2008年11月30日

自分が弱虫であり、

『自分が弱虫であり、
 その弱さは芯の芯まで
 自分に付きまとっているのだ、
 という事実を認めることから、
 他人を見、社会を見、文学を読み、
 人生を考えることができる。』
   遠藤周作

 自分の弱さを認めること
それは、自分に自信がある人ほど
難しいことなのかもしれません。
自分の弱さを認めても、
その弱さを言い訳にして、
何もしないようでは、何の意味も
ありません。
弱さを認めた上で、
廻りをよくみて、さまざまな出会い
見聞と学びのなかから
自分の人生を考えていくことが
大切だということでしょう。
人は、誰もが弱さをもっています。
その弱さを認めて、その上で歩み出すこと
弱さはマイナスではないと
成長のための糧であると
考えていくことが大切なのかもしれません。
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2008年11月29日

聴くことを多くし、

『聴くことを多くし、
 語ることを少なくし、
 行うところに力を注ぐべし。』
   成瀬仁蔵

 人は、聴くよりも語る方が
好きなことがあったりします。
特に自分の過信があったり、自惚れていたり
他人を見下している人は、
聴くことよりも語りたがるような
傾向があるようです。
そして、行うことに無頓着であることが
多いともいえるようです。
 実行すること、行動すること
何も言わずに、その行動で示し伝える
それが出来る人が、やはり偉大であると
いえるように感じます。
 行動する姿でみせられるほど
強く大きな説得力はないでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 21:18| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

マイクレド

マイクレド
My Credo
信条・主義(creed)を示すラテン語
「志」「信条」「約束」

企業における企業理念。
それを個人のレベルで考えてみようというのが
マイクレドです。
それぞれに、自分の信念、信条、夢、希望、
理想などがあるでしょう。
自分の願う方向に歩んでいくために、
自分自身を鼓舞する意味であったり、
自分の想いがぶれないように確認するためであったり
自分の人生を、自分の描く理想に近づける為で
あったり、
どんな生き方をしたいのか、
どんな人生にしたいのか、
考えてみることがあるのではないでしょうか。
そんな自分の想いを、
書き留めて、反復し、ときには、
書き直しをしたりして、
確認していくことが、
以外と効果があったりするようです。
あなたのクレドは何でしょう。
あなたの夢は、希望は、信条は、志は、
問われたときに、答えられる人は
素敵であるかもしれませんね。
そのための道具ともいえるのが、マイクレドなのかも
しれません。
必要な事を、文字にして書き留めて
日頃からみて確認することで、
より強い想いにしていくことができるようです。
あなたも、自分のクレド、
考えてみては如何でしょう。

長方形の紙を2つおりで、両面つかえば4面。
4つおりで、片面だけつかえば4面。
4つの面に、それぞれの自分の考え、宣言を書き
財布や手帳に入れて持ち歩き、
常に自分のあるべき姿を考えていく。
自己暗示にかけていくようなものともいえるでしょう。
では、何を書くのか、
そんな内容について、日本クレドがサンプル提供しているものを
紹介すると以下の通りになってます。

===================>
My Credo「スタンダード版」
(c) 2005-2008 Japan Credo Corporation.

1.クレドの主文:
 クレドでは、自分は何を一番大切に思うか、
 「変わらない価値観」を表現します。
 自分の存在意義や、人生での一番大きな目標など、
 自分がもっともピンと来る言葉を選び、
 世界に宣言する気持ちで誠実に、真摯な気持ちで書いてください。

2.愛する人への約束:
 自分の一番大切な存在=家族や、
 一緒に暮らしている人、パートナーに対しての、
 自分からの「約束」をします。
 「どんなときでも、これを心に置いて接したい」と思えることを、
 その人たちを思い浮かべながら、誠実に書いてください。
 決して「できない約束」をしてはいけません。

3.自分の目指す「ありかた」:
 一言で「宣言」します。
 何をする、ということではなく、自分が「どう在りたいか」、
 どんな人と周りに言われたいか、
 「自分の理想像」を簡潔に書いてください。

4.人生・生活の3ステップ:
 クレド主文を守るための
 具体的な行動3つを書いてください。
 毎日できることをシンプルにかつハッキリと、
 忘れないように宣言してください。

=====================>
My Credo「ステークホルダー・サティスファクション版」
目標、夢の実現へ具体的なアクションができるカード!
(c) 2005-2008 Japan Credo Corporation.

1.マイクレド「MY CREDO」:
 自分の目標は何か、なりたい自分、将来の夢、
 より良き人生の有終とは…
 人生の通過点にゴールを設定することはとても大事なこと。
 自分のゴールを宣言してください。

2.Myステークホルダー:
 あなた個人のステークホルダーはどんな方々ですか?
 ステークホルダーとは、自分と利益を共有する立場の方です。
 一般的に企業経営で使われる言葉で
 「クライアント(顧客)、働く仲間、協力業者、
  地域社会、株主」のことを指します。
 あなた個人のステークホルダーをはっきりさせて、
 書き出しておきましょう。

3-1.「My クライアント」への約束:
 あなたのもっている能力を買ってくださる方、
 必要としている方への約束を書きます。

3-2.「My 仲間」への約束:
 あなたと共に働く、学ぶ方への約束を書きます。

4-1.「My 協力者」への約束:
 あなたが成長するための力を提供してくれる方。
 あなたが自分の能力向上のために、
 資金を投じる相手への約束を書きます。

4-2.「My 地域社会」への約束:
 あなたやあなたの所属する組織が
 活躍している場所(世界、国、自治体、町内…)への
 約束を書きます。

4-3.「My 株主」への約束:
 あなたに資本を提供してくれる方への約束を書きます。
=====================
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勇気が人の精神に宿っている姿は、


『勇気が人の精神に宿っている姿は、
 沈着、すなわち心の落ち着きとしてあらわれる。』
   新渡戸稲造

 勇気、人が成功し、偉業を成すために
必要なもののひとつです。
勇気をもって歩んでいる人は、
沈着冷静にみえるものなのだということ
沈着冷静な人は、勇気のある人だということ
なのだというのです。
 勇気が自信となっているから
なのかもしれません。
勇気がないと、恐れを感じやすくなり
リスクをとれなくなってしまいます。
それは、不安となって心に宿って
冷静さ、落ち着きのなさとなって
出てきてしまうでしょう。
人前で焦ると、声が震えてきてしまって
自分自身でも、どうにもならなくなってしまう。
自分で自分が制御できなくなってしまう。
これは、やはり勇気が足りないからなのかも
しれません。
声が震えて、あせってしまい、
冷静さを失っていく
そんな経験をすると、自分の足りなさや
情けなさを思い知らされます。
そんな自分を変えるために
何をすればよいのか
それが、以外と難しかったりもする
 勇気が、誰もが簡単にもてないもの
という面があるのは、心の成長の過程が
人それぞれ異なっているからなのかもしれません。
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2008年11月27日

どこまで行けるかを知る方法はただ一つ、

『どこまで行けるかを知る方法はただ一つ、
 出発して歩き始めることだ。』
  アンリ・ベルクソン

 目指すべきものがあるなら
目指したいものがあるなら
それが可能かどうか悩むよりも
まず一歩踏み出して
出発することの方が重要であるという
ことですね。
進んでみなければ、
到達できるかどうかなどわからない
近づくのか、遠のくのか
どちらになるのか、
とにかく、前に向かって
目指すべき先を見据えて
前進していくこと
それが、ゴールへと繋がっていく
 この前進することが
出来ずに、思い悩む人が
世の中には多かったりします。
私もそんななかのひとりかもしれません。
 歩き出す、歩み出す
その決断には、小さな勇気が必要です。
それを持てるかどうかが
人生を充実したものに出来るか否かの
分かれ目なのかもしれません。
 あなたは、勇気をもって
一歩あゆみだすことができますか。
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2008年11月26日

皮肉屋とは、何事についても価格は知っているが、

『皮肉屋とは、何事についても価格は知っているが、
 価値は何一つ知らない人間のことですよ。』
    オスカー・ワイルド

 価格は知っている
でも価値は知らない
ものに、価格をつけるとき
ものの価値に関係なく、
市場の原理だけで決めてしまうことが
果たして本当に正しいのか
人も価格では知っている
労務費、人件費という価格で、
でも、その人の価値は、価格で知ることは
出来ないだろう。
価格は、ひとつの尺度ではあるが
本質を語るには不足な尺度でもあると
いえるでしょう。
 ひとつの尺度でしか、物事を判断できないと
その評価は、皮肉な結果になるものです。
世界が実体のない貨幣や金融などによって
振り回されるようになってしまったことは
悲劇なのかもしれません。
金本位制に戻してしまって、
貨幣の総量を制限すべきという考えも
あってよいのかもしれません。
今、世界にある貨幣の総量に見合う
実体が、世界に存在しているのか
貨幣の価値を考えると疑問が出てくるかも
しれません。
 皮肉屋にならずに、
本質を語ることができるような人に
なっていきたいものです。
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2008年11月25日

天皇陛下万歳

『天皇陛下万歳』
  三島由紀夫

 1970年11月25日、
市ヶ谷陸上自衛隊東部方面総監部
「楯の会」のメンバーが、乱入し、
クーデターを呼びかけ、
それが成らず、三島由紀夫は、
「天皇陛下万歳」を三唱し、
割腹自殺しました。
享年45歳。
この日は、三島由紀夫の命日ということで
憂国忌と呼ばれています。
数多くの文学作品を残し、
海外でもその作品は人気がある作家でした。
このクーデター未遂事件について
最近は、メディアが取り上げることは
殆どありません。
当時、何を想い、何を憂い、何を感じて
この行動を起こしたのか、
日本の抱いていた問題、
そして、今に至る問題の要因を
考えるとき、
彼らの行動の理由を、見直してみることは
日本にとって、必要なことなのかも
しれません。
さまざまな事件に潜む社会的な問題に
もっと焦点をあてていくことが
どこに改革が必要なのかを
考えていくためには不可欠といえる
そんな気がします。
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2008年11月24日

形が本質であり、本質が形である。

『形が本質であり、本質が形である。』
    孔子

 形から入る。
いろんなところで、そんなことがいわれます。
本質と形は、実は同じものであるという言葉には、
本質は、形となって出てきてしまうという
捉え方もできるように感じます。
この言葉での形は、見た目という意味よりも
より内面に近い意味であるような気がします。
作法とか、言葉使いとか、仕草といったもの
行動といったものではないでしょうか、
生きていく姿こそが、
その人の本質を示しているということなのかも
しれないなと思います。
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2008年11月22日

世界の快癒はいろいろな処置を

『世界の快癒はいろいろな処置を
 ほどこすことによってではなく、
 ものの考え方を改めることによって
 もたらされるのだと
 世界自身が気づくときに、
 ようやく世界は立ち直ることができよう。』
   シュヴァイツァー

 世界の抱える問題、日本のかかる問題、
社会の抱える問題、さまざまな問題を
どう解決していくのか、
まさに、この言葉のいうように
ものの考え方を改めることが
求められているといえるでしょう。

 市民からの変革が
必要な時代になっています。
政治家を選ぶのは市民の選挙です。
愚かな政治家を選んだ責任は市民にあることを
忘れてはなりません。
アメリカ市民は、チェンジを大統領選挙で
選択しました。
日本の市民は、次の衆院選でチェンジを
選択できるのかが問われていると
いえるでしょう。出来なければ、行政主導の
税金無駄使いは終わらないでしょう。
政権交代しか日本のチャンジは無いことを
市民が理解できているのか
日本人の良識が問われていると
いえるでしょう。
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2008年11月21日

自分の内面を見つめよ!

『自分の内面を見つめよ!
 そこには善の泉がある。
 つねに掘りさぐりさえすれば、
 つねに水が噴き出るものだ』
   マルクス・アウレリウス

 何かに迷ったとき、
何かに悩んだとき、
どうするでしょうか、
人は、それぞれに生きているなかで
悩み迷うことがあります。
それが苦しみとなることもあれば、
ときには喜びとなることもあるかもしれません。
良く善く生きる。
なかなか出来ないことであったりします。
 自分のことを、理解している人は
少ないと言えるのではないでしょうか
理解しているつもりの人は大勢いるでしょう
しかし、誰かに言われたことが
自分の思っている自分と違った印象であることは
いがいと多いのではないでしょうか。
自分自身のことを理解することは
他人を知ることよりも難しいときも
あるものです。
 自分の内面を見つめよ!
まさに、自己を理解することの一歩と
いえるのかもしれません。
人の本性が、善であるなら、
そこには、善の泉が必ずあるでしょう。
その泉は、もしかしたら枯れているかもしれません。
しかし、堀探っていけば、
水はわき出してくるでしょう。
だとしたら、善の泉を、豊かな水で満たすように
内面を見つめ、探っていくことは
大切なことであるといえるでしょう。
 自分を知ることは、他人を知るためにも
大切なことであるといえるでしょう。
自分自身がよくわからなくなったとき
そこに手をさしのべてくれる人が
側にいる人は幸せだといえるかもしれません。
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2008年11月20日

自分が何かに苦しんでいるとき、

『自分が何かに苦しんでいるとき、
 何かのために苦しんでいると
 思い込めるのは、弱者の才能である。
 彼らは逃げているとき、
 ある方向を目指しているのだと信じ、
 熱を感じるとき光が見えると
 自分に言い聞かせ、
 遠ざけられたとき選ばれたのだと思い込む。』
   エリック・ホッファー

 弱いものが、どんな考え方をするものなのか
いいわけ、自分が正しいと思いこむ
実際には、間違っていたとしても
その間違いをわかっていたとしても
それを無視して、自分に甘く優しく有利な
方向にいろんなものを考えていくように
なってしまう。
それは、やはり自分がかわいいから
自分に甘くなってしまうということでしょう。
しかし、本当に大切なものが何なのか
真実から目を背けてしまっては、
何も得られなくなってしまうでしょう。
苦しいときは、自分のためだと思い
逃げているときは、その理由をしっかりと
みすえて、正しい方向を見失わないように
しっかりと地に足をつけて
前に進んでいくことが大切なのだと
いえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 03:27| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

この世に難関などない。

『この世に難関などない。
 難関というのはあくまで
 本人の主観の問題なのである。
 難関だと思っている自分があるだけだ。』
   塚本幸一

 難関を突破するには、
どうしたらよいのかといった話しは
よく聴きます。受験、就職、試験、などなど
いろんなチャレンジにおいて
難関という言葉が使われます。
では、難関とは、何なのでしょう。
難しいこと、なかなか達成できないこと、
突破する人や出来る人が少ないこと、
リスクが大きいこと、難易度が高いこと、
いろんなことが言えるのかもしれません。
でも、どんな難関といわれるものも
本人の心のあり方、考え方に過ぎないと
いうわけです。
自ら難関にしてしまっているだけで、
自分に自信があれば、難関でもなんでもない
出来ることに過ぎないというわけです。
たしかに、物事に対するとき
心構えが異なることで、
結果も大きく変化してくるといえるでしょう。
難関と感じないほどに、
自信がもてる状態に自分をもっていく
そんなことが、大切なのだと
いえるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 07:19| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月18日

われわれに一定の生き方を義務づける

『われわれに一定の生き方を義務づける
 おきてがなければ、
 われわれの生活は
 たんなる用意の状態にとどまることになる。
 これが、世界のもっともよい若者たちの
 おかれている恐るべき内的状況である。』
    オルテガ・イ・ガセット

 自由と放任の違いが、
なくなってしまった社会が、
何を若者にもたらしているのか
それを表現している言葉であると感じます。
 制約や義務は、成長を促すのに
必要なものであるのではないでしょうか。
人には、我慢できる力が必要であると
思います。その力を育むためには、
おきてや義務といった制約や約束事が
必要になってくるといえるでしょう。
 自由に、自主的にという言葉には、
気を付かないと甘い罠があると
いうこともいえるでしょう。
経験も知恵もないのに、自らを制御し
抑制できるかといえば、出来ないでしょう。
大人の役割、子どもたちが成長していくとき
ときには、壁や障害となることも必要なのだと
言えるでしょう。
 多くのスーパーアスリートや芸術家、
偉人などの皆さんの子ども時代は、
自由のなかにも義務と制約をともなった
身近な大人の配慮があったからこそ
成長し、その才能を伸ばしていくことが
出来た事例になっているような気がします。
posted by 清水の伏竜. at 04:48| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

人間がもっとも神に近づくのは、

『人間がもっとも神に近づくのは、
 同胞に対して善を行なうときである。』
   キケロ

 人は、神によって創造された神にもっとも近い
存在であり、その根元は神の一部であるという。
故に、神に近づくことは、人の存在意味と
いえるのかもしれません。
 しかし、この世の人が、神に近づくことは
非常に難しいことです。
神に帰依し、神のために生きることが
求められます。
 お釈迦様やイエス様のような生き方は
だれもが出来るものではありません。
未熟な人間が、神に近づくために
もっとも簡単なことが、同胞に対して
善を行うということだといえるでしょう。
しかし、これは初歩も初歩、神にほんの僅かに
近づいたに過ぎないことだといえるでしょう。
もっとも近づくというのは、
言い過ぎであると言えるでしょう。
 隣人を愛することは、ほんの一歩に
過ぎないことです。
だからこそ、そんな小さい一歩くらいは
実行していきたいものではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 23:19| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

造物主にとって、快活にしている被造物を

『造物主にとって、快活にしている被造物を
 見ることより以上の喜びはない。』
     レッシング

 造物主、それを人のことを
言うのであれば、被造物とは、
人がつくったものたちのことになります。
被造物を人としたなら、
造物主は神ということになります。
神は、人を自らの似姿として
創造されたといわれます。
そして、人は、神にとっては
まさに子どものようなものなので
快活にしている様子を見るのは
やはり、嬉しいことでしょう。
そして、神のことを愛し信じている
人をみたなら、喜んでくれることでしょう。
被造物である人は、
造物主である神を喜ばせるような
生き方、活動をすることが
もっとも意味あることだといえるでしょう。
神を喜ばすために、
魂の成長を促すために、
神の基準で、神の願う生き方をする
それがたとえ他の人から不評であっても
関係はないことだと思えるような
強い心も必要であったりするでしょう。
そのためには、残された禁忌を堅守することは
非常に重要なことであるといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 06:17| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

人間 一つの小型の宇宙。

『人間 一つの小型の宇宙。』
  デモクリトス

 人の体は、小宇宙ということは
よく言われることです。
マクロの世界とミクロの世界に、
不思議な相似性を感じられるのも
人の感性のなし得ることなのかもしれません。
星が生まれ、消えていくように、
細胞は生まれ、死んでいきます。
でも、宇宙は変わらずに存在し、
人も変わらずに存在しています。
宇宙は拡大を続け、
人も成長していきます。
 ともに、神の似姿なのかも
しれません。
人に宇宙を感じるのは、
人の存在が、まだまだ神秘に満ちたもので
科学でも医学でも、
解明しきれていないものが
多く存在しているからなのかもしれません。
そして、そこに多くの可能性と
夢を感じることが出来るからなのかも・・・。
posted by 清水の伏竜. at 10:02| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月14日

知ることがむつかしいのではない。

『知ることがむつかしいのではない。
 いかにその知っていることに
 身を処するかがむつかしいのだ。』
   司馬遷

 ものごとを学び、いろんな事を知る
そのようなことは、難しいことではない
知ったことを、どうやって活かすのか
使っていくのか、そして行動するのかが
難しいことだという。
 情報が、溢れている社会の中で
役に立つ情報、必要な情報を見極めて
それを知識として得た上で、
知識を使い、知恵にしていくことが
なかなか大変であったりします。
さらに知恵をつかって結果を出すことは
もっと難しかったりするわけです。
 でも、何でもやってみてこそ、
えることができるものがあるわけですから
何とか勇気をもって、
一歩、前に進んでいきたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 01:03| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月13日

すべて偉大なものは、

『すべて偉大なものは、
 自ら出来上がるものであって、
 あまりに早くからこせつきますと、
 大きな実りはできにくいものであります。』
   森信三

 暖かく見守る
素晴らしいもの、素晴らしい人、
偉大なものは、その自らの歩みによって
出来上がっていくもの
大きな実りとなるか、小さくまとまって
しまうのか、まわりがお節介をすると
可能性を摘んでしまって、
小さくまとまってしまうかもしれません
だから、暖かく見守っていて、
助けが欲しいといってきたら
助けてあげる
そんな自由な環境で、育んでいくのが
大きな可能性を広げていくことなのだと
言えるのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

先人の踏を求めず、

『先人の踏を求めず、
 求めしものを求む。』
   桜田武

 先駆けて行った人たちの
残したものを求めていくことよりも
自分が必要であると感じたもの
自分の求めるもとを追求していくことの方が
大切であるという考え方も
あったりします。
 既にあるものを求めることは
そんなに難しいことではないでしょう
でも、そこに新たな発見や創造は
なかなか得られることはないともいえます。
自らが先人となるような
そんなものを求めていくことの方が
価値が大きいと感じるのは
当然のことであるといえるでしょう。
 でも、先人の残したものから
何も得られないかといえば、そうではありません。
愚かな戦争の歴史や、政治や経済の過ちに
しっかりと学んで、同じ道を歩まないように
することは大切ですし、
先人のなし得たことから、新しい何かを
見いだすこともあり得ます。
 どちらが大切というよりも、
結局は、自分自身の心のありよう、
気持ちの所在がしっかりとしているか否かが
重要であるのだということに
なるのかもしれません。
 人生を生きるのは自分自身であって
他の何者でもないのですから。
posted by 清水の伏竜. at 07:39| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月11日

ルビンの壷

『ルビンの壷』
  E・ルビン

 だまし絵といわれるもので
非常にポピュラーな存在が、
ルビンの壷と呼ばれる作品です。
 見方によって、壷にみえたり
向き合った二人の顔にみえたりするものです。
 世の中には、同じものなのに
見方によって、視点によって
まったく違うもののように評価されたり
することがあったりします。
 人の認識や判断がいかに主観にとらわれるもので
あるのかということでしょう。
 価値観や思想の違いや、
どこに重点をおくのか、どんな基準をとるのか
さまざまな要因によって、
違った評価になったり、見方になったり
認識になっていきます。
 他人の評価、それが如何にあてにならないものか
ということであるなら、
やはり、自分にとってプラスの評価に注目して
いくことが、気持ちを盛りあげていくのには
良いのだろうと思われます。
 ものによってはリスクに力点を置く必要が
あることもあるでしょうが、
人生をいきいきと歩むためには、
落ち込まないことが第一なのかもしれません。
 今、国内では、団塊の世代の定年で
人材不足になるという人がいる一方で、
職に就けず、契約を打ち切られてしまっている
正社員ではない社員のみなさんが大勢出てきています。
外国人労働者の無職者の増加も
大きな問題になってきているようです。
安い労働力を必要なときに雇って必要なくなると
即、解雇してしまう。
そんな経営姿勢の企業に、未来はあって欲しくない
そんな気持ちをどうしても持ってしまいます。
大手も契約社員の突然の契約打ち切りを大量に
行っているところがあるようです。
経営者陣は、自らの給与を削って、雇用を確保する
責任があるのではないかと感じます。
そうでないなら最初から雇用すべきではないでしょう。
人を雇うということの責任の重さを
社会的な義務の大きさを、もっと企業は、
感じるべきであるといえるのではないでしょうか。
ワークライフバランスも、雇用の安定がなければ
成り立つことはないでしょう。
政府も、国民や労働者の視点で、
労働行政を実施していって欲しいと思います。
 自分たちの思っているような見え方を
社会がしてくれているとは限らないのですから。
posted by 清水の伏竜. at 02:15| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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