2007年07月31日

99%の努力と1%の才能

 発明王といわれるエジソンの残したという有名な言葉に、

”天才は、1%の才能と99%の努力によってつくられる”

というものがあるのは、誰もが御存知のことでしょう。

 実際の言葉のニュアンスは違っていたともいわれますが、
天才とよばれる人物には、確かに、努力の天才という面を
もっている人ばかりかもしれません。
しかし、1%の才能、これが最後のポイントになっていることも
また、間違いないようです。
この1%がないと、天才まではいけなくて、秀才で終わりです。

 あなたには、1%の才能がありますか?
もし、あったなら、99%の努力をすれば、天才になれるのです。
でも、努力をしなかったら、才能をもった凡才になってしまいます。

 1877年7月31日、エジソンが、フォノグラフの特許を取得しました。
蓄音機の誕生です。そこで、7月31日は、蓄音機の日だそうです。
時代は、それから130年。今、音楽は、CDか、ネット配信で、
ICレコーダーか、CDプレイヤーで聞く時代になっています。
でも、そんないまでも、アナログのレコードで、
レコードプレイヤーをつかって音楽を聴く楽しみは
残っています。最近は、レーザーで溝をよむプレイヤーもあり
レコード盤を削らずに、音を再生できるようになっていますね。
 昨日、7月30日は、アマチュア無線の日でした。
無線の技術も、電信から始まり、今は、携帯電話ですからね。
この間には、数多くの発明と、技術革新があったわけです。
そして、更に、イノベーションの波は、
続いていきそうです。
 どんな世界が、人類の未来には、まっているのか、
それは、今の人類が、どう生きるのかに、
かかっているともいえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 02:39| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月30日

仕事に楽しみがあれば極楽だが、

『仕事に楽しみがあれば極楽だが、
 仕事が義務になれば地獄だ。』
   ゴーリキー

 あなたにとって、仕事とは何ですか?

こんな質問をすることがよくあります。

勤務先で聞かれることもあるのではないでしょうか。

その答えは、人それぞれなのかもしれませんね。

 仕事は、人生そのものです。

 仕事は、趣味です。

 仕事は、生活費を得るためのものです。

 仕事は、楽しみです。

 仕事は、義務です。

 仕事は、生きるための糧です。

 仕事は、生活の一部です。

 仕事は、何なのかわかりません。

いろんな答えがあるのではないでしょうか。

仕事が、自分にとって、何なのか、
それによって、人生は、楽しいものになるのか、
それとも苦しいものになり、地獄となるのか、
確かに、生きるなかで、仕事は、とても、影響があるものです。
そして、人生のなかの多くの時間を、
仕事の時間として、生きていくのも事実なのです。
であるからこそ、仕事が、人生を彩るものとして、
大切な位置付けにあるといえるでしょう。
そんな仕事であるからこそ、
自分の人生にとって、意味のあるものであって欲しいし、
前向きに、どんな内容であっても、よき経験として
楽しめるものであって欲しいと
だれもが、想っているのではないでしょうか。

仕事に対して、
 やりたいものであるのか、
 やならければならないものであるのか、
この差は、大きいです。
やりたいものであるのが、やはり一番良いことであり、
成功するためには、絶対に必要なことであるといえるでしょう。
もし、仕事が、やらなければならないものであったら、
その仕事で、失敗することはなくても、
成功することはないでしょう。
まだ、日本は、仕事を選べる社会にはなっていません。
就職先を選べるのは、ほんの一握りの人だけですし、
転職も、年齢差別、男女差別などがあって、
難しいのが実態です。
新卒のときだけが、ある意味で、選べるチャンスがあると
いえるでしょう。
それだけに、学生時代に、仕事と人生と自分の夢について
よく考えることが、大切であるといえるでしょう。
平等なチャンスは、まだ日本にはありません。
だからこそ、得られたチャンスは逃さないように、
そのための準備をしておかないといけないということになります。

いつの日にか、仕事が、やりたいものになり、
生き甲斐となれる日が、訪れることを、願って・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:35| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私の人生は、一度もリハーサルのチャンスを

