2008年07月31日

希望をもてないものが、

『希望をもてないものが、
 どうして追憶を慈しむことが出来よう。』
     梶井基次郎

 想い出と夢。
人生における過去と未来。
それに接していくことが、
追憶と希望といえるのかもしれません。
追憶を慈しむことが出来るのは、
人生におけるひとつの楽しみであったり
慰めであったりするのかもしれません。
そんな追憶をよく感じられるためには、
これからの人生に対して、
希望をもっていなければ難しいのかも
しれません。
人生に夢がなくなったとき、
人にとって、生きることの価値は
どうなるのか、
難しいテーマであり、大切なテーマでも
あります。
 最近は、未来への夢を見失うだけでなく
今の自分に、失望し、絶望し、
やけになって、他人も道連れにしてしまうような
犯罪のニュースが増えています。
社会のもっている問題や課題、
それが、表面化してきているのかもしれません。
 消費から循環へ、それは、
物から心への回帰が、必要になっているという
ことだともいえるのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 07:38| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人生には、往復切符は発行されない。

『人生には、往復切符は発行されない。
 一度出発したら二度と帰ってこない。』
    ロマン・ロラン

 人生は、親によって与えられた身体をもって
はじまって、成長し、老い、死によって、
その身体を捨て去るまで続いていくものです。
それは、片道切符の電車に乗っていくようなものであったり
川の流れに流されていくだけの舟の旅のようなもので
あったりするといえるのかもしれません。
出発して、どんな軌跡を描いていくのかは
ひとりひとり異なっています。
それぞれに、どんな人生を歩んでいくのか、
よい旅になるいいのですが・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:22| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月29日

新しい価値の創造に限りなく挑戦していきます

200807232203000.jpg
『新しい価値の創造に限りなく挑戦していきます』
    山田英

 新しい技術や、新しい発明、新製品を創りだしていく
それは、まさに挑戦であるということを
感じさせてくれるお話を伺う機会がありました。
 遺伝子治療薬、多くの病気に悩み苦しんでいる人々に
より楽しい人生を歩めるように、
病気と闘う人たちの手助けになりえるように
その想いをモチベーションに日々忙しく働いている人たちが
いるということ。
 そして、日本は、医療の分野、医薬品の分野で、
欧米に大きく遅れてしまっているということ。
薬で心の問題や、人生の問題は解決できない。
でも、身体が少しでも健康に近づくことができ、
より元気に生きることが出来る手助けは可能だということ。
 薬の開発には、20年もの年月がかかる、
短期的な成果を求める投機的な投資ではなく、
長期的な視野での投資が、集めにくい日本の問題点や、
規制や厚生労働省の認可などの問題など、
制度的な問題や、社会経済的環境の問題なども
日本が、この分野で欧米に遅れている理由ということの
ようです。戦前の日本には、世界的な活躍をした医師が
数多くいました。
その活躍を支える人たちもいたということです。
日本の医療分野は、数多くの問題と課題を抱えています。
それでも、より良い医療体制や制度を目指して、
一歩一歩前進していくしかないのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 05:37| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月28日

