2008年02月29日

感謝の心が高まれば高まるほど、

『感謝の心が高まれば高まるほど、
 それに正比例して幸福感が高まっていく。』
          松下 幸之助

 感謝の心
それが、幸福につながる。
”ありがとう”
その言葉から、暖かなものがうまれてきます。
”ありがとう”の数が、
増えていくほど、
幸福になっていく
そんなことを、忘れずにいれば
いつかは、
よい方向に向かっていく
そう信じて日々を生きていきたいものですね。

 経営者として、顧客、従業員、家族など
関わりあうすべての人に感謝を
忘れなかったからこそ、松下氏は
成功なさったのでしょう。
 最近は、従業員は人材として消耗部品の
ようにあつかわれ、成果主義という名の
稼働率チェックで品別されています。
違法派遣、サービス残業、名ばかりの中間管理職、
感謝の心など微塵もないような扱いが
多数存在しています。
大人の社会のこのような不幸が
子供たちにも暗い影を落としているのだと
いえるのかもしれません。
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2008年02月28日

元気を出しなさい。

『元気を出しなさい。
 今日の失敗ではなく、
 明日訪れるかも知れない成功について考えるのです。』
         ヘレン・ケラー

 最近、ちょっと元気が出ない感じが
あったりします。
この時期は、サラリーマンにとっては、
査定の時期でもあり、
すでに結果の分かっている状況で、
面談を受けるのは気が重いものですから、
でも、そんな状況にあっても、
人生において、とても多くの苦労を
乗り越えてきた女性の言葉を
耳にするとき、自分の弱さに、
克つを入れないとならないなと
思ってしまいます。
今日の失敗ではなく、
明日訪れるかも知れない成功について
考えて、今のことは忘れてしまって
前をみて生きていくことが
やはり大切ということですね。
 よく、失敗を恐れずにチャレンジしろとか
提案しろとか、もっと積極的に行動しろとか
上司の人から言われることがあるのでは
ないでしょうか。
でも、実際に積極的に行動し、失敗すると
否定され。何で失敗するのだ、責任をとれ、
失敗するくらいならやるなと言われることに
なるわけです。
誰がみても一人では出来ないが、
協力があれば出来る提案をしても、
一人で出来ないならダメだと否定されてしまう。
日本の多くの会社の中で行われていること
ではないでしょうか。
でも、そんなことを言われたら、
無視して、放っておけばよいのかもしれません。
よかれと思ってしたことが、ダメであっても
しないよりはましなはずなのに、
そこを評価してくれないなら、
そんなものかと思って、もっと自分の価値感で
前向きに考えていき、適当に流すように
対応しておけば十分なのだと
思い込むことが、必要でしょう。
そうしないと、ストレスでやられてしまいますから。
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2008年02月27日

真剣な時間があれば、その反動として

『真剣な時間があれば、その反動として
 遊びほうける時が必要である。
 遊びは仕事の影である。』
        米長 邦雄
 
 仕事に真剣に取り組んでいる人ほど
遊びほうける時間がないと、
無理が積もり積もって、
心の健康か、体の健康を
害してしまうということですね。
人が集中できる時間は、
それほど長くはありません。
だから、休む時間も大切です。
ある意味、休むことも
仕事だといえるのかもしれません。
その当たりをしっかりと理解して
人材を人財として使えるかどうかが
管理職や経営者の技量の問われる
ところであるといえるでしょう。
 休むことの出来る職場、
そんな職場は、生き生きとした
雰囲気があるでしょう。
 そうではない墓場のような
職場もまだまだ多いです。
昼休みになると、
みな机にうつ伏せるか
いすに反り返るかして、
ダウンしている。
そんな風景に重い空気。
それを放置している経営者。
人材は使い捨て、する減るだけ、
心を病み、体を病み、休職し、
退職していく、社員が後を絶たない。
 でも、我慢して働く、
生活のために、そんな企業では、
真剣さが生まれても長続きは
しないでしょう・・・・。
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2008年02月26日

ただ覚えさえすればいい。

『ただ覚えさえすればいい。
 忘れる方は努力しなくても、自然に忘れる。
 忘れる事を恐れたら、何も覚えられやしない。』
          内田百聞

 何かを学ぶとき、
何かを鑑賞したり、観賞したり、
体験したりしたとき、
とにかく、覚えておこうと
思って覚えてみればよい
ということですね。
 覚えるまえから、
忘れてしまったらどうしようと
心配してもしょうがない
そんな心配するまえに
まずは覚えてみよう
そちらの気持ちの方が
大切だということですね。
 生きていくなかで、
忘れてしまうものも
あるものです。
それをくよくよ悩んでも
しょうがない
また覚えればいい
そんな風に、前向きな気持ちで
過ごしていくことが
大切なのだということでしょう。
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2008年02月25日

他人の位置に時々自分をおき、

『他人の位置に時々自分をおき、
 自分の位置に他人をおき、
 他人の気持ちを察し、小我をのさばらすな。』
           武者小路 実篤

人は、地位を得ると変わってしまうともいわれます。
変わらずにいることの出来る人は、
常に、初心を忘れず、
この言葉の意味するところを理解して
心がけていられる人であるといえるでしょう。
部長になったとたんに、平社員だったときの事を
忘れてしまう人、
経営側、管理職になったとたんに
労働者側、管理される側であったときの事を
忘れてしまう人、
しかたのないことかもしれませんが、
そんな人の様子をみていると
何となく哀しくなってきます。
自分だけが成功すればいい、
自分の地位を守りたい、
今の富を減らしたくない、
そんな想いで凝り固まってしまうために
保守的となり、下に冷たくなっていく、
そして、そうなっていることを
下の人が言えない雰囲気を放っているために
誰も変化について触れないし、
自分も変化したと思っていない。
そんな管理職が多いから、
日本の社会は、なかなか良くなって
いかないのかもしれません。
でも、そうなってしまうような社会であることが
問題ともいえるのかもしれませんね。
どちらが先か、そんなことを考え込むようなことは
世の中にはいろいろありますが、
どちらも先で、いっしょに変えていくことが
必要なのかなと思います。
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2008年02月24日

心のせまさが頑固を生み、

『心のせまさが頑固を生み、
 自分の視野の外にあるものを人は容易に信じない。』
         ラ・ロシュフコー

 頑固さによって、
他人の意見に耳を傾けないことは、
結局、自分の成長にとっては、マイナスに
なってしまうのかもしれなせん。
自分の視野の中にあるものであれば
見つけることも、信じることも、
理解することも簡単かもしれません。
 しかし、視野の外にあるもの、
自分にとっては異質なもの、
または批判的であったり否定的であったり
責めるような言葉であったりすると
それを受け入れがたいことが多いのでは
ないでしょうか。
歴史に残る人物であっても、
反対の意見などに対して、
怒りで対応し否定してしまうことが
あるのですから・・・。
 まして、能力批判、人格批判、存在批判を
されて、それを是認することなど容易なことでは
ないでしょう。
 難しいのは、立場が上の人が下の人に言うときと
その逆では、その言葉の持つ凶器としての
鋭さも、意見としての重みも、
違ったものになってしまうことが
多いということでしょうか、
対等な立場で語れる人の方が少ないでしょう。
それは、心の狭さなのかもしれませんし
そうでないかもしれません。
ただ、力ある立場にある人ほど
心を広くしていないと過ちを犯してしまう
ことが多いといえるのかもしれません。
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2008年02月23日

花が花の本性を現じたる時

『花が花の本性を現じたる時
 最も美なるが如く、
 人間が人間の本性を現じたる時は
 美の頂点に達するものである。』
       西田 幾多郎

 ものの本質は何なのか、
存在の本質は何なのか、
物理の世界には、とても有名なパラドックスとして
「シュレディンガーの猫」
というのがあったりします。
存在の本質について問うものです。
 花は、花という存在の本質である本性を
具現化し、それを観たとき、
美しいという感情を人の心に生み出します。
 人もまた、それに似たる部分が
同じこの世の存在としてあるということかも
しれませんね。
 人は、もともと美しい存在である
その美しさは、人それぞれであるかもしれないけれど
美しいことにはかわりはない
だから、その人が、その本性を表に出したとき
その美しさが一際輝いて、
接する人の心に感じられる存在となる
そういったことなのかもしれません。
 自分自身の価値観、自分自身の観測したものが
真実であって、それ以外の何者でもない
そのことを忘れずにいることが
生きていく上で、迷わずにすむ手だてのひとつ
なのかもしれません・・・・。
 簡単なようで、難しいことですが・・・。
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2008年02月22日

人間は一般に恩知らず、移り気、嘘つきで、

『人間は一般に恩知らず、移り気、嘘つきで、
 危険に対しては臆病、利益に対しては貪欲である。』
          マキァヴェリ

 人に対する見方のひとつ
この言葉は、そんなことがいえる言葉でしょうか。
リスクをとるのはいやだけど、
儲けは沢山欲しい。
誰もがそう思っているのは確かでしょう。
恩を仇で返すことも多いし、
浮気や離婚、援助交際、買春と、移り気であり
嘘つきでもあるのかもしれません。
 そんな人間に、失望してしまうとき、
人は、哀しい選択をしてしまうことがあります。
何気ない一言が、その人の人生を変えてしまうこともあれば
その人の人生を終わらせてしまうことすらあるのです。
 だから、注意して言葉を選ぶことが必要になるのだし、
言葉を学ぶことが必要になるのだといえるでしょう。
恩知らずだからこそ、恩を忘れないようにする
そして自分が与えたものは忘れてしまうようにする
移り気だからこそ、記録を残すようにする
記憶を大切にし、思い出を大切にする
嘘つきだからこそ、信じるようにする
信じて信じて信じ切るようにする
危険に対して臆病だからこそ、慎重に、焦らず、
自分の出来ることからしていくようにする
利益に対して貪欲だからこそ、
利益を配分することを忘れないようにする
利益に感謝することを忘れないようにする
 人が人として生きていく上で
何が大切なのかを、常に考えていくことが
必要であるということでしょう。
傷つけられ、臆病になることもあるだろうし
不安になることもあるもの
でも、生きることへの希望と喜びを忘れないように
そちらに目をむけていくことを
大切にしていくことで、
傷を癒していくことができるかもしれません。
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2008年02月21日

姿勢が悪いと顔の落ち着きも悪い、

『姿勢が悪いと顔の落ち着きも悪い、
 自信と集中力に欠けている証拠だ。』
         大山倍達

 姿勢は、心身の健康に
とても深く関係していると
いわれています。
足を組んで座るのは、
身体にはよくないとされてますし、
うつむきかげんの姿勢もよくないと
いわれています。
日本には、姿勢や振る舞いについて
道と呼ばれるように
教え学ぶものがあります。
やはり、姿勢や振る舞いは、
その人の心や体に、
影響を与えるのだということを
昔の人は体感していたと
いうことでしょう。
姿勢は、環境とも関わってきます
労働環境、居住環境、生活環境が
しっかりとしていないと
姿勢も悪くなるし、
心も体も悪くなっていく
そんなところがあるといえるでしょう。
元気な企業は、環境も良いのではないでしょうか。
 環境に目を向けない経営者は
一流とはいえないのかもしれませんね。
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2008年02月20日

一番大事なことは、

『一番大事なことは、
 どんな環境が必要かということではなく、
 どんな考えで毎日生活しているか、
 どんな理想を追い求めているか、
 ということなのです。』
       ヘレン・ケラー

 奇跡の人と呼ばれた女性、
彼女の物語は、今も多くの人たちに感動と
勇気をあたえてくれています。
サリバン先生と歩み出した人生において
大事なことは、やはり、どんな考えで、
どんな理想を求めて生活していくのかが
とても大切なことであって、
それが、どんな環境であっても
関係はないことであったのかもしれません。
 人は、日々を生きていくなかで
どうしても、環境のことの方に
目が向いてしまいがちです。
本当に大切なことに気がついていないのかも
しれなせん。
 生きる目的は何なのか、
人生の理想は何なのか、
何を求めて生きているのか、
その想いこそが大切なのだということを
何度も、思い返してみることが
大事なことなのでしょう。
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2008年02月19日

人は常に機会を待てども機会は遂に人を待たず。

『人は常に機会を待てども機会は遂に人を待たず。』
            斎藤緑雨

 ”機会があれば・・・”
 ”またの機会に・・・”
そんな言葉をつぶやくことは、
誰にでもあるのではないでしょうか。
この言葉を紡ぐとき、
人は、少し弱きになっているのだと思います。
自信がなかったり、不安があったり、
そんな時に何か新しいことを行おうと思っても
なかなか一歩踏み出すことが出来ないというのが
多くの場合であるように思います。
 機会が訪れたとき、
その機会をしっかりと捕まえて、
一歩踏み出すのか、
それとも、機会を逃してしまい現状に甘んずるのか、
どちらかを選択しているということになります。
もちろん機会が来たことに気がつかずに
通り過ぎてしまうような事もあるでしょう。
 機会が、訪れるのは、人の都合にあわせてくれることは
あまりないようです。
機会を待っていても、なかなか訪れてはくれないし
まだ来て欲しくないと思っているときに
突然とやってきたりします。
 成功した人の多くは、機会をしっかりと捕まえてきた
人たちであるといえるでしょう。
機会を捕まえられるかどうか、
その差はいったいどこにあるのでしょうか。
 それは、やはり、心のありかたによるのかなと感じます。
成功者の方の多くは、成功する前に、
普通の人が体験しないような苦労や苦難を乗り越えて
きていらっしゃるように感じます。
その体験が心の準備を創り出しているのかもしれません。
平凡な生活をおくってきたという成功者の方には
今まで出会ったことがないように思います。
生まれながらにお金持ちという特殊な環境であったり
借金地獄や離別、闘病や放浪といった体験など
まさに、環境によって醸成された心の力が、
機会をのがさない力に結びついているようです。
 では、平凡な人生では、機会は捕まえられないのか
平凡なりの機会を捕まえることは出来ると思います。
機会を捕まえることは、人生の目的ではありません。
あくまでも人生の目的、目標に向かっての過程のひとつで
あるに過ぎないのですから、
だから、機会がどうこうということを気にすることなく
人生をどう生きたいのか、
人生の目標、目的は何なのか、
そこに対して、どうするべきかを考えていくことが
大切なのだといえるでしょう。
また、幸せな人生は、人それぞれであって、
他人の人生と比較など出来ないものでもあったりします。
物事のものさしは、ひとつではないということですね。
 よき機会と出逢い、
その機会をよき歩みにつなげていけますように・・・。
posted by 清水の伏竜. at 18:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月18日

信じてだまされるのは、

『信じてだまされるのは、
 まことのものを疑うよりどれほどまさっているだろう。』
           倉田百三

 信じることの大切さ、
最近の日本の社会において、
もしかしたら忘れかけられているのかも
しれません。
 まことのものを疑うことの方が、
多くなっているのかもしれません。
 政治、経済、教育、福祉、・・・・
さまざまな分野で、
起こっている問題の多くが、
まことのものを疑い、信じることができずに
何もしないことによって、
放置されてしまっているのかもしれません。
 疑心暗鬼が蔓延していくと、
世の中は荒んでいくのではないでしょうか・・・
誠実な政治、誠実な経営、誠実な教育、誠実な福祉、・・・
そんなことが当たり前の社会に
なっていくには、
ひとりひとりが、そうなるように
心のありかたを変えていくことが
必要なのではないのかなと感じます。
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2008年02月17日

人間には、先入主観が気づかぬうちに働きまして、

『人間には、先入主観が気づかぬうちに働きまして、
 そんなことはわかりきったことだと
 素通りすることがあります。
 これが怖いのです。』
        松本清張

 何気ないこと、
普段あまりきにしていないこと、
あたりまえだとおもっていること、
ニュースでいっていたから、
教科書にのっていたから、
いろんな先入観で、正しいと
思ってしまっていることや、
気にせずにいるようなことが、
実は、まったく違っていたり
自分たちにとってとても関係のあることで
あったりするかもしれません。
素通りしたために、
大切なものを失ってしまったり、
折角のチャンスを失ってしまったり、
なにか損をしてしまったり
危険なことにあってしまったり、
そんなことももしかしたらあるかもしれません。
 だから、いつでも、白紙の状態で
まず素直に受け取ってみて、
それから、いろんな方向から、
知恵やスキルの中から、問いなおしてみて
判断してみること、
そんなことが大切なのだといえるのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 11:24| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

教わって「知る」、・・・

『教わって「知る」、
 それを自分で使えるようになるのが「分かる」、
 そのように深めるうち、
 初めての難しいことも自力で突破できるようになる。
 それが「さとる」ということ。』
        大江 健三郎

悟りの境地は、なかなか遠いものです。
その一歩が、知るということ、
教わること、学ぶこと、
それが無ければ、その後もないということですね。
深める方法には、
反復すること、使ってみること、
教えてみること、
音読してみたり、書取りしてみたり
そんなことも効果があったりするものです。
知ったとこが、わかるようになるまで、
さらにそれを使いこなすようになって、
自然に扱えるようになって、
さらに、その先までいかないと
さとるまでは、いけそうもありません。
ながい道のりであったりします。
でも、それも、最初の一歩からという
ことなのですよね。
いろんなことに興味をもって、
いろんなことを知り、見聞きし
感じ取るなかで、やがて本当に自分のものに
なっていくということでしょう。
子供たちが、いろんなことに興味をもち
質問したがるのは、当たり前のことだと
いうことですね。
posted by 清水の伏竜. at 08:49| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

未来は偶然ではない、

『未来は偶然ではない、
 未来は或る程度まで現在を生きる時の勇気と、
 事に当っての正しい選択とによって決定される。』
              福永武彦

 生きていくなかで、
一瞬、一瞬の今、その前後には、
過去と未来が、連続して存在し続けています。
そして、未来は、今の生きている状態のさきに
繋がって存在しています。
未来は、常に、複数の可能性をもっていて
その多様な可能性のなかから、
生きているなかで、選択し続けている
そういえるのかもしれません。
そして、その選択の連続の積み重ねのなかで
大きな選択が必要になるときには
勇気が必要になるのだといえるのでしょう。
その勇気と、選択の結果として
未来の姿は、かたちづくられていく
そんな感じであるともいえそうです。
もちろん、正しい選択が、いつもできるのか
そんな不安と疑問を持つのも人間です。
しかし、未来に対して、正しい選択の結果として
訪れたことなのだと、肯定的に考えて
生きていく方が、より前向きな人生であると
いえるのではないのかなと思います。
未来は、過去から現在までの結果として
存在しているものであり、
ゆえに、偶然ということではなく、
必然としてやってくるものなのだと
いえるかもしれません。
それが、どのようなものであったとしても・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:25| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

自分の将来を決めるのは

200802132139000.jpg
『自分の将来を決めるのは
 肩書きではない
 内に秘めたオーラだ』
     山本直治

 人は、肩書きで、その人を評価してしまう
そんなところがあったりします。
学歴、職歴、役職、資格、勤務先社名、部署名、・・・
その肩書きで、その人のイメージを
どうしても浮かべてしまって、
なかなか、その人の本質をみることが出来ない
そんなことが多かったりします。
転職や就職の場面では、
特にその様なことがあるようです。
それは、ある意味仕方のないことなのかもしれません。
しかし、本来の人間の評価は、
肩書きにあるのではなく、
その人の内面にこそ存在しているわけです。
優れた面接官や指導者は、そこを見抜くことが出来ると
いえるでしょう。
いわゆる抜擢をするという判断を下すことが
出来るということです。
歴史上においても、優れた指導者は、
その人物の肩書きや身なりではなく、
本質を見抜き登用して成功をおさめています。
残念ながら、今の日本社会では、
肩書きが、まだまだ大きな影響力をもっています。
しかし、それで、人生が決まってしまうわけでもないのも
間違いないことであったりします。
ある意味、自分で肩書きをつくってしまうことも
できる社会でもあるわけです。
何かをしようとしたとき、
必要なことは、最終的には、自分自身の中にあるもの
スキル、知識や知恵、経験、精神力、・・・・
その人のもっているオーラのようなもの
その輝きこそが、すべきことに対して
力を発揮できるかどうかを左右すると
いえるのだということでしょう。


posted by 清水の伏竜. at 12:51| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

たとえ年をとって老人になっても、

『たとえ年をとって老人になっても、
 自分の生き方を見出せる人は幸いである。』
         フォルケ・ヘンシェン

 自分の生き方、
自分の人生、自分の生活、
自分の幸せ、・・・・
人は、やはり利己的な存在なのかもしれません。
でも、自分という存在を大事に思えなかったら、
自分を愛せなかったら、
自分を信じることが出来なかったら、
何も出来ないし、人生は味気ないものになって
寂しいものになってしまうでしょう。
自分を信じ、自分を愛せるからこそ
他人を信じ、他人を愛することが
出来るのでしょうから・・・。
 いくつになっても、
どんなときでも、
自分の夢を抱けて、
自分の生き方を出来る人は、
幸せなのだと思います。
 それが出来ずに迷っている人は、
人生に充実感がなく、幸せも
感じられないのだろうと思います。
posted by 清水の伏竜. at 02:57| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月12日

