2008年05月31日

花はなぜうつくしいか、

『花はなぜうつくしいか、
 ひとすじの気持ちで咲いているからだ。』
      八木重吉

 美しい花をみていると心が安らぎます。
そんな花が、なぜ美しいのか、そのは迷いのない真っ直ぐな
ひとすじの気持ちだけもって、咲いているから。
そう感じた想いは、やはり人の美しさにも通じるものが
感じられるなのだと思います。
 美しい人は、やはり心も美しいもので
あって欲しいと思うものではないでしょうか。
それは、汚れなく純真で、透き通ったように気持ちよく
真っ直ぐな想いなのかもしれません。
そんな想いで、愛されたら、それを拒むことが出来る人は
いないのではないでしょうか。
 自分の心が、果たして美しいのか。
そうおもったとき、やはり自信などなくなってしまいます。
美しいと思えないようなことが、
何かしら浮かんできてしまう、
そんな人が殆どではないのかなと思ったりします。
それでも、出来るだけ、美しい心であるように
思い続けること、願い続けること、
努力し続けることが、大切なのだということでしょう。
そんな姿勢こそが、また美しいのかもしれません。
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2008年05月30日

すべて人生のことは「させられる」と思うから

『すべて人生のことは「させられる」と思うから
 辛かったり惨めになるので、
 「してみよう」と思うと何でも道楽になる。』
        曽野綾子

 人生の歩みのなかで、
なしていくこと、経験すること、
しなければならないこと、
そんな、さまざまなことに対して
いきいきと生きていくためには、
やはり心のもちようが大切であると
いうことなのだといえるのでしょう。
病は気からともいいます。
物事に取り組むときの気持ちしだいで
その物事の感じ方が変わってくる。
不思議なものですが、
確かに、人にはそんな側面があったりします。
ただ、その気持ちになれるかどうかが
問題であったりします。
ひとりで、心や気持ちを切り替えられる人は
幸せです。でも、そんな人は少ないのかもしれません。
そう思った方が良いとわかっていても
思えないで悩む人が多いのではないでしょうか
そんなとき、人は、側に支えてくれる人が
いるか否かで、大きく人生も変化していくことに
なるのだと思います。
ひとりでは思えないことも、
誰かといっしょであれば出来ることが
人には多いのではないでしょうか。
それは、愛する人かもしれませんし、
尊敬する人かもしれませんし、
信頼できる人かもしれません、
もしかしたら、まったく知らない人という
こともあるかもしれません。
ひとりで悩むのではなく、誰かに頼ることも
人生をよりよく生きるためには
必要なことであるといえるでしょう。
あなたには、そんな人がいらっしゃいますか・・・。
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2008年05月29日

若い生活をしているものは若い。

『若い生活をしているものは若い。
 老いた生活をしているものは老いている。』
   井上靖

 生活のありかたが、人の心と体に影響を
与えていることを表現したことばのひとつです。
あなたは、若い生活をおくっているでしょうか
それとも、老いた生活をおくっているでしょうか。
どんな生活が、若いのか
どんな生活が、老いているのか
その判断は、簡単なようでいて
難しいのかもしれません。
私は、最近は、どうも・・・・・・。
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2008年05月28日

人間のプライドの究極の立脚点は、

『人間のプライドの究極の立脚点は、
 あれにもこれにも死ぬほど
 苦しんだ事があります、
 と言いきれる自覚ではないか。』
     太宰治

 プライド。って、何なのでしょうか。
よく、
”君はプライドが高いから、・・・”
”君はプライドを捨てないとだめだ、・・・”
”結局、君はプライドを捨てられないのだよね・・・”
といった事を、相手に言う人がいます。
どんな意味で、プライドという言葉を使っているのか
不思議に感じることがあります。
プライドの立脚点が、
死ぬほど苦しんだことがある経験に基づくなら
高いことは、悪いことではないし、
捨てる必要もないものではないかと感じます。
それを、揶揄するのは、やはり、嫉妬心や妬みの
想いが、心にあるからなのではないでしょうか。
相手よりも上に立ちたい、相手をへこませたい
そんな意図しか伝わってこないような気がします。
それこそ、プライドのない言葉なのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 23:34| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天のかぐ山