行き詰りは展開の一歩である。

『行き詰りは展開の一歩である。』
      吉川英治

 何かに行き詰まること。
そんなとき、苦しくなったり、哀しくなったり、
情け無くなったり、自暴自棄になったり
してしまうことがあるのではないでしょうか。
そんな状態であっても、
希望をもって、進んでいこうという
そんな考えを伝えている言葉といえそうです。
行き詰まるということは、
次の展開が始まる最初の一歩に来たのだと
考えてみる。
そう、そのために何かを考えるチャンスと
いうことです。
多くの偉大な発見や発明にも、
行き詰まってしまった時があったと伝えられています。
しかし、その状態から、新たな展開があり
発見や発明に、到達していっているのです。
行き詰まったときに、どんな考えをもつのか、
どんな行動をとるのかが、
その先へ進んでいけるのか、
ゴールにたどり着けるのかの差になるのかも
しれません。
 しかし、行き詰まってしまったとき、
そんな方向へ進んでいくことは、なかなか大変です。
応援してくれる人、相談に乗ってくれる人、
励ましてくれる人、信じてくれる人、
そんな人が、側にいたというケースの方が
多いように感じます。
まさに、人はひとりでは生きていけない
ものごとはひとりでは成し遂げられない
ということなのだといえるでしょう。
もし、孤独であったら、多くの場合には、
行き詰まってしまったとき断念してしまうことが
多いのではないでしょうか。
また、人生に終止符を打ってしまうことすら
あるかもしれません。
 人の繋がりは、まさに人生を充実させるために
不可欠なものなのだということでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 06:10| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人間の経験には、アテにならないものが多い。

『人間の経験には、アテにならないものが多い。
 肝心なのは、経験そのものというよりは、
 それを通して正しい知識を学びとることだ。』
      本田宗一郎

 経験は、人生において、
とても大切なものです。
でも、経験は、宇宙の視野、世界の視野、社会の視野から
みたら、結局は個人の世界の話しであったりもします。
良い経験もあれば、悪い経験もあったり、
有益な経験もあれば、無駄な経験もあったりと
その内容も様々だといえるでしょう。
そういった意味では、必ずアテになるとは
言えないかもしれません。
経験のなかで、どんな良い知恵を得るのか、
どんな正しい知識を学ぶのか、
その知恵や知識にこそ、意味があるということでしょう
良い知恵、正しい知識を、得ることができる経験を
どれだけ沢山することができるのか、
それが、人生の豊かさや、スキルの向上に
繋がっていくといえるでしょう。
結局、人生の質は、その人の生き方に左右されるのであり
その人の経験に影響されることに
変わりはないともいえるかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 06:01| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月27日

後悔などしてみても始まらぬ。

『後悔などしてみても始まらぬ。
 だが後悔もないところには
 一層何事も始まらないのだ。』
      矢内原伊作

 いろんな出来事があります。
いろんなことをする機会があります。
日々の生活、仕事、遊び、・・・・
そんな中で、自分のしたことに、
後悔してしまうことが、誰にもきっとあることでしょう。
失敗したことなのかもしれません。
選択を誤ったことかもしれません。
ああすればよかった、
こうすればよかった、
もし、あそこで、こう言っていれば、
もし、あのとき、あれを買っておけば、
もし、あのとき、ああしていたら、
そんな数々の後悔の積み重ねの先に、
今の自分が存在していたりします。
でも、後悔したぶんだけ、何かを得てきたのかも
しれません。少なくとも、後悔できるようなことを
してきたことには間違いないのですから、
何もしなかったというのではなく、
何かをしてきたから、
そのしたことに後悔出来るということでしょう。
後悔もないところには、何の進歩もない。
それが、人生なのかもしれません。
でも、後悔ばかりの人生って、哀しいものです。
せめて、後悔せずにすむような行動を
経験できて、より大きな何かを得ることが出来たら
また人生は、違った輝きをもってくるのかもしれません。
チャレンジ、挑戦、そこには、
決断、勇気が必要です。
どんな人生を歩んでいくのか、
もう、残り少なくなってしまった今・・・・・・。
後悔だけの人生には・・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 05:28| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

前途は遠い。しかして暗い。

『前途は遠い。しかして暗い。
 然し恐れてはならぬ。
 恐れない者の前に道は開ける。
 行け。勇んで。小さき者よ。』
    有島武郎

 生きていく、未来に向かって、
夢を抱き、希望を宿し、見知らぬ世界へ向けて
前途は、遠く、暗く、何が待ち受けているのか
誰にもわからない。
でも、自分自身を信じて、進んでいくしか
自分の行きたいところには、
たどり着くことはできない。
待っていても、それは訪れてきてはくれない。
だから、ほんの少しの勇気をもって、
小さき一歩を歩みだすことが、
とても大切なこと
小さな一歩の積み重ねが、
大きな一歩に変わっていくのだから、
そして、自分を信じて、道をゆくとき、
道は開き、道は築かれていく、
その道に、きっと、気づいてくれる人も
現れたりすることでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 05:17| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

金は天下の回り物だ!

