2008年03月31日

落ち着け。人を恨んで自分をダメにするな。

『落ち着け。人を恨んで自分をダメにするな。』
    ヘルベルト・フォン・カラヤン

 人を恨むこと、人を憎むこと、
人を蔑むこと、人を軽蔑すること、
他人に対して、負の心を抱くことは
結局、自分に跳ね返ってきて
自分をダメにすることになってしまう。
 そんなことにならないように
心を落ち着けることが必要ということ
そんなことを伝える言葉のひとつです。
 音楽の世界をはじめとした
芸術の世界においては、心のありかたが
演奏や作品に表れてしまうといわれます。
それ故に、心のありようには
注意が必要になることが、より強いと
いえるのかもしれません。
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2008年03月30日

萬画とは無限大の可能性を秘めたメディア

『萬画とは無限大の可能性を秘めたメディア』
     石ノ森章太郎

「二級天使」「龍神沼」「JUN」
「サイボーグ009」「仮面ライダー」「キカイダー」
「HOTEL」「星の子チョビン」「ゴレンジャー」
「幻魔大戦」
・・・・
700タイトルを超える作品の数々は、
どれもが、それぞれの面白さを秘めています。
そして多種多様な分野、対象をもっています。
まさに萬の可能性をもつ画です。
マンガの神様とマンガの王様、
手塚治虫と石ノ森章太郎の2人の全集を読めば、
日本のマンガのほぼ全てを知ることが出来ると
いえるのかもしれません。
BS2で、7日間にわたり放送された
”とことん!石ノ森章太郎”
没後10年、生誕70年ということもあり
企画された番組でしたが、石ノ森章太郎作品の
一部を紹介するしか出来なかったともいえるでしょう
それでも、テレビで放送された石ノ森章太郎原作の
作品の数々が、今もなお多くの人を魅了している
その訳を垣間見ることができます。
石ノ森章太郎氏の想いが、今のクリエイターに
引き継がれているシリーズとしては、
特撮ヒーローヒロインもの
「仮面ライダー」「戦隊ヒーロー」「魔法ヒロイン」
があるのかなって思います。
本郷猛からはじまった昭和のライダーシリーズ、
そして、今も放送が続いている平成のライダーシリーズ、
五人のヒーローヒロインがチームで戦う戦隊シリーズも
今なお続いています。
ポアトリンなどの実写特撮ヒロインシリーズも
魅力を放っています。
マンガ、漫画、そして、萬画へ。
経済、歴史、文学、どんな分野も表現できる
それが、マンガの魅力であることを、
神様と王様が、示してくれたわけです。
世界の中で日本は、まさにマンガを文化までにしてきた
特異な国ともいえるでしょう。
そんなマンガをもっと大切にして育てて、
世界に向けて発信していくべきともいえるでしょう。

SFの世界でも、日本が世界の中でも、優れた作品が
多いのには、手塚治虫、石ノ森章太郎といった
マンガ界の重鎮の作品にSFの傑作が揃っていることも
要因のひとつであるといえるでしょう。
マンガの神様の生誕80年であり、
マンガの王様の生誕70年である今年の日本SF大会は、
8月23、24日に大阪で開催されます。
これからも、天才の残した作品を、愛していって欲しいし
そこからまた新しい魅力が引き出されていけば
よいなと思います。


☆「創造力の発信」第47回日本SF大会 DAICON7☆
(8月23、24日開催) 参加申込受付中!!!
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2008年03月29日

人間は何事にせよ、

『人間は何事にせよ、
 自己に適した一能一芸に深く達してさえおればよろしい。』
     与謝野晶子

 人にとって、何が大切なのか、
人にとって、どんなことが出来ればよいのか、
そんなことについての助言ともいえる言葉は
数多く残されています。
そんな言葉のひとつであるといえるでしょう。
自分にあったもの、
自分の好きなもの、
自分に似合うもの、
自分の得意なもの、
まさに個性とマッチした一能一芸が
それぞれあるのだろうと思います。
そして、それに早く目覚め、気づき、
そこをより深めていくことが出来たなら、
それこそが、素敵なことであり、
素晴らしいことなのだといえるでしょう。
でも、なかなか自分に適した一能一芸を
知ることが出来ずに、何気なく過ごしていってしまう
そんな人生が、多かったりするのかもしれません。
でも、人生のなかで、いつかは、それに気づくことが
あると信じていることも必要でしょう。
それは夢や希望をもって生きていくことに
繋がっていくことのような気がします。
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2008年03月28日

正直に自分の無知を認めることが大切だ。

『正直に自分の無知を認めることが大切だ。
 そうすれば、必ず熱心に教えてくれる人が現れる。』
        ウォルト・ディズニー

 無知の知という言葉があります。
自分に自信を持つことは大切なことです。
自分にも出来ると思うことも大切なことです。
しかし、自分に出来ない、知らないということを
素直に認めることも、とても大切なことであると
いうことですね。
 知らないことは、知っている人に尋ねればよく、
自分に出来ないことは、出来る人にお願いすればよい、
簡単なことなのですが、
人は、自分の地位や立場などに囚われて
それが出来ないことが多かったりします。
でも、それは自分の可能性を小さくしてしまうし
自分の成長を止めてしまうことでも
あるといえるでしょう。
 正直な気持ち、素直な気持ちは、
いくつになっても、持ち続けているべきものだと
いうことですね。
 人は、ひとりでは生きていけないと
いわれます。悩んでいるとき、知らないことに
出会ったとき、出来ないことに出会ったとき、
誰かに教えや助けを求めることは、
決して恥ずかしいことでも、悪いことでもないという
ことを誰もが認め会っていける社会であることが
大切なのだといえるでしょう。
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2008年03月27日

怒涛に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、

『怒涛に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、
 愛の実体があるのだ。』
   太宰治

 愛の言葉を叫ぶって、
日本人には、何か気恥ずかしいといった
気持ちが先に立って出来なかったりすることが
多いのではないでしょうか。
でも、愛しているということを
相手に伝えるには、行動だけでなく
言葉によって伝えなければ
伝わらなかったりします。
思いっきり、勇気をもって、
自分の心のなかをうち明けることが
愛の実体をかもし出すということなのかも
しれませんね。
でも、最初の言葉が出るまでは
なかなか心の葛藤があるかもしれません。
 愛していると素直に言えることも
とても大切なことであると思います。
そうしないと、愛し合っていても
そのまますれ違いになってしまう
そんなこともあるのではないでしょうか。
私もそんなことがあったかもしれないと
思ったりすることがあります
そして、そんな思いは、後悔という気持ちに
なってしまうかもしれません。
後悔という言葉は、人を後ろ向きに
してしまいます。
人生は、前向きに生きていく方が
よいのですから・・・。
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2008年03月26日

きっと生きられますよ。

『きっと生きられますよ。
 きっと生きる道はありますよ。
 どこまで行っても人生には
 きっと抜け路があると思うのです。』
      北条民雄

 生きる。
人生を生きていく。
そんな中で、人はときに壁にあたり、
とまどい、迷い、悩むものです。
そして、そんなときに、
どうしていいのかわからなくなって
誤った道に進んでしまうこともあったりします。
ただ、希望を失うことなく、
歩んでいくことが、大切ともいえるでしょう。
きっと、どこかに、抜け道はあって、
必ず、道は開けてくるものだからです。
そんな、人生の歩みの可能性を
感じさせてくれる言葉です。
 哀しい選択をしてしまう人がいます。
死の扉は、自分で開けるべきものではありません。
それなのに、自分であける選択をしてしまう。
それは、他に道がないと思い違いを
してしまうからだともいえるでしょう。
道は必ず開けてくるものだということを
どんなときでも、信じていて欲しいし
信じていきたいものです。
せっかく、生の扉を開けて、
この世界での歩みを始めることが
できたのですから、その歩みを、
最後まで、あきらめずに進んでいきたいものだし
進んでいく価値が必ずあるものだと思いますから・・・。
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2008年03月25日

平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、

『平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、
 すなわち非凡なのである。』
       アンドレ・ジイド

 毎日、しっかりと繰り返し継続していく
なかなか簡単のようでいて、
難しかったりするものです。
三日坊主ということばがあるように、
継続できないことの方が、
世の中には多かったりします。
継続するには、それなりの意志の力が
必要でしょう。
鉄人と呼ばれるスポーツマンは、
とにかく休まないで、試合に出場し続ける
ということを実践してきた人であったりします。
継続は力なりともいうように、
日々の実行を普通に行えることは
まさに非凡なことであると
いえるでしょう。
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2008年03月24日

創作は常に冒険である。

『創作は常に冒険である。
 所詮は人力を尽した後、天命に委かせるより仕方はない。』
          芥川 龍之介

 芥川賞は、文壇でも有名な賞として、毎年注目されています。
文学でも、映画でも、マンガでも、アニメでも、
演劇でも、絵画でも、彫刻でも、建築でも、
創作という活動において、どの様な作品を仕上げるのか
どんな作品を創り上げるのか、
それは、まさに創作者にとっては、常にチャレンジであり
冒険であるのかもしれません。
そのときの全てを投入して、創り上げていくなかで
何かが宿る最高の作品が出来上がるということでしょう。
自らの力を精一杯投入したのなら、
その後の結果は、まさに天命に委せるということに
なるのでしょう。
 コンクールや、○○賞といったものに
作品を出してみて、その結果が、どうなるのかは、
本当に、わからないものですから。
 この作品が受賞しないのとか、この俳優が受賞しないのと
いったこともあるのが、賞というものです。
でも、賞を受けたか否かではなく、
より多くの人に、感動や喜び、衝撃などの
何かを与えることが出来たのかどうかの方が、
作品としては、重要なことなのかもしれません。
何世代にわたって、語り継がれるようなものが、
創作できるかどうかは、本当に天命によるといったものなのかなと
感じたりします。

 昨晩から、石ノ森章太郎氏の作品を紹介する番組が
BS2で放送中です。
「とことん!石ノ森章太郎」
没後10年、生誕70年を迎えた今年、
マンガの王様と呼ばれる20世紀の天才のひとりが残した
作品の数々は、世代を超えて、何かを感じさせてくれます。
この番組を通じて、より多くの人が、
石ノ森章太郎の作品に触れてくれたら良いなと思います。


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2008年03月23日

なりたい自分は、リニューアルして、


『なりたい自分は、リニューアルして、ぴっかぴっかになって
 何度でも生まれ変わってくるんですよ』
    スウ 〜アニメ「しゅごキャラ!」より〜

 夢をあきらめた大人に
もう、昔のような夢はみれないし
戻れないという大人にむかって、
ヒロインのしゅごキャラであるスウが、
いった言葉は、純粋に自然に、
ただ、感じたままを告げたものでした。
それは、夢をあきらめないことが
あたりまえのことで、何の疑いももっていない
そんな存在だから、何の疑いもなく
出てきた言葉ともいえるでしょう。
 アニメは、マンガ原作の作品で、
少女向けです。子どもたちに夢をもってもらい
それは、あきらめないでいれば、
いつかかなうものだと伝えてくれています。
なりたい自分が、しゅごたまとなり、
そこから生まれるのがしゅごキャラ、
ヒロインの少女には、3つのしゅごたまが
あり、そこから生まれたしゅごキャラの
名前が、ラン、スウ、ミキ、と
懐かしいトリオアイドルと同じだったりします。
 なりたい自分は、自分の夢の投影であったりします。
だから、いつも新しい夢をもって、
新しい夢にむかう、新しい自分がいる
そんなことが、伝わる言葉です。
年齢に関係なく、つねに夢を追いかけている
そこに人生の喜びや、新たな発見が
あるのかもしれません。
 あなたのしゅごたまは、どんなしゅごキャラを
育んでいるのでしょうか・・・





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☆いきいきフォーラム☆(3月29日14時開催)
〜きっと、良い出会いの機会となることでしょう〜



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2008年03月22日

負け組?、それって誰との勝負なの?

