2008年04月30日

われわれの本性は、怠惰へ傾いている。

『われわれの本性は、怠惰へ傾いている。
 だが、われわれは活動へと心を励ます限り、
 その活動の真の悦びを感ずる』
    ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 最近、体重は増えてないのに
顔とおなかに脂肪が・・・・
やはり不規則な食生活が問題であったようです。
朝と昼に食欲がなく、
会社からの帰りはサービス残業で遅くなり
夕食を遅くに食べてしまってる。
あきらかに問題ありな食生活であったりします。
しかし、なかなか一人暮らしだと、
うまくコントロールできなかったりするものです。
どうしても、怠惰な方向に流されてしまいがちです。
活動することへ、生活をもっていくのにも
ひとりきりだと、何か動けないような
流れになってしまいがちだといえるでしょう。
やはり、人はひとりで生きるものでは
ないのでしょう。
誰かを守って、誰かを支えて、誰かを愛して、
誰からか愛されて、誰からか支えられて、
誰かから励まされて、
そんな中で、真の喜びを感じ、
幸せを感じていけるのでしょう。
そして、何よりも、やる気を得ることができ
行動することへの力を得られることになると
いえるのでしょう。
 ひとりで生きることの寂しさと辛さと
限界を、体調を悪くすると、
本当に痛感させられるものです・・・・・。
 活動することへ喜びを感じられるように
心をなんとか励まして生きて行ければ・・・・。
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2008年04月29日

今日をだらだらと無為に過ごす。

『今日をだらだらと無為に過ごす。
 明日も同じこと。
 そして次の日はもっとぐずぐずする。
 ためらいのひとつひとつが、
 それぞれの遅れをもたらし、
 日々のことを後悔しつつ日々が暮れていく。
 おまえは本気でやっているか?
 一瞬考えてみるがいい。
 思い切りのよさには才能と力と魔術が内在する。
 ひたすら没頭すれば、心に灯が点る。
 始めるのだ。
 そうすればその仕事は完成する』
   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 やる気がでない・・・
何かいまひとつ・・・・
身体が重い、気持ちも重い・・・・
そんなときって、誰にもあるのではないでしょうか
そんなときに、それを批判されたり、
非難されたり、怒られたり、注意されると
ますます元気を奪われていってしまうでしょう。
 本気でやっているのか、本気なのかという問いに
心のなかでは、はいって答えていても
口に出せなくなってしまう。
そんな気持ちになってしまうこともあるでしょう。
言い返したくても言い返せないもどかしさのなかで
苦しくなって哀しくなって、
涙腺が自然に緩んでしまうことも・・・
 ゲーテの言葉には、確かな真実があるのかもしれません
しかし、その言葉には、その言葉が響く時と心の状態が
あるのも確かなことだといえるでしょう。
人を導くとき、人を指導するとき、
人を励ますとき、人を叱咤するとき、
良い言葉であっても使い方を間違えると
刃になってしまうかもしれません。
言葉のもつ力を、より良く使っていくことが
多くの人に求められている
そんな時代なのかもしれません

 思いっきりのよさ、
なかなか踏ん切れないとき、
誰かがそっと背中を押してくれることが
とても大きな力となることもあるものです。
ひたすらに没頭できるには、
そのための環境も必要であったりするものです。
助け合う心と気持ちが、
人をどんなに育むことができるものなのか
ちょっと考えてみるのも・・・・・・
posted by 清水の伏竜. at 18:17| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月28日

永いこと考え込んでいる者が、

『永いこと考え込んでいる者が、
 いつも最善のものを選ぶわけではない』
   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 何か、考え事をしているとき
何かを悩んでいるとき
その時間が、長いからといって、
必ずしも良い結果が出るとは限らない。
瞬間の閃きで、決めてしまったことの方が
よい結果を生むこともある。
選択や、決断のとき、
いろんなことを人は考えるでしょう。
しかし、最後に決めるのは、
考えた時間ではなく、
気持ちの問題であるのかもしれません。
自分の心に素直な気持ちで、
判断すること、決断することが
もっとも大切なのかもしれません。
考え悩んでも、出てくる結果が、
大きくかわることは、なかなかないのかも
しれません。
 とわいっても、考えることは大切ですし
熟考することも時には必要でしょう。
その時々に、最適な時間があるのかもしれません。
その最適な時間は、やはり経験によって
得られるものなのかなという気がします。
人は経験して、成長していくということ
なのでしょうから・・・・。
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2008年04月27日

あなたはあなただけのものじゃないのよ

『あなたはあなただけのものじゃないのよ
 この世に自分だけのものなんてひとつもない
 みんな誰かと関わって何かを共有して
 だから自由にならない
 だからこそ面白くて哀しくて愛おしい』
      侑子
      〜xxxHOLIC◆継〜朋分〜より

 CLAMP原作のマンガ作品のアニメ化のひとつ
その作品の中での言葉です。
蜘蛛の呪いにかかった百目鬼のために
右目を差し出した主人公の四月一日。
女郎蜘蛛のところに彼のの右目を返しにもらいにいって
捕らえられた座敷童子。
その座敷童子を助けにむかった四月一日。
彼は、そこで新たな気付きを得ます。
「自分を大切にしない・・・」
女郎蜘蛛との争いと会話のなかで、
自分の行いが、本当に正しいことではなかったかも
しれないということに。
右目を失ったものの座敷童子を助けることができた
四月一日が、もどったとき。
百目鬼の右目の半分を侑子より受け取った四月一日は
疲れから横になってしまいます。
膝枕にのせた四月一日の顔をみながら
侑子は、語ります。
”あなたはあなただけのものじゃない・・・”と。

 人は、一人では生きていけないものといわれます。
人の命は、なぜ尊いのか、
それは、その人がひとりで存在しているわけではなく
人との関わりのなかで存在しているからだと
だから自分の命、自分の事を大切にすることが
とても重要なことであり、尊いことであるということ。
自分を大切に出来ないものに
他人を大切にできるはずもなく、
他人を守ることも慈しむこともできるはずもない。
なぜ自殺が罪なのか、
それは、自分を大事に出来ないどころか
殺すことであるからであり、
それは、自分関わり合う人たちを傷つけることでも
あるということだからだともいえるでしょう。
 時に苦しいこともあれば辛いこともあるもの
でも、自分のことを大切に思うことを
忘れずに、生きていくことが、
何かを得られることに繋がっていくでしょう。
そう信じることが、大切なのだと思います。


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2008年04月26日

天にありては星、

『天にありては星、
 地にありては花、
 人にありては愛、
 これ世に美しきもの最ならずや。』
   高山樗牛

 この宇宙の中で、
小さな地球という蒼い惑星の上で
美しいものがあります。
その美しいものを愛でることができる
その素晴らしさを感じていける
そんな感性や心を大事にしていきたいものです。
夜空に輝く星のきらめき
大地に香る花の優しさ
そして、人のもっている愛。
愛の素晴らしさを感じることが出来るとき
本当の美しさを垣間見ることが
出来るのかもしれません。
 その美しさを感じられるような
感じることが普通であるような
そんな社会であって欲しいと
願ってやみません。
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2008年04月25日

自分にできること、

『自分にできること、
 あるいは夢に思い描いていることは、
 すべて実行に移すことだ。
 大胆であれば、
 非凡な能力と不思議な力を発揮できる』
   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 自分に出来ることは何?
 自分の描く夢は何?
 実行に移せるものがある人は
 幸せなのだと思います。
 大胆に行動する力が備わったひとには
 簡単に感じることであっても
 平凡な人にとっては、鋼鉄の障壁であったり
 するかもしれません。
 平凡な力と、普通の能力しかないなかで
 どう生きていくのか、
 そんなことを悩むよりも、
 もっと大切なものがあるのかもしれません。
 夢を抱き、自分の出来ることから
 歩み初めてみれば、
 もしかしたら奇跡に出会うことが
 あるのかもしれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 02:43| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月24日

勇気は、進む方の勇ばかりでなく、

『勇気は、進む方の勇ばかりでなく、
 退いて守る力の沈勇もまた之を養うように心掛けねばならぬ。
 両者が揃うて真の勇気がなる。』
   新渡戸稲造

 前進することが、常に正しいとは限らない、
行動することが、必ず良いとも限らない、
立ち止まって考えること
退いて守ることも、時には必要であり、
そのための勇気は、進むときより、大きいものが
必要であることもあったりする。
 何か片方だけ、一方だけでは、
何事も上手くいくこと限らない、
状況に応じて、判断し、必要な行動をとることが
大切であり、バランス感覚も、時には重要になってくる
本当の勇気とは、成すべきときに成すべきことを
行うことができるということなのだと
いえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 03:09| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月23日