人民の、人民による、人民のための政治

「人民の、人民による、人民のための政治」
    アメリカ合衆国16代大統領エイブラハム・リンカーン

 2月12日は、リンカーンの誕生日。
ゲティスバーグでの演説は、当時、聴衆の拍手もなく、
新聞も酷評であったといいます。
でも、その演説の中の言葉が、今も有名な言葉として
伝えられているのですね。
 ということは、今、酷評されている演説や
主張が、50年後には、絶賛されているってことが
あるのかもしれません。
 信念に基づく言葉、未来を、社会のありかたの理想を
求める言葉には、その時の社会の状態においては
酷評されてしまうこともあるのかもしれません。
または、そんなこと言ってもねと冷ややかに
無視されてしまうのかもしれません。
 また、その時に熱狂的に拍手をうけ支持された言葉でも
50年後には、誰も知らないことになってしまうものも
あるのではないでしょうか。
 今の日本において、この言葉は、
まさに必要なことを伝えているものだと言えるかも
しれませんね。
市民による行政、街づくり、コミュニティづくり、
そんな活動が大切になってきている時代で
あるといえるでしょう。
政治に無関心では、もういられない、
そのままいけば、孫たちに大きな負債を残すだけ
そんな状態にあることをもっと知るべきときに
きているといえるでしょう。
 政治家も、経営者も、市民も、
未来のために今から何をしていくべきなのか、
そんな視点で、ものごとを考えていくことが
求められているような気がします。
posted by 清水の伏竜. at 01:26| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

愛は家庭に住まうものなんですよ。

『愛は家庭に住まうものなんですよ。
 子どもを愛し、家庭を愛していれば、
 何も持っていなくてもしあわせになれるのですよ。』
    マザー・テレサ

自分を愛せない人に、他人は愛せない、
家庭を大切に出来ない人に、地域も組織(会社、団体)も
大切にはできない、
そして、国も愛せないし、
国を愛せない人に世界は愛せない、
どんなものも、もっとも近いところから
始まっているものなのだから・・・。

愛は、どこにあるのか、
それは、家庭にある、
家庭とは何なのか、
それは、・・・・・・。

好き会った男女が
やがて愛し合えるようになったら、
命の息吹が吹き、新たな命が芽生える
そこに親と子という絆が生まれる
そんな人と人の絆の中に、
愛は生まれ、育まれ、
そして、愛こそが、幸せの源泉であり
核であるということ・・・。

いろんな人生があり、
いろんな個性があり、
いろんな愛があって、
いろんな幸せがある・・・。

でも、どんな人生であっても、
心の幸せがなければ、価値はなく、
幸せは、愛に支えられていなければ
意味がない
それが、人が生きていく、生きている
意味のひとつであるのでしょう。

だから、愛を見失ったところには
悲しみ、苦しみ、寂しさ、辛さ、
そんな、否定てきなものが膿出てきてしまう。
そうならないために、
何をすべきなのか・・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 22:40| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

豊かそうに見えるこの日本で、

『豊かそうに見えるこの日本で、
 心の飢えはないでしょうか。
 だれからも必要とされず、
 だれからも愛されていないという心の貧しさ。
 物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。
 心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、
 もっともっと貧しいことだと思います。』
    マザー・テレサ

この冬、3回目の雪が、東京に積もりました。
昨年とは、また違う冬の日、
日本では、哀しい出来事が、
どこかで起こっているでしょう。
心の寂しさ、
心の空しさ、
心の苦しさ、
心の病や心の風邪に
悩み、辛い日々を過ごしている人だけでなく、
なんとなく日々を過ごしてしまっている人、
忙しいのだけど心が満たされることのない人、
裕福で贅沢していても心の貧しい人、
そんな人が、多くみえてしまう
そんな国になってしまった日本。
さらに、飢えや寒さで苦しいという人も
出てきてしまってます。
本当の意味で、
豊かな人生とは何なのか、
幸せな生活とは何なのか、
充実した日々とは何なのか、
問い直す必要が出てきているのが
日本の今なのかもしれません。
そのためには、現実にもっと目を向ける
そんな事も必要でしょう。
市民や国民の知らないことが、
とても多かったり、真実ではない情報が
真実のように流れていて、
勘違いしているような状況を
変えていかなければいけないと
いえるのかもしれません。
メディアの示すことのない真実や事実が
いかに多いことか・・・・。
一部分の誇張により全体の事実が
隠されていたり、本当の意味が隠されていたり
そんなことが多いことに、
なかなか気がつくことができなかったり
してきたことに、
気がつくことが大切なのだといえるでしょう。
多くの情報を、自分の心と目でしっかりと
見据えて判断していくことが
必要なのだと思います。
posted by 清水の伏竜. at 07:46| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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