2009年07月31日

人を心から祝えぬ者は、人から祝って貰えぬものである

「人を心から祝えぬ者は、人から祝って貰えぬものである」
中国のことわざ

 人を祝うこと、人を褒めること、
それが出来ないような人は、
他人からも、祝ってもらえないし、
褒めてもらえないということ
 他人にすることは、自分に戻ってくるもの
その真理は、昔から多くの人がいろんな言葉で
語って来ています。
 自分がして欲しいことは、まず他人にしてあげる。
自分がして欲しくないことは、他人にしない。
 人と人との関わり合いのなかで、
良き関係を築いていくための基本といえるのでは
ないでしょうか。
 これを無意識に出来ている人は、
知らぬまに、素敵な人になっているように
おもいます。
 なかなか、無意識に自然に出来ないもので
あったりするものですから・・・。
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2009年07月30日

歩を大事にしない王は、やがて窮地におちいる。

『歩を大事にしない王は、やがて窮地におちいる。』
   細川忠興

 将棋の歩は、もっとも弱い先兵ですが、
敵陣に入ると、と金に化けます。
さて、王が、歩を大事にしないと、
窮地に陥るとは、どういうことなのか。
それは、集団の中のリーダーが、末端のメンバを
大事にせずに、使い捨てにするようであれば
その集団は崩壊へ向かい、リーダーは窮地となると
いうことです。
 集団は、小さいものであれば、家庭であり、
学級であり、企業の部門であったりするでしょう。
企業や自治体や国家も同様であるといえるでしょう。
 最近は、歩を大事にしない王が、
増えてきているような気がします。
多くの社会問題の原因のひとつと
なっているといえるでしょう。
 よき王、よきリーダーの登場が
望まれているといえるでしょう。
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2009年07月29日

プロとは自分の好きな事をやる人ではなく

200907251525000.jpg
『プロとは自分の好きな事をやる人ではなく
 自分のすべき事を好きになれる人である』
     村上智彦

 天命といわれるものがあったりします。
生まれながらにこの世でなすべきことが
決まっているというものです。
 人生は、いろんなことがあるものです。
プロフェッショナルとは何かという問いには
いろんな答えがあったりします。
 そのなかの一つの答えとして、
この言葉は、非常に重要なものであるような
気がします。
 自分の好きなことをやったり、
自分の好きなことができるのは、
あたりまえであるといえるでしょう。
もちろん、プロといえる人もいますが
アマであってもかまわないということが
いえるかもしれません。
 自分が好きでないおとであっても
自分のすべきことだと思ったなら
それが苦手なこと嫌いなことだったとしても
好きになってしまえる。
そんな人こそ、プロであるということです。
プロであれば、仕事のなかで、苦手なこと
嫌いなこと、いやなことがあっても
それが好きになれて、楽しんで行って
しまえるようになるものだということです。
 サラリーマンであってもプロです。
プロであれば、仕事に対して、好き嫌いを
言うことなどなく、どんな事でも
やるべきことであれば、好きになって
しまえるようでなければいけないと
いうことでしょう。
もちろん、プロであるなら、自分の仕事に
自信と誇りをもって、正当な評価を
要求することも当然であるといえるでしょう。
正当な評価を得られない環境であったら
それはプロの仕事を要求されていない環境だと
いえるのかもしれません。
プロの仕事を要求されていないのであれば
そこではアマレベルの結果しか得られないことを
甘受すべきであるということでしょう。


医療法人財団 夕張希望の杜ホームページ
http://www.kibounomori.jp/
帰ってきた村上智彦医師。夕張市で予防医学に尽力。
http://venacava.seesaa.net/article/32536830.html
胃がん予防キャンペーン
http://www.gekkan-gan.co.jp/index07.10.12.htm#2
情熱大陸
http://www.mbs.jp/jounetsu/2007/07_22.shtml
村上智彦医師と湯浅誠氏の2氏が受賞 若月賞
http://times-net.info/news/2009/03/post_1090.php
超高齢社会の医療モデルを示したい
http://obgy.typepad.jp/blog/2008/06/post-1341-17.html
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2009年07月28日