人々は理解できぬことを低く見積もる

『人々は理解できぬことを低く見積もる』
   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 理解できないことに出会ったとき、
それを、どの様に評価するでしょう。
わからないから、適当にとなってしまったら、
おそらく、この言葉にように、低くみてしまうのかも
しれませんね。
 理解できない=価値がない。
そんな単純に考えてしまうのは、
折角の出会いを無駄にしてしまうことに
なってしまうかもしれません。
 人にとって、未知なるもの、想像出来ないようなこと、
理解しえないことに出会うのは、
とても貴重ばことであり、大きなチャンスなのかも
しれないのです。
 理解できないことに、
どんな態度で接するのかによって、
可能性は大きく変化していくといえるでしょう。
理解できないことには、理解していく楽しみが
あったりします。
 何事にも、興味をもって、
接していくことは、知的好奇心を満たしてくれます。
どんなことも、理解できないと思えるだけで、
本当に理解出来ないわけではないと
そう信じて歩んでいくことが、
大切なのではないでしょうか。
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2008年04月22日

物に偏見を持たずに物に打込んで行けば、

『物に偏見を持たずに物に打込んで行けば、
 その物の持つよい味は自ずと分ってくるんだ。』
   滝井孝作

 何かに取り組むとき、
何かをしようとするとき、
何かをしなければならないとき、
そのことに対して、最大の効果を得ようとするなら
そのことに偏見をもたず、純粋に対応し、
真剣に打ち込んでいくことが大切であり、
その良さや、その特徴は、
自然にわかってくることになるという
そんな、何かに取り組むときの姿勢について
語られた言葉のひとつといえるでしょう。
 人は、何かに取り組むとき、
どうしても、過去の自分の経験や体験から
判断してしまって、先入観をもってしまいがちです。
それが、必ずしも悪いとはいえないものの
それに縛られてしまっては、
大切な何かを見過ごしてしまうのかもしれません。
 客観的にアプローチするということは、
自分の先入観も白紙にして対するということで
あるといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:22| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月21日

好いた水仙、好かれた柳

『好いた水仙、好かれた柳』

 太陽神アポロンの車から落ちて
命を落とした乙女パエトン。
パエトンの妹ヘリアデスはその死を悼み
パエトンの姿を柳に変えたという。
柳の枝は悲しみの涙を表していると。
そんなギリシャ神話があるように
柳は、美人や上品な女性として喩えられるそうです。
水仙は男性のたとえで、
この言葉は、相思相愛の男女の様子を
表現した日本の昔の言葉です。
 相思相愛のカップルは、
みていても羨ましいかぎりです。
そんな出会いが、人を成長させ、強くするのかなと
思ったりします。
残念ながら、私にはいまだに無縁な言葉では
あったりしますが・・・。

4月21日の誕生日花:やなぎ
花言葉:従順
誕生日石:アンダリューサイト
石からのメッセージ:愛の予感
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2008年04月20日

心をまとめる鉛筆とがらす

『心をまとめる鉛筆とがらす』
   尾崎放哉

 自分の心の中を整理する。
そんなときに、何をするのか。
何をしたらよいのか
そのヒントを教えてくれる
そんな言葉でもあったりすると
いえるでしょう。
 鉛筆をとって、
書き上げてみる
自分の思いを、心の感じていることを
とにかく素直に、書き綴ってみて
全てを文字におこしてみて
そえを見返してみる
そんな方法が、いろんな人から
奨められています。
 難しく考えずに、浮かんだ言葉を
素直に書いていく
そこに、自分の中の何かが
みえてくるといえるでしょう。
 しかし、なかなか素直に出来なかったり
ちょっぴり出来なかったりするものです。
 でも、すこしでも
試してみると、自分の中の迷いや想いが
みえてくるかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 18:44| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月19日