『金は天下の回り物だ!
 ただ、いつもこっちをよけて通るのが気に食わん。』
    ツルゲーネフ

 暴走するマネーの時代について、NHKが番組を
放送していました。サブプライム、オイルマネー、
世界は、いつのまにか、実体のないマネーというものに
振る舞わされる社会になり果ててしまったようです。
単なる物々交換の中継用のツールに過ぎなかったマネー。
今や、世界に存在するマネーは、それに相当するだけの
価値の存在する物以上に、溢れてしまっているような気がします。
信用で価値を担保している紙切れでしかないもの、
最近は、紙ですらなく単なる数字になっているようです。
マネーは、流通しなければ存在価値はないはずなのですが、
なかなか、まわってこないものです。
なぜか、集まりたがるようで、マネーの貧富の差は増大する
一方といった感じではないでしょうか。
 残念ながら、今の社会では、マネーがなければ、
生活できない状況にあります。
地産地消、地域のなかでの循環型社会へ移行していく過程で
マネーの意味も価値も変化していくことを期待するしか
ないのかもしれません。
ものの価値が、どこになるのか、
本質と原点にもどって、考え直すべき時期に、
資本主義経済は来ているのかもしれないなとも感じます。
 それにしても、天下の回り物って、
誰にでも回ってくるわけではないのが、
気にくわないのは、同感かもしれませんけど・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 06:36| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月23日

笑顔はつくるのではなくこぼれるものよ

『笑顔はつくるのではなくこぼれるものよ』
      ベルダンディー
      〜 ああっ女神さまっ 闘う翼〜より

 人の心を暖かくするもの、
人の気持ちを安らかにするもの、
人の心に幸せを感じさせるもの、
それは、笑顔なのかもしれません。
 笑顔がつくれないといった女神に、
ベルダンディーが言った言葉は、
笑顔が、単なる表情ではなく、
心の想い、やさしさ、喜びの感情の表現であって
その心のパワーを伝えるものであると
いうことだといえるでしょう。
 自然に顔からこぼれるもの、
そんな笑顔に出会ったとき、
なんだか、気持ちが暖かくなってきませんか。
posted by 清水の伏竜. at 04:07| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何にも特色がなくとも正直に働く人は、

『何にも特色がなくとも正直に働く人は、
 それは新しい世界の基礎になる。』
   武者小路実篤

 大金持ちがいて、権力者がいて、
国家があり、社会がある。
そんな世界も、結局のところは、市民の存在なしには
存続はあり得ないということであり、
すべての社会の礎は、何の特色もなく、
特別でもない、普通の人々であり、
正直に働き、家庭を育み、生活を営む人々であると
いうことですね。
世界を変えていくのも、基礎となるのも、
そんな大勢の一般市民であるわけです。
だからこそ、変革のためには、
市民の理解と協力が不可欠であるといえるでしょう。
 今、社会は変化が必要な時代になっています。
世界は、実体のないマネーという虚構の富に踊らされて
格差と不幸を産みだしています。
環境破壊や、自然破壊も、人の過分な欲望の結果と
言えるでしょう。
地球を大切にするために、未来の人類が、宇宙へと
羽ばたいていくために、今の人類がすべきことについて
多くの人が考えていくことが必要なのかもしれません。
民主主義の良さは、市民の小さな一票の積み重ねが
政治を動かすことが出来ることだともいえるでしょう。
 日本に必要なのは、ずばり政権交代です。
内容に関係なくシステムの変化が要求されている以上、
それには、政権交代以外あり得ないことを
多くの市民が理解して、次の選挙で意志表示を
することが、日本の未来のために必要となっていると
いえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 04:02| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月21日

