、家族、それを2人で考えていくことが
結婚することの楽しみでもあるのではないでしょうか。
そんなことを語り合える女性との出会い、
あるのかな・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 08:01| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月21日

女は好きな人と結婚しなきゃだめよ。

『女は好きな人と結婚しなきゃだめよ。
 好きな人だったら、
 その人のためにどんな苦労をしたって、
 後悔はしないと思うの。
 お金も、地位も、何もいらない。
 大切なことはその人が好きだってことね。』
       井上靖「満ちてくる潮」より

純粋に人を愛して、その人と一緒に人生を
歩んでいきたい、そう思うから結婚する。
それが、本来の結婚のあるべき姿なのでしょう。
そんな結びつきで、お互いがあったなら、
浮気や離婚なんて言葉は死語でしかないでしょう。
そんな、素敵な結びつきで、生活している夫婦は
きっと年をとっても、最初の一歩の時と変わらない
気持ちで、お互いに支えあっていける見ていても
素敵な夫妻として、みえるのだと思います。
そんな、相手と出会える人は、幸せですね。
私にも、そんな相手が、現れるのでしょうか。
現れて欲しいなと、願うだけです・・・。
posted by 清水の伏竜. at 01:27| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月20日

愛とは決して後悔しないこと

『愛とは決して後悔しないこと』
     オリバー「ある愛の詩」より

映画「ある愛の詩」で、
オリバーが語る有名なセリフです。
彼女との和解のときに、彼女に言った言葉であり、
白血病と戦う女性を愛し続けて、
その死を見取った彼は、
結婚に反対していた親に、
この言葉を語ります。
不倫とか、離婚とか、最近は結婚への価値観が
難だか崩壊してきているのかもしれません。
よく、社会が終焉を迎えるまえには、
倫理観が崩壊し、風紀が乱れていくといわれます。
今がその時代なのか、どうなのか、
それは後世の歴史家の判断にまかせるしかありません。
純愛のことを、笑うひと、ナンセンスと思うひともいます。
しかし、幸福な結婚って、本当は純愛によって
支えられたものでしかないのではと、
愛による感動を与えてくれる芸術は、
私たちに伝えてくれているような気がしてなりません。
理想と現実は、違うから、そんな言葉をいってしまえば、
何も生まれないでしょう。
理想は現実にすべきものだから、そう思って生きることで
人は進歩してきたのではないでしょうか。
なら、恋愛も結婚も人生も同じ事がいえるように思います。
また、そう思いたいではありませんか。
posted by 清水の伏竜. at 19:49| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月19日

人間の幸福は、決して神や仏が握っているものではない。

『人間の幸福は、決して神や仏が握っているものではない。
 自分自身の中に、それを左右するカギがある。』
             エマーソン

幸福については、古今東西、多くの人々が、
考えてきて、今も考えられているテーマですね。
人間の幸福は、何なのか、どうすれば幸福になれるのか、
なかなか、難しいテーマです。
でも、この言葉のように、自分の中にこそ、
自分にとっての幸福のカギは、存在いているのかもしれません。
ただ、そのカギが何でなるのかについては、
なかなか判断が難しいのかもしれません。
ちょっと、考えてみることから、はじめてみるのも
良いのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 11:02| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教訓はどこにでも転がっているさ

『教訓はどこにでも転がっているさ。
 あなたが見つけようとさえすれば。』
   ルイス・キャロル


 教訓とは何か、それはそこから何かを
学ぶできるものだということですね。
であるなら、それは、自分自身の姿勢に
よって変わってくるということです。
まさに、見つけようという姿勢があれば
どこにでも転がっているのに、
そんな姿勢がないと、なかなか見出せない
そんなものであるということです。
 ゆえに、同じ出来事が、
ある人にとっては、貴重な教訓となり、
ある人にとっては、何も意味のないことになると
いうわけです。
 学ぶ姿勢、その違いが、
学ぶことの出来るものとの出会いの数を
変えていくということですね。

posted by 清水の伏竜. at 04:17| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

愛は最高の奉仕だ。

『愛は最高の奉仕だ。
 みじんも自分の満足を思ってはいけない。』
      太宰治「火の鳥」より

愛の本質をある意味で捉えている言葉なのだと思います。
イエス、ブッタ、マホメット、孔子、・・・・
宗教的な偉人の皆さんが、語った中には、
慈愛であり、仁であり、与える許す無償という行為を
良しとしているところがあります。
みかえりを求めない、自己満足でもない、
ただ、相手のことを思い信じ与える。
愛するということが、どんなことなのか、
本当の愛で、お互いを支え合える関係にあれば
夫婦の仲は永遠のものなのだと思います。
posted by 清水の伏竜. at 06:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だ

『他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だ。』
  アインシュタイン

 これは、ある意味真理にみえるけれど
気をつけないと落とし穴に落ちてしまう
言葉です。
 他人のために尽くすということが
何を意味するのかというところで、
間違ってしまったなら、そこにあるのは、
価値のない人生であるともいえるからです。
 ただ、他人の為に尽くせば、
価値ある人生になる得るのかといえば
それはありえません。
 ヒットラーの為に尽くすことが価値あるのか、
犯罪者に尽くすことが価値あるのか、
まさに、その尽くすというところにこそ、
気をつけるべきものが含まれていると
いえるのではないでしょうか。
 もっとも価値ある人生とは、
神のために尽くすことであるといえるでしょう。
人のためではなく、あくまでも神のために尽くし
その結果として人に尽くすことになる
そうであるからこそ、人生の価値を高めることが
できるということです。
 尽くす動機が、神にあるか否か、
自分の為に他人に尽くしていたり、
他人の為に他人に尽くしていたり、
それでは、価値はないということです。
もちろん、この世的な価値はあるかもしれません。
しかし、人生の価値とは、この世的な価値では
ないでしょう。逝くときに満たされるかいなかです。
それは、魂はいかに成長できたものであったかどうか
ということですから・・・。

posted by 清水の伏竜. at 04:09| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月17日

人間のまことの富は、彼がこの世で行う善事である。

『人間のまことの富は、彼がこの世で行う善事である。』
            マホメット

イスラム教を起こしたマホメットの言葉です。
富が、何であるのか、やはり、世界宗教の教祖の考え方は、
この言葉に近い言葉で、表されているように思います。
清貧という言葉が、あります。
富への価値観、幸福への価値観は、人それぞれ異なるのだと
いうことだと思います。
何をしているときが、楽しいく、気持ちがよく、
心がやすらぎ、暖かくなってくるでしょうか。

富という言葉で、誰もが連想するものは、お金でしょう。
お金、不思議なものですね。お金そのものには、
何の価値もないのですから、もしあなたが、食糧をもっていて
もう、どこにいっても、あたらな食糧は手に入らないとき、
お金をもってきても、お金と食糧を交換するでしょうか。
お金は、もともと物物交換が、物理的、距離的に大変だから
それを簡単にできるよう仲介するために生まれた道具でしか
ないのですから、実体は、唯の金属や紙きれに、文字が
書かれただけのものでしかなく、用途的には、実態など
なくてもよいのです。信用というものがある数値であれば。
だから、信用がなくなった瞬間にお金は無価値になって
しまいます。食糧、着物、家、本、実態のあるものは、
無くなったりは、しません。そして、何よりも、
自分の頭の中にあるもの、心の中にあるものも
無くなったりはしないのです。
富が、人が、真に所有しているものであるなら、
それは、死んでも、自分がもっていけるものだけなのかも
しれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 06:02| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

怒りに駆られている人間は精神が活発であり、

『怒りに駆られている人間は精神が活発であり、
 不幸に見舞われると、人は工夫をこらす。』
   オウィディウス


 怒りや不幸というものは、
あまり良いイメージがありませんが、
実は、人を成長させるために
必要なものであったりもするということです。
 怒りは、人の心を駆り立てます。
不幸は、人の向上心や努力を求めます。
つまり、変化を求めるものであると
いうわけです。
 もちろん、怒りも感情的になってしまうと
バッドスピリッツに付込まれてしまいますし
不幸を招くことになるでしょう。
不幸も、それを取り除く努力なくては、
ますます、ダメになっていってしまうものです。
また、不幸だと思う感情が、
バッドスピリッツを招くことにもなってしまうでしょう。
 負の出来事、それはいろいろあるものです。
カルマの解消のために神により与えられたもので
あることもあれば、
バッドスピリッツやサタンなどにより、
必要ないのに与えられてしまうこともあるわけです。
それぞれに、どの様に対応していくべきなのか、
それは、まさに、叡智と出会い、それを学ぶ機会が
あるか否かで大きく変わってくることなのかも
しれません。
 より良き人生を歩むために、
出来るだけ、プラスのイメージを抱くように
していくべきだといえるでしょう。

posted by 清水の伏竜. at 03:07| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

もし勤勉と正直だけが富を築くのだと信じている人があるなら、

『もし勤勉と正直だけが富を築くのだと信じている人があるなら、
 とんでもないことだ。
 それは大きな間違いである。』
    ナポレオン・ヒル「成功哲学 やる気と自信がわいてくる」より

 アメリカ合衆国の歴史、資本主義による繁栄、アメリカンドリームの実現、
その背景にあった法則性を、ナポレオン・ヒルは、発見し実行した人ですね。
ある人たちにとって、これは真理であり、
ある人たちにとって、これは真理ではない、
富を得るということについて、この言葉が、どこまで正しいのかは、
富を得た人が知っていることでしょう。
また、富とは何かという定義も、人によって異なるのではないでしょうか。
勤勉と正直だけで、築ける富もあると思います。
それで、よいとするかどうかは、その人の人生への価値観であり
人生観であるでしょう。
はっきり言えるのは、誰もが絶対に経験する死の扉を通過するときに、
もっていけるものは、心の中、精神と魂の中に存在しているものだけだと
いうことでしょうかね。
posted by 清水の伏竜. at 21:24| 静岡 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

厳しいものと優しいものが

『厳しいものと優しいものが、
 強いものと柔らかいものが結ばれてこそ、
 こころよい響きが生まれるのだ。』
   シラー


 厳しさと優しさ、
 強さと柔らかさ、
 異なるものが結ばれて
 響きあうとことに、調和があり
 こころよいものが生み出されていく
 厳しいだけではダメであり
 優しいだけではダメであり
 強いだけではダメであり
 柔らかいだけではダメだということです。
 それは、責任を持つ人であればあるほど
 地位の高い人であればあるほど、
 豊かな人であればあるほど、
 必要とされるものであると
 いえるでしょう。

posted by 清水の伏竜. at 04:07| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月15日

1日を生きることは、一歩進むことでありたい。

『1日を生きることは、
 一歩氏進ことでありたい。』
       湯川秀樹

ノーベル物理学賞を受賞された敬愛する物理学者の言葉です。
確かに、1日生きてみたあと、何かが成長していたいものです。
また、そうありたいと思います。
そうありたいと願います。
なかなか、難しいことではありますけどね。
中間子という、弱い核力を司る粒子を予言したとき、
毎日、そのことを考えていて、ある瞬間に思いついたと
聞いています。
何かを考え続けることで、ひらめきは生まれるものなのだなと
感じたことを思い出します。
自然の原理を追求することにあこがれていた小学校の頃が
懐かしいですね。
物理学修士までで、断念してしまいましたが、
自分の弱さだったのかなと振り返ると思えてきます。
posted by 清水の伏竜. at 18:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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