2007年10月31日

その日は、必ず来る

『その日は、必ず来る』
    服巻智子

NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」の
放送で、自閉症支援の仕事をなさっている服巻智子さんを
ホーカスした「見えない心に、よりそって」のなかで、
キーとなる言葉のひとつとして
紹介された言葉です。
どんな子供にも、どんな人間にも、
なすべき日、成し遂げるべき日、行うべき日、
決意する日、決断する日、・・・
その人にとっての日は、必ずやってくるものだという
信念をもって歩んでいく、
そんなことが大切なのであり、
そんなことがよりどころにもなり得るのだなと
番組のなかで語られる自閉症の子供のがんばり、
その家族のがんばり、
そして、そんな人たちを支える人のがんばりを
見つめながら、感じさせられました。

「NPO法人それいゆ相談センター」で
センター長を務めていらっしゃる服巻智子さんは
自閉症の子供たちと、どう接して何を伝え
教えればよいのかについて、さまざまなケースに
対応できるスキルをもった方だといえるでしょう。

”コミュニケーション”

自閉症ではない、大人のなかでも、
他人との交流が苦手な人は多いでしょう。
また、最近の社会問題のひとつでもある
ニート、フリーターの増加とも
関係しているともいえるかもしれません。
何が、変化をもたらすのか、
それは、人、それぞれ、ひとりひとり
異なっています。
よく、まとめて同じように対応しようと
するケースがありますが、
そのような対応では、必ず歪みを生じて
うまくいかなくなってしまう。
そんなことを考えておかなければいけない
ことをあたりまえに知っていることが
人を導く立場や人の上に立つ立場にある
人には当然事になっていますが、
はたしてどこまで、そうなっているのか
疑問の残るのが現実であったりするきがします。
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2007年10月30日

可山優三

『可山優三』

成績表に、優が三つあればいい、
他はみんな可で充分、
そんな人間の方が、可能性を秘めている
ということを表現している言葉と
いうことだそうです。
「学術優等・品行方正」な人間よりも
「可山優三」な人を採用するといった方は
ミサワホームの三澤千代治さんだそうです。
何もかもが優等生よりも、
特徴をもった個性の方が、
何かを生み出す可能性を秘めているような
気がするということなのかもしれませんね。
正直いって、人の価値は、
成績表では決まりませんから、
どんな生き方をしてきたのか、
どれだけの人に愛されたのか、
そういったところにこそ、
人の価値は存在しているのだと
いえるでしょう。
だから、より良い生き方、
人生を目指して、歩んでいくのでしょう。
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2007年10月29日

不幸な時に幸福な時代を思い出すほど辛いものはない。

『不幸な時に幸福な時代を思い出すほど辛いものはない。』
           ダンテ
 辛いとき、
不幸だと感じてしまう状況のときに、
そうではなかった過去を思い出すと、
その違いに、がっくりすることは
きっと誰にも経験があることなのかもしれません。
幸福な過去がなくても、
さらに不幸な今があると、
やはり、それまでの人生がなんだったのかという
気持ちになってしまうでしょう。
そんなとき、どんな小さいことでも良いので
ホッとすることが出来ることがあれば、
慰められるのではないでしょうか。
 傷口の塩をぬるような言葉を
上司から何度も何度も繰り返し言われていると
ほんとうに自分は死ねと言われているように
感じることがあります。
言っている方には、そんな意識が無いというだけに
悪質であり酷いものです。
そんな上司が、世の中以外に多かったりします。
なぜなら、多くの上司は、その上司に気に入られて
いたり、上手に立ち回る気質をもっていて、
自分がそうだから他人もそうだと勘違いしていることが
多いからでしょう。
また、コーチングとティーチング、カウンセリングといった
部下に接していく、部下の個性と状況にあわせて
指導していくスキルをもっていないことが
多かったりするからなのかもしれません。
上に立つほど無知であることは罪であると言えることを
感じていないのかもしれません。
死へ追い込む言葉や対応を平然と行える人が
増えてしまったために、うつ病も増加し、
過労死も増加し、過労自殺も増加していると
言えるでしょう。
よく、病気になったら、その病気になった本人が
悪いとしか言わなかったり思っていない人がいます。
まさに無知の罪のなせる業といえるでしょう。
病気になるのは、その環境の影響が大きいのです。
そして最近は、会社の環境が大きな影響を
およぼしているケースが多いといわれています。
だからこそ、メンタルヘルスケアが、企業に要求されて
いるのです。
良い企業と悪い企業は、経営者や管理職のスキルや
人格の差も大きいですが、それら上位にたつ人たちが
ちゃんとしたスキルをもっているかどうか、
従業員を人材ではなく人財として考えているかどうか
その当たりでもの凄い違いが出てくるのだといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 06:12| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月28日

決断は、実のところそんなに難しいことではない。

『決断は、実のところそんなに難しいことではない。
 難しいのはその前の熱慮である。』
        徳川家康

 決断するときには、
やはり迷うことが、多くの人の場合には
多いのではないでしょうか。
迷った結果、決断できない経験の方が
普通の人にとっては、多いのではないでしょうか
リーダには、決断が求められます。
そして、その決断にあたっては、ぶれや不安を
みせては部下はついてはこないでしょう。
天下人の家康にとっては、決断することは
特に難しくなく、それは、決断の時には
すでにすべてを決めていてぶれることも
不安なこともないものだと感じていたから
なのでしょう。その状態になるまでの
考えている時間の方が大変であり、
しっかりといろんな想定をし、リスクを
分析し、ベストなものは何かを判断していく
その過程の方が難しいということでしょう。
すっきり決断できるためには、
その前にしっかりじっくり考えることが
大切だということですね。
posted by 清水の伏竜. at 09:49| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月27日

死ぬということは、

『死ぬということは、
 生きているよりイヤなことです。
 けれども、喜んで死ぬことができれば、
 くだらなく生きているよりは幸福なことです。』
          谷崎潤一郎

生と死の問題は、
人間だけでなく、すべての生けるものに
存在するものです。
でも、人間は、考える生き物であり、
感情の生き物であり、行動の生き物です。
知情意を兼ね備えた存在です。
同時に、その肉体は、ほ乳類ヒト科の生物でも
あったりします。

生き死にの言葉も、いろいろあり、
この言葉は、文豪の文学作品の中の一節ですが、
死ぬことと生きることを
秤にかけたくなってしまう状況に
追い込まれることこそが、不幸なことだと
感じますし、とても辛く苦しく哀しいことです。
残念なことに、そんな状態に追い込まれる人が
日本には沢山存在しています。
学校で、会社で、家庭で、
いろんな場所で、心なき言葉の刃と、
いじめによって、追い込まれている人がいます。
その追い込んでいる人には、罪の意識も
悪いという意識もなく、それどころか自分が正しいと
思っている人も大勢いるでしょう。
相手の気持ちになって考えることが
出来ない、出来なくなっていることに
気づけない、いつからか日本の多くが
そんな哀しいことになってしまったのですが、
それを見直していくことが出来るのか、
難しいことですが、少しでも未来に
希望をもてる社会に、ひとりひとりが
考えていくことから始めないといけないのでしょうね。
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2007年10月26日

逃げるな!生きる方が、戦いだ

『逃げるな!生きる方が、戦いだ』
     ガガリ
     「機動戦士ガンダムSEED」より

 生きること、
そのこと自体が大変になってきている時代でも
あるといえるでしょう。
格差が産みだした歪みのひとつです。
この人気アニメのヒロインのひとりが
戦いに赴くものにむかって、
死んでもいいという気持ちではなく、
生き残るんだという気持ちでいて欲しいと
訴えた言葉は、生きることに疲れてしまった
気持ちに、活をあたえてくれるような気がします。
 生きること、ただそれだけのことであっても
戦いであり、大変である人が、
大勢いるということに対して、
それを感じることさえ出来ない幸せな人もいます。
会社の中でも、賃金格差が、成果主義の名の下に
激しくなっていき、ストレスで、心を病む人が
増えています。そんな人にとって、仕事をする以前に
生きることすら苦しい状況になっていることが
多々あるのに、それを感じる能力もスキルもない
管理職や経営者によって、死への後押しを
するような仕打ちや言葉が投げかけられています。
ゆえに過労死、過労自殺がなくならないという
現実が存在しているといえるでしょう。
自分が幸せであればいいという感じが
増えてきてしまったのかもしれません。
 これからの社会は、会社だけで生活を維持して
いくことはリスクが大きい時代なのかもしれません。
それ以外にも生きるすべを用意できる環境を
国は国民のために法整備を含めて
行っていって欲しいと思います。
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2007年10月25日

何のためにあなたたちは生きているのですか。

『何のためにあなたたちは生きているのですか。
 国のためですか。家のためですか。親のためですか。
 夫のためですか。子のためですか。自己のためですか。
 愛するもののためですか。
 愛するものを持っておいでですか。』
       武者小路実篤

何のために生きているのか。
その問いに、すぐに答えられないとき、
生きることに意味を見失ってしまう
そんな気持ちになってしまうのかもしれません。
義務感で生きているだけ
そんな人生は哀しいです。
でも、そんな人生になっていることもあるかも
しれません。

何のためにこの会社にいるの?
何のために仕事しているの?
そう問われたとき、上司の望む答えが見えるため
何も言えなくなってしまうことがあります。
生活のため、衣食住を確保するため、
そんな答えしか出ない状況のとき
そのまま、その答えを上司に言える人は、
鈍感力をもった人だと思います。
言えないで、ストレスを溜めてしまい、
体調を悪くする。
そんな人の方が多いのではないでしょうか。
そんな状況のとき、
何のために生きているのか?
という問いに出会って
何のためだろうと疑問に思い、
自分のこの世界での存在に意味を見いだせなくなったとき
人は、死をいう選択をしてしまうのかもしれません。
何気ない上司の言葉が、部下を死に追いやっている
でも、そんなことは上司は思わない、
それが現実でしょう。
年間3万人をこえている死を選択した日本人の
多くが、何のために生きているのか
この問いに答えを見いだせなかったのだと思うと
この国の哀しい一面をかいま見るような気がします。
そして、それは企業や社会がつくりだしているという
ことに、どれだけの人が気づいているのでしょうか。
おそらく、多くの経営者や管理職や行政などは
気がついていないどころか、死への背中を
押しているのではないでしょうか、
年末に向かって、哀しい死が、
また増えていくのかもしれません。
誰かが、手をさしのべることで、
それを防ぐことができるのですが、
その誰かは、身近にいる人でしかあり得ないのも
事実です。

あなたは、何のために生きていますか?。
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2007年10月24日

相手の話に耳を傾ける。

『相手の話に耳を傾ける。
 これが愛の第一の義務だ。』
    ポール・ネイリッヒ

愛についての言葉は、
ほんとうに数多くあります。
それほど、人にとって、愛の持つ意味が
重く大きいものであり
切り離せないものであるということでしょう。
愛する人の言葉に耳を傾けること
これは、愛していれば、ごく自然に
何の意識もせずに出来ていることでしょう。
それが出来なくなっていたら、
愛が薄まってきているということなのかも
しれません。
相手が自分のことを愛してくれていくのかは
相手がそれだけ自分の話を聞いてくれているのか
そのことも、ひとつの判断となると
いえるのかもしれません。
ただ注意しないといけないのは、
相手が聞いてくれていることに
気がつかないでいることもあるということです。
勘違いは、ときに哀しい結果を導くことに
なってしまうこともあるようですから・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:26| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

人は老年を恐れる。

『人は老年を恐れる。
 はたしてそこまで到達するかどうかも
 確かではないのに。』
        ラ・プリュイエール

人生は、いつ終わりを迎えるのか
それは、誰にもわからない。
老齢を気にしても、
そのときまで生きていることは
出来ないかもしれない。
でも、人は生きていたいと願うものだから
年をとったときの生活のことを
考えてしまう。
そして、そのときにとてもやさしく
きもちよい環境で生活できるように
願ってしまう。
だから、年金問題が、大きな問題にもなるし
介護問題も大きなものになっている。
日本は、すでに老齢社会。
そのなかで、これから、老年を迎える
人たちに、安心な気持ちを与えることは
国と行政と地域だけでなく
企業にとっても責任のある課題となっていると
認識していかなければならないだろう。
そのことをしっかりと考えている
公務員、経営者が、どれだけいるのかが
大きな問題であるといえるのかもしれない。
老年まで・・・・
心配してられない現実もあるもの
今の生活、今を生きることでも
大変なことなのだから・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:30| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月22日

唯一、勇気のいることは

『唯一、勇気のいることは、
 過去をきっぱりと捨て去ることだ。
 過去を求めず、過去を積み重ねず、
 過去にしがみつかないことだ。
 誰もが、過去をひきずっている。
 そして、過去に執着するからこそ、
 今を生きることができないのだ。』
     シュラ・ラジニン

 過去を捨て去ることは、なかなか難しいことです。
人は、今の積み重ねのなかで生きています。
そして、その積み重ねの証が過去であるわけです。
過去は結果として、積み重ねられていき、
その人の人格、性格、生活、身体、魂までも
創り上げてきたものでもあります。
過去を積み重ねないことは、おそらく誰にも出来ないでしょう。
生きていることそのものが過去を積み重ねていることに
他ならないのですから、

しかし、この言葉の指す過去とは、
限定された意味での過去であると言えます。
過去を捨て去るとは、過去を否定することではなく、
過去からの教訓や経験を糧にして、
未来を見ることに重きをおくことが必要であると
いっているのでしょう。

執着したり、しがみついたり、求めたり、
過去そのものに留まろうとすることをしては、
先には進めないということです。

それは、過去だけでなく、現在についても、
同様なことが言えるのかもしれません。
なぜなら、現在は、すぐに過去になってしまうからです。

HDDビデオレコーダーのHDDの録画がすべて消えてしまい
その記録を観ることが出来なくなってしまいました。
録画したまま観ていなかったものもありましたが、
消えてしまったものが元に戻るわけでもありません。
そのことに執着しても意味のないことです。
過去のこととして忘れてしまうのが一番なわけです。
ものを大切にしていくことが、過去に執着していることに
なると勘違いしている人もいたりします。
ものを大切にすること、過去を大切にすること、
思い出を大切にすることは、
ものに執着すること、過去に執着すること、
思い出にすがることとは、違っているのだということを
しっかりと認識しておくことも大切なことで
あるということを、この言葉から連想させられました。

過去をみつめることや、大切にすることは、
必要なことです。
しかし、過去に執着したりすがったりすることは、
未来を生きていくのには、重石にしかなりません。
温故知新、温故創新という言葉の意味は、
過去の知恵や歴史的事実、経験や知識などから
新しい未来のための新しいものを築いていくための
種を得ることが出来るということであり、
過去をその意味で、大切にしていくことが
なければ、過去の過ちを繰り返すことになったり
現在からの進歩もあり得ないと言えるでしょう。
過去は、資産であっても、執着したり、
すがったりするようなものではないということです。
また、すべての過去が必要な訳でもありません。

言葉は、ある一面をとらえて、知恵を与えてくれます。
しかし、それを読み解くとき、その文字や言葉の背後に
あるものまで、見据えて考えていかなければ、
誤った方向に、むかってしまうかもしれない、
そのことを考えていくことも大切だといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:43| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

日本の大企業でトップに昇りつめ成功したサラリーマンには、

『日本の大企業でトップに昇りつめ成功したサラリーマンには、
 一様に共通した特徴がある。
 それは、彼らが、入社した時、最初の上司に恵まれたことであり、
 彼らが初めて管理職になった時の上司が有能だったことだ。
 ところが、悪い上司にあった人は、苦労を強いられ、
 つまずいたりして、結局、サラリーマンとして
 自分の力を充分に生かし切れずに終わってしまいます。』
         井上富雄

 この言葉、成功者の多くは、確かに、
そんな環境的な要因もあって、昇りつめたのでしょう
でも、その環境を活かしていくことが出来た能力や
努力があったことも忘れてはならないと思います。
ただ、そんな環境が無かった場合、
能力があっても、努力しても、昇っていけないという
状況に陥ってしまうのは、確かなのとだと思います。
サラリーマンとして、そのことは実感として、
理解できます。優秀といわれた人が、病気で倒れるケースの
多くが、上司に恵まれなかったというパターンでしょう。
でも、その上司は、恵まれた環境をおくっていくことに
なったりするのです。
 そんな状況のなかで、成果主義が導入されたら
どうなるのか、まさに上司に恵まれるか否かで、
給与まで決定されてしまうという状況になってしまうでしょう。
そして、実際にそうなってしまっている企業が
数多く存在していたりするわけです。
 経営者の管理能力の問われるところです。
サラリーマンとして、成功したいなら、良い上司に
恵まれる会社を選ぶことも必要だといえるでしょう。
しかし、この言葉を知らなかったこともあり、
我慢して、がんばり続けた結果、病気になってしまって
能力を発揮する場を失ってしまったとき、
サラリーマンとしてだけの能力しかないと
さらに辛い状況になってしまいます。
そうならないためにも、若いうちから、会社の中だけでなく
会社の外に人脈をつくるための活動をしていくことが
大切だと思います。
これは、自分の苦い経験、失った過去から、
はっきり断言できることです。
勤続10年を過ぎてからでは、遅すぎます。
特に、外に出ることの少ない営業以外の総合職や技術職に
ついた人は、社外での交流の場を必ずひとつ1以上は
もっておくべきです。
会社は、評価については、今も年功主義が残っています。
同じ実力で同じ結果を出していれば同じ評価のはずが、
年上の方が、評価が低くなるのが、今の日本の多くの成果主義です。
その現実は、いずれ変化していくでしょうが、
まだまだ時間は必要でしょう。
これから会社で頑張っていこうという20代、30代前半の
サラリーマンの皆さんは、絶対に自分のために
何かをしておくことが必要だと感じておいて欲しいです。
そうしないと、いずれ、後悔することになるでしょう。
成功者からは、失敗の辛さを知ることは出来ません。
成功していて、高給を得ているサラリーマンのまねを
しても、同じ成功を得るのは難しいですが、
失敗して苦労しているサラリーマンから、
その失敗の要因と教訓を得ておくことは、
失敗のリスクを必ず少なくする効果を得られるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 22:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月20日

トップの決断、そして、その成功の積み重ねが、

『トップの決断、そして、その成功の積み重ねが、
 社員との間に信頼感を生む。』
           佐伯勇

トップの決断が、
いかの現代の企業経営において重要であるかは、
すでに周知の事実です。
その事を語った言葉も数多く存在しています。
決断を部下に委ねたとしても、
その決断は、自分がしたことであるという
意識がないのなら、それは無責任な権限放棄であり
権限委譲とはいえないでしょう。
だからこそ、上に立つ者は、
委譲した権限に対しても、きちんと責任を負って
委譲した部下に責任を押しつけてはならないと
いえるでしょう。
それが出来るか否かは、部下の信頼を得られるか否かに
直結しているといえます。
また、決断した結果が、失敗ばかりで、
常に謝罪しているようであったは、
部下は、信用してくれはしないでしょう。
謝罪は大切ですが、謝罪せずにすむための事前の
対応がより重要だともいえるでしょう。
上に立つ者は、部下よりも高給をもらっています。
それは、その分の権限と責任を負っているからに
他なりません。
もし、責任を負えず、何でも部下のせいにするようであれば
その職責から外れるべきだと言えるでしょう。
その責務に耐えれるものだけが、
トップの地位についてられるのだともいえるでしょう。

決断し、実行し、成功する、
その姿をみて、信頼しない部下はいないでしょうし、
自然に信頼と、信用がうまれ、
ついてきてくれるようになるということ。
また、たとえ失敗したとしても、
その失敗をしっかり分析し説明し、反省し
他人のせいにせず、あたらな決断をすることで、
失敗による信頼を失うことも回避できるでしょう。
ぐずぐずし、言い訳をし、部下のせいにするようでは
信頼は崩れていってしまうでしょう。
しかし、信頼関係の根本には、人間性が
大きなものをもっているようにも感じます。
魅力と人格で、惹きつけるものがあることは、
多くの価値組企業のトップに共通にいえることかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 07:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月19日

人はなにか一つのことに

『人はなにか一つのことに気狂いにならなければ、
 とうてい人並み以上にはなれない。』
            御木本幸吉

何か、ひとつのことに集中していくことが、
人並み以上、抜きに出るには、必要だという
言葉は、やはり、昔からいろいろと
言われてきています。
今や、世界に通じる日本語となった「オタク」も、
何かひとつの分野について、気狂いになるほど
のめりこんだ結果、まさに生き字引になった人の
ことをさして言う言葉として使われていますね。
経営においても、
中小企業が生き残るためには、
何でもよいから、ある分野、ある商品で、
ナンバー1になりなさいといわれます。
せめて、ベスト10に入っていないと
生き残れないと言われているのです。
そんなことからも、何かこれは絶対に他人には
負けないと思えるものを持つことは、
人生を生きていく上で、
大切なことなのかもしれません。
器用貧乏といわれるように、
いろんなことが出来ても、
世の中、特になることは、あまりないなというのが
正直なところです・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 06:09| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

おまえさん、あんまりおまえさんが誰かを崇拝したら、

『おまえさん、あんまりおまえさんが誰かを崇拝したら、
 ほんとの自由はえられないんだぜ。』
      トーべ・カンソン

人生を歩むとき、
自由という言葉は、心地よいものをもっています。
自由に関する言葉も、数多く残されていますが、
そんな言葉のひとつです。
誰かを崇拝し過ぎると、
その崇拝するものによって、
崇拝する人によって、
生き方、行動、言動が、知らぬ間に制限されて
しまっている。
それは、呪縛された状態であって、
自由な状態とはいえないのではないのか。
そんな問いかけをしている言葉です。
オウム事件や、暴力団事件など、
崇拝することで、自由でなくなっている人が
人としての道を外れた行動をしてしまう
そんなことが実際にあったりします。
崇拝も、行き過ぎると、決して自由な状態とは
言えないのは確かなようです。
自由は、好き勝手してよいということでは
ありません。
自分自身に自由であるのであって、
他人に迷惑をかけたり、他人を束縛したり、
してはいけないこともあり、
義務を果たしていてこそ、権利を主張できるように
人として守るべきことをしていて、
その上で自由を考えるべきだといえるでしょう。
誰にも、誰かの命を奪う自由などないように、
ありえない自由が、あることも
忘れてはいけないことですね。
posted by 清水の伏竜. at 05:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月17日

友と敵とがなければならね。

『友と敵とがなければならね。
 友は忠言を、敵は警告を与う』
      ソクラテス

何かを成し遂げようとしたとき、
それが、革新的であったり、
新しいことであるほど、
障害は多く、困難がともなうもの
敵となって、立ちはだかるものが
あれば、その敵からは、
警告を得ることが出来る。
その警告は、進む道へのリスクを考えさせて
くれ、注意を促してくれるものであり
友からの忠言と同様に、
大切な意味をもっていることを
忘れてはいけないということ。
だから、敵を恐れるのではなく、
立ち向かっていくことが、
成し遂げるためには
必要なことになってくる。
法を遵守し、その間違いを知りつつも
死を受け入れた哲人の言葉は、
大切なものを伝えていると
言えるのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 06:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月16日

人生には解決なんてない。

『人生には解決なんてない。
 ただ、進んでいくエネルギーがあるばかりだ。
 そういうエネルギーをつくり出さなければならない。
 解決はその後でくる。』
    サン・テグジュペリ

人生は、前に進んでいくもの、
だから、進んでいくためのエネルギーが必要、
進むエネルギーが大きいほど、
目的や願い、夢に、早く近づいていくことが
できるから、
そんなエネルギーを創り出すことが、
目的のための手段として、とても大切になってくる
手段は、まさに多種多様に存在している
その中で、自分にあったものを見いだして
利用していくことが大切なこと
空に、大好きな飛行機に乗って、消えていった
サン・テグジュペリにとって、
この言葉は、どんな意味をもっていたのだろうか、
どんな気持ちで、この言葉を語ったのだろうか、
飛び立つためのエネルギーと共に
戻ってくるためのエネルギーも必要だったのに、
足りなかったのかもしれない、
戻ってこなかった彼は、そんなことを考えなかったのだろうか、
今、あなたは、どれだけのエネルギーがありますか
エネルギーを得る方法を知っていますか、
知っていたら、実践していますか、
そして、エネルギーを得ていますか、
この問いは、
まさに今の自分自身への問いでもあり、
解決すべきテーマでもあるといえるかもしれません・・・。
posted by 清水の伏竜. at 04:05| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

女性にとって満足のいくただ一つの運命は、

『女性にとって満足のいくただ一つの運命は、
 幸福な結婚である。』
       モンテルラン

さて、結婚についての言葉は、
いろいろ残されていますが、
この言葉には、現代社会の多くの女性が
反発を持つのかもしれません。
結婚しない女性や、
子供を産まない女性が
増えている日本は、
民族の滅亡へ向けて歩みを進めているとも
いえる状況であるわけですが、
でも、だからこそ、結婚が
幸せに通じるものであり、
自己成長に繋がっていくものであることが
求められているようにも感じます。
人生は、多様な側面をもっているものです。
そんななかで、満足な人生のひとつを
担うものに、幸せな結婚があるのは、
女性だけでなく、
男性にとっても言えることであるように感じます。
posted by 清水の伏竜. at 05:08| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月14日

私は今日引退しますが、わが巨人軍は永久に不滅です

『私は今日引退しますが、わが巨人軍は永久に不滅です』
               長嶋茂雄

昭和49年10月14日、後楽園球場でのジャイアンツvsドラゴンズの
試合終了後、引退セレモニーで、
ミスタージャイアンツと呼ばれた、
名選手が、引退の挨拶で、語った名台詞は、
今も、多くの野球ファンの心に残っています。
あれから、33年がたって、
監督であった長嶋氏のことも知らない子どもたちが
いる時代になってきましたが、
それでも、長嶋、王が活躍していた時代のプロ野球は、
魅せる野球として、輝いていたような気がします。
野球界も、長嶋、王のように、もっとファンを
大事にしていくような経営体質へ球団が変わっていかなければ
ならない時代を迎えているように思います。
posted by 清水の伏竜. at 21:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

求めない。

『求めない』


最近、TVのニュースでもとりあげられた
エッセイというか、詩集というか、
そんな一冊です。
ちょっとのぞいてみる機会がありました。

 求めない。

この本のなかには、この言葉をキーに、
いろんなことにたいして、求めないと
よいことが語られています。
でも、
ふっと思ったのは、

 求めない。=求めるのをあきらめた。

になっていないのだろうかということでした。
楽をしたいと誰もが思います。
でも、欲しいという気持ちも誰もがもっています。

 求めない。=逃避になっていないか。

そんな事も感じてしまいました。

 求めよう。

そう言いたくなってしまう。
そんな気持ちにもさせられる一冊のような気がします。
欲望は、すべての生き物がもっているものです。
生きているということは、
すなわち、求め続けているといっても
よいのかもしれません。
過度な欲求や、無謀な欲求、理不尽な要求など、
不条理なものは、求めることはないでしょう。
その必要もないでしょう。
しかし、
人が人として生きていく以上は、
夢や希望を求めていくことが、
とても大切なことではないでしょうか。

だから、こう言葉を残したい。

 「求めよう!
  生きていくために、
  人生を満足したものとするために、
     
  求めよう!
  夢を抱き、希望をもって
  その道が、どんな道であっても、
  求めることで、いつかゴールに
  たどり着けるのだから
     
  求めよう!
  誰もが幸せになるために、
  大切な人と幸せになるために」
posted by 清水の伏竜. at 20:46| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

急いで結婚することはない。

『急いで結婚することはない。
 結婚は果物と違って、いくら遅くとも
 季節はずれになることはない。』
       トルストイ

結婚については、
さまざまな言葉が残されています。
それだけ人にとって意味のあることだとも
いえるのでしょう。
学生の頃の占いで、早婚か晩婚といった
ものがあったのを思い出します。
学生のとき、もしかしたら付き合うことに
なったかもしれない女性と、
付き合っていたら早婚になって
今は、まったく違う生活をおくっていたかも
しれません。
ちょっとしたタイミングのずれや
すれ違いで、人生は大きく変化してしまうものです。
今や、未だにお相手のおの字もない人生を
ここまで歩んできてしまいました。
そんな婚期をのがした人にとっては
この言葉はありがたいものに
なるのかなって気がします。
人は、人との出会いによって
大きく成長する可能性をもっています。
そして、結婚や子育ては、その出会いの中でも
とても大きなものであり、深いものであり、
価値があり、意味のあるものでしょう。
なぜなら人類の歴史の継続という
大きな流れに繋がるものであるから。

しかし、最近、以前あったときに
結婚なんてしないといっていた従兄弟が
今回、叔母さんにあったら結婚したと
いわれて、ちょっと羨ましく思ったのでした。
posted by 清水の伏竜. at 05:23| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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