『春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天のかぐ山』
        持統天皇

 日本の歴史の中にその名を残す女帝のひとりが
持統天皇です。百人一首に取り上げられたこの歌を
はじめとして、多くの句を詠んでいらっしゃいます。
丁度、百人一首の日ということもあり、
季節的にも、あったこの句を、選んでみました。
春が過ぎて、夏がやってきたらしい、
最近の気候は、そんな感じがするものですね。
白い栲で織りあげた布によりつくられた衣が干してあるような
天の香具山の風景にも、夏の気配を感じるものです。
季節の気配を、生活の風情と、景色の姿を
感じさせられるような気がします。
 沖縄の梅雨入りも遅れているようです。
今年は台風の当たり年にならないように
願いたいなと思いますが・・・・。
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2008年05月26日

事実を語ることは、だれにでもできる。が、

『事実を語ることは、だれにでもできる。が、
 真実で押し通すことは、
 そうだれにでもできることじゃないよ。』
      山本有三

 事実を語る。それは、事実を知っていれば出来ること。
それでも、事実を語るのが難しいこともあるものです。
事実であるがゆえに語ることができない。
そんなことで悩むこともあるでしょう。
さらに、真実を語り、それを押し通すとなると
もっと大変であったりします。
真実にめをむけたくない人は、必ずいるものです。
しかも、権力をもっていたり、地位が上であったりすることが
多かったりします。
真実を語っても、それを認めたくない力のまえに
それを無視するといったことが、大衆にはあったりします。
真実を語り訴え続けるには、強い心と勇気が必要で
あるといえるでしょう。
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2008年05月25日

効果だと?影響だと?役にたつかどうかだと?

『効果だと?影響だと?役にたつかどうかだと?
 人間は自分のなすべきことをなせばよいのだ。
 仕事の成果は、自分以外の人が気にかけることだ。』
    トマス・カーライル

 人間がなすべき事は、
いったいなになのか、この問いかけは、
いろんな場面で行われているものではないでしょうか。
しかし、この問いかけに明確な回答を出せる人は
あまりいないのかもしれません。
人は何かをなすとき、必ず、そのことが
どんな影響をまわりに及ぼすのか、
どんな効果が得られるのか、
どんな役にたつのか、
そんな利益になるのか、リスクがあるのか、
など、成果を気にします。
 自分が気にしないようにしても
まわりが気にするために、気になってしまいます。
自分のなすべきことをなすことが重要であると
割り切ってしまうことはなかなか出来ないのでは
ないでしょうか。
成果の評価は、自分以外の人が行い、
自分以外の人が気にかけることだと、
言い切ってしまうのも難しいといえるでしょう。
かならず、まわりからの影響を受けてしまうのが
人間であったりしますから・・・・。
 でも、成果などを気にせずに
自分のなすべきことをなすだけに集中できたなら
確かに、迷うことなく取り組めて、充実感を得ることも
難しくなくなるのかもしれません。
 あなたは、自分のなすべきことを理解しているでしょうか。
自分のなすべきことをなすことに集中できるでしょうか。
無我夢中になって、無心で、結果を気にせず、
精一杯、仕事を出来る環境が得られる人は、
幸せな人であるといえるのかもしれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 23:21| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月24日

成果をあげる人は、

『成果をあげる人は、
 能力、関心、知識、気性、性格、
 仕事の方法において多様である。
 あらゆることにおいて千差万別である。
 共通点は、
 行うべきことを行っているだけである。』
     P.F.ドラッカー

 成果とは何か?
仕事においての評価とは何か?
以外と明確になっていない職場が多いのではないでしょうか。
営業職のように、何かの商品やサービスを
より多くの人に売るといったものであれば
非常に明確な評価基準が存在します。
開発や技術の分野では、どうでしょうか。
売れる商品を創ったかが評価となるのは間違いないでしょう。
しかし、今売れなくても、将来売れるものの場合は
今必要なくても将来必要になるだろう技術の場合は
どう評価するのでしょうか。
単純に売り上げ=成果となってしまったとき、
目先の利益にのみ、全ての方向が向いてしまって
企業の継続性を危うくする可能性もありえます。
しかし、評価されないものを、一生懸命にやることが
出来るのでしょうか。
そんな成果主義の課題をクリアしないままで
欧米の物まねをして、失敗している企業が
あったりします。
日本には、日本の企業文化、労働の価値観があって
良いのではないのかなと感じます。
ドラッカーの言葉は、欧米に適したものでしかない
そんなものも含まれているかもしれません。
日本人は、日本の伝統や、社会慣習、心のあり方に
もっと目を向けて大切にしていくべきときに
きているような気がします。
日本の企業と社会が、行うべくこと
それは、何なのか、問われている時代に
なっているのではないでしょうか。
右肩上がりの成長の時代は既に過去の幻影に
なっているのですから・・・。
posted by 清水の伏竜. at 03:11| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月23日

個性ある人間は、

『個性ある人間は、
 耳ざわりのいいおしゃべりによってではなく、
 仕事とおのれ自身の働きによって形成される。』
       アインシュタイン

 個性、人はそれぞれ異なった特徴をもって
存在しています。
しかし、人のことをまとまった存在として
とらえることもあります。
世代、職業、性別、人種、所属、学歴、経歴、
国籍、出身、趣味、嗜好、価値観、・・・
さまざまな切り口で、
人を区別、分類して、大衆、市民、子ども、大人、
視聴者、有権者、といった表現などをつかって、
まとめて扱うこともあります。
それは、いろんな側面で便利なことが
あるからであったりもしますが、
人権、人格を考えたときに、
やはり、ひとりひとりが違っていることを認め、
ひとりひとりの存在が、それぞれ大切であることを
考えていくことが必要であるともいえるでしょう。
そんなときに、やはり個性を大切にという
あたりまえのようでいて
出来ていないことが、必要になってくるとも
言える気がします。
 個性を育む、そのためには、
それぞれの人が、自分にあったことに
熱心に取り組んでいくということが
必要なのだといえるでしょう。
他人の真似も必要なときはあります。
しかし、そこから自分らしさを出すには
自分自身で考えて、行動していくことが
必要なのだといえるでしょう・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:49| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月22日

竹は竹、松は松と各自その天賦を充分に発揮するように、

『竹は竹、松は松と各自その天賦を充分に発揮するように、
 人間が人間の天性自然を発揮するのが人間の善である。』
       西田幾多郎

 天から授けられた性質、生まれながらにもっている才能を
そのままに発揮していくことが、人間としての善き行いに
なっていくということ。
これは、性善説の立場からの言葉なのかもしれません。
自然の造形物、生物は、あるがままに与えられた存在として
その存在価値を発揮しています。
人もまた同じように自然のなかのひとつの存在です。
その意味では、同じように、自然に与えられ内在しているものを
発揮して活動していく、生きていくことが
求められているといえるのかもしれません。

 存在ということを考えてみたとき
この言葉を聞いて、なぜか思い浮かんだのが、

 かぐや姫=竹
 天女の羽衣=松
 紅天女=梅

という、松竹梅とそれぞれに絡んだ女性の伝承物語でした。
日本の古いSF作品として、多くの人に親しまれている
竹取物語、羽衣の伝説というお話のなかで、
月や天に戻っていく女性が描かれています。
少女漫画の傑作「ガラスの仮面」の中で
紅天女という演劇作品のなかに、梅の精の女性が登場します。
いずれも、人ではない存在の女性と
人の男性の恋と愛を描いていたりします。
なんとなく不思議な感じもしますし
納得してしまうものもあったりするのが・・・・。
面白いような気がします。

posted by 清水の伏竜. at 03:52| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

人生の意義はあなたが人生から逃れることでなく、

『人生の意義はあなたが人生から逃れることでなく、
 何を与えるかなのです。
 これがわかれば人生は豊かになります。』
     マーティン・ルーサー・キング

 人生の意義とは、何なのか
人生を豊かに過ごすには、
どんな歩みをなせばよいのか
いろいろと悩み考えることがあるでしょう
その意義を見いだすために
何をわかればよいのか、
牧師は語ってくれています。
 生きていることの意味。。。
死の床に至るまでの時間を
どう過ごしていくのが、もっとも充実感を
得ることができるのか
 真理は、どこに存在しているのか
そして、真理を知ることは
何を意味しているのか
肉体の求めるもの
 心の求めるもの
  そして、魂の求めるもの
それを得るために、
何を求め、何を得ることが必要なのか
何かを与えることによって、
それは得られるものなのか・・・・
posted by 清水の伏竜. at 02:57| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月20日

ローマ字の日

 日本ローマ字社が、日本式ローマ字を主張して
ローマ字国字論を展開した田中舘愛橘の命日に近い区切りの良い日を
選んで、5月20日を、ローマ字の日としたそうです。
日本語には、漢字、片仮名、平仮名といった文字がありますが
そこにローマ字表記もあります。
ヘボン式と日本式の2種類があったりしますね。
 さて、日本語には、外来語が非常に多く感じますが、
海外の言葉はどうなのでしょうか。
オランダ語、ポルトガル語、英語、さまざまな外来語があり
また、日本語には、そこからの造語や略語も、
数多くあったりします。
言葉の表現の多様性は、その言葉を話す民族や国家の文化や
慣習などを反映しているといいます。
日本には、季語が沢山あったりします。
四季の移ろいや気候の表現などは、非常に多様であったりします。
 俳句や川柳、短歌といった短い文書で、
多くのことを表現するような文化もまた語彙の多様性や
表現のありかたの変化があってのことなのかもしれません。
 やはり、日本人なのですから、まずは日本語について
より理解を深めておきたいものであるように感じます。
posted by 清水の伏竜. at 02:45| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月19日