『私の人生は、一度もリハーサルのチャンスを
 もらえなかった公演のようなものです。』
    アシュレイ・ブリリアント

 人生は、たった一度しかないもの。
そして、人生は、常に本番しかない。

 リハーサルが出来れば、
もっとうまく生きることが
できるかもしれませんね。

 仕事に疲れてしまったとき、
リフレッシュできるものがないと、
疲労はたまっていくだけです。

 今、リフレッシュできる環境が、
正直にいってないです。
しかも、仕事では、何の報酬も感じられない
とにかく顧客にだけは、
迷惑をかけないようにするということで
気を使って、実行しているだけ。
で、その結果は、何の評価もされない。
報酬面でも、仕事面でも、
仕事で成果を出せば出すほど、
評価が下がるという状況で、仕事をしていると
かなり苦痛です。
この場合の成果は、顧客満足の向上と
成果物としてのアウトプットですが、
 社内での評価は、客先とは月額固定の派遣契約的な
感じになっているために、内容が良くても、
作業時間が増えても、売上には貢献できなくて、
かえって、加工費レートが請負のメンバと同じ事も
あり、仕事するほど、回収率は下がる=評価下がる。
しかも、社内の事務処理対応も作業にはあり、
そのための時間は、客先ではとれないので、
サービス残業でカバーするしかない。
では、仕事の成果が、仕事でかえってくるのか
といえば、そうでもない。
この環境は、ある意味で虐めかもしれませんが、
生活費を得るため=生きるためには、
当面は、我慢するしかないのです。
 社会での上司からのプレッシャーは、
今の仕事以上に、仕事をしろということや、
その上に新人を使えるようにしろということもあり、
では、何かフォローアップあるのかといえば
まったくなしですから。
でも、まあ、何事も前向きに、
会社での雑音を出来るだけ気にしないように、
無視できるような気分を、なんとかもっていかないと
またストレスで倒れる結果になってしまいそうです。
ただ、ここ10年給料はあがることなく、
資格手当廃止、住宅手当廃止、
私には無縁の家族手当廃止、
残業の規制(残業を届けることを規制=サービス残業増加)、
評価制度は成果主義=売上と利益で評価(派遣であっても、
請負と同じ基準で評価される)、
届け出制のフレックス制度では、届け出理由で
許可されないことが多くなり、実質誰も使わなくなってしまい、
一般職の役職廃止で、役職手当も廃止。
基幹職のポストは増えることがないが、基幹職と一般職の
給与格差は増大。そんな感じになってしまって、
このままでは、若手の優秀な人材が流出していくのでは
といった危惧を感じてしまうのですが、
まあ、給与は実態として35歳ピーク(一般職)という
配分になって、完全に年功序列はなくなってます。
でも、要求されるスキルや能力には、年齢評価が付随している
矛盾が生じていたりします。
これは、今の日本の多くの成果主義導入企業が抱えている
問題なのかなと感じます。
参議院選挙の結果のニュースをみていて、
何となく、仕事のストレスから、疲れが抜けない状況で
取りとめもなく綴ってしまいましたが、
今の逆境に、文句を言っても、何の益もないことは
間違いのない事実です。(でも言いたくなるのも人情ですよね)
とにかく、負を正へと転換していくために、
気持ちの持ち方、物事の考え方を、前向きに前向きに、
試練も、自分の成長のためにあると、プラスに捉えていく
そんな努力をしていくことが、大切なのだといえるでしょう。

何と言っても、人生は、誰のものでもなく、
自分のものなのです。
そして、人生は、一度だけしかないのです。
なら、楽しむ方が、よいに決まっています。
そのために、何をすべきなのか、
最近話題の”鈍感力”って、本当に大切だなって
感じます。特に、自分には無いものだけに・・・。
posted by 清水の伏竜. at 07:12| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月29日

自分を信じることから道はひらける。

『自分を信じることから道はひらける。
 ことの良し悪しは全てが終わってみなければわからないさ』
      ソルジャー・ブルー
  アニメ「地球へ・・・」第17話「永遠と陽炎と」より

 地球のことを、テラと言う。
それを知ったのが、竹宮恵子さんの名作「地球へ・・・」との
出会いでした。
随分と昔のお話です。
でも、今、この作品が、TVアニメシリーズとなり、
再び注目を浴びたとき、
その内容が、まったく古さを感じないものであることに
感動しました。

 物語の主人公を導く、ソルジャー・ブルーの死、
ブルーが、残した言葉は、人生を生きていくなかで、
誰にでも、当てはまるそんな言葉です。

 何かをなすためには、まず自分を信じること、
それがなければ何も始まらない、
まさしく、その通りなのです。
そして、それと同じ言葉を、多くの成功者が語っています。

 ナスカの崩壊にあたってのシーンは、
原作とちょっと違った表現にアニメではなっていますが、
原作のイメージを損なうことなく、
今の時代に向かってのメッセージも込められたものに
仕上がっていたと思います。

ソルジャー・ブルーの姿に、重ねて
綴られた言葉は、
『宇宙深く
 眠れる獅子
 永遠の時のかなたに目覚め
 目覚め
 百億の光を越えて
 地球へ来たらむ』
でした。
ソルジャー・ブルーからソルジャー・シンへ
託されたものは、大きく重いもの、
しかし、リーダーとなるもの、トップに立つものには
責任という重荷は、宿命のようなもの。
それを自分の義務として感じるのではなく
自分の希望と夢への歩みと感じることが出来るとき
より大きな力を発揮できるのかもしれません。

アニメは、原作の物語を、より詳しく伝えるように
そんな制作者の想いがのせられて出来あがっています。
地球への物語の終わりに向けて、
どんな感じで、物語が表現されていくのか、
楽しみな作品となっています。




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posted by 清水の伏竜. at 08:29| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いやしくも「生」をこの世にうけた以上、

『いやしくも「生」をこの世にうけた以上、
 それぞれの分に応じて、
 一つの「心願」を抱き、
 それを最後のひと呼吸まで貫かねばならぬ。』
       森信三

 あなたの”心願”は、何ですか?

そんな質問を受けたとき、

あなたは、答えることができますか?

もし、出来るのなら、あなたは幸せな人生を歩んでいるのだと
いえるでしょう。

もし、出来なくても、これから、あなたの”心願”を
持つ事が出来るという楽しみがあるのだと
いえるでしょう。

どちらにしても、”心願”を持って生きることが、
人生を、より活きたものにしてくれることは
間違いなさそうです。

では、どうすれば”心願”をもてるのか、
それは、年齢によって、異なってくるのだと思います。
10代以前であれば、将来なりたい自分の姿を
思い浮かべればよいでしょう。
20代であれば、これからしてみたいこと、
それをしている自分を思い浮かべればよいでしょう。
30代であれば、これまでの自分の歩みと、その中で
自分が願っていたことを思い返してみればよいでしょう。
それより上の人であれば、自分の歩みを降りかえって
自分のスキルを棚卸してみて、そこから、
自分のこれからを、自分の夢と希望と合わせながら
考えてみればよいでしょう。

いつからでも、人生は、はじめられる。
そう思っていれば、人は、ちょっと前進できるのだと思います。

あなたは、”心願”をもっていますか?

私は、今、この問いかけに答えられるものがありません。
でも、答えられるようになりたいと思っています。
まだ、この問いに答えられない皆さん、
あきらめずに、考えていこうではないですか、
自分の”心願”を求めて!。







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2007年07月28日

真実は常にひとつ

『真実は常にひとつ』
    江戸川コナン「名探偵コナン」より

 アニメ「名探偵コナン」における
江戸川コナンのキメ台詞のひとつが、

 ”真実は常にひとつ”

ですね。
探偵が、事件を推理するとき、犯人の存在を考えていく
過程のなかで、その回答は、最終的にはひとつに
行きつくといったことを、ストレートに表現した言葉です。
数々の謎が、この世には存在しています。
その謎を解明しようとおもったとき、
そのおもいのなかには、この言葉の示すとおり
真実への追求と好奇心が存在しているものです。
それは、真理への探求心でもあるでしょう。

ただ、世の中の社会構造は複雑で、
社会生活と人間関係のなかでは、
必ずしも、真実はひとつとは、いかないようですね。
妥協という言葉を感受しなければならない
そんな場面も数多く存在していることも
間違いないといえるでしょう。
難しいものですね。




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2007年07月27日

「よし、朝だ!」というのも、

『「よし、朝だ!」というのも、
 「あーあ、朝か」というのも、
 あなたの考え方次第だ。』
   ウエイン・W・ダイアー

 夜眠れなくて、朝を迎えたとき、
やはり、よし、という感じにはなりにくいものです。
それでも、よし、という気持ちになれるとしたら
それは、誰かが側にいてくれるときなのかも
しれません。
また、希望に胸を躍らせているときかもしれません。
人の気落ちは、移ろいやすいものです。
朝、最初の気持ちは、その日一日を支配して
しまうかもしれません。
 だから、出来れば、朝は、気持ちよく
目覚めたいものです。
気持ち悪くても、気持ちよく、
だから、悪いニュースも、悪い占いも
耳にしたくない、目にしたくない、
そんな気分になるのではないでしょうか。
 さて、明日の朝は、どんな気持ちで、目覚めるのか、
仕事にいく道の途中に、何かよいことが・・・
あるはずもないか・・・
ちょっと弱気の今日この頃であったりします。
ひとり暮らしの狭い部屋、
さみしい日々が、そんな気持ちにしてしまうのかも
しれません。

 あなたは、今、幸せですか?
あなたは、朝、良い目覚めを迎えられますか?
posted by 清水の伏竜. at 03:54| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月26日

富者の快楽は貧者の涙によってもたらされる。

『富者の快楽は貧者の涙によってもたらされる。』
         フラー

 格差社会という言葉が、世の中で多く聞かれるように
なりました。富めるものと、貧しきもの。
その差が、広がっていっている。
格差は、なぜ発生するのか、
その事について、語られた言葉の中のひとつです。
 格差社会は、本質は貧富の差社会であると
いえるでしょう。
チャンスの差、機会の差、労働対価の差、
どれも、貧富の差につながっていくということです。
そして、富みは、限られた総量しかないのですから、
富みの分配の傾きによって、富者と貧者が生まれる。
それが、貨幣経済社会の宿命でしょう。
いつか、貨幣経済が終焉を迎えて、新たな価値の評価による
経済社会が出来上がったときには、
全く別なものになっているかもしれません。
 貨幣は、信用によってなりたっています。
貨幣そのものには、物として価値があるのは、
金貨、銀貨、銅貨といった鉱物貨幣が、その鉱物の価値を
もっているに過ぎません。
もともと、物物交換を、より簡単にするためであり、
造ったものを、別のかたちで蓄えるといった意味を
もったものでしかないのですから。
 でも、今の時代、貨幣だけのやり取りで、富みを産む
不思議なことが、行なわれる時代になってしまいました。
何も産み出さずに、貨幣のやりとりだけで、富めるものが
出てくるということは、多くの貧しいものの犠牲の上に
成り立っているともいえなくもありません。
 その矛盾のなかで、社会経済が、どんな方向に
進んでいくのか、人類は、本当に全てに幸福を得る時代を
迎えることが出来るのか、
その結論が出きるのは、はるか未来のことになるのでしょう。




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2007年07月25日

飛躍的に金持ちになった人が、

『飛躍的に金持ちになった人が、
 善良なる人間であったためしがない。』
        シルス

 お金持ち、誰もが、なんだかんだいっても
憧れている存在ですね。
 でも、お金持ちが、どんな人間なのかは、
また別な事ということです。
ちょっと、お金持ちを否定的に語った言葉も
いくつも残されています。
そのなかのひとつの言葉です。
 ライブドア、村上ファンド、
時代を騒がせたお金持ちが、懲役実刑の判決を
受けました。まだ結論は出ていませんが、
お金持ちになる過程で、何でもありが
通用するのか否かといったことが
問われているのかもしれません。
 ただ、はっきりいえることは、
お金持ち=幸福とは限らないということ
でしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 04:55| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月24日

弱いのは決して恥ではない。

『弱いのは決して恥ではない。
 おの弱さに徹しえないのが恥だ。』
      島崎藤村

 弱さ。人の弱さ。弱い心。
自分が、弱いと感じることがない人は
幸せな人だといえるのかもしれません。
自身に自信があり、揺らぐことがない。
また、ちょっと揺らいだとしても
すぐに立ち直ることができる。
そんな人が、確かにいます。
そんな、弱くない人たちの前にでると
そのオーラに圧倒されてしまいます。
彼らにとって、弱いなんて考えられないもの
弱いというのは自分がそう思っているからに
過ぎないのであって、本当はそうではないと

 でも、弱い人には、どうしても
そうは思えないときがあるものです。

 人の弱さが、あることが、
年間3万人をこえる自殺者がいるという数字が
語っているのではないでしょうか。

 では、弱い人は、その弱さに
どう立ち向かっていけばよいのか、
そのひとつの回答が、この言葉なのかも
しれません。

 弱いことは、恥ではない。
弱いからダメでもない。
弱いことを認めて、その上で、
出来る事から、少しづつ行なっていくのも
また人生のあゆみかた。
スピードだけが人生ではない。
ゆっくりとした人生も、また人生であり、
価値あるものであるということ。

 無知であることを知ることから
はじまるのと、同様に、弱さを知ることから
はじめるのもありなのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 03:21| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

劇画の日

「劇画の日」

  1964年7月24日
青林堂より、劇画雑誌『ガロ』が創刊。
代表作は、 白土三平著『カムイ伝』。
この雑誌が、劇画というマンガの路線を
確立する源泉となっていったことから、
その創刊日を、劇画の日としたそうです。

 「ガロ」と「COM」。
この2つの雑誌は、マンガの歴史を語るにあたって
欠かせないものといえるでしょう。

 マンガなんか読んで・・・
という人もいますが、マンガは日本の文化に
なっていると思います。
また、そこから何か感じるものがあったり、
人生を変える出会いも、小説などと同じく
あったりするものです。

 価値観の多様性を、受け入れられるか
どうか、それは、その人の世界観の大きさに
関連しているような気もします。
posted by 清水の伏竜. at 03:00| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月23日

文月のふみの日

「ふみの日」

 7月は、文月。
毎月23日は、ふみの日。
1979年より、「文月のふみの日」として、
行政がイベントを行なうようになったそうです。
郵政民営化の進むなかで、
ふみの日のイベントも、民間色が出てくるように
なっていくのかもしれません。
 24節気の大暑でもあり、暑中見舞い用の
かもめーるはがきも発売中です。
立秋までの挨拶は、

 ”暑中お見舞い申し上げます”

ですね。
夏バテ、熱中症に注意して、
元気で、生活していければよいですね。
posted by 清水の伏竜. at 03:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月22日

恋する男にとっては、

『恋する男にとっては、
 相手がどんな身なりをしていても、
 そんなことはどうでもいい、
 相手もかれのことを
 考えていることがわかればいいのだ。』
     ルソー

 奥手の男性にとっては、
この言葉は、まさに真実をついているのかも
しれません。
好きになった相手が、自分のことをどう思っているのか
それが知りたいのだけれど、わからない。
それで、一歩踏み出して、自分が傷ついてしまうことを
恐れてしまって、アプローチできない。
 多くの男性にとって、女性は眩しい存在なのでは
ないでしょうか。
だから、恋した相手の気持ち、考えていることが
わかれば、他のことなの気にならない。
そんな、気分になるのだと思います。
 最近の女性は、男性と2人で、食事にいったり、
映画をみたりしていても、付き合っていることには
ならないと思っている人が多いそうですね。
恋人ではなく、友人でしかないということのようです。
正式に言葉で、付き合っていることの確認が
必要だということのようです。
そんなところでも、男女の溝ってあるのだなって
思ったりします。
やはり、違う生態系をもった生き物ではあるのですね。
 男女平等という言葉は、一部の環境などに
関しては可能であっても、絶対に不可能である部分も
存在していて、それは永遠に平等にはなり得ないという
事実もしっかりと認識していないと、
勘違いや、思わぬ行き違いが、おこってしまうのかも
しれません。
 精神的には、やはり女性の方が、男性よりも
タフに出来ているという気がします。
posted by 清水の伏竜. at 05:43| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

雑誌月間

「雑誌月間」

 7月21日〜8月20日
1976年から、雑誌月間として、
雑誌を読もうという運動を
社団法人読書推進運動協議会が
実施しているそうです。
 メディアの多様化の時代のなかで
雑誌の購読数も減少傾向にあるようですね。
 そんな中でも、ミニコミ誌や無料誌など
広告ビジネスモデルで、配布されている
小規模の冊子が、多数増えてきている感じも
あったりします。

 雑誌も、多種多様になっています。
週刊誌、月刊誌、季刊誌、不定期発行誌、
そのサイズや厚さも様々ですし
価格も、数千円から0円まで、
老人向け、子供向け、OL向け、主婦向け、
学生向け、社長向け、サラリーマン向け、
数え切れない種類の雑誌が
店頭を飾っていますね。

 皆さんは、何冊くらい読んでいらっしゃるでしょう。

 多くの雑誌が創刊されるなかで、
多くの雑誌が、休刊、廃刊になっていきました。
そんな中で、長い歴史をもっている雑誌も
数多く存在しています。

 そんな中で、
サッカー関連でいえば、
サッカーマガジン、サッカーダイジェスト、
そして、サッカー批評。
でしょうか。

 週刊少年マンガ雑誌は、
少年サンデー、少年マガジンが最古参で、
続いて、チャンピオン、キング、ジャンプと
一時期は、5大誌でしたね。

 少女漫画誌は、週刊少年漫画雑誌よりも
創刊は古く、りぼん、なかよし、の2大最古参が
今も健在ですね。

 アニメ雑誌は、一時期沢山刊行されましたが
今は、やはり、アニメディア、アニメージュ、ニュータイプの
3誌が、歴史を刻んできたといった感じでしょうか。

 サイエンス、ニュートン、といった科学雑誌から、
ムー、ぱふ、といった嗜好の強い雑誌。
もちろん、文芸春秋などの老舗文芸誌もあり、
婦人誌系、芸能誌系、写真誌系のタブロイド色の濃い雑誌もあり、
 映画雑誌では、やはり、
キネマ旬報、ロードショー、スクリーン、といった感じかな。

小学校に入ったら小学1年生〜小学六年生。
テレビランド、冒