2008年01月31日

善行も、それによって報われようと

『善行も、それによって報われようと
 思うようになってはもはや善行ではない。』
        レッシング

 日々の善行、一日一善。
そんな言葉がいわれるように、
何か善いことを、ひとつすることは
とても素敵なことです。
でも善行って、報いを得ようと
思ってするものではないですよね。
自分のためにすることだと
いってしまってもよいと思います。
善行をすることで、誰かからお礼を
得るといったことは、
目的ではなく、単なる結果でしか
ありません。
世の中は、結果を目的にしてしまう
風潮がありますが、
それはストレスになるだけでしょう。
目的にむかっていくことが大切で
その先に結果はあるという余裕が
いまの時代にには必要なのでは
ないでしょうか。
善行も、目的は、よいことを
行うことで、自分自身の心をきよめ
自分自身に満足感を得るものであって
物や益を得るためではないという
ことが出発点であるはずで、
それは慈愛の心に基づいている
行為のはずだということでしょう。
報われることが目的になって
しまったとき、それは善行でなく
欲望になってしまうということ
なのでしょうね。
posted by 清水の伏竜. at 08:07| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月30日

人間の能力はそれが属している社会の質に影響される。

『人間の能力はそれが属している社会の質に影響される。』
     司馬遼太郎

 日本の歴史を描いてきたなかで、
やはり、この言葉のようなことを
感じることがあったのでしょうか。
朱に交われば紅くなる。
出る杭は打たれる。
人を育むのも社会の持つ意味であると
いえるかもしれません。
人はやはり、接しているものに大きく影響を
うけるものです。
いまの政治や行政の能力は、
いまの日本の社会の質によるものであると
いえるのかもしれません。
社会は、世間からなり、世間は、地域やご近所から
そして、家庭からなっているのであれば、
社会を変えていくためには、
身近なコミュニティから変えていくことが
必要なのだといえるのでしょう。
コミュニティを育むのは
市民ひとりひとりの力によります。
人が社会の質をあげ、
社会が人の能力を高める
よき循環がおこるそんな世の中に
なっていって欲しいですね。
posted by 清水の伏竜. at 03:29| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

間違いを犯すのを怖れて、

『間違いを犯すのを怖れて、
 戸を閉ざせば、
 真実も締め出されてしまう。』
     タゴール

 何かをしようとするとき、
誰もが、間違えないだろうかという
心配になる気持ちを抱くときがあるのでは
ないでしょうか。
もちろん、そんなことは微塵も思わないし
感じないという方もいらっしゃるはずです。
そんな自信に満ちた人にとっては
この言葉は必要ないのかもしれません。
 間違いを犯すかもしれない、
間違っていないだろうか、
これで本当に良いのだろうか、
そんな気持ちになる人にとって、
この言葉は、意味ある言葉といえるでしょう。
間違いかもしれない、
間違ってしまうかもしれない
そんな気持ちがあったとしても、
正しいと思う、やってみたいんだ、
知りたいんだ、試してみたいんだ、
そんな前向きな気持ちが少しでもあったなら
それが他人を傷つけるような事でないなら
行ってみなければ、真実は見えてこないと
言うことです。
もし、正しいと信じて、行ってみて
間違えだったとしても、
そこには、新しい発見があることでしょう。
それを糧にして、また新たな歩みを
はじめて行けばよいということですね。
 だれもが、リスクを恐れます。
しかし、恐れてしまって、全てを閉ざしてしまえば
そのリスクの方がずっと大きいかもしれないのです。
行わないリスクを考えてみる
そんな姿勢が必要なのだろうと思います。
私も、そんな気持ちで、いろいろ悩みながらも
日々、生きているといった感じですから・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 01:35| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月28日

失敗の許されない社会

『失敗の許されない社会』

 日本は、どうもまだ失敗に対して
寛容でない社会であるような気がします。
一度の失敗で、全ての道が閉ざされてしまう
そんな事例が、メディアに流れているために
自分もそうなってしまうのではないかという
恐怖が、心のどこかに植え付けられてしまって
いるのかもしれません。
その恐怖に打ち勝つことは、
なかなか難しいことのような気がします。
成功して、誰でも成功できるという皆さんが
何人もいらっしゃいます。
そんな皆さんは、リスクを恐れない勇気を
もっている皆さんです。
だから、その勇気の力が同じくらいあれば
その皆さんの言っていることを行えば
成功する可能性は高いといえるでしょう。
ところが、世の中は、そんな人の方が少ないので
成功した人のことをマネても、
うまくいかないことの方が多かったりするのだと
思います。
 実際、成功した人の後に続く人で、
同じくらい成功した人の数は、両手で数えることが
可能な範囲ではないでしょうか。
小さい成功を成し遂げることが出来た人であれば
もっと多いかもしれませんが・・・。
 成功本、金儲け本、美人になる方法、
ダイエット本、いろんな本が溢れています。
でも、その本の中にあるのは、ある人が成功したり
成し遂げたときの方法でしかありません。
それが、必ずしも他の人に有効かどうかは
別な問題であったりします。
まったく同じ素養をもった人でないかぎり
100%同じように成功したり、
成し遂げるといったことはあり得ないのが
現実の社会であるということを、
知っておかないと、期待ばかりが大きいとき
うまくいかなかった時のショックは
計り知れないものになってしまうことでしょう。
成功者の事例を学ぶことには意味があります。
しかし、それを自分にとって有益なものに
するためには、自分なりのものに変化させて
いかなければなりません。
その自分流のものとして取り入れるのが
難しいので、なかなかうまくいかなかったりします。
 知識から知恵、見識、そして、行動へ
その流れのなかで、自分の人生と、
自分のスキル、自分の性格、自分の素養、
自分の環境、自分の想い、それらにマッチしたものを
どうのように取り入れて、進んでいくのか
その部分が、大切でもあり、大変でもあるのでしょう。
実際に、成功している人は、そのあたりを
自然体で行っているように見えます。
自然体で、それが出来る素養がある人にとっては
何の苦労でもないのでしょうが、
そうではない人にとっては、大変な苦労です。
その難しさを乗り越えるためには、
やはり一人では無理なのかもしれません。
人生を共に歩んでくれる人、信じる事の出来る人が
側にいるか否かが、大きな差となるような気がします。
あなたには、そんな人がいらっしゃいますか?。
posted by 清水の伏竜. at 21:53| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月27日

起業成就 商売繁盛

『起業成就 商売繁盛』

 2008年週末起業フォーラム賀詞交換会にて
参加者に主催者より、お土産として
渡された神田明神にて祈願されたお札に
書かれた言葉です。
 サラリーマン冬の時代になって
久しいですが、やはり大企業だけが儲かる構造に
変化はないようです。
労働分配率も低くなり、物価も上がれば
当然、個人消費は冷え込みます。
少子化問題も企業の責任は重いでしょう。
働きながらの子育ての環境が、
まだまだ不備な企業が大半ですから、
給与格差も広がり、子育てする余裕がないから
子供を産まない世帯も増加しています。
その一方で裕福な世帯が子供を多く産んでいるかと
いえばまったく逆で、産んでなかったりします。
お金は循環してこそ価値があるのに・・・。
そんな時代に、週末起業や副業を持つ人が
増えていくのは当然の流れといえるでしょう。
ベンチャーをふくめて、個人起業が増えていくことは
良いことだと思います。
企業も、賃金を上げれないのだから、
副業も積極的に認めて行くべきでしょう。
国も法改正も含めて後押ししていっても
良いと思います。
社会起業も含め、多様な労働形態を選択でき
生活し子育てできる賃金が得られる環境を
つくっていける方向へ、社会が変わっていくことが
必要なのだともいえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 04:46| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月26日

知識より見識。見識より膽識。

『知識より見識。見識より膽識。』
     宮脇淳

何かを成し遂げるために
必要なものには、
いろんなものがあります。
そんないろんなもののなかでも
やり遂げるために
成し遂げるために
大切なものは何なのか
そんなことを教えてくれる
言葉だと思います。
分権改革という日本の政治、行政の
ありかたを市民、国民の為のものとして
より良い社会、地域を築いていくために
どんな方法があるのか、
どんな改革が必要なのか、
地方の時代といわれるなか、
地方分権の行政のありかた、
その改革について、
知識と見識を教えて頂く機会が
ありました。
そのときの最後の言葉が、
この言葉でした。
やはり、最後には、
しっかりとした自分の芯となるものが
あり、ぶれることなく
進んでいけるものが必要になってくると
いうことですね。
まだまだ、自分は足りない部分が
多いという気がします。
研鑽と努力は、常に必要なことで
あるのだなと思います。
posted by 清水の伏竜. at 12:47| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

正直とか、親切とか、友情とか、

『正直とか、親切とか、友情とか、
 そんな普通の道徳を堅固に守る人こそ、
 真に偉大な人間というべきである。』
     アナトール・フランス

人として、生きていくなかで、
何がもっとも大切なのか、
されは、普通の道徳を守ること
正直に生きる、
親切に生きる、
友情に生きる、
簡単なようで、
実は、しっかりと、どんなときでも
それらのことを大切にして
守っていける人は、
実は、とても偉大な人であると
いえるでしょう。
簡単なことをしっかりと守る
これは、簡単なようで難しいことです。
心にしっかりと不動の精神をもって
いなければできないことだともいえるでしょう。
だからこそ、
身近な、簡単なことから、
大切にしていくことが、
人として生きるために、
とても重要なことであるといえるのでは
ないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 02:24| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

人生実に測るべからざるものあり、

『人生実に測るべからざるものあり、
 人生実に知るべからざるものあり。』
     北村 透谷

 人生は、測ることができるものでもなく
知ることもできるものでもない。
そんな人生だからこそ、可能性を信じて
歩んでいけるものであるということ。
 人はいつか、死の扉を通り抜ける日が
訪れる、それは誰もが避けることの出来ない
ことであり、その時がきたら人生は
その幕をおろすことになる。
 その瞬間がいつ訪れるのか
わからないのだから、人生について
わかることなど出来るはずもなく
まして、どんな人生であったのかを
評価することは自分では本当の意味では
出来はしないといえるだろう。
 これまでの半生については、
自分で振り返り、考えてみることはできる
また、後悔することも、喜ぶことも
悔しがることもできるだろう。
しかし、これから訪れる未来の半生に
ついては、何もわかりはしない。
わからないからこそ、常に精一杯の
生き方をしていけるように
努力していきたい。
 もし、今が不幸であり、今が苦しいのであれば
そこから開放されるために、
何をすべきか、どう生きるべきか
悩みながらも、信じて前に進んでいくしかない
未踏の地へ歩んでいくのだから・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:15| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

自分らしくある必要はない。

『自分らしくある必要はない。
 むしろ「人間らしく」生きる道を考えてほしい。』
     岡本 太郎

 生きる
生きている
生き続けている。

 今、この時空に存在している自分がいる
そんな自分が、どんな生き方をしているのか
どんな自分であるのか
 人生という道を歩んでいくとき
どんな心を抱いて、どんな気持ちで
歩んでいくべきなのか、
その一つの姿が、”人間らしく”ということ
人間は、地球に生まれて、地球に育まれた
新しい命のひとつ
地球という環境の中で
ある役割を与えられた存在
そんな人間として、自然体で生きること
捕食する生命として、地上の頂点に位置し
命の循環の一翼を担っている
 そして、知恵と愛とをもって
存在している。
 やがては、母なる大地を飛び立ち
宇宙という新世界へ向けて、
新たな産声をあげて、新生するときが
訪れるまで、地上で育ち続ける。
 そんな人間のひとりが
自分であるということ。
 自分らしくあるまえに
人間らしくあることが、
自然と共に共存し共栄し生きていくために
必要なこと。

 そういえるのかもしれません。
生きていることそのものに価値があるから
生きている人すべてに救いの手をさしのべるのが
人間として当たり前のこと。
生きる権利を奪うことがあってはならない
そのことを忘れた政治家や経営者や富める者が
地球を汚染し、世界に悲しみと苦しみを
もたらしているといえるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 14:29| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

憧れはすべてのことの原動力です

『憧れはすべてのことの原動力です』
    「みんなで集めた心に残る言葉」より

憧れていることがありますか?
憧れている人はいますか?
そんな問いかけに、
しっかりと、”はい”と
答えられることは、
素敵なことだということですね。
その憧れは、夢や希望へ
繋がっていくでしょうし、
夢や希望は、生きていく力に
なっていくことでしょう。
前に進んでいく原動力になる
そんな想いをもつことは
とても大切なことです。
そんな想い・・・
あなたはありますか・・・・。
私には・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:57| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月21日

成功を収めるのは、

『成功を収めるのは、
 時代の精神に順応して行動する者だけである、
 と私は思う。』
    マキアヴェリ

時代の流れのなかにある
その時々が必要としているものを
感じ取り、それを社会に提示していくことが
出来る人が、その時代にて
成功をしていく。
時代の寵児と呼ばれる人たちは、
まさに、時代の精神に順応し、
先んじて行動を起こしている人たちであると
いえるでしょう。
しかし、そんな行動をとれる人は、
非常に希な存在でもあったりします。
それゆえに、成功する人は、一握りの限られた人に
なっているといえるのかもしれません。
多くの人が、失敗し、成功を願いながら苦悩し
苦闘しているのが現実なのではないでしょうか。
そんな中かで這い上がるためには、
時代の流れを読み直し、臨機応変に生きることが
必要なのでしょう。
でも、それは成功者の皆さんは
誰にでも出来ると簡単におっしゃいますが、
実際には、そう簡単に出来るものでは
なかったりします。
もし、誰にでもできることなら、
世の中にはもっと多くの成功者が
出ていることでしょう。
でも実際はそんなことにはなっていません。
成功者の教えを学んでも、
同じようにできる人は、まず極少数であると
いえるでしょう。
人はそれぞれに異なる性質、性格、能力、
体力、環境をもっていて、
成功者と同じか近い状況にある人は
殆どいないのですから、同じことをしても
同じ成果を出せるはずもないのです。
もちろん、応用することで、自分の状況の中に
取り入れていき、成功の可能性を高めることは
出来るでしょう。でも、それまでで、成功を
保証するものは何もないのです。
結局は、成功者はその人であったから、
成功したのであって、それ以上でもそれ以下でも
ないわけです。自分自身の生き方や生活に
どこまで取り入れられるのかは、
相性や素養など、様々な条件が、どれだけ
似通っているのかに関わっているともいえそうです。
自分にとって役立つ成功事例に出会えるかどうか
それが大切なのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 06:14| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月20日

こんな小さな人間でも、

『こんな小さな人間でも、
 やろうという意志さえあれば、
 どんなことでもやれるということを信じるのだ。』
      ゴーリキー

 信じること、
そして、やろうという意志、
 新たなアプローチ、
新たな人生を、歩もうとするとき
仕事を変えるとき、
変化が必要になったとき、
 必要になるものがある
それが、意志の力と信じる力と
いうことでしょう。
 変化は、自分の意志とは
無関係にやってくることがあります。
ストレス、病気、怪我、入院、通院、・・・
天災、人災、・・・・
勤務先でのハラスメントや
人事異動、配置転換、転勤、解雇、倒産、・・・
死別・・・・
または、自分の周辺の影響や
自分の想いから、
変化がくることがあります。
出会い、就職転職、就学卒業、恋愛、結婚、
出産、旅行、別居離婚、引っ越し、・・・

 いろんな変化が、生きているなかで
起こってきます、その変化を、人生を
より充実したもの、生きがいを感じるものに
繋げていくために、
生きていたいと感じられるために
変化をよい方向に向かわせるために
今の環境に無理や辛さや不満や心配を
感じているとき、
そこから脱出するために、
何かを変えなくてはならなくなったとき
人はやはり変化を恐れ躊躇し不安におもうもの
なのかもしれません。
小さな存在でしかないと感じて、
自信をなくし、自分がダメになってしまう
弱くなってしまうと感じてしまうかも
しれません。
そんなとき、自分にもきっと出来るという
想いを得るためには、自分を信じること
やるという意志をもつこと、
その信じること、やる気の意志を
育むために、何が必要なのか・・・
それを求めている人が、世の中には
大勢いるのかもしれません・・・。
posted by 清水の伏竜. at 10:30| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月19日

便利をスコシ捨てると

『便利をスコシ捨てると
 何かをタクサン得られる』
        藤村靖之

20世紀は、発明の世紀ともいえるくらいに
数多くの発明があり、人々の生活は、
急速に便利なものになっていきました。
その前の19世紀は産業革命により、
蒸気機関が大きな変革をもたらしました。
20世紀は、電気の時代ともいわれるように
電気により動く様々なものが創られました。
ただ、急激な産業の発展のなかで
便利さのみを追求したなかで、
いろんなものを失ってきたことも
事実であったりします。
環境破壊や貧富の差などの格差の増大、
地球温暖化など、
さまざまな問題が、積み残されました。
21世紀に入り、その問題を
解決していかなければならないという
課題が人類には残されています。
そんなとき、少し便利さを無くしても
大切なものを得られることを優先する
そんな意識改革が、人々には
求められているといえそうです。
21世紀は、光の時代ともいわれます。
光のエネルギーや光を利用した技術が
新たな便利さを与えてくれることに
なるでしょう。
その一方で、エネルギーの発生に
燃焼系の機関ではなく、
自然エネルギーを利用した環境に優しい
機関をつかって電力などを確保する
そんな方向に進んでいくことが
重要になっていくだろうし、
限られた資源を有効に利用するために
コストをかけることが良いことと
認識されていくような社会に
なっていくことが必要なのだとも
いえるでしょう。
ひとりひとりが、身近なことから
意識改革をしていくことが
大切なのかもしれませんね・・・。
posted by 清水の伏竜. at 08:35| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

新しいことはやってみなくちゃわからない。

『新しいことは
 やってみなくちゃわからない。』
        藤村靖之

ものごとは、とにかく
やってみることが大切であって、
やるまえにあまり考えないで
出来ることをまずやってみるのが
一番良いことであるということです。
また、そんな新しいことは
やってみたくなるような
好きなことであるのが大切でもあると
いうことです。
好きでないと、100%エネルギーを
かけて、よけいなことを考えずに
やっていくことは難しいことでも
あるというわけです。
発明家であり企業家でもある藤村氏が
おこなってきたことは、
とにかくやってみること
やってみて、あとから考えればよい
まず、ビジネスモデルを考えてみて、
そして、足りないことが出てきたら
発明して、そこを補って、進めていく
それでうまくいかなかったら、
次のことにチャレンジすればよい

社会の時代の流れは、
経済成長至上主義から平和主義へ
都会主義から田舎主義へ
大企業主義から共感主義へ
変化していっているし、
変化していかなければ、社会は成り立たなく
なっている方向にあるといえるようです。

新しい時代と社会に向けて
何が自分にできるのか、
好きなことのなかから考えてみて
あるていどみえてきたら
やってみる、そんなことが
大切になっているのだといえそうです。
posted by 清水の伏竜. at 07:56| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月17日

誰かに幸せになってもらいたいって思ったら

『誰かに幸せになってもらいたいって思ったら
 からだがかってに動くんだって気がついて
 何だそれでいいじゃんって思ってさ』
       アルス
       「魔法少女隊アルス」より

 NHKで放送されたアニメ「魔法少女隊アルス」が
3日間にわたって、編集されて再放送されてました。
その最後の放送のなかで、
アルスが、シーラの問いかけに答えて言った言葉です。
 この3部作の編集版も、とても良くできていました。
本編シリーズの良さを損なうことなく、魅せてくれます。
スタジオ4℃の傑作のひとつだといえるでしょう。
また、NHKならではのアニメ作品のひとつであるとも
いえるでしょう。

魔法使いの世界と魔女の世界と人間の世界、
その世界の争いのなかに巻き込まれた人間の少女アルス
アリスと出会った見習い魔女のシーラとエバ、
3人は、魔法少女隊として、
魔法の世界を楽しんで?いたのに、
いつのまにか、争いのなかに巻き込まれていって・・・

 魔法を使える人間の少女、
前向きで、ひたむきで、魔法を信じて、
そんな少女の紡ぐ言葉には、
人の生き方で、何が大切なのかを
訴えかけてくるものが、数多くあります。

「でも、あのひとがいなきゃ
 あのひとから生まれてこなきゃ
 今、甘栗ちゃんをおいしいと思うことだって
 なかったんだよ
 レノンちゃんの母親なんだよ、お母さんなんだよ」

「私、今を否定したくないの」

「私が、人間は約束を守るってことを教えてあげる」

「魔法って、人を幸せにするものだよね」

「ひとりひとりが出来ることをちゃんとやれば大丈夫」

「ほかのだれかじゃダメわたしじゃないといけないの」

「だって、友達じゃん」

魔法の世界を救うために、
光の魔法を信じて、少女アルスは・・・。
兄との出会い、父親との再会、・・・。
いろんな出来事に遭遇するなかで、
成長していく・・・・。
アルスのことを救世主と信じる人たちが・・・。
そして、エバが、黒魔法を・・・。

アルス、古き良き友、魔法という意味・・・

騒ぎが収まり、帰るとき、
アルスの心の言葉が、語りかけます

「みんなを幸せにする方法がひとつだけある
 それは、ひとりひとりが、側にいる大切な人を
 自分の力で幸せにしてあげることだ
 そうやって、大切なひとりを幸せにすれば
 みんなが幸せになる。ぜったいに。」











posted by 清水の伏竜. at 02:09| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

エネルギーは、使った分だけわいてくる

『エネルギーは、使った分だけわいてくる』
    「みんなで集めた心に残る言葉」より


 このエネルギーは、省エネしても
意味のないエネルギーということですね。
生きる活力、行動する、考える、
前進していくエネルギーです。
使わずに保持していても、
意味がないし、
使っただけ、新しいエネルギーが
わいてでてくる。
新たな意思が、生まれてくる。
そんなエネルギーだということです。
 もちろん、急激な消耗のときには
休息も必要でしょう。
でも、余らせておくのは、もったいないし
無駄であるということです。
 人生をより良く、活発に、
歩んでいくために、
使えるエネルギーは使っていくべきだと
いうことですね・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 22:57| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月15日

いらないいのちはひとつもない

『いらない
 いのちは
 ひとつもない』
  加藤哲夫

 日本の社会は、今大きな転機を迎えている
そんな感じであるようです。
既に老齢社会となり、経済も大衆消費社会では
なくなっているわけであり、
これまでと違った価値観が、
生きていく上で求められていると
いえるのではないでしょうか。
 日本人は、世間は認識できても
社会を認識できないといわれるようです。
これからは、世間だけでなく社会を見つめることの
できる市民に、ひとりひとりが
なっていかなければならないといえるでしょう。
 全ての人々が、憲法で保障された人権を
行使できる社会でなければならないはずです。
残念ながら、日本では、まだそんな社会に
なっていない現実があります。
 職を失って浮浪者になってしった人たち
親戚がなく一人寂しく生活する老人、
いろんな理由で障害を背負うことになった皆さん、
ストレスから心を病んでしまった人、
どんな人にも生きる権利があり、
大切な命であるわけです。
 神戸で孤独死されている老人が増えているという
ニュースがありました。
自殺者は、相変わらず3万人にも及ぶ数になっています。
医者の治療を受けられずに、死んでいく人もいます。
時には、日本でも餓死するひとがいたりします。
 社会保障が整備されているようにみえて
実際には穴だらけの現状を、どのように変えていくのか
そのためには、市民ひとりひとりが
しっかりと事実をみつめて、
意識を変化させていくことが必要なようです。
 住みよい国を未来の子どもたちに
残してあげるためにも、
自分の問題として、社会の問題をとらえる心が
大切なのだといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 22:24| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月14日

愛と希望と勇気の日

「愛と希望と勇気の日」

 ハリウッドでもリメイクされた
20世紀に長く日本映画興行成績1位にあった
「南極物語」という
作品があります。
 昭和基地に残されたカラフト犬が、
生き残っていたのが、昭和34年1月14日に
発見された。その犬たちと、関わった人の物語。
 この物語をみて、
心に何かを感じた人が
大勢いたのではないでしょうか。
物語が与えてくれるもの
そこから、
 愛と希望と勇気の日
ということに
なったということです。

 愛
  希望
   勇気

生きるということのなかで
生きているということを
感じることができ
幸せを感じることができるため
小さくても
僅かでも
実感できるために
必要なもの
大切なもの
それが、

 愛
  希望
   勇気

そんな気がします。
人生に何かしら満足できるのは
心の中に、幸せ感、充実感、
そんなものが必要でしょう
それを得るために
どうすればよいのか
いろんな人が、
さまざまなことを
語っています。
その中に、回答があるかも
しれないし、実はないのかも
しれません。
それは、誰にも明確に断言できは
しないことのような気がします。
ただ、ひとりで考えるよりも
誰かと一緒に考えた方が
みえないものもみえてくる
そんな誰かとの出会いが
きっと人の運命を大きく
変えていくのでしょう・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 10:42| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月13日

シゴフミ

「シゴフミ」

ライトノベルのアニメ化が、
最近は当たり前のようになっています。
そんな作品のひとつが、
「シゴフミ」
です。

原作:湯澤友楼
キャラクター原案:黒星紅白
監督:佐藤竜雄
シリーズ構成:大河内一楼

注目のスタッフでのアニメ化ですが、
物語は、死後文を届けるフミカとカナカを通じて
死というものに対する様々な人の心、生き様を
描いていくものです。
一話完結形式といいながらも、
第一話「コクハク」
第二話「ロケット」
は、繋がった物語、
3通のシゴフミの物語となっています。
この最初の物語は、哀しいお話です。
夢と恋、青春、そんなお話と
虐待、欲望、孤独、家庭崩壊、そんな社会の暗黒面が
ひとつの物語のなかに展開していくとき
殺人という罪な行為に追い込まれたものと
恋いを愛に昇華させた夢める少年の
純粋さに、哀しい気持ちにさせられます。

少年は、少女を告発する腐った父親のシゴフミを読み
少女は、少年のシゴフミを読み
妹は、姉のシゴフミを読む
3通のシゴフミにまつわる物語。

2通目の手紙に刻まれた言葉
「ごめん 気づいてあげられなくて」
この言葉に心を揺さぶられた少女は・・・

ロケットにかかれた3つの名前、
空に向けて、飛んでいくロケットに託された願い・・・

3通目を届けるフミカの言葉
「世界でもっとも純粋で美しい想い」
その言葉に、哀しくも美しい少女の心が・・・

死の世界におもむく人の残した最後の言葉、
それを届ける死後文。
その言葉を届けられたものが、
その言葉に何を感じるのか、
それは、その人の生きてきた歩みと、
育ててきた心によって、様々なものに
なっていくのでしょう・・・。




posted by 清水の伏竜. at 04:11| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

アイデアを考えるのは不可能だ

『ほとんど全ての人は、
 もうこれ以上アイデアを考えるのは
 不可能だというところまで行き着き、
 そこでやる気をなくしてしまう。
 いよいよこれからだというのに。』
     トーマス・エジソン

 発明王とよばれたエジソンの言葉らしい言葉です。
考え抜いて、幾多の発明を成し遂げた経験から
出ている言葉には、真実があるといえるでしょう。
アイデアが必要となったとき、
どこまで考えるのか、それはやはり、不可能だと思っても
その先までも考えてみるということが、
目的を達するまでに必要であるということでしょう。
 発明は、経験の蓄積、知識の蓄積から
生まれてくるものです。今、不可能であっても
これから先も不可能であるとは限らないということです。
さらにいろんな知識を吸収し経験を積み上げていけば
かならずアイデアが出てくるということです。
 また、自分で出ないのであれば、
他のひとの知恵や経験の助けを借りるという
方法もあります。
 ひとりより、ふたり、
 ふたりより、さんにん、
人の知恵を集めることで、アイデアも出てくる可能性が
増大していくことでしょう。
壁にぶつかったとき、その壁の先に進むか、
立ち止まってあきらめるのか、
それは、壁の破り方、または迂回の仕方について
見いだせないのではなく、みようとしていないと
いうことなのでしょう。
ぜったいに、その先に行くという気持ちがあれば
必ず道はみえてくるということですね。
壁にあたってからが、本番であるということ
なのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 19:55| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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