何故、世界はこうも歪んでいるのか、

『何故、世界はこうも歪んでいるのか、
 その歪みはどこから来ているのか、
    ・・・
 なのになぜ人はこうも生きようとするのか、』
     刹那・F・セイエイ
     〜 機動戦士ガンダム00 〜より

 機動戦士ガンダム00の1stシリーズの
最終話の戦いの果てに、
マリナ・イスマイールが読む
刹那の送った手紙のなかの言葉は、
戦いのなかで生きてきた、ガンダムと共に生きてきた
刹那が、マリナに、自らの想いを告白するものであり
問いかけるものでした。
このガンダムの物語の問いかけでもあると
いえるでしょう。
 一旦、中断したガンダム00は、
10月から再開します。
戦いより時は流れ、少年たちは、青年となり、
少女たちは、淑女となり、
そして、ソレスタルビーイングによってもたらされた
変化が、どのような世界を紡ぎだしていて、
その世界は、どう変わっていくのか、
戦いの被害者であったもうひとりの物語の主役カップルは
どんな想いで、どんな結末を迎えるのか、
注目されるところです。
 今、世界は、まさに歪んでいると
いえるのかもしれません。
それは、人の業なのか、原罪なのか、
それとも、・・・・・。
 時代の変化は、偉人や天才によってもたらされるのではなく
その時代を生きる市民によって、もたらされるもの
だからこそ、市民ひとりひとりが、
どう考え、どう想い、どう生きるのかが、
問われているのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 23:49| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いきる価値なんて

『いきる価値なんて
 自分で決めるものだと思うよ』
    草間大作 〜アニメ GR より

 日本の文化、マンガ、アニメ、特撮。
その作品の草分けともいえるもののひとつが、
「ジャイアントロボ」
特撮TVドラマで、少年のころ、ワクワクドキドキして
みていた作品の最後は、涙の感動がありました。
そして、最新のアニメ作品「GR」は、
大作少年の成長と、
人類への警鐘を描いた作品になっていました。
最終回、創られた命、ヴィという少女が、
GR0のなかで、大作に問いかけた言葉に、
素直に答えた言葉が、
「いきる価値なんて自分で決めるものだと思うよ」
でした。
生きること、命の尊さ、戦いの空しさ、
争いの愚かさを、作品は、語りかけます。
大作少年は、GR1と出会い、そして、共に歩むなかで
成長していきます。
 人類は、いきることの意味と、
いきていることの幸せを、もっと考えていくことが
必要なのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 13:56| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地上には多くの道がある。

『地上には多くの道がある。
 けれど、最後の一歩は
 自分一人で歩かねばならない。』
    ヘルマン・ヘッセ

 多くの道、多くの人生、多くの生き方、
そんななかで、自分の人生を歩んでいくとき、
その人生は、いろんな人の人生と交錯しあって
混じり合い、ときに重なり合って、
流れていっているといえるでしょう。
その長さや深さは、さまざまあるでしょうが、
しかし、その最後の一歩、死の淵にあっての
最後は、自分ひとりで歩むことになります。
自分と神との関係のみが、その瞬間を支配すると
いうことになるのでしょう。
自分だけで、決断し、自分だけで、歩む、
そんなシーンは、必ずあるものですが、
もしかしたら、そんなこともなく、歩んでいける
幸運な人もいるかもしれません。
でも、どんな人も最期は、ひとりです。
しかし、そのひとりは、生きる人としての
ひとりであって、実際には、ひとりではないのかも
しれません。魂の絆と繋がりは、肉体の存在とは
無関係にあるものですから。
posted by 清水の伏竜. at 07:22| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この一歩は小さいが