人はいかに遇されるかによって、

『人はいかに遇されるかによって、
 それなりの人物になっていく』
   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 人を育てるということは、
どんなことをすればよいのか、
その方法については、さまざまな事が言われています。
企業は人で不足を言いますが、
失業率が0%でないのですから、人はいるのです。
でも雇わない企業があるということになります。
その理由は、企業が欲しい人材は、
その企業が儲けることに役立つ部品としての人材で
あるからであって、存在としての人ではないからです。
部品は傷めば取り替えればよい。
それが多くの企業における人材の扱いであるでしょう。
ESが高いレベルにある企業の方が少数派であり、
人材は人財であり、育てていくのも企業の役割と
考えている経営者も少数派であるでしょう。
 人を処遇することで、人を育てる。
それは、実際に効果のある方法ですが、
なかなか出来ない方法でもあるようです。
 意識改革の必要性は、誰もが語っているところですが
なかなか浸透していかないのも事実であり、
そこには、感謝の心と、愛する心、
そして、優しさが大切なのに、それがもてないで
欲望と、怒り、といったものが表に出てしまっている
職場の雰囲気が問題としてあるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 08:33| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月18日

自分を愛することをやめるとき

『自分を愛することをやめるとき
 ひとは他人を愛することをやめ
 世界を見失ってしまう。』
   吉野弘

 愛することの大切さは、多くの言葉が
伝えてくれています。
そんな愛の根本には、自分への愛があると
いえるでしょう。
 自分を信じることが出来ないのに
他人を信じることができるのか、
自分を愛することが出来ないのに
他人を愛することができるのか、
この問いかけに、明確な回答を出来る人は、
しっかりとした考えをもっていると
いえるのかもしれません。
 自殺者が年間3万人の時代が9年も続く日本、
自分を愛せなくなってしまった人が、
いかに多いのかを示しています。
愛する気持ちは、愛されることを実感して
生まれてくるものかもしれません。
愛されない、そんな人が多くなったのは、
社会の歪みのひとつといえるでしょう。
優しさや感謝よりも、厳しさや利益の方を
優先する企業や社会のありかたが、
大切な何かを奪っていっているのかもしれません。
 失ったものを取り戻すことから
始めることが必要な時代になってしまった
そんなことを感じさせられます。
posted by 清水の伏竜. at 07:34| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

大業を成し遂げようと思ったら、

『大業を成し遂げようと思ったら、
 年老いても青年でなければならない』
   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 一生青春という言葉があります。
年齢って、この世に生をうけてかた、
何回地球が公転したのかに過ぎないものと
いえなくもありません。
生きているということの意味を考えたとき
心と体の健康は、大切なことであるといえます。
そのなかで、体は、自然の流れのなかで、
老いという宿命を背負っています。
元気に老いることが体にとっては
大切なことだといえるでしょう。
心には、その宿命はありません。
まさに自由な存在であるといえます。
心は永遠に青春であってかまわないのです。
いつまでも若い気持ち、初心を忘れずにいることが
出来るかどうかは、まさに何かを成し遂げるに
あたって影響のある部分でしょう。
だから、心の病は、体の病よりも
やっかいであり、大変であり、
重要であるはずなのですが、
軽くみられがちであったりします。
 とくに企業のなかでは、心の問題が
軽視されてきたといえるでしょう。
ハラスメント被害の多くは、肉体的なものではなく
精神的なものであったりします。
優しさや感謝の気持ちを忘れてしまっている
そんな管理職が多いのかもしれません。
厳しくすれば良い、叱咤すればよい、
注意していればよい、そんなふうに思っているのかも
しれませんが、それは心の狭い考え方だと
いえるでしょう。
自分にとって得な人しか可愛がらない、
そんな人が増えていけば、いつかは社風は、
暗いものになっていってしまうように感じます。
人にとって、大切なものは、
やはり、愛なのだといえるのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 08:01| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月16日

BOYS, BE AMBITIOUS!

『BOYS, BE AMBITIOUS!(青年よ大志を抱け)』
    ウィリアム・S・クラーク

 1877年4月16日、
8ヶ月の滞在を終えて、帰国することになった
ウィリアム・S・クラーク博士が、
赴任先であった札幌農学校で残したという有名な言葉に
ちなんで、
 「大志を抱く日」
ということのようです。
 大志、大きな志、
それは、夢でもあり、希望でもあると
いえるのかもしれません。
 どんな大志を抱くのか、
どんな夢を描くのか、
いずれにしても、そこに希望が
あるのだろうと思います。


4月16日の誕生日花:チューリップ
花言葉:美しい瞳
プラトの神の娘チューリップが、
貞操の神ディアーナに願い一輪の花に姿をかえたという
ローマ神話の物語にまつわる花。美しい乙女の化身。
誕生日石:ヒデナイト
宝石からのメッセージ:すがすがしい明るさ、自然の恵み
希望、勝利、平和、生長、新鮮を表す
澄んだエメラルドグリーン、薄緑色は洗礼式の水を表し
聖母マリアの象徴として謙虚・純粋を表す色。
卯の花の咲くころ、十二支の四番目の卯の月は、
眠りの冬から目覚めの春へ若返るとき。
posted by 清水の伏竜. at 02:27| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サイバネティクス

少年の頃に、サイバネティクスを学びたいと
思ったことがありました。
そのきっかけとなったのが、
サイボーグという言葉を知ることになった作品

「サイボーグ009」

でした。
少年キングの連載にはじまり、
COM、少年サンデー、冒険王、ビックコミック、
少女コミック、NORA、・・・
掲載誌を移動しながらも、連載が続いていった
まさにライフワークともいえる作品は
アニメでも、赤いマフラーの白黒版放送から
黄色いマフラーのカラー作品、
そして、北欧神話編なども描かれた3回目の作品と
制作されてますが、どの作品も好きでした。
2回目のシリーズがサンライズの制作で東映の製作で
あったり、監督がボトムズ・ダロスの高橋さんで
あったりしたのかって懐かしく思ったりしました。
「誰がために」という石ノ森先生の作詞による
主題歌は、私も大好きな歌のひとつです。

未完に終わった
天使編、神々との闘い編
イワンの導きで超能力サイボーグ戦士になるのか
というところで終わってしまって、
はやく続きが読みたいという気持ちでずっといたもので
未完になってしまったときはショックでした。
それが完結せずに
その完結となる小説が、息子さんの手で
まとめられているところです。
最初の1巻目が発表済みです。
この完結版の小説が発表し終えたら
アニメ化されることになるでしょう。
それを観るまでは生きていたいものです。

世界にのこされた古代遺跡、神話、オーパーツ、
それらを取り込んで、展開される物語でもあった
009シリーズの完結編は、
まず、9人の戦士の物語から始まります。

001 天使の羽音
002 摩天楼の底
003 ありえざるもの
004 妖精街道
005 ガイヤの都
006 天空の食
007 幽霊劇場
008 海底ピラミッド
009 女神の陰謀

そして、決戦の舞台へ、
神々、天使との闘いの果てにあるものは何か、
起承転結の転の部分が、メモ断片が薄い部分で
あったようで、小野寺丈氏の石ノ森章太郎メモからの
創り上げがどんなふうになるのか、
そして、描かれた結末は、どんなものなのか、
”天没地没虚空没”
”神は人の夢、人は神の夢”
構想メモに残された言葉から、
生と死、人と神、その答えと問いを
目にする日が待ち遠しいです。




☆「創造力の発信」第47回日本SF大会 DAICON7☆
(8月23、24日開催) 参加申込受付中!!!
posted by 清水の伏竜. at 02:13| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月15日

いつになったら人間はただ知性のみを追って

『10歳にして菓子に動かされ、
 20歳にしては恋人に、
 30歳にして快楽に、
 40歳にしては野心に、
 50歳にしては食欲に動かされる。
 いつになったら人間はただ知性のみを追って
 進むようになるのであろうか』
   ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

 人というものが、どの様に生きているものなのか
ゲーテのみた社会において、人の生き様は
このように感じられていたということでしょう。
ゲーテ本人が、自分の人生をどう感じていたのか
もしかしたら、違うと思っていたかもしれません。
さて、何かをするときの動機や
モチベーションが、どこから発するのか、
それは、人によって様々であると思います。
ここにあげられたものも、そんな動機のひとつに
なっているといえるでしょう。
ゲーテの嘆くようなものを動機にしているからと
いって悪いわけではありません。
そこに、夢と幸せがあるなら、それでもよいと思います。
 あなたは、10代のモチベーションの源泉は
何だったでしょう。
20代は?、30代は?、40代は?、50代は?
何を自分の生きる糧とし、進んでいくモチベーションに
していたでしょうか、
そして、今は、何をモチベーションとしているでしょう。
考えてみると、私が生きていくにあたって
動かされる動機には、ゲーテの言うものは
当てはまっていなかったように感じます。
10代は菓子よりも本でしたし、
20代は仕事、仕事に追われて何も考えられなかった気がします。
30代も同様で、恋も快楽もまったく無縁でありました。
そして、今、野心もなく、ひとり生きているなかで
進んでいく動機が、何なのか、
まさに五里霧中といった感じであるような気がします。
知的好奇心は、相変わらず旺盛ではありますが、
さて、・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 21:09| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

人間というものは、自分の欠点に気付き出した時、

『人間というものは、自分の欠点に気付き出した時、
 ある意味では、すでにその欠点を
 越えようとしつつあるといってもよいでしょう。』
   森信三

 気付きというものは、
どんなことにおいても、何かの始まりだと
いえるのではないでしょうか。
まず、気付くこと、気付くことが出来れば
それはわかることにつながるのですから、
どうすればよいのか、考えることもできるわけです。
 欠点とは、気付いていることで、
既に注意するような気持ちが、どこかに働くものです。
したがって、克服しようという方向に
進んでいっているといえるでしょう。
 自分の欠点に気付かないことの方が多いのであり、
気付かないから欠点なのかもしれません。
これは、自分の利点についても同様かもしれません。
自分で気付いている利点は、既に利点ではないのかもしれません。
 自分のことは、自分がよくわかっているという人がいます。
しかし、そんなことを言う人に限って、
他人の感じている自分と、自分の知っている自分に
大きな隔たりがあったりするものです。
 そして、自意識過剰とか、勘違いしているとか
言われてしまうことになってしまいます。
 自分の欠点にしろ、自分の利点にしろ、
よく知る第三者に、教えてもらうのが、
認識するのにあたっては、もっとも確実な方法であると
いえるかもしれません。
それ故に、自分を知り得る人は、素晴らしきよき友を
もっているものであるといえるのではないでしょうか。
 あなたには、自分の利点や欠点を
教えてくれる友人がいらっしゃいますか。
いないとしたら、哀しいことかもしれません。
人生をよりよく生きていくために、
やはり、よき友を得ることは、重要なことなのだろうと
思います。
もちろん、よき伴侶もということでしょうか。
 そんなことを思うとき
自分の人生が、なんだか哀しくなってきて
しまったりします・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 22:25| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月13日

賢明な人間は悪に報いるに悪をもってすることはなく、

『賢明な人間は悪に報いるに悪をもってすることはなく、
 つねに善をもってし、そうすることで悪を破滅に導くものだ。』
    マハトマ・ガンディー

 どんなことに対しても、善をもって対応する。
まさに、聖戦とは、このような戦いかたを
いうのではないでしょうか。
目には目を歯には歯を、これを報復の言葉ととるのか
贖罪の言葉ととるのかによって、
人の価値や尊さは、大きく変わってくるのではないでしょうか。
出来るなら贖罪の言葉として、
考えて欲しいと願いたいものです。
もし、過ちを犯したら、もし何か恩を受けたなら
同じだけの贖罪を捧げ、同じだけの感謝を捧げていく
それが人として、最低限のモラルであるということです。
罰するのではなく、許すという態度で、
常に善をもって対するのには、
崇高な精神が必要になるでしょう。
でも、真の平和というものは、そんな行為の積み重ねで
訪れるものなのかもしれません。
憎しみや苦しみを残さない戦いかたが、
人には出来るのだということを、
示した人がいたということは、人類にとって、
大きな財産であるように思います。
posted by 清水の伏竜. at 05:27| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

世界を怖るるな。ただ自己を怖れよ。

『世界を怖るるな。ただ自己を怖れよ。
 四面楚歌の声のなかにあっても、
 屈せざるがこれ男子の本懐である。
 自ら信じて行なえば、天下一人といえども強い。
 正義が常に念頭にあるからである。』
        杉浦重剛

 正義とは何か、よく問われることです。
その答えは、いろんな人が語っています。
男気という言葉があります。
それを解説したような言葉が、この言葉であるように
感じられます。
 自分のなかの弱さが、一番恐れることであり、
自分を信じることが出来るということは、
自分の弱さを克服することでもあるわけです。
自分を信じて。自分の中にある正義に偽ることなく
進んでいくことが出来れば、社会の状況も
周囲の反対も、関係なく成し遂げていくことが
できるということでしょう。
 世の中に自分しか頼れないとき、
それでも前に進めるのは、自分を信じて
揺るぎないときだということですね。
 その境地に達することができるかどうか、
それが大きな課題であったりします。
多くのひとは、その境地に達することが
出来ないでいます。
 それは、簡単なようで、とても難しいことだから
でも、そこに向かって進んでいくことから
何かが変わっていくのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 09:58| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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