『負け組?、それって誰との勝負なの?』
   あむ 〜アニメ「しゅごキャラ!」より〜

 これで、私も負け組だという言葉に
主人公の少女が、問いかけた言葉です。
その問いかけに対して答えにつまってしまったとき
少女は、言います。
「思い出せないの、じゃあ、たいした相手でもないじゃん」

 今、世の中は、勝ち組、負け組といった
言葉で、人を分けるようなことが行われています。
でも、この問いかけのように、
負け組という立場になったとき、
本当に、何に対して、負け組なのか、
なんだか可笑しい気がしてくるような感じがします。
誰と勝負して、負けたのでしょうか?
そして、誰に対して負け組なのでしょうか?
その事は、生きていくなかで、
自分の人生のなかで、どんな意味を持つのでしょうか?
そう、問い直したとき、
会社で、差別されても、パワハラにあっても、
降格になっても、減給になっても、
サービス残業を強いられても、
手当がカットされても、
それは、果たして、人生において、自分が自分らしく
生きていくことに、どこまで影響があるのでしょうか、
影響があると思いこんでいるだけなのでは?
負け組だというおもいも、もしかしたら単なる思いこみに
過ぎないのでは?
そんな問いかけをしてみたくなってきます。
せっかくの一度きりの人生です。
どうして、何かに縛られて生きていくことに
固執しなければならないのか、
なんだか不思議になってきます。
それが、本当に自分の人生にとって大切なもの
たとえば、家族であったり、子どもであったりするなら
別かもしれません。
でも、自分の人生にとって、本当に大切なものは
少ないものなのではないでしょうか、
そう思い直してみたとき、仕事も、会社も、社会も
違った見方ができるのかもしれません。
負けることが悪いことなのか、
別に悪いことではなく、
単に悪いと思いこんでいるだけではないのか、
だとしたら、負けたら負けても、
もっと自分らしく、自分の心の充足感を感じることに
もっと目を向けていくことが
大切なのではないだろうか、
そんなことを感じました。
確かに、今の会社では負け組なのかもしれないけど
人生の負け組にならなければよれで良いのでは、
自分に負けないことの方が、もっと大切であり
自分らしく生きることの方がもっと重要であることを
いつのまにか忘れてしまっていたのかもしれません。





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2008年03月21日

クラークの三法則

クラークの三法則

1.高名だが年配の科学者が可能であると言った場合、
  その主張はほぼ間違いない。
  また不可能であると言った場合には、
  その主張はまず間違っている。
2.可能性の限界を測る唯一の方法は、
  不可能であるとされることまでやってみることである。
3.充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない。

 アーサー・C・クラーク氏が、
3月19日、享年90才で世を去られました。
クラーク氏の残したもののひとつに、
この三法則があったりします。
SFと科学の境界は、実はあって無いようなものです。
科学と宗教の境界が実は曖昧であったりするのに
似ているのかもしれません。
 可能性があれものには、実現するかもしれないという
価値があるということですね。
それが、一見不可能にみえたり、
無駄にみえたり、おかしな事にみえたりしても
その真実の価値は、未来において、その行いの結果が
はっきりしてみないと、断定することは出来ないと
いうことでしょう。
よく科学的でないとか、あり得ないとか、
前例がないとか、説明できないといって、
否定するひとがいますが、
歴史は、そんな否定が、いかに無知や偏見によるもので
あったのかを証明してきています。
不定することで進歩は生まれません。
そこには停滞と絶望しかないといえるでしょう。
だからこそ、肯定する視点が大切であるといえるのだと
思います。
 それは、仕事の現場や教育の現場などの
社会の中でもいえることではないでしょうか。
 3番目の法則は、まさに、ドラえもんのポケットが
科学であり魔法であるということです。
 SFの世界に、日本はとてもなじんでいると
思います。いたるところにSF的なものがあったりします。
作品も数多く存在しています。
竹取物語の時代から・・・。

 クラークの描いた未来社会を、
ぜひ体験してみて下さい・・・。








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2008年03月20日

負けたことにちゃんと向き合いたいんです

『負けたことにちゃんと向き合いたいんです』
         川添珠姫
         アニメ「バンブーブレード」より

 室江高校剣道部の青春ストーリー
「バンブレード」
女子部のメンバは、
2年生の部長 千葉紀梨乃(イエロー)
 部長の友人 桑原鞘子(ブルー)
 1年生   川添珠姫(レッド)
 1年生   宮崎都(ピンク)
 1年生   東聡莉(グリーン)
の5人です。
道場の娘で、とても強かった珠姫は、
剣道部で、違った自分を見付けていきます。
初めてのライバル、そして、敗北。
剣道部には自分は必要ないと思い退部届けを
出してしまうものの何かもやもやとしたままで
あったりします。
そんななか、男子部員のユージの言葉から
負けて悔しい自分の気持ちに気づきます。
そして、剣道部にもどって、
ライバルに勝ちたいという
気持ちになるのでした。
その気持ちを抱き、
上段の相手との試合の教えを先生に頼んだとき
先生の否定的な態度に対して、
答えた言葉が、
「負けたことにちゃんと向き合いたいんです」
でした。
自分の心に気づき、自分の気持ちを、
はっきりと口にしたのでした。

負けたこと、間違ったこと、失敗したこと
そんな逆境に、きちんと向き合うのは、
時に大変なことであったりするものです。
向き合わずに逃げることもできるのですから。
でも、向き合って、乗り越えた先には、
あたらな成長と、大きな得るものとが
あることでしょう。
また、乗り越えられなかったとしても
逃げずに向き合うことで、
得られるものもあるはずです。
特に、若い時代には、それは大きな財産に
なることでしょう。
チャレンジという言葉を、
もっとも体言できるのが若さですから。









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2008年03月19日

失敗したところで

『失敗したところで
 やめてしまうから失敗になる。
 成功するところまで続ければ、
 それは成功になる。』
       松下幸之助

 失敗した・・・・
そのときに、何を思うのか、
どう評価し、どう行動するのか、
それによって、未来が大きく変化する
そんなことが、実際にあったからこそ、
この言葉に説得力があるのだといえるでしょう。
成功するまで、続けることが出来るのか、
続けさせることが出来るのか、
それが問題ですね。
実際には、多くの場合、中断か、中止に
なってしまうでしょう。
経営者は、とくに中止する指示を出す人が
多いのではないでしょうか、
本当は、経営者こそ、失敗を乗り越えて
あきらめずにやり抜く決断が求められている
ケースがあるのだといえます。
現場は、自分たちがあきらめずにやり続けたいと
思っていても、上からの命令には逆らえませんから。
したがって、この言葉を企業のなかで問われるのは
経営者と管理職の皆さんということに
なるでしょう。
もちろん、現場も同じ気持ちでなければ
成功までたどりつけるわけはありません。
個人の取り組みの場合には、
本人の意思が重要になるのは当然のことだと
いえるでしょう。
失敗を恐れずに、リスクをとれるかどうか、
勇気と決意を試される瞬間なのかも
しれませんね。






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2008年03月18日

人生は一度きり・・・

人生は一度きり・・・

人生は一度きりで、この世での2度目はあり得ません。
だからこそ、価値あるものであり、
生きることが貴重な意味をもっているのです。
釈迦は、天上天下唯我独尊と言いました。
これは、天(あの世)でも、地(この世)でも
私という存在は唯一のものであるから
尊いのであるということです。
可逆な人生などあり得ないのが、この世界の理であろうと
思います。

前世療法(Past Life Therapy)というものが
ありますが、催眠療法の一種で
暗示で、患者の記憶を本人の出産以前まで退行誘導していくことで
生まれる前の記憶を思い出して、そこから治療をするという
ものですが、実際に思い出しているものは、
生まれる前の記憶ではなく、その人の記憶でもない
深層世界で繋がっている他人の記憶を覗いていると
考えても説明がつく現象です。
前世に関連した事象や現象は、すべて、
他人の記憶や霊の共感、共有によるものだとすれば
説明はついてしまいますし、
何の矛盾も発生しません。
ただ、それはある意味で憑依ともいえるわけなので
前世といってごまかした方が、受け入れやすいから
その様な説明が主流として行われてきたのだろうと
考えられます。

死んで生まれ変われば良いと思っている人は、
間違ってます。死んだらもうこの世での生活はおしまいです。
生まれ変わることなのできないのですから。
ただ、霊の性質やレベルの近い人に、憑依することで
疑似体験することは可能でしょう。
生まれ変わりは、憑依現象の一形態であると考えられるのです。
憑依と聞くと悪い方向に考えがちですが
良い方向に導くものもあるということです。
いわゆる守護霊や指導霊といった関係などが
あげられます。

キリストの再臨は、役割と血統の継承者による
成されなかった契約の成就であって、
同じ人が生まれ変わってくるわけではないわけです。

さて、霊格の醸成は、生きている間に何を成したのか
どう人生を歩んだのかで変わっていきます。
つまり、人生とは、自分の来世である霊界における
自分の霊格を決めるための歩みだといえるのです。
来世で、どんな存在になれるのかは、
この世で、どんなことをしてきたのかで
決まるということになります。
だから、善く生きることに意味があるのですし
幸せを感じることに意味があるのです。
感謝の気持ちが尊いのも、心の成長(魂の成長)に
繋がっているからです。

自殺が罪なのは、自ら、心の成長を中止することになって
しまうからだとも言えるでしょう。
成長途中で、あの世に入っていくことになるのですから
あの世での存在状態に大きく影響してくることになります。

人は生まれて死んでいきます。
母親の胎内に存在しはじめたときが最初の生であり
母親の胎内から外に出てくるときが、二度目の生であり
死によって肉体を失い魂だけの存在になるのが三度目の生である
ということになります。
三度目の生のあとの存在としてのありようが
どうなるのかが、それ以前の生き方によって
決まるので、人生をどう生きるのかは、
とても大切な意味をもってくることになります。
なぜなら、永遠の時を、どう過ごすのかが
決まってしまうのですから。

輪廻も転生も
苦から解脱することであって、
生まれ変わることを意味しているとは
断定できない言葉です。
一般的に、霊魂の存在を肯定したとき、
生まれ変わりという事象があるとした方が
説明も理解も簡単であったために
そう思われてきた部分が多いのではないのかなと
思っています。

共感や協調という霊の関係性において、
生まれ変わりは無くても、それで説明されている
全ての事象を説明することが可能ですし、
生まれ変わりでは説明できないことも含めて
説明することが可能になると感じています。
前世が、診てもらう人によって違ってると言う人にも
それは、そのときに最も近い存在としてあった霊が
違っているのだから当たり前のことと
説明出来てしまいます。

霊性を育むためには、
心も体も健康であることがのぞまれます。
この宇宙で、あなたは唯一無二の存在であるのですから
大切にしていくことは当たり前なのではないでしょうか。
自分を愛し大切に出来ることが
他人を愛し大切に出来るための第一歩だとも
言えるゆえんです。

さて、生まれ変わりが無くても困らないし
関連する事象の説明はつくということに
なりますが、
ここで、もっとも本質な問いは、
霊魂の存在の是非でしょう。
私は、霊魂の存在は肯定する考えをもっています。
現在の科学で解明できないことなど
あって当たり前なわけですし、
霊魂の存在があるという前提にしたとき、
現世の存在価値も変わってくるし、
さまざまな霊的現象についても、説明の仮定が
成り立ってきます。
科学と宗教の歴史は、過去においては
非常に密接な関係にありました。
それは決して偶然なことではないと思います。
19世紀、20世紀の科学は、宗教とは離れて
発展してきたように見えますが、
さて、本当のとことはどうなのでしょうか。
科学の発展は、現象から仮説を立て、
仮説を実験や観察などから検証するといった
流れで行われてきました。
今、実験できないからといって、
その仮説を否定することは、科学的ではないと
思っています。
人類の歴史が途絶えることなく、今後も続いていくのであれば
いつか宇宙と霊の謎も解明されることでしょう。
SFの世界では、その様な時代を預言した作品も
数多く存在しているのですから。
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2008年03月17日

「あと5分」のねばりが結果を生む

『「あと5分」のねばりが結果を生む』
        飯田亮(セコム最高顧問)

 最後まであきらめない
粘り強さが、よい結果に結びつくもの
なのかもしれません。
 試験にのぞむとき、事前に勉強もできず
準備も出来ず、いきなりの本番で、
答えが頭に浮かばない、そんなとき、
とにかく、最後まで頑張ってみようと
思ったりするものです。
 結果がすべてという言葉があります。
しかし、結果を出せないときもあるものです。
粘って結果がでるかもしれないし、
もしかしたら出ないかもしれません。
それでも、あきらめないで粘ることが、
次に繋がっていくのだと思います。
だから、結果を生むかどうかに関係なく
最後の最後まで、やれることをやる
粘って粘ってあきらめない姿勢が
大切なのだといえるでしょう。



〜素敵な人生を歩みたいと思う人に贈ります〜
☆いきいきフォーラム☆(3月29日14時開催)
〜きっと、良い出会いの機会となることでしょう〜
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2008年03月16日

地球上で一番たくさんの

『地球上で一番たくさんの
 ありがとうを集めるグループになりたい』
      ワタミグループのスローガン

 ワタミグループは、
今、元気な企業グループのひとつです。
そのグループのスローガンが、
ありがとうを集めること
素敵なスローガンだと思います。
企業のなかの経営者や管理職が、
顧客だけでなく、社員、アルバイト、パートなどの
働いている人にも、ありがとうと
いわれることを本当に意識しているとしたら
その労働の環境は、とても良い方向に
進んでいくことでしょう。
でも、なかなか身内に感謝するのは
忘れがちであったりします。
あたりまえだと思いがちだからです。
本当に、あたりまえなのでしょうか。
 顧客に感謝するのは、
簡単な方であるといえるでしょう。
それだけなら、地球上で一番にはなれないでしょう。
部下や使っている人からも
ありがとうを集められてこそ、
意味あるものになっていくのだと思います。
ワタミグループが、それが出来ているのかは
わかりませんが、
このスローガンは、どの企業においても
大切なことを示しているように思います。
日頃感謝していない人からも
感謝される、感謝する、
ありがとうを集めることが
自然に出来るようになったら、
ホンモノなのかもしれません。




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2008年03月15日

年を重ねただけで人は老いない。

『年を重ねただけで人は老いない。
 理想を失う時に初めて老いがくる。』
       サミュエル・ウルマン
 
 老齢社会。
日本は、すでに老齢社会の最先端を進んでいます。
人口も減少に転じています。
年功序列・終身雇用の時代は終わり、
人材使い捨ての企業が多くなってしまった時代に
自殺者の数は減る様子もなく、
ストレスの貧困、病気などを苦に、
人生に自らの手で終焉を迎えさせてしまう
そこまで、追い込まれてしまう人々がいるのに
何もできない社会があったりします。
 そして、年齢だけの老人ではなく
心の老人も増えているのではないでしょうか。
理想を抱きにくくなっている
理想を見いだせずにいる
そんな人が増えているという感じがあります。
メディアも理想や夢を抱ける放送ではなく
苦痛や恐怖や批判といった負の放送に
傾倒していっているようです。
元気な老人の多い国にするために
理想や夢を抱ける社会にしていくことが
必要なのではないでしょうか
そのために必要なのは、微力ながらも
市民のひとりひとりが声をあげていくこと
それにもまして、メディアや政治、
経営者といった責任ある立場の人たちに
もっと意識してもらうことが必要でしょう。
 老齢社会から、良き老齢社会へ。
日本は向かうことができるでしょうか・・・。





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2008年03月14日

若い人たちはもっと積極的に

『若い人たちはもっと積極的に
 一期一会の精神を、
 日々の生活の中に生かすべきである。』
           井上靖

 一期一会。この言葉が、よく語られるように
なったのは、いつのころからであったのか、
言葉自体は、昔からのもの。
慣用句として、よく使われるようになったのは
日本の社会が、絆の大切さを
見失っていったころであったような気がします。
 出逢いには、いろんなものがあります。
その出逢いのなかで、何を得ていくのかは
その出逢いをどう捉えるのかで
随分と違ってくるものです。
 ほんのちょっと意識するか否かの差で
あっても、のちには大きくことなることに
なったりします。
 今、日本の社会、特に企業などの法人の中は、
ギスギスしたものが多い状況になっていると
いえるでしょう。
 自分さえ良ければいい、会社さえ良ければいい、
社員は人材、使い捨てでも構わない。
材料を新しくすればいい。
そんな感じになっているところが多いために
ストレスから心の病に陥っていく人が
減ることはなく、女性が子育てをしながら
働ける環境も非常に稀のままであり、
障害者雇用も一向に進まないということに
なっています。
 まだ、右肩上がりの成長を目標にしている
経営者にとっては、売り上げと利益が全てであり
ESなんてどうでも良いし、CSRも形だけ、
偽装は当たり前だし虚偽申告も当然といったことに
なってしまうわけです。
でも、そんなことで本当に良いのでしょうか。
人が幸せに生きていける社会のあり方って
そんなところにあるのでしょうか。
その問いかけが、毎年3万人をこえ続けている
自殺者の声として聞こえて来そうな気がします。
 環境問題も、老齢社会問題も、少子化問題も
労働環境問題も、格差問題も、
これまでの価値観では、解決できないような気がします。
高度成長時代、バブル時代、失われた10年の時代、
その中での価値観を全てクリアにして、
未来指向で、現実の問題を見つめ直すことが
全ての世代、全ての人に、求められている
そんな気がしてなりません。




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2008年03月13日

私は、私が出会ってきたすべてのものの一部である。

『私は、私が出会ってきたすべてのものの一部である。』
      テニソン

 自分探しの旅
誰もが、そんなことを想うときがあるのではないでしょうか。
自分は、いったい何なのか、
どんな存在なのか、
考え悩むことがあるものです。
 テニソンにとっては、
生きてきたなかで出会ったものすべてのなかに
自分があると感じたということでしょう。
 自分の人生そのものの中に
その一部としての自分がいる。
確かにその通りなのかもしれません。
そして、その一部である自分は、
これからの出会いのなかで、
また変化していくのでしょう。
素敵な出会いがあることを
願う気持ちは、誰もがもっていると想います。
そして、新たな出会いが、
人を変えていくのだとおもいます。



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2008年03月12日

ジョハリの窓

ジョハリの窓

 1955年に、Joseph LuftとHarr Inghamにより
考案された人と人との関係を表したもので
「心の窓」とか、「心の4つの窓」とも
言われているのが、
「ジョハリの窓」
です。

 自分のことを自分は?
  (1)知っている
  (2)知らない
 相手は自分のことを?
  (3)知っている
  (4)知らない

この4つの問いかけにかんして
それぞれの度合いを長さにして
図にしたときに、窓ができます。
その窓のどれが大きいのかによって
その2人の人間関係の状態がわかるというわけです。
それにより、信頼関係や
コミュニケーションの取りやすさが
示されるといわれてます。
┌───┬───┬───┐
│心の窓│(1)│(2)│
├───┼───┼───┤
│(3)│(A)│(B)│
├───┼───┼───┤
│(4)│(C)│(D)│
└───┴───┴───┘
(A)開かれた窓
(B)気づかない窓
(C)隠された窓
(D)暗い窓

開かれた窓が大きいほど、
2人の関係においてコミュニケーションが
取りやすいというわけです。
お互いが相手を知っている部分が多いことが
やはり、コミュニケーションを取りやすいと
いうことになるというわけです。
自分が部下の立場であれば、
次ぎに大きく開いていて欲しいのは(B)の窓に
なるでしょうし、
自分が上司の立場であれば、(C)ということに
なるでしょう。
ただ、最近の企業の多くは、(D)の窓が
一番大きいといった関係が、多数を占めているという
状況にあるのだろうと思われます。
そのために、コーチングが話題になるのでしょうし
うつ病などの心の病が多発する傾向にあるのでしょう。
企業のような環境においては、
コミュニケーションの主導権は、
立場の上の人間にあります。
従って、立場が上の人間が、どう心がけているのかが
その会社のESを左右していくといってよいでしょう。
ところが、多くのうまくいっていない企業では、
立場の上の人間が、自分たちにコミュニケーションの
主導権があるということを認識していないことが
多いようです。
そのために情報の交流も少なくなり、
伝達の状況も悪くなっています。
 自主性と言う言葉は、立場の上の人間にとっては
自分が楽するのに都合の良い言葉です。
従って、立場が上になるほど、自主性を下に
求めることを言うべきではないといえるでしょう。
自らの行動で、自主性を促すべきなのであって
言葉で言うべきものではないということです。
その当たりが、出来るか否かが、
その企業の社風を大きく変化させていくことに
なるでしょう。



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