『この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である』
     アームストロング船長

 1969年7月20日、アポロ11号が、月面に着陸し、
人類がはじめて月に立ったとき、その中継で発せられた言葉です。
月は、地球と切っても切れない関係にある衛星です。
衛星にしては、サイズも巨大であり、
常に同じ面を地球にむけて自転と公転をしていたりします。
海の波、海面の変化は、月の存在があるからで、
月は地球上の生命にも、大きな影響をあたえています。
人類が、月に降りたってから、40年が経とうとしていますが
アポロ計画以後、人類は、月に降りたっていません。
国際宇宙ステーションを中継基地として、
再び、人類が月面におりたち、
月面に人類の恒久的な基地を設置して欲しいなと思います。
今世紀中には、月面基地と、火星への人類の一歩が
なされることを期待します。
posted by 清水の伏竜. at 07:11| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月18日

物に偏見を持たずに

『物に偏見を持たずに
 物に打込んで行けば、
 その物の持つ
 よい味は自ずと分ってくるんだ。』
   滝井孝作

 人の心や目を曇らせるものに偏見があるといえるでしょう。
偏見は、心の狭さや、羨ましさ、卑屈さや、差別の気持ちなど、
負の心からうまれてきます。
だからこそ、負の効果しか出すことはないといえるでしょう。
偏見なしに、物をみて、物事に集中していけば、
そこには、真実の姿と、成果が、出てくることになるでしょう。
そうなれば、その物がもっている本来のものが、真実の姿が
理解できてくるということになります。
食品や食材であれば、味や風味などだといえるでしょうし
仕事であれば、その仕事の深みや楽しみであるかもしれません。
もちろん、自分との相性は、物にはあるかもしれませんが、
相性の良し悪しも、その真実の姿を知ってみなければ
わからないものであるといえるでしょう。
だから、何かに取り組むときには、
偏見はない方がずっとよい結果が導かれるということに
なるのだといえるでしょう。
自分の過去の体験や経験、知識だけが、世の中の全てではないことを
しっかりと認識していれば、偏見などもつことなどないでしょう。
偏見は、結局、自分のエゴや傲慢などのうぬぼれが生み出すものなのかも
しれません。
posted by 清水の伏竜. at 03:46| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不信は魂の黒い病だ。

『不信は魂の黒い病だ。
 いっさいが、無垢清浄なものさえが、
 病んだ目には地獄の衣を着けている。』
   ハインリヒ・フォン・クライスト

 信用ほど、貴重で大切でありながら、脆く儚いものも
ないのかもしれません。
不信感をもってしまったら、その対象物に関連するもの全てが
嫌いになったり、いやになってきてしまう。
人の心の脆さであり、弱さであるといえるのかもしれません。
不信から疑念へ、そして嫌悪、憎悪へ、そうなると
まさに地獄へまっしぐらといった感じではないでしょうか。
不信感は、防衛本能として、必要な部分もありますが、
最小限にとどめておくことが、不幸にならないための
ポイントなのかもしれません。
他人への不信は、やがて自分への不信へと繋がっていき
行き場のない苦しみに襲われることになるでしょう。
 信用することは、大変だし、難しいことですが、
そこからは、澄んだ世界、清浄な世界が見えてくるはずです。
また、信用は、信用を産みだします。
もちとん信用を得るためには、自分のことを信用することも
大切です。そして、相手のことを信用する。
その信用の気持ちが強ければ強いほど、その人は、
天国に近いところにいるといえるでしょう。
裏切られても、嫌われても、信用し続けること、
聖人と呼ばれた人には、そんな信じる心の強さをもっていたのでは
ないでしょうか。
自分を傷つける人も信用することができる心こそ、
慈愛の心であるといえるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 03:46| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月14日