ことばの日

 昨日の5月18日は、
こ=5、18=とば。とおいことで
ことばの日ということだったそうです。
ことばを正しく使おうということで、
心がけましょうといったことの日であったそうです。
 言葉は、言霊というように、
それ自身に、力をもっているとされています。
マントラと呼ばれる聖句など、祈りの言葉には
とくに強い力が宿っているともいわれます。

サンスクリット語
ヘブライ語
ギリシア語
ラテン語

古代よりある言葉は、その言葉の発音で
その言葉の意味を知った上で唱えることで
より強い影響をもたらすともいわれます。

ヴェーダ聖典、聖書、仏典といった
真理を語る言葉の記録には、
そのなかに深い意味をもっているともいわれます。
シュルティのような口伝によってのみ
伝わるものも世の中には存在しています。
マナの大切さなど、
言葉には、いろんな側面があり、
また多くの影響を及ぼします。
だからこそ、大切にしなければならないと
いえるでしょう。
そして、心と伝えるために言葉を紡ぐことは
大切なことだともいえるでしょう。
特に感謝の気持ちを伝える言葉は、
常に口にするくらいに、大切なもののように感じます。

ありがとう。
この言葉をもっと大切にしていきたいものです。
posted by 清水の伏竜. at 07:19| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

未来を予想する最も信頼できる方法は、

『未来を予想する最も信頼できる方法は、
 現在を理解するようつとめることだ。』
     ジョン・ネイスビッツ

 未来を予想することは、
いろんなかたちで行われています。
世界の政治も、経済も、近い未来を予測して
その予想のもとに、動いています。
その未来の予測にあたっては、
過去から現在までの変化と状況を
分析することによって行われています。
まさに、未来予測は、今を知ることによって
行われているわけです。
しかし、その予測は、あくまでも予測であって
変えることも可能であるはずです。
投資や政治判断、法律や行政、経済活動、
さまざまな側面から、それぞれに責任と権限のあるものが
しっかりとした認識と決断のもとに
人々の幸せを願って、行動してくれれば
世界は、良い方向に流れていくかもしれません。
それを後押しするためには、
力のない市民が、それぞれの立場で、
しっかりと考えて行動していくことが
必要とされているといえるでしょう。
小さな力も、多くが集まれば、
大きなことを成し遂げることが可能であると
いうことでしょう。

さて、現在から過去のことを分析せずに
未来を予測する人もいます。
予言とか予知とかいわれるものです。
天からの声というべきものかもしれません。
予言が当たるか否かは・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 23:33| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月17日

一つの所に停まり、一つの物の中に深く入ってゆくことなしに、

『一つの所に停まり、
 一つの物の中に深く入ってゆくことなしに、
 如何にして真に物を知ることができるであろうか。』
      三木清

 真に迫っていくために
何が必要なのかといえば、
やはり、そのことに一点集中して
深入りしていくということも必要だということでしょう。
 情報化社会となり、世の中には
いろんな情報が溢れています。
しかし、そのなかで、本当に重要な情報や
本当に価値のある情報は、
ほんの一握りであったりすることもあります。
それを見極めるための能力が
求められている時代でもあります。
 知るということの深みを感じるには
真剣に学ぶという姿勢が必要であるのは
昔も今も変わりはないということでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 10:14| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月16日

生きている人だけの世の中じゃないよ。

『生きている人だけの世の中じゃないよ。
 生きている人の中に死んだ人も
 いっしょに生きているから、
 人間はやさしい気持ちを持つことができるのよ。』
       灰谷健次郎

 先だって逝った人々の想いは、
残された人々の心の中に息づいている
よくいわれることですが、
この言葉は、そんな意味としてとらえることも
出来ますし、人と人との絆についての
素晴らしさを語っているのだと
読んでみても良いですし、
さらには、魂の継承、輪廻転生の理について
語っているのだということも出来るかもしれません。
 世の中は、生きている人だけで、
成り立っているのではなく、
生きていた人の業績や気持ちや志といったものも
含めて成り立っていると言えるでしょう。
一度、絆で結ばれた人と人との関わり合いは、
死という誰もに訪れる扉によって
分かたれることなどなく、
繋がったままで、影響していくものだと
言えるでしょう。
一期一会。その出会いの時間の長さに関係なく
人の絆は結ばれるものであったりします。
それは、人が心と魂によって共感しあえるもので
あるからなのでしょう。
優しさもまた、人に伝わっていくものですし
愛は常に与えるものであるのですから。
 社会が素敵なものになっていくには、
人のやさしさ、感謝、お互いに信頼しあい
助け合っていける心が、広がっていくことが
大切なのだともいえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

群を抜く方法は、当たり前の仕事を、

『群を抜く方法は、当たり前の仕事を、
 当たり前ではない情熱で行うことである。』
     レターマン

 抜きに出ること
それに意味があるのかどうかは・・・
どんな仕事に対しても
高い意識と大きな情熱をもって
精一杯取り組むことによって
それ以上の何かを得ることが
あるのかもしれません。
人より抜きにでるには、
人よりも、とにかく出来ることであり
目立つことであるのかもしれません。
しかし、多くの企業では、
出る杭は打たれるといったことの方が
多いようです。
叩かれてもへこまないほど
飛び出てしまうか、
目立たぬようにそこそこに対応するか
どちらかしかないために、
人がなかなか育たないのでは
ないのかなっと感じたりします。
posted by 清水の伏竜. at 02:32| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

人の真似をする者は、

『人の真似をする者は、
 その真似るものよりは必定劣るものじゃ。
 そなたも、自分の工夫を専一にいたされよ。』
   菊池寛

 真似は、スキルアップにつながるものです。
赤ちゃんも、子どもも、まず五感で得たものから
まねをして知識、知恵を得ていきます。
基礎の育成において、真似の重要さは
間違いなく存在しています。
しかし、いつまでも真似で留まっていては、
飛躍はありません。
さらに飛躍するためには、自分の知恵や経験から
何かを産みだしていく、創意工夫を
行っていくことが必要だということでしょう。
そのこともまた事実であると思います。
posted by 清水の伏竜. at 02:30| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

綺麗な靴を穿いていた者は心して泥濘をよける。

『綺麗な靴を穿いていた者は心して泥濘をよける。
 だが一旦靴が泥にそまると、
 だんだん泥濘を恐れなくなる。』
     長与善郎

 きれいなときには、汚れないように注意するのに
少し汚れてしまうと、
もう汚れないようにと注意しなくなってしまう。
それは、人が何かを注意するときや
気をつかうようなときには、
何らかの条件があって、その条件が崩れてしまうと
それまで行っていた配慮や注意をしなくなってしまう
そんなことに通じているようです。
 常にきれいな状態になっているところは、
やはり汚し難いものですが、
何かちょっとでも汚れていたら、汚さないようにとの
注意がおろそかになってしまうということです。
よく、何かに集中するときに、形から入るといったことが
あったりしますが、
まさに、それも同様な意味を持っているといえるでしょう。
目に見える注意ポイントがあれば、
やはり注意する気持ちも高まってくるということでしょう。
 人は、よく、他の人もやっているから、といった言い訳を
することがあったりします。
もう、汚れているのだから気にしないってことと
似たようなことではないでしょうか
そんなことを思うのを回避するには、
常に初心や、最初の環境、条件を忘れないように
することが、大切なのかもしれませんね。





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posted by 清水の伏竜. at 02:40| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月12日

知らないのは恥でない、知ろうとしないのが恥である。

『知らないのは恥でない、知ろうとしないのが恥である。』
     沢柳政太郎

 知恵、真理、そして、現実と事実、
それらのことについて、知らない人は
大勢いるものです。
全てを知っているのは、まさに神のみといえるでしょう。
だから、知らないことは、何も恥じるような
ことではなく、素直に認めてしまえばよいと
いえるでしょう。
だた、知らないということを認識したときには
それを知りたいと思うものであり、
知ろうとするものです。
知ろうとしないのは、それを知ることから
逃げているともいえるでしょう。
そちらの行為の方が、恥であるといえるでしょう。
真実をもとめ、真実を知る。
それは、ときに厳しいものであったり
辛いものであったりするかもしれません。
でも、そう感じるのは、自分の心、感情でのことであって
魂は、常に真理を求めているのだということも
言えるでしょう。
 ”求めよ、さらば与えられん”
イエスの言葉は、まさに真理を伝えていると
いえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 05:10| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする