2009年06月30日

ヒンズー教徒がヒンズー教徒を愛するのは、

『ヒンズー教徒がヒンズー教徒を愛するのは、
 べつだんたいしたことでもない。
 価値と徳がそなわるのは、
 ヒンズー教徒が同胞のモハメッド教徒を同じような愛情で愛して、
 相手の習慣や偏見に耐えるときである。』
    マハトマ・ガンジー

 多様性を認めることの大切さを、
ガンジーは知っていたということです。
聖人といわれる人は、宗教をこえた愛をもっている
人であるべきだといえるでしょう。
イエスさまも、お釈迦様も、宗教の違いで
人を判断されることはありませんでした。
 宗教に意味を感じてもいなかったといえるかも
しれません。なぜなら、信仰さえあれば良いのですから。
イエスさまも、お釈迦様も宗教団体をつくるような行動は、
まったくされていなかったことは衆知のことです。
でも、見えていない人が多かったりもするようです。
 日本の凄いところは、
多様性を受け入れる素養をもっていたことだと
いえるでしょう。
残念なことに、明治維新の失敗や戦後の失敗で、
その良さを見失っているようなところもあったりします。
良きものは、大切にしていきたいものですから、
失った良きものは、取り戻すように、
していければよいなという気がします。
posted by 清水の伏竜. at 00:58| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

世間で頭角をあらわす人物は

『世間で頭角をあらわす人物は、
 自分の望む環境を自ら捜し求める人物でもあり、
 もしそれが見つからない時は自分で創り出す人物である。』
  バーナード・ショウ

 今年は、衆院選挙があります。
その前哨戦ともいわれる地方選挙で、
こでまでの政治家にとっては、予想外のことが
起こっています。
 千葉市長選挙で、31歳の新人が当選し、
 横須賀市長選挙で、33歳の無所属の新人が当選しました。
30代前半の市長が、次々と登場することになったのです。
 選挙民である市民が、これまでの政治にNOを
突きつけたといったもよいでしょう。
地方自治体も財政難であり、なのに行政の税の使い方は
不透明な感じであるし、行政で働く人に、
危機感は感じられないといった印象が、様々な場面で
出てきています。これまでと同じ方法では、ダメだという
気持ちが、市民のなかにも芽生えてきたということなのかも
しれません。
 明治維新に中心となって動いたのは、20代、30代の
若者たちであったわけですが、それは時代の大きな変化の波の
なかで、その変化に乗り遅れないために、何をすべきかを
強く感じていたのが、これまでの政治を司ってきた人ではなく
新しい息吹を感じ取っていた人であったということでしょう。
今、まさに、時代は、平成維新の時ともいわれています。
こでまの政治では、ダメであるということは、
多くの市民が感じいます。その市民の感覚に答えられるかが
政治家に問われているといえるのでしょう。
まさに、環境が、それをのぞみ、その環境を望んで
飛び込んできたものが、最初の一歩である当選という結果を
得たのだといえるようにおもいます。
 世間で当確をあらわす人物として、
望む環境を見つけ出し、または創りだして、
その環境で、勝負をかけることができる人であるとしたら
まさに、環境が、人を飛躍されるということでも
あるといえるでしょう。
 環境が大きく変化するときに、その環境の変化に
ついて行けなければ、当然、頭角をあらわすことはできないと
いうことであるともいえるでしょう。
 政治において、環境を創りだしているのは、
市民であり、国民であるわけです。
選挙民が、環境を創りだしているといえるでしょう。
市民、国民が、変化を望むのであれば、
その変化を、実現できる人が、出てくるべきであるし、
出てくることになるのだということだといえるでしょう。
一票の重要さ、そして、関心を持つことの大切さを
ひとり、ひとりが感じとっていくことが
必要なのだということであり、そうすれば、
チェンジのときが、訪れるということだといえると
感じさせられます。
posted by 清水の伏竜. at 13:43| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

わたしだって、自分の夢なんかわかんないよ。

『わたしだって、自分の夢なんかわかんないよ。
 わからなかったら、探せばいいじゃん
 今は見えなくても、今はわからなくても
 きっと見つかるよ』
  あむ 〜 アニメ 「しゅごキャラどきっ」 より