人は何度やりそこなっても、

『人は何度やりそこなっても、
 「もういっぺん」の勇気を失わなければ、
 かならずものになる。』
     松下幸之助

 何度やりそこなっても、何とかなる。
というのは、何とかしてきた人にとっては、
まさに当たり前のことなのかもしれません。
何とかしてきた人が、語ってくれる言葉には、
その経験からくる重みがあるのかもしれません。
 しかし、このような言葉を聞いても
響かない人の心も、あったりします。
「もういっぺん」という気持ち、勇気が、
挫けてしまうようなことが、
世の中には、数多く存在しているのも事実であろうと
思います。
そうでなければ、2分に1人もの人が、
「もういっぺん」をあきらめて、
自ら人生に幕おろしてしまったりしないでしょう。
勇気を失わないようにするために
いったいどうすればよいのか、
そこが、実はとても重要であり、大切な部分であるのではないか
そんな気がしてなりません。
posted by 清水の伏竜. at 00:31| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

人間の苦しみの中で、

『人間の苦しみの中で、
 猜疑心という奴が一番苦しいものかな。
 火刑よりも磔よりも苦しいかも知れないな。』
    井上靖

 物理的な苦しみよりも、
精神的な苦しみの方が、より大きい。
人の苦しみについて、
そう語りかける言葉は、いくつもあります。
そういった言葉のひとつでしょうか。
 死刑になるよりも苦しいことがある。
死刑囚にとっての苦しみは、
その刑の執行よりも、刑が執行されるまで
待つ時間の方にあるということも言われます。
 心の苦しみ、精神の苦しみから
逃げるために、人は死を自ら選択することも
あるくらいです。
年間3万人の人が、自ら死を選択している国が
日本です。その多くが、心の苦しみから
生きる希望を失ってしまったから
なのかもしれません。
 心の平安を求めて、
何をすればよいのでしょうか。
そして、何をすれば、自ら死を選ぶ人が
いなくなる国になるのでしょう。
多くの人が考えるべきことのひとつなのかも
しれんません・・・。
posted by 清水の伏竜. at 05:01| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

ことばは行為よりも長く生きる。

『ことばは行為よりも長く生きる。』
    ピンダロス

 人の行為は、そのとき、その時代において、
大きなインパクトがあります。
でも、後世に永く伝わっていくには、
その行為を語る言葉が必要であったりします。
言葉は生きているともいわれます。
長く生きる言葉は、まさに良き言葉であったり
教訓や警鐘であったり、
伝えることに価値を感じさせられるもので
あることが多いといえるでしょう。
行為も、言葉に表現したくなるようなものでなければ
なかなか残ることはないといえるかもしれません。
 言葉、文字はそれを刻むものの寿命によって
生きる時間が決まってしまいますが、
言葉、そのものは、口伝もあり、
人が存在している限り、生き続けるものも
あるといえるでしょう。
 そんな素敵なことばを、ひとつでもいいから
残すことが出来たら、素晴らしいことであるように感じます。
posted by 清水の伏竜. at 03:16| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まったくこの世の中に、人間ほど強欲で性の悪い獣はねえよ。

『まったくこの世の中に、人間ほど強欲で性の悪い獣はねえよ。
 狼は共食いなんかしねえが、
 人間ときた日にゃ生き身の人間をぼりぼり食うんだ。』
    ガルシン

 人の欲望の強さを警鐘をこめて示唆するような言葉は
いくつもあります。
人は、どこまで、強欲なのか、
それは、戦争やテロといった愚行が、無くならないことからも
言えることなのかもしれません。
目先の欲を満たすために、未来の多くを犠牲にしても
かまわないという傲慢な心が、
環境問題を引き起こし、格差や貧困を産みだしているのかも
しれません。
 何が、人にとって幸福なのでしょうか、
欲を満たすことだけが、本当に幸福なことなのでしょうか
サミットでも、国の欲が、見え隠れしていたように
感じられます。
本当に地球のこと、人類のこと、未来のことを
大切に想っているなら、国の欲を捨てることも必要なのだと
いえるでしょう。そして、それを各国民が、支持して
押し進めていくことが求められるといえるでしょう。
でも、残念ながら、まだ人は、そこまで賢くはなれて
いないようです。
posted by 清水の伏竜. at 03:08| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする