2007年08月31日

次の世代へと希望を繋ぐ限り

『次の世代へと希望を繋ぐ限り
 私たちもまた永遠の存在なのだと』
      ベクシル「ベクシル2077」より

現在公開中のSORI監督による
3DCGアニメで、最後にヒロインが語る
モノローグにおける印象に残る台詞です。

彼女が、この物語のなかで、なぜこの台詞を
語ることになるのか、
それは、この物語のひとつのテーマを象徴していると
いえるのかもしれません。

永遠の命を求めて、暴走した結果、
滅び行く民族の中で、
人間さしい、人間らしさの溢れた街を、
初めて目にしたヒロインは、
その体験のなかで、かけがえのないものを
得たのでした。

人類の歴史は、まだ宇宙の誕生からみれば、
ほんの一瞬です。
人の一生は、さらに儚いものです。
でも、人の心は、親から子へ、そして孫へと
伝わっていくのかもしれません。
人が、道を誤らなければ、
人の命は、継承の絆で繋がっていく
永遠の存在であるといえるでしょう。

今を生きている私たちは、
未来に向けて、何かを残していかなければ
ならないのだとも
いえるのかもしれません。
それは、ほんの些細なことであっても
かまわないでしょう。

まだ見ぬ
子供たちに向けて・・・
posted by 清水の伏竜. at 00:59| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

泣いていいのですよ

『泣いていいのですよ
 だから人は泣けるのだから』
    :
『でも、ここにいるあなたがすべでですわ』

    ラクス・クライン
       「機動戦士ガンダムSEED」より

 戦いのなか、少年にむかって少女が語る。
キラに、ラクスが、語りかけた言葉は、
戦いという哀しみのなかで、
人として、泣くことは、許されることであり、
我慢することでもない。
あなたという存在は、今、ここにいるあなたが、
すべてであり、今、ここにいて、出来ることを
すれば良いということを、
伝えようとしている。
そんなシーンでの言葉です。
 戦いは、哀しいものです。
戦いのなかで、人は傷つき苦しみ、
そして、悩み、悲しみ、空しさを感じるもの
なのかもしれません。
アニメで、戦争の描かれた作品には、
単に戦闘シーンの激しさを表現するのではなく
その場にいる人間の心のありかたを通じて、
戦争のもつ意味とは、平和とは、
そして、人間が生きるということは、
など、さまざまなメッセージが込められて
いたりもします。
何を感じ取れるのかは、
人それぞれなのかもしれません・・・。
posted by 清水の伏竜. at 10:16| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月29日

どんな種類の変更も改良も何も望まないほど

『どんな種類の変更も改良も何も望まないほど
 安全に自分の境遇に満足しきっていることは、
 おそらくただの一例もないだろう。』
       アダム・スミス

 改革、改善、変更、変化・・・
 世の中は、常に変化を望んでいるのかもしれません。
 それは、より安全で、より安心で、
 より豊かで、より幸福な日々を
 人が望んでいるからなのでしょう。
 参院選挙で、国会に変化がありました。
 そして、政府に変化がありました。
 さて、行政の変化はあるでしょうか、
 国民にとって、望まれる改革が、
 より進んでいくでしょうか、
 注目されるところですね。
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2007年08月28日

道元忌

 8月28日は、曹洞宗の開祖、道元の命日。享年53歳。
『正法眼蔵』をはじめ、禅に関わる言葉のなかには、
人生を生きるための糧となる言葉が、
数多く存在しています。
 我が家の菩提寺も、曹洞宗であることから、
和尚さんの言葉を、聞く機会もよくあります。
法話を聞いていると、なんとなく、心が落ち着いて
やすらかな気持ちになっていくような気がします。
 先人の残した言葉から、
得ることのできる知恵を、
人生の歩みのなかで、活かしていくことが出来るように
少しでも、がんばっていきたいものです。
posted by 清水の伏竜. at 02:49| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月27日

人間は、努力をする限り、迷うものだ。

『人間は、努力をする限り、迷うものだ。』
     ゲーテ「ファウスト」より

 迷い、
生きているなかで、
さまざまな、迷いが、
うまれてきます。
 努力していても、
いましていることへの迷い、
しようとしていることへの迷い、
いろんな迷いのなかで、
それでも、選択し、
進んでいくしかないのです。
 迷いのなかで、
より、良い方向に
生きていくためには、
いろんな手助けが必要なのが
人間なのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 07:31| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月26日

不幸のうちに初めて人は

『不幸のうちに初めて人は、
 自分が何者であるかを本当に知る』
      ツワイク「マリー・アントワネット」より

 不幸になってみて、
初めて、自分のことを知るというのは、
人間は、まわりのものがすべてなくなって
自分自身しか、なくなったときに、
自分自身のことを、もっともはっきりと
見つめることができるようになるし、
自分自身のことを
見つめさせられることになると
いうことでもあるように思います。

 最近、ちょっと不幸な感じなのか・・・
自分が何者なのかについて、
考えてしまうことがよくあったりします。
自分自身を見つめ直してみないと、
何か、生きていくための
糧を感じられないような気がします。
posted by 清水の伏竜. at 21:13| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない

『振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない』
           寺山修司

人生の歩みのなかで、
人は、時として、立ち止まることがある。
そんなとき、フッと、後ろを振り返り
これまでの道のりを見直してみたくなる。
でも、そこには、夢はない。
もちろん、希望もない。
後悔と、苦悩と、哀しみと、
さまざまな過去の想いがあるだけ。
だから、振り向くな。
夢をみたいなら、
希望を持ちたいなら、
前をみて、前をみて、
歩んでいかなければ、
人は、生きてはいけないものだから・・・。
posted by 清水の伏竜. at 09:15| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月24日

人生には道草ということも大事だ。

『人生には道草ということも大事だ。』
            吉岡喜一

なんとなく、ホッとする言葉です。
人生を、どう生きていくべきなのか、
考え込んでしまうことが
あるときに、
心の重荷を、
ちょっと軽くしてくれる
そんな気がします。
毎日の仕事におわれ、
ストレスに疲れ、
癒されることもなく、
次の日が訪れる繰り返し、
そんな、なかで、躓いたとき、
何をしているのだろうと
悩んでしまう。
そして、足踏みしてしまう。
でも、人生には、
のんびりすることもあって良いなら
足をとめてみることも許されるなら
ちょっと、楽になるかもしれません。
生きている。
それだけのことに、感謝しながら・・・。


           
posted by 清水の伏竜. at 06:45| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月23日

緑色の信号を見る人、それは楽観主義者、

『緑色の信号を見る人、それは楽観主義者、
 赤色の信号を見る人、それは悲観主義者、
 本当に賢い人は、色盲です』
       シュヴァイツァー

色眼鏡で、物事をみて
判断しては、いけない。
異なる考えを、みとめないことは、
賢い行為ではない。
そんなことを、伝えているのかもしれません。
ものごとには、主義主張を
こえて、協力しあっていかなければ
ならないこともあります。
それが出来ない人を、
賢い人とはいえないでしょう。
ひとつの見方だけでなく、
複数の見方で、物事をとらえて、
分析し、考えていく、
その結果を判断し、実行していく、
そんな、社会人として
当たり前のことが、
なかなか出来なかったりもします。

生きていくことは、
いろいろ大変なこともあると
いうことですね。
posted by 清水の伏竜. at 07:13| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月22日

企業に勤めると、冷や飯を食わされる時もある。

『企業に勤めると、冷や飯を食わされる時もある。
 その時にグチをこぼしたり、腐ったりして、
 仕事をろくにしない人が多い。
 成功する人とは、この冷や飯を
 上手に食べた人であるといってよい。』
          川上哲治

我慢して、耐えて、まじめに努力して、実行して
それを繰り返す。
その中で、成長し、成功する。
そんなことも、確かにあるかもしれません。
この言葉は、耐えて努力をし続ければ
やがては、芽が出るということを
伝えています。
もちろん、そんなこともある企業や、
職種もあるでしょう。
しかし、残念ながら、冷や飯を食べてしまったら
そこから這い上がるためには、
その環境から、離れない限り無理なことの方が
企業では多いのが現実です。
一度、張られたレッテルは、
同じ企業内で、はがされることはまずありません。
上が、総入れ替えでもしない限りはないでしょう。
また、冷や飯を食べる環境では、
どんなに、耐えても、新たな成果を出すことは
無理な環境であるのがあたりまえです。
個人の能力がすべてであるような職種であれば
可能性はありますが、
企業の多くは、個人の能力が高くても
権限もなく、裁量権もなく、提案もできない、
そんな環境条件では、成果を残すことなど
不可能なのですから。
よく、窓際においやられて、仕事が欲しい、
こんなことをしてみたいと言っても、
君はこれをしていればよいと言われて
聞き入れられないといった状況に
追い込まれるということがあります。
そうなったとき、それを変えるには、
環境を変えるしかありません。
残念ながら、上手に冷や飯を食べても、
もっとまずい冷や飯に変わるだけであるのが
企業の実体でしょう。
飛び出すしかない、
しかし、大きなリスクを背負うことに
なるのです。
しがらみがると、なかなか決断できないものです。
そんな状況が、うつ病を生み、
自殺へと人を追い込んでいくのでしょう。
年間、3万人の自殺者が、減らない日本・・・・。
それが何を意味しているのか、
もっと考えていかなければならないのでは
ないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 07:18| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月21日

けわしい山に登るには、

『けわしい山に登るには、
 最初からゆっくりと歩くことが必要だ。』
       シェークスピア

難しい課題、大きな夢、
難しい目標、・・・
大きな壁、けわしい山、そんな喩えが
似合うような目標や目的に
向かっていくことは、
とても大変なことであり、
急いで進むと、足を滑らせたり、
転んでしまったり、
大きな怪我をして、先に進めなく
なってしまう可能性が大きいでしょう。
じっくりと、しっかりと、
前を見据えて、着実に一歩一歩、
前進していくことが、
攻略するためには、
必要であるということでしょう。
あせりは禁物であるということですね。
posted by 清水の伏竜. at 07:21| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月20日

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに

『来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに
 やくや藻しおの身もこがれつつ』
          權中納言定家

8月20日は、定家忌。
「小倉百人一首編纂之地」と記された石碑が
京都の常寂光寺にあるそうです。
鎌倉時代の歌人で小倉百人一首を手がけた
藤原定家の命日で享年79歳。
法名明静。
定家の歌は、
 待てども来ない人を待ち続けて、
身を焦がして、切ない日々をおくっていると
いう一句です。
 なんとなく、
身にすまされるような歌であるなという
感じがします。
posted by 清水の伏竜. at 03:18| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

決定のためには、いろんな案がなくてはならない。

『決定のためには、いろんな案がなくてはならない。
 可・否の二案だけでは不足だ。
 決定しないという決定もあることを
 忘れないほうがいい。』
      ドラッカー


この言葉は、決定という判断において
何を考えるべきなのかについて
語られたもののなかのひとつです。
案があったとき、その案について
可否だけでなく、今は決定しないでおく
保留という選択もあり得るということです。
もちろん、それぞれの判断には、
理由がなければ、ならないでしょう。
漠然と判断してしまうことだけは
さけていかないと、
曖昧さだけが残ってしまい。
憂いを残すことになるでしょうから。
何かの目的を達成するための案であれば、
その目的の趣旨にあった期間内で、
最終的な決定をしなかれば、
本来の目的を達成できなくなって
しまいます。
決断の責任は、権限の所有に応じたもので
なければならないことも忘れては
いけない点です。
従って、権限を持った人には、
決定を下す責任があり、
その責任を部下や他人に負わせては
いけない訳です。
そこを理解せずに地位に胡座をかいている人が
世の中には、いたりします。
そんな人の下で、仕事をするのは
苦痛でしかないでしょう。
部下の意見を聞いて、決定したとしても
決定責任=最終責任は、権限をもった上司が
取らなければなりません。
そのために高い給与をもらっているのですから。
それが出来ないのであれば、
その地位から去るしかないでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 01:43| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月18日

五つ誉め、三つ教えて、二つ叱る。

『五つ誉め、三つ教えて、二つ叱る。』
       川島廣守

人を育てるのに必要なこと。
それは、何なのかを示した言葉は、
いくつもあります。
そんな言葉のひとつです。
教える立場、上司の立場になったとき、
どうも人は叱ることや注意することに
気を取られてしまって、
相手の気持ちを考えずに、指導してしまう事が
多いようです。
実際、誉めることが上手な人は、
少ないように感じます。
本当に人を育てようと思ったら、
誉め上手になる必要があるのだといえるでしょう。
叱ること注意することは簡単です。
簡単なことは、本当に必要なときだけに
行えばよいということですね。
誉めて、やる気を導くことが、大切だということです。
でも、なかなか出来ないものです。
だから、良い上司や、良い教師は
少ないのかもしれません。
特に、叱るとき、注意するときは、
絶対に人前で行うなともいわれます。
人前で行うことは、2重の苦痛をあいてに
与えるし、周囲にも負の影響を与えるからです。
みせしめのように感じられてしまうのは、
恐怖を産みだし、積極性を殺いでしまいます。
でも、平気で、そんなことをしている
役職者をよく見かけます。
若い人が、ついてこない理由は、
若い人にあるのではなく、
自分にあるのではないのか、
そう考えて、自分の行動を振り返ることが
上に立つものには常に求められていると
いえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 15:21| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月17日

HOPE=希望に必要なもの


『Health:健康
 Opportunity:機会
 Parents:両親
 Equality:平等』

希望を実現するのに必要なことで
希望の単語は出来ているといわれて
いるそうです。
それを示したのが、この説明とのこと。
希望を実現するために必要なもの、

健康は、やはり、何にも代え難い宝ですから。
元気がなければ、なかなか物事を行っていけません。
病気や障害は、やはり大きなハンデです。
そして、まだ社会は、ハンデに対して、
配慮が足りないという現実があります。

機会が、なければ、やはり希望は叶いません。
チャンス、機会が、訪れるかどうかは、
やはり命運をわけるものです。

両親がいなければ、希望も何も、
今の自分という存在がありません。
希望を抱けること自体が、両親がいたからなのですから。

平等、チャンスや機会もそうですが、
何かを行うとき、その行動に対して、
平等な条件が与えられることがなければ、
なかなか達成できません。
この平等は、同じことではなく、環境や立場などを
ふまえた上での平等であるべきでしょう。
しかし、性別や年齢など、実力や経験以外の要素で、
不平等な扱いが、評価でも、就職・転職・雇用・昇進でも
行われているのが、今の多くの企業です。
均等という意味での平等=差別がないこと。
そんな、状況が訪れなければ、かなわない希望も
あるのではないでしょうか。

しかし、どんな障害や、困難や、不平等があっても
希望は、持ち続けたいものです。
より前向きに生きていくためにも。
posted by 清水の伏竜. at 07:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月16日

こどもは親を鏡に育つよね。人間は地球を鏡にしていきなくちゃあ

『こどもは親を鏡に育つよね。人間は地球を鏡にしていきなくちゃあ』
           坪田愛華著「地球の秘密」より
           http://www.aikaeye.com/main.html

 地球の環境を大切に、
そんなメッセージを残した少女がいたことを
もっと、もっと、
多くの人たちに知ってもらいたい。

 少女の願いは、彼女の遺作の中に、
込められています。

 そこには、純粋に、地球のこと、
自然のこと、そして、人間のことを
思い、考えたことが、詰まっています。

 1991年に、メッセージが残されてから、
16年が経過しています。
彼女と同い年の少年や少女は、
今、27〜28歳の大人になっています。
結婚し、子供がいらっしゃる方もいるでしょう。
社会を支える若手の中心世代だともいえます。

 今、地球環境の問題が、大きく取り扱われるように
なってきました。
でも、もっと早く、少女の言葉に、耳をかたむけ、
大人が、活動していたら、
もっと、環境問題への対策は進んでいたかもしれません。
今からでも遅くはありません。

 彼女のメッセージに、多くの子供たち、
そして、大人たちが、耳を傾けて、
地球の環境を改善するために、
何ができるのか、
考えてかなければいけないでしょう。


学校教育用
ビデオ 地球の秘密・前編

学校教育用
ビデオ 地球の秘密・後編


愛華ちゃん
の地球

「愛華ちゃ
んの地球」オリジナル・サウンドトラック

愛華ちゃん
の地球


ミュージカル「あいと地球と競売人」



☆お奨め映画など☆

 
posted by 清水の伏竜. at 06:04| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

あなたが何かをなくしたのなら、

『あなたが何かをなくしたのなら、
  私も一緒に探しに行こう。
  過去にポイと捨てたものを、
  再び取り戻したいと思っているなら。
 あなたが自分を見失ってしまっていたなら、
  代わりに私が見ていてあげよう。
 あなたが私を探しているなら、
  「ここにいるよ」と笑っていよう。
 もしも、なくした物が何であるのかも忘れてしまったと
  あなたが言うなら。
 思い出すまで側にいよう。』
    今野緒雪著
    「マリア様がみてる あなたを探しに」より

 ごきげんよう。
 この挨拶でおなじみのシリーズ作品の一冊の冒頭の
 下りのなかの最後の部分で、語られている文書は、
 姉妹という関係での妹を見守る姉の心を伝えています。

 人と人との関わり合いのなかで、
 相手を見守るということが
 どんなことなのか、
 それは、この物語に限らず、
 同じようなことがいえるのではないでしょうか。
 事細かに助言などしなくても、
 側にいて暖かく見守っているだけで、
 なぜか安心させられる人。
 それが、本当に信じることの出来る人なのでは
 ないでしょうか。
 それが、親であったり兄、姉であったり
 師であったりするような気がします。
 包み込むような大きさ、
 そんな心をもっている人。
 あなたの側に、そんな人がいますか?。
 いても気づいていないだけではないでしょうか?。
 
 8月15日は、「聖母被昇天祭」ということです。
 聖母マリアが昇天した日を記念する祭りということです。
 この作品の学園も、マリア様を祭ったものであるから
 関係のある日でもあったりします。

 レディーバード(聖母マリアの虫)とよばれる虫は、
 太陽に向かって飛び立つ様子から、そう言われるように
 なったそうです。
 日本では、天道虫と呼ばれています。
 物語のなかでも、そんな話が出てくるかもしれません。
 
 レディとしての嗜みは、社会に出ても大切なもので
 あったりします。
 仕事が出来るだけでなく、女性としても、
 母としても、素晴らしい人間になってくれることが、
 教育現場での子供たちへの願いであると思います。
 だから、そんな子供たちになってくれるような
 環境と教育の場であり、学びの場であることが
 学校には望まれるのではないでしょうか。
 自主性は、子供たちのなかで育むように
 方向性をつけてあげるのが一番であるように
 感じます。この物語の中のスールーという制度は、
 そんな子供の中での学びと育ちを促すことのできる
 ものの一つであるように感じます。






☆お奨め映画など☆
posted by 清水の伏竜. at 02:21| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月14日

千の風になって


『千の風になって』


 ミリオンとなったクラシックCD。
この歌を聴いたとき、
とくに、感動も、感慨もなかったのでした。
たぶん、詩に出てくる、お墓という言葉と、
そこにはいない。そのまえでは泣かないで。
そんな願いの言葉との関連に、
違和感を感じたからかもしれません。
風になって、見守っている魂、
光になって、見守っている魂、
でも、なぜか星になってというイメージが
魂の昇華には、しっくりくるような気持ちがあるのかもしれません。
嫌いな曲ではないし、どちらかといえば好きな曲ですが、
大好きな曲というところまでいかない感じです。
 よく、心に染み込んでくるという言葉を聞きます。
でも、私の心には、なぜか哀しい空しい感じを
うけてしまって、それほど響いてこないのです。
たぶん、どこか、この詩に、ひっかかるところが
あるからなのかもしれません。
原詩を直接読んで理解できれば、
また違ったイメージを持つのかもしれません。
 今は、そんな印象を、この詩から受けるのでした。
でも、言葉はいきものですから、
また違った印象を受けるときがあるかもしれません・・・。




☆お奨め映画など☆
posted by 清水の伏竜. at 08:03| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月13日

人生は一冊の書物に似ている。

『人生は一冊の書物に似ている。
 馬鹿者たちはそれをペラペラとめくっていくが、
 賢い人間は念入りにそれを読む。
 なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが
 できないことを知っているから。』
   ジャン・パウル

 たった一度しかない人生、
一度めくったらもとにはもどれない。
そんな書物を読んでいくようであるという。
もし、そうなら、速読するのは、
人生を短く生きることになるのかも
しれません。
人生の書物のページは決まっているとしたら、
早くめくるということは、
早く最後のページにたどり着いてしまうということ
でも、早くめくっても、
内容濃く読み込めている人生であれば
良いのかもしれません。
 人生をどういきるのか、
もとに戻れない時の流れのなかで、
一瞬の今を、どう過ごすのか、
もっと大切にしていかなければ、
いけないのでしょう。
 迷い悩み、ひとりで何もできずに
すぎていく時間を呆然と見送っている、
それは、文字を読まずに、意味も読みとれずに
ページをめくっていってしまうような
ものなのかもしれません。
 残り少ないページを
大切に読んでいかなければ、
最後のページになったときに、
後悔してしまうでしょう。
そうならないように・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 21:45| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月12日

もう少し観ていたかったのかもしれんな。

『もう少し観ていたかったのかもしれんな。』
『この街の未来を。』
 「劇場版 機動警察パトレイバー2 the movie」より
  柘植の最後の台詞から

 東京。日本。・・・戦争。
ポリティカルフィクション、ドキュメンタリータッチで
アニメを描けるか。
湾岸戦争のなか、日本にとって、戦争はモニタの中の
物語でしかなかったのかもしれない。
監督の押井氏が、そんなイメージで、描いたという
代表作のなかで、最後に騒動の主犯が、
刑事の問いかけに答えた台詞には、
日本、東京を俯瞰して、その未来に、
何があるのか、何があって欲しいのか。
そんな、メッセージを感じさせられます。

 押井監督の作品は、押井ワールドといわれるように
あるメッセージ性をもったものになっています。
映画、SF、現実と虚構。

 この作品で描かれた東京の情景は、
果たして・・・。

 変化していく街、日本の未来は、どうなっていくのか
戦争と、テロの時代、日本の戦後は、
本当の意味で、終わっているのか、
それとも、別なかたちで続いているのか・・・

 戦争と平和について、葉月は、考えてみる
日本にとっては、そんな月に、戦後はなったと
いえるでしょう。


☆お奨め映画・アニメ・コミック・小説☆
posted by 清水の伏竜. at 11:25| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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