 夢を持つことの素敵さ、
夢を持つことの大切さを、感じさせてくれるものは
いろいろあったりするものです。

 物語の中で、2人の少女が、戦います。
るるの想いは、純粋であっても、ちょっとベクトルが
違ってしまっていたことを、あむは、気づきをあたえて
あげます。ともだちとして。
 しゅごキャラの存在を通じて、
ともだちとの争いを通じて、物語は、子どもたちに
語りかけます。
 大切なものは、何なのか。
ともだちとは、夢とは、思いやりとは、
そして、約束とは、何なのか。
 そして、母と子の絆について、素敵なものを
みせてくれます。

 物語のなか、戦いのさなかに、
こんな台詞が出てきます。
「私たちがやらなきゃ、みんなの夢のために」

 今の政治家の人に知って欲しい言葉であるように
感じました。マンガ、アニメ好きという首相は、
国民の夢のために
何かしようと想ってくれているのでしょうか。
何も伝わってこない、哀しい感じがするだけです。
現場の感覚、国民の感覚を、どこまで知ろうとする
努力をしているのか、政治家に不可欠な要素であると
いえるでしょう。
かってに、イメージを決めつけていないのか
見直して欲しい気がします。
posted by 清水の伏竜. at 14:04| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

明日とは、実は今日という一日の中にある。

『明日とは、実は今日という一日の中にある。』
   亀井勝一郎

 昨日、今日、明日、

 それは、

 過去、現在、未来、

 三人の女神が司るとも言われる時の流れ、

 明日は、今日から連なるものであり、

 今日という日、一日の流れの中に、

 既に、用意されたものだといえるのかもしれません。

 時は、デジタルではなく、アナログであり、

 分離できない繋がりであり、

 その瞬間は、捉えたときから過去になり、

 未来は、すぐに、今となり、

 存在の継続のなかで、刻まれていく

 そんなものなのかもしれません。

 今をいかにいきるのか、

 それが、そのまま未来に繋がっていく

 そういうことだといえるのでしょう・・・
posted by 清水の伏竜. at 13:11| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

天の時、地の利、人の和

200906242155000.jpg
『天の時、地の利、人の和』
       金美齢

 人生を歩んでいくなかで、
何が必要なものなのか、
やはり、自分の能力を知り、
自分の立ち位置を知り、
自分の良いところをのばしていくことで
オンリーワンを目指すこと
それも必要でしょう。
でも、何よりも、人の和を
築ける力が重要であり、
人の和を築けていけるのであれば、
その和と共にある地の利を
活かして、物事を成していける
そうしていくなかで、
天の時を迎えたときに
そのチャンスを逃すことなく
つかみ取ることができ、
大きく飛躍していけるという
ことであるといえるでしょう。
 人生の基本は、自己責任です。
なぜなら、人生は自分のものであって
他人のものではないのですから、
どの道をゆくのか、判断し、決定するのは
すべて自分自身でしかありません。
その結果は、自分が選択したもので
あるわけです。
基本的には、自己責任であるのが
全ての人の人生です。
もちろん、自己責任ですまされない
例外もあり、そのようなケースについては
社会で支えることが必要であるといえるでしょう。
しかし、それはあくまでも例外でしかない
数の大小に無関係に例外なわけです。
より、よき道に進めるように、
判断し、決断し、困難を乗り越えることが
出来る基礎の力を育むことが
子育ての基本ということになるでしょう。
甘やかしては自立できないという
ことだともいえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 03:23| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

人間は生まれながらにして自由である。

『人間は生まれながらにして自由である。
 しかし、いたることで鉄鎖につながれている。』
  ルソー

 人は、自由である。
自由とは何か、それは、自分の心のままに生きることが
出来るということなのかもしれません。
生まれたばかりのとき、
人は、心のおもいを、そのまま表現しています。
おなかがすいた、いたい、気持ち悪い、面白い、
楽しい、気持ちよい。
赤ちゃんの反応は、素直です。
外からのあらゆる刺激を、脳に刻み込んでいきます。
しかし、外からの刺激、環境からの影響を受けていくなかで
人は、変化していきます。
素直に、心を外に出さなくなることもあれば、
考え込みようにもなっていくのです。
体の成長と共に、心が成長していきます。
この世の枷ともいえる心と体が、育まれていくのです。
 人の人格形成や、性格形成に、0歳から10歳くらいまでの
環境が非常に大きな影響を与えているということは
既に、常識とも言える感じになっています。
無垢な心と体が、成長する最初の過程のなかで
その核となるべきかたちが形成されるのは、
あたりまえのことだといえるでしょう。
 もちろん、心と体には、生まれる前からの存在である
魂からの影響もあります。したがって、環境だけでは
定まらないものもあることは事実です。
ただ、魂の影響は、魂の力に左右される部分でもあり
カルマの影響や功徳の影響も大きく反映されます。
したがって、人によって様々なものになります。
 成長の過程で、人は知らず知らずに
自らの心に、鉄鎖をつないでいってしまいます。
それは、環境からの影響であったり、
カルマの影響であったりします。
 それでも、本性としての人は、自由なのです。
どう生きるのかについては、自分で決め、自分で歩んで
いるのですから。
環境の壁も、乗り越えられるかどうかは、
その人の決断次第であり、行動次第なのです。
しかし、誰かが出来たことであっても
他の人に出来るのかといえば、そうでもありません。
人の多様性、人のバックボーンが、違っているからです。
魂のレベルも違えば、カルマも功徳も違います。
そして、心と体も違うのです。
双子であっても、違います。
まさに、天上天下唯我独尊ということです。
 つながれた鉄鎖を砕けるかどうかも
また、人それぞれだといえるでしょう。
ただ、人には、共感する力、共働する力があります。
自分ひとりでは砕けない鉄鎖も、
ひとりでなければ砕けるかもしれないのです。
そこに、大きな可能性を秘めているのも
人の素晴らしさであるといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 13:37| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

自分にとってたいせつなことは、

『自分にとってたいせつなことは、
 他人が自分のことをどう考えているか
 ということではなく、
 自分が彼らのことをどう考えているかということだ。』
   ブリヤン

 たいせつなこと、
いきていくなかで、自分にとって
何がたいせつなのか、
それは、ひとによって、それぞれ違ったもの
かもしれません。
それぞれに、自分のおもいがあり、
たいせつなものがある
それは、たしかに、そのとおりです。
でも、もし、自分と他人の関係で、
たいせつなことがあるとしたら、
 それは、他人がみる自分ではなく
自分のみる他人が、どうであるのか、
みられる自分でなく、
おもう自分の方が、どうなのかが
大切であるといえるでしょう。
愛されることより、
愛することの方が、たいせつであると
いうことです。
利己心ではなく、利他心が、
世の中も、自分の人生も
よい方向に導いていってくれるということを
もっと感じていくことが、
必要であるということでしょう。
どうおもわれているのかでなく
どうおもっているのか、
そのおもいが、どうなのかが、
重要だということですね
posted by 清水の伏竜. at 07:53| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

あらたまらざるものは心なり。

『あらたまらざるものは心なり。』
   清少納言

 人にとって、なかなか
変えられないもの、変わらないものに
心があります。
 一度、固定されたレッテルや印象は、
それが本当の姿でなくても、その印象のままで
判断してしまう人が多いということです。
ハロー効果も、心があらたまらないことの
ひとつといえるのかもしれません。
 人の心を変える、人の心を動かすことは
とても難しく大変なことであったりします。
しかし、劇的に変わるようなことも
あったりします。
 それは、感動の力、共感の力による
ものであったりするでしょう。
心が震える、自然に涙が溢れてくる、
そんな衝撃があったとき、
心は変わるかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 07:28| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

平和は力では保たれない。

『平和は力では保たれない。
 平和はただ理解し合うことで達成できるのだ。』
   アインシュタイン

 原子爆弾の開発に関わった科学者たち
その多くは、そのことによって人類にもたらされた
危機に哀しみ、後悔することになったのです。
 平和は、力では保たれない。
まさに、その通りであるといえます。
力で保とうとしたとき、
その均衡が崩れ、戦争の引き金が引かれてしまう
その事実を、歴史は数多く刻んできています。
繰り返してはならない歴史を、
繰り返す愚行をおかさないために
人は、お互いをもっと理解しあうことが
必要とされているといえるでしょう。
理解するためには、お互いを認め合うことが
必要でしょう。
相手を敬い、相手を信じることが、
必要になってきます。
また、それには、自らを愛し、
自らを信じることが出来なくてはダメでしょう。
どのくらいの人々が、
それに気付き、そう思えるように
なっていけるのか、
それが、未来の社会のありかたを
決めることになるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 01:41| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

国際救助隊憲章

「国際救助隊憲章」
 〜人類の未来のための十カ条〜
      福島正伸

 第1条 まずは私がやる、先頭に立つ
 第2条 ピンチはチャンス、前向きな言葉のみを使う
 第3条 問題あるところに生きがいを見出す
 第4条 手法は100万通り、あきらめない
 第5条 何気なくやらない、人類のためにやる
 第6条 人を信じ、夢を信じる
 第7条 最大の困難に、笑顔で挑む
 第8条 他人とは、感謝で付き合う
 第9条 人生のすべてを楽しむ
 第10条 最大の報酬は、感動の涙

 福島さんの夢は、大きい。
 自衛隊を買収して国際救助隊にする。
 凄い夢です。
 その国際救助隊のマークはくまさん。
 そして、隊の憲章があります。
 誰でも、この憲章を守れるのなら、
 国際救助隊の隊員になれるかもしれません。
 国際救助隊のことを、知りたい方は、
 福島さんの講演をお聞きになってみると
 よいでしょう。

 夢・ドリームプレゼンテーション
 2007、2008、そして、2009。
 夢を語り、実現させていく、素晴らしいプレゼンテーター
 感動を与えてくれるプレゼンには、
 夢が、リアルに語られ、想いの強さを
 感じさせてくれるものです。
http://drepla.com/drepla2009.html#setsumeikai
 2009年12月12日(土)に、
 本選のプレゼンが行われます。
 また、夢を感動と共に感じさせてくれることでしょう。
 ひとりでも、多くの大人が、
 夢を語り、夢の実現に歩むことができるように
 なっていったなら、社会は変革していくことでしょう。
 その主人公になれなくても、
 主人公を支える脇役、裏方として、
 参加できる人が増えたら、それは大きな力となり
 大きな波になっていくでしょう。

 人生をもったいなくしないために、
 人生を得するために、
 夢は、もっとも大切なものなのかもしれません。
 自分の夢がなくても、
 共感できた人の夢を実現させることを夢にしても
 それは素敵な夢なのだといえるでしょう。
 だから、夢との出会いは、とても素敵なことなのだと
 おもいます。
 誰かの夢と出会うことで
 自分の夢が見つかるかもしれません。
 そのために、ちょっと勇気を出して、
 夢の語り場に出かけてみては如何でしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 23:05| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

すべてのものは変化する。

『すべてのものは変化する。
 変化するものは互いに関係しあって変化する。
 よろこびも悲しみも変化の中にある。』
   武田泰淳

 時代も、社会も、人も、自然も、宇宙も、
変化しています。
その変化は、単独で起こっているものではなく、
互いに関連しながら、影響しあいながら、
進んでいます。
 ひとつの変化が、関連の広がりのなかで、
大きな変化となっていくこともあったりします。
小さい一歩が、大きな波の訪れを招くことも
あったりするということです。
 人にとっての変化は、宇宙や地球や社会からみたら
小さなものでしかないかもしれません。
でも、悲しみも喜びも驚きも、身近な変化から
訪れるものですし、自分自身の変化もまた、
周囲からの影響なくしてあり得ないと
いえるのではないでしょうか
神からの影響、精霊からの影響、
スピリチュアル、エンティティ、エンジェルからの
影響など、時空をこえた影響もまた、
いろんな場面であったりすることでしょう。
どんなときでも、いろんな絆や関係のなかで、
活かされていることを感じながら、
感謝の気持ちを忘れずに歩んでいきたいものだと
おもいます。
posted by 清水の伏竜. at 08:57| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

ありがトン

『ありがトン』
   さわとん

 感謝の心は、とても大切なものです。
感謝の言葉と、笑顔は、人の心を和ませてくれます。

日本社会は、毎年3万人の自殺者を出して、
10万人をこえる失踪者を出しています。
会社では、パワハラ、セクハラ、いじめ、
心の病に悩む人は、増える一方のように思えます。
でも、そんなマイナスばかりに目を向けていても
何も変わらないでしょう。
もっと、プラスの方向に目を向けてみませんか。

夢を抱くこと。
大人も、子どもも、みんなが、自分の夢を抱き、
その夢に向かって、歩んでいける
そんな社会になったら、
きっと、数多くの問題は、自然に解決していって
しまうのかもしれません。

そんな、夢をもった大人のひとりに、
さわとんがいます。
さわとんの大好きな言葉が「ありがトン」。
感謝の気持ち、親しい気分、嬉しい心、
元気な感じ、いろんなプラスのおもいをこめて、
「ありがトン」
と、言っています。

さわとんの気持ちが、ひとつのエッセイになりました。



元気のない人でも、ゆっくりながめて読める本
そして、きっと、何かの気付きを与えてくれる
ことでしょう。

魔法の言葉「ありがトン」
魔法の歌「ありがトン」

多くのひとに、届けて欲しい
そんな願いと、多くの人のおかげで、
出来上がった本「ありがトン」だから、
多くの人に感謝の気持ちをお伝えしたい

いきいき!フォーラム
「ありがトン」出版記念 with 福島正伸先生
http://www.arigaton.com/activity/ikiiki/090620
6月20日(土)14時〜16時30分 (開場13時30分)
渋谷シダックスホール(渋谷駅ハチ公口徒歩5分)

さわとんが、敬愛する福島先生といっしょに、
夢のプレゼントを贈ります。

夢を抱けない人が、夢が抱けるように、
夢を感じたことのない人に、夢を感じてもらうために、
素敵なゲストのみなさんとご一緒に、
素敵なひとときを、ご一緒しませんか。

「ありがトン」
posted by 清水の伏竜. at 03:27| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

チャレンジドを納税者にできる日本

200906172202000.jpg
『チャレンジドを納税者にできる日本』
     竹中ナミ

 チャレンジド(Challenged)という言葉を
聞いたことがありますか。
もし、なかったら、ぜひ覚えておいて欲しいとおもいます。

社会福祉法人プロップ・ステーション
http://www.prop.or.jp/index.html
20年もまえから、ICTを使って、
チャレンジドのみなさんが、社会参加し、労働の喜びを感じ、
生き甲斐をもって生きていけるユニバーサル社会を
目指して活動されているみなさんです。

障害を持つ人のことを、チャレンジドとよんでいます。
日本では、障害者に対して、弱者というレッテルしか
張られていなかったりします。
企業も、障害者雇用は、義務だからしかたなくという
後ろ向きな姿勢の方が多いといった状況にあります。
ワークシェアや、ワークライフバランスが、
重要となってきているなかで、
チャレンジドとの関わりを、前向きに捉えていくことが
必要になってきているといえるでしょう。
経営者に求められている重要なことのひとつであると
いうべきだと思います。

社会のありかたとしても、単にインフラとしても
ユニバーサルを考えるのではなく、
互いに支え合うという協調や共働といった視点で
ユニバーサル社会を、地域、自治体、国のレベルで
考えていく必要があるでしょう。
どんな人にも、人権があり、働く権利があり、
生きる権利があるのです。
それを、互いの足りないところを補いあって
助け合って、支え合って、成し遂げていける
それは、ごく自然に、普通になっている社会
日本が、そんな社会になることが
高齢社会のいま、必要になっているのだと
おもいます。

posted by 清水の伏竜. at 07:37| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

今年の七夕は、大切な人に、星空からメッセージを届けてみませんか?

七夕には「きずな」を

「今年の七夕は、大切な人に、星空からメッセージを届けてみませんか?」

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)による、
超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)における
E-Mailの同時多重伝送実験で、一般のみなさんからの
メッセージを、七夕の日に、「きずな」に送信して、
中継後に、地球局で受信して、配信するという試みが行われます。

現在、JAXAにて、申し込みを受け付け中です。

申し込みサイト
http://www.satnavi.jaxa.jp/tanabata/index.html

締め切りは、7月1日 17:00まで
固定メッセージと選んだイラストを、登録したアドレスに
届けてくれます。
携帯アドレスにも対応しています。

七夕の日に、きずなを経由した宇宙からのメッセージを
送ってみませんか。
posted by 清水の伏竜. at 07:49| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

身のまわりにいくらでも転がっている幸福から、

『身のまわりにいくらでも転がっている幸福から、
 自分のものを選び出し、
 それを最高のものに高めることだね。』
  本田宗一郎

 幸福とは何か、いろんな人が幸福になりたいと
願っているのではないでしょうか。
身近にある幸福、そのなかに自分のものがある
それを見つけだして、育てていく
そうすれば、最高に幸福になれる
これは、誰でも、幸福になれるものを
持っているということです。
でも、それに気付いていないために
幸福に成ることが出来ないだけというのです。
 幸福は人によって様々に異なるもので
あることでしょう。
だから、その人の幸せは、その人だけにした
見つけることは出来ないのです。
自分でみつけるしかないということです。
簡単なようで、難しいことのひとつと
いえるのかもしれません・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:55| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

暑中お見舞い申し上げます。

「暑中お見舞い申し上げます」

 季節の挨拶の定番です。
日本には、季節にそった挨拶の定型があったりします。
これって、世界的にみても、
珍しってことあったりしないのでしょうか。
6月15日は、暑中見舞いの日だそうです。
 昭和25年6月25日に、暑中見舞いはがきが
初めて発売されたことを記念してのことのようです。
郵政民営化で、いろいろ人事面でもめていますが
新会社の幹部を刷新して、もっと若くて意欲のある人を
社長に登用して欲しいという気もします。
それは、さておき、
暑中見舞いのはがきは、最初は、2円だったそうです。
1円切手が主流だったことなのですね。
5000万枚が発行されたそうです。
さて、今年の暑中見舞いのはがきは、どんなでしょうか。
年賀はがきに比べると、やはり少なくなってきたようです。
暑中見舞いのご挨拶は、日本の慣習といえるでしょう。
はがき無くても、お会いしたときに
気遣いのある挨拶を出来るとよいですね。
 暑中見舞いの曲もあったりしますね。
なんと言ってもキャンディーズのヒットソングでしょう。
「暑中お見舞い申し上げます」
「暑中お見舞い申し上げますPartU」
最近、カバーされて、他の歌手が歌ってたりもしますね。
懐かしいかぎりです。



posted by 清水の伏竜. at 23:49| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一生涯の目的を達成せんとするものは、

『一生涯の目的を達成せんとするものは、
 いかなる固執も、障害も、目前の名利も介さず、
 忍ぶ、粘る、堅忍持久、終始一貫、
 最後の目的に突進することである。』
   石橋正二郎

 生涯の目標、夢、をもてることが
まず、凄いことであったりします。
多くの人が、今を生きることで精一杯で、
夢をもてずにいるのが、現実の社会の課題と
いえるなかで、
生涯をかけて成しとげようという目標があり、
成し遂げたいという夢がある人は、
夢のために、目標のために、
あらゆることを行っていく決意と心を
もって歩んでいます。
そこには、固執もなく、目の前の名利もきにせず、
障害にも諦めず、出来ることを行い、
我慢すること、耐えることを苦にせずに
迷わず、突き進んでいくことが出来る姿が
あるでしょう。
そんな真摯な姿は、廻りを巻き込む力となり
おおきな広がりとなっていくことでしょう。
 みなさんは、夢はありますか、
生涯の目標はありますか、
夢も、生涯の目標も、
年齢や性別などは無関係に、いつでも
持つことのできるものです。
自分の夢、生涯の目標について、
考えてみたり、想いをめぐらせてみることは
大切なことであるといえるでしょう。




【著者に聞きたい】さわとん(澤登和夫)さん『ありがトン』
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/090607/bks0906070847001-n1.htm
中日新聞の記事のリンク
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2009061402000057.html
ありがトン
(CD付)

・梅雨をぶっ飛ばせ! いきいき元気になりたい人へ
http://itc-matsubara.seesaa.net/article/120933455.html
posted by 清水の伏竜. at 07:21| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

人間は誰でも自分がいちばん大切なのです。

『人間は誰でも自分がいちばん大切なのです。
 そして、そのことをほんとうに自覚した人間だけが、
 自然なかたちで他人を大切に思うことができる。』
   五木寛之

 人は、自分が大切だから、
自分が傷つくのを恐れて、何も出来なくなって
しまうことがあるものです。
引きこもり、登校拒否、出社拒否、・・・・
みんな、自分が大切だからこそ、起こることであったりします。
誰もが、自分が大切です、だからこそ、他人も大切にする
他人を大切に思えるのだといえるでしょう。
他人を大切に思えない人は、
自分も大切に出来ない人なのかもしれません。
それは、とても哀しいことです、寂しいことです。
多くの社会の問題も、その根底には、
他人を大切にできないということが、あるのではないでしょうか。
他人とは、人だけでなく、生き物や自然も含めることが
出来るでしょう。
 すべてのはじまりは、自分自身を大切にすること
自分自身を信じることから・・・・
 社会の変革も、よりよき未来も、
ひとりひとりの変化からはじまるのだと
いうことでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 22:50| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

行動する人間として思考し、

『行動する人間として思考し、
 思考する人間として行動せよ。』
   ヘンリ・バーグソン

 人は、考える生き物であり、
 人は、行動する生き物である。
 思考も、行動も、連動していてこそ
 お互いによい効果をもたらすものであると
 いえるでしょう。
 さて、では、行動と思考は、どちらが先なのか?
 行動が先という人もいれば、
 思考が先という人もいるでしょう。
 ただ、世の中で、何らかの成功をしている人の
 多くは、行動が先の人のように見受けられます。
 目的を見いだし、まずそこに向かって一歩前進し
 出来ることから、行動していく、
 その行動の結果に対して、思考する。
 そんなスタンスの方が、成功者になる方は
 多いようです。
 思考が先の場合に、うまくいかないパターンは
 行動までに時間がかかりすぎるようになったときです。
 なかなか行動できないような思考に陥ると
 物事は進みません。
 何も変化せず、何も生まれない、その結果、
 とうぜん、ゴールにもたどり着けない。
 もし、何かにチャレンジするのであれば、
 どちらかといえば行動に重きをおいて進むことの方が
 よいようです。
 ただし、これには得手不得手があったりします。
 ストレス過多になるような無理は禁物ですが、
 心がけを持つことは大切であるといえるでしょう。
 私も、そうありたいと願っていたりするひとりですから。
posted by 清水の伏竜. at 08:46| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月12日

私が疑うことのできぬ唯一の勝利は、

『私が疑うことのできぬ唯一の勝利は、
 種子の力の中に宿る勝利だ。
 黒い大地の中に蒔かれた種子は、すでにして勝者だ。
 しかし、小麦に宿るその勝利に立ち会うためには、
 時の流れが必要なのだ。』
    サン・テグジュペリ

 生命のもつ力、そのなかにおいて、
植物のもつ力の神秘を感じさせるものが
種子のもつ生命力なのかもしれません。
 種子が大地にまかれたとき
すでに勝者だという。そして、その勝利を
確認するには、時を経て、大地に根ざす芽を
みるまで待つ必要がある。
 物事を成し遂げるときにも
同じようなことがいえるのかもしれません。
種が出来たとき、それがまかれたときから
勝利がみえてくるということ
そして、その勝利を確認するには、
時を経てみないとわからない。
そんなものは、実際にもありえるでしょう。
生命のもつ力と、可能性、そして、結果の確認まで
時の流れのなかで、確信できる瞬間が
訪れ、成果を確認できる瞬間がやってくる
そこには、待つことが必要であり、
待つということは忍耐が必要になる
そんなことなのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 07:31| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。