器用というのは、他人の思惑の逆に出ることだ。

『器用というのは、他人の思惑の逆に出ることだ。』
   織田信長

 器用な人という言葉があります。
褒め言葉のときもあれば、そうでないときもある
そんな言葉のような気がします。
 織田信長には、様々な逸話や伝承があります。
歴史の面白いところは、事実は当時の関係者しか
知らないということ。伝承も逸話も必ずしも
正しいかどうかはわからないものだということ。
だれも、正しく伝わっているという保証が出来ない
過去になればなるほど、そうだといえるでしょう。
 歴史にロマンがあるのは、真実がわからないから
だといえるのかもしれません。
 他人の思惑と、違った行動をとること
意表をつくことのできる人だといえるでしょう
そんな人を器用だと信長はおもっていたのですね。
きっと秀吉は、器用な人であったのかもしれません。
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2009年07月27日

依存市民の条件

200907251520000.jpg
依存市民の条件

 一、知的急情の市民
 一、言われなければ動かない市民
 一、すぐ他人の力に頼る市民
 一、すぐに責任を転嫁する市民
 一、やる気旺盛でない市民
 一、すぐ不平不満をいう市民
 一、よく休みよく遅れる市民

※スタジオジブリ「去って欲しい社員の条件」参照

 市民が、自立していかなければ、
今の日本の抱えている社会問題は、解決していかない
今、日本の未来が、どの方向に向かっていくのかを
左右するのは、市民の判断に委ねられています。
 政治においても、政治家を選ぶのは市民です。
選挙という権利を、しっかりと行使して、
社会をどう変えていくのか、その方向性を見据えた上で
その方向性に向かって政治を舵とることの出来る
候補者を選ぶこと、政党を選ぶことが必要でしょう。
 依存市民でいることは、
義務を怠り、権利を放棄しているともいえるかもしれません。
市町村の破綻、国の財政の破綻は、
市民の責任であり、国民の責任であることを
感じ取ることが必要でしょう。
 破綻した夕張も、破綻の原因は、依存市民であったと
いうことです。破綻したことで、依存市民がいなくなって
ようやく夕張は立ち直っていける方向に向かっているそうです。
 今は、破綻していなくても、
いつ破綻してもおかしくない市町村が、沢山あるようです。
その原因は、行政のせいではなく、
依存市民のせいであるということを、
いち早く感じ取って、市民が変わっていくことが
破綻の回避への第一歩であるといえるでしょう。
 ひとりひとりが、依存市民でなく、
自立した市民に、変化していけるように、
考えて、意識して、行動していくことが
出来るかどうかで、未来の社会が、どうなるのかが
決まっていくのだともいえるでしょう。
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2009年07月26日

一輪の花は百輪の花よりも

『一輪の花は百輪の花よりも
 はなやかさを思わせるのです。』
    川端康成

 花のはなやかさは、数が多いからではなく
その一輪が、活き活きと毅然と花開いている様子に
こそ存在しているといえるでしょう。
 数が多くても、ひとつひとつに魅力が無ければ
けっして魅力がますことも、生まれることも
ないのだということでしょう。
 一輪の花の美しさを愛でる
一輪挿しという器が、昔からある日本の文化
その一輪は、野に咲くものか、
それとも、人の手で育てられたものか、
その違いも、感じ取って、その美しさのなかに
見出すことが出来る心
そんな深い心をもった人になりたいものです。
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2009年07月25日

どんなに教養があって立派な人でも、

『どんなに教養があって立派な人でも、
 心に傷がない人には魅力がない。
 他人の痛みというものがわからないから。』
   フジ子・へミング

 他人の痛みを理解することの難しさが
この言葉から伝わってきます。
人の上に立つ人、人を引っ張っていく人、権力を持った人、
そういった立場の人であればあるほど、
他人の痛みを理解出来る人でなければならないように
思います。もちろん、完全に理解など出来ないでしょうが、
想像し、感じ取ることが可能であるような心をもっていることは
出来るはずです。
残念ですが、それも出来ない人は、いたりします。
人の痛みをわからない人は、人を平気で傷つけていても
傷つけていることがわからなかったりします。
そんなリーダのもとで過ごさなければならない人は不幸です。
知らずに恨みをかう人は、そんな人なのかもしれません。
 自分が心に傷をおったことのある人は、
他人にも、寛容になれたりするものです。
そして、そんな人は、確かに、魅力をもっていたりします。
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2009年07月24日

自然に見せようとする努力ほど、

『自然に見せようとする努力ほど、
 自然であることを妨げるものはない。』
   ラ・ロシュフコー

 自然体でいよう。自然体でいきよう。
そうよくいわれます。
自然な感じは、意識して生まれるものでもなく
見せようとして出来るものでもない
そういうことを伝えてくれている言葉です。
 自然であることは、
自らの素のままの行動の中から、
自分のもっているものとして、
出てくるものであり、表現されてくるもの
だから、日頃の行動や言動、日々の精進、
心の持ちようによって、全てがつくられると
いうことでしょう。
 無理しても、メッキはすぐにはがれてしまう
ということですね。
posted by 清水の伏竜. at 22:17| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月23日

ばかの愚かな行ないは、

『ばかの愚かな行ないは、
 いつも、知恵者の砥石になるものですわ。』
   シェイクスピア

 愚行、過ち、蛮行、・・・
まねする価値もない行為は、反面教師として
知恵者の教材にはなるようです。
 過ちを繰り返さないために、
何を学ぶべきなのか、
失敗や過ちの記録からも、学ぶべきものが
あるのかもしれません。
 人生のなかで、自分の行動による
結果から学ぶこともあるでしょう。
とくに、失敗、過ち、愚行というべき
行動や結果から、何を学べるのかが
人の成長にとって、大きな差となるのかも
しれません。
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2009年07月22日

マニフェスト

『マニフェスト』

 政治におけるマニフェストの考え方は、
イギリスの政党が、実施しているマニフェストを参考として、
それまでの日本の選挙は、お願い選挙であったのに対して
それでは、国政はよくならないし、行政も良くならないという現状に
対して、やはり、政権を担うものは、選挙民に対して、
政権をとって、どんな国や県、市町村にしたいのか、
そのためには、どんな政策を実行していくのがよいのか、
その政策を実行するためには、どんな予算や執行方法が必要なのか、
予算は、どこから捻出するのか、といったことを明確に示して、
その内容を、実行することを約束して、選挙民に選ばれることが
必要でしょうということから、
既に、それを実施している国の事例を参考にして、
日本でも導入しようと、活動が始まったのが、
1999年の統一地方選挙からであったとわけです。
 マニフェストの重要性や意味について、
徐々に理解が広がっていくなかで、地方から、そのうねりは
起こっていきました。
ようやく、国の選挙でも、それを始められるように
なりそうなのが、今回の衆議院選挙であるといえるようです。

 ただし、マニフェストによる選挙民への責任を明確にして
実行するということをいやがる議員がいるようで、
選ばれるまでは、頭を下げるけど、選ばれたら好き勝手するという
これまでの選挙を維持したいという議員は、
マニフェストをより国民に広めるための公職選挙法の改正に
反対していたりします。
 費用がかからず、公約=マニフェストが、常に国民に示されて
その結果や経過も報告されるようにするためには、
現状の公職選挙法は古すぎるし、無駄が多いということは
誰もが指摘していることです。
 今回の選挙にあたり、公職選挙法の改正について、
マニフェストの中に記載されているかどうかは、
チェックポイントのひとつといえるかもしれません。

 マニフェストは、公示の8/18前に、各政党から提示されるはずです。
国民は、その内容をしっかりと吟味して、権利である投票を
行うことが求められているといえるでしょう。

ザ・選挙 マニフェスト研究所
http://www.senkyo.janjan.jp/special/manifesto.html

マニフェスト採点して公表 政党支持は表明せず 知事会
http://www.asahi.com/politics/update/0714/TKY200907140358.html

マニフェスト大賞
http://www.local-manifesto.jp/manifestoaward/

第45回 衆議院議員 総選挙 ブログランキング
http://blogranking.net/shuinsen45/

【過去のマニフェスト】
<政権野党>
◎民主党
http://www.dpj.or.jp/index.html
民主党2007年のマニフェスト
http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2007/index.html
<政権与党>
○自民党
http://www.jimin.jp/index.html
自民党2005年のマニフェスト
http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2005_seisaku/120yakusoku/
○公明党
http://www.komei.or.jp/
公明党2007年のマニフェスト
http://www.komei.or.jp/policy/manifest/index.html
<その他>
共産党のマニフェスト
http://www.jcp.or.jp/seisaku/2005/05syuuin_seisaku.html
社民党のマニフェスト
http://www.mizuhoto.org/01/050818.html
国民新党のマニフェスト
http://www.kokumin.or.jp/seisaku/kouyaku.shtml
改革クラブのマニフェスト
http://www.kaikakuclub.jp/manifesto/
新党大地のマニフェスト
http://www.muneo.gr.jp/kouyaku.html
幸福実現党のマニフェスト
http://www.hr-party.jp/about/index.html#04
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2009年07月21日

やや不利はやや有利に、やや有利はやや不利に

『やや不利はやや有利に、やや有利はやや不利に
 つながるがこれはたいしたことではない。
 絶対有利が最大の危機であり、絶対不利は絶対有利に通じる。
 勝負は最後の一手を指し終えた時に決まる。』
   木村義雄

 ものごとの勝負時は、その勝負毎に異なります。
状況も、不利、有利、拮抗と、常に変化していきます。
そして、勝敗は、最後の瞬間まで、どちらにころぶか
わからないものであるといえるでしょう。
最大の不利が、最大の有利が、
一瞬に、大逆転することがあるのが、勝負の難しさです。
最後の一手、最後の瞬間まで、気を抜くことなく
集中していることが必要ということでしょう。
自分の、自分たちの、最高の状態を、
最後の瞬間まで、維持していくことができるのか
それが、結果を、左右するということでもあります。
また、どんなに厳しい状況であっても、
最後まで、諦めないことが、大切であるということでも
あるでしょう。
 時の運は、一瞬にして、その流れを変える
そんなものでもあったりするから、
その瞬間を逃さぬように、常に全力で取り組むことが
大切なのだということなのかもしれません。
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2009年07月20日

この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である

『この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である』
    アームストロング船長

 昭和44年7月20日、
アポロ11号の月着陸船が、月面に降り立ち、
人類が、記録上、はじめて、月面に一歩を刻みました。
その一歩は、テレビ中継で、全世界に伝えられました。
月面への第一歩のあとの第一声は、
世界にその偉業の意味を伝えるものでした。
それから、アポロ13号の奇跡を挟んで、
アポロ計画により、月面に宇宙飛行士が降り立ち、
その足跡を残したのでした。
当時、小学生になったばかりであった私は、
アポロの偉業に、注目し、新聞の記事をスクラップして
宇宙への憧れを抱いたものでした。
 小さな一歩に、込められた、多くの技術者、科学者、
パイロットたちの想いは、人類の可能性を示すものであり
未来への夢を抱かせるものであったといえるでしょう。
 アポロ計画以後、人類の月への旅は中断します。
そして、今年、月へ再び人類が足跡を残し、
常駐できる基地の建設に向けての基点となる
国際宇宙ステーションが完成しました。
 最後のパーツをスペースシャトルで運び、
日本の研究棟、希望も最後のパーツが組み上げられました。
やがて、スペースシャトル計画も終わりとなり、
今後のステーションへの物資や人の輸送には、
露欧日米のロケットにより行われることになります。
 月の次は火星へ。
人類が、その生活圏を太陽系に拡大させる日が
やがて訪れることを願ってやみません。
posted by 清水の伏竜. at 05:24| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月19日

人間は失敗する権利をもっている。

『人間は失敗する権利をもっている。
 しかし失敗には反省という義務がついてくる。』
    本田宗一郎

 物事を行ったとき、
その過程や結果において、失敗はあり得るものです。
しかし、日本の社会は、一度失敗すると
もう二度とチャンスが与えられないといった
問題を抱えていることが多かったりしました。
 成果主義のなかで、その傾向が強まった部分も
多くなっていったようでした。
その結果、うつ病の増加、自殺の増加に
繋がった部分もあったのかもしれません。
 失敗は、権利であるという姿勢を
実践をもって示せるような経営者は
まだまだ少数であったりします。
そこが変わっていかないと、その先の言葉である
反省という行為の義務ということが
意味をなさなくなっていく気がします。
 失敗は権利、だから恐れずチャレンジして
いきましょう。そして、失敗したら、必ず反省を
行って、同じ失敗を繰り返さないように
知恵を付けていきましょう。
その繰り返しが、大きな成功へと
繋がっていくということです。
反省することも、義務と思わずに権利とおもって
行っていくくらいの意気込みがあったら
もっと良き糧を得ることができるようにおもいます。
posted by 清水の伏竜. at 10:48| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月18日

強い人が勝つとは限らない。

『強い人が勝つとは限らない。
 すばらしい人が勝つとも限らない。
 私はできる、と考えている人が結局は勝つのだ。』
   ナポレオン・ヒル

 物事を達成する人、成し遂げる人は、
強いからでも、素晴らしいからでもなく
出来ると信じている人であるということです。
何かを成すと思ったとき、
ビジョンを描き、夢を抱き、志を立てたとき、
そこに向かって進みゆくのに
必要なのは、必ず出来る、必ず実現するという
強い信念であるということでしょう。
自分を信じ切れるかどうか、
絶対にゴールにたどり着けると
常に思い続けられるのか、
そこが重要であるということです。
それが揺らいでしまったら、
失敗や挫折という結果になってしまうでしょう。
あきらめないこと、
信じること、
そのおもいの強さが、
どんな困難も障壁も、苦にならずに
突き進むことのできる力となっていくということです。
そして、そんな強い信念は、まわりに影響を及ぼし
共感をうみ、共鳴し、人を集めることに
なっていくということでしょう。
思いの強さがあるなら、すぐにでも
始めるべきだということでもあるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 09:15| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月17日

深く探求すればするほど、

『深く探求すればするほど、
 知らなくてはならないことが見つかる。
 人間の命が続く限り、常にそうだろうとわたしは思う。』
   アインシュタイン

 真理への飽くなき探求心、
人のもつ性なのかもしれません。
この世で学ぶことが、重要であったりします。
あの世では、魂のレベルが違うと交流が難しようです。
人類の進歩は、探求心によって、成し遂げられてきたと
いえるかもしれません。
それは、謎を解明したい、原理を知りたい、といった知に
対する欲求でもあるだろうし、
幸せになりたい、楽をしたいといった生活での欲求で
あったりするでしょう。
深く探求していくと、そのレベルにおける謎や疑問に
遭遇します。そして、その謎を解明したいとおもい
研究、探求、実験などを行っていくということになります。
ただ、自らの努力では、解答は見つからないこともあります。
それは、神の叡智に関わることや、神の叡智からくる真理です。
そこは、神に聞くしかありません。
しかし、神と会話できる人は、限られています。
魂のレベルの高さと共に、この世での神との契約を
どこまで守って生きているのかといったレベルが問われるからです。
神と出会えるための修行は、通常の人では耐えられない
厳しいものであったりします。
しかし、知りたいと思うことも確かです。
そのためには、実際に最高の修行者より学ぶことの出来た人から
学ぶことしかないということになります。
それは、出会いであり、その出会いがあるかどうかは
まさに運命というべきものなのかもしれません。

 人の探求心は、人が生まれ出でることが終わらぬかぎり
なくなることもなく、故に、人類は進歩し続けるということに
なるのかもしれません。
この世において、何をなすのか、
それは、生まれてくる前に予定しているわけですが、
その中には、深い探求心を持つこともあったりするでしょう。
まだまだ、人類の知恵は不足していることが多いものですから。
posted by 清水の伏竜. at 12:41| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月16日

とかく物事には明暗の両方面がある。

『とかく物事には明暗の両方面がある。
 私は光明の方面から見たい。
 そうすれば、おのずから愉快な念が湧いてくる。』
   新渡戸稲造

 明暗、確かに多くの物事には、
そのどちらか、または、どちらもあったりします。
何かあったとき、その事に対して
どんな視点でみるのか、どう考えるのかで、
その事が、もつ意味や、影響が、変化します。
暗の部分をみていけば、気分も落ち込みます。
しかし、明の部分をみれば、ほっとするだろうし
希望をもてるといえるでしょう。
 どちらが、より前向きになれるのかといえば
間違いなく、明の部分をみていくことであると
いえるでしょう。
これは、人を教育するときや評価するときにも
同じことがいえるでしょう。
世の中は、減点主義になっているような気がします。
そのために、暗の部分にばかり目が向いてしまい
負のスパイラルへと落ち込んでいっているのでは
ないでしょうか。
うつ病が多くなっているのも、暗の部分ばかりが
注目されるような企業が多くなっているからだと
いえるのかもしれません。
成果主義により、目先の結果で全てを評価し
失敗はみんなダメということになってしまったことで
とにかく暗の部分が目立つようになっている気がします。
人を活かすという意味では、成果主義の導入には
慎重さが必要であるといえるでしょう。
まったく効果を出せないような業務もあるからです。
結果を何で評価するのか、
その部分でも、明暗のどこに注目するのかで
大きく変わってくることであったりします。
人を活かすには、その人の明に注目し、
そこを活かせる場所に配置して、さらに伸ばすこと
それが基本であるといえるでしょう。
そうできるかどうかは、経営者や管理職の手腕に
かかっているということになります。
うつ病の多い企業に、カウンセラーが
カウンセリングにいくと、うつ病の社員ではなく
その上司や管理職、経営者の方をカウンセリングする
必要があるケースが多いといわれるのも、
あたりまえのことなのだといえるのかもしれません。
 人生をより充実したものとしていくには
とにかく自分の良さをみつめて、
明暗あれば明に注目していくことが、
大切なのだといえるでしょう。
それが、自分では出来ないとき、
それをフォローしてくれる人が、
側にいてくれたら幸いであるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 18:17| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月15日

風習の専制は、つねにいたるところで、

『風習の専制は、つねにいたるところで、
 人間のあらゆる発展の障害になっている。
 なぜならそれは、
 ふつうよりも良いものに達しようとする性向と、
 絶えず対立しているからである。』
  ジョン・スチュアート・ミル

 風習というものは、歴史と共に培われてきたものです。
しかし、それが例外を許さないような強固なものに
なってしまうとき、専制ともいえる状況をつくりだして
しまうことがあります。
そのような場合には、確かに発展の障害となってしまうでしょう。
変化と対立する存在になっているからです。
 さて、しかし風習や慣習となっているものが
すべて専制となっているのかといえば、そうではありません。
風習や慣習のなかには、警告とリスク回避といった要素を
含んだ教訓的なものも数多く存在しています。
それと対立することが、危険や崩壊、恐怖を産み出すという
可能性もあり得るのです。
人間の発展のなかには、一見すると発展のようにみえて
衰退や崩壊、破壊に向かうようなものもあったりします。
古き慣習や習慣のなかには、それを抑制するために
生まれてきたものもあるということを
忘れてはならないでしょう。
ものごとを画一的に捉えること、一面からしかみないことは
大切なものを見逃すことになる可能性があります。
多様性を認めない社会ほど、専制に陥りやすく、
誤った方向に流されたとき、修復できなくなってしまいます。
 これからの時代は、多様性を認められる社会が
必要となっているといえるでしょう。
古き良きものと新しき良きものの調和と融合のなかで
あたらな希望が見えてくるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 04:14| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

自分というものを捨て去って、何が正しいかを考え、

『自分というものを捨て去って、何が正しいかを考え、
 なすべきことをなしていくところに、
 力強い信念なり勇気が沸き起こってくる。』
   松下幸之助

 もし、松下さんや、本田さんが、生きていて
この金融不況を迎えたとしたら、派遣切りや育休切りを
良しとしたでしょうか。
 経営とは何なのか、企業とは何なのか、
先人に学ぶべきものが、多いような気がします。
 何が正しいか、なすべきことはなにか、
まさに、自分を捨て去って考えるべき人たちを
選択するときが近づいています。
 衆議院議員選挙です。
国会議員を志す人には、やはり利己心を捨て去り、
利他心で考え、何が正しく、なすべきことは何かを
考えて、強い信念と勇気をもって、実行できるようで
なければならないのだと思います。
これは、企業経営トップにも言えることでしょう。
 自分のことよりも、株主のこと、
株主のことよりも、従業員や顧客のことを
考えられる素養があり、企業の社会的な責任の重さを
感じ取れる人に、経営者、管理職に就いて欲しいと
多くの人がおもっていることでしょう。
 これからの時代は、大量消費大量生産ではなく、
もったいないの復権と、大事に、安全安心といった
質の向上に重点をおいた成長が大切になっていくべきだと
いえるでしょう。経済も量を評価するのではなく
質を評価する方向に変革していく必要があるように感じます。
posted by 清水の伏竜. at 04:09| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

経験が尊重されるためには、

『経験が尊重されるためには、
 その人がその経験を通して、
 いつ、だれが、どこで考えても納得のできる
 正しい知識を学びとっているかどうかによる。』
    本田宗一郎

 経験を活かすために必要なことを
日本経済界の重鎮が、語っている言葉です。
経験しても、学びが無ければ意味がないと
いうことですね。
いろいろ経験することは、良いことですし
自分の可能性をひろげていくことになるでしょう。
しかし、経験しても、そこから何も学ぶことが
なかったなら、その経験に意味は無かったことになり
尊重されるものでもなくなってしまいます。
 何かを学ぶため、得るためにこそ、
経験を積む意味があるということでしょう。
経験の重要さは、成果主義の導入によって
評価されることが無くなっていきました。
将来のために何かをし経験し学ぶことよりも
目先の結果のために行動することが優先されて
しまうようになったからです。
経験の重要さを、もっと評価して、人材を大切にし
人材を育成していくように変化していかないと
企業には未来は無いのかもしれないと感じます。
 学ぶとき、師弟関係でないと学びとれないものも
あったりします。
そういった分野においては、一見古いとおもわれがちな
過去のシステムやプロセスの方が、効果が高く、
必要であったりすることがあります。
古いものはダメという偏った考えを捨てさり、
柔軟で多様な発想や、応用、導入が出来ることこそが
大切になってきているのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 02:52| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月12日

誰も称賛してくれる者がいなくても自分のことは自身で称えよ。

『誰も称賛してくれる者がいなくても自分のことは自身で称えよ。』
    バートン

 夢に向かって、歩んでいるなら、
 志に従って、歩んでいるなら、
 ビジョンに向かって、歩んでいるなら、
 誰も、褒めてくれなくても、
 自分を信じて、自分を愛して、
 自分を褒めてあげればいい
 そして、ひたすらに、
 目的に向かって、進んでいけばいい、
 その姿勢が、本物であれば、
 やがて、共感してくれる人が
 現れるに違いないのだから。
posted by 清水の伏竜. at 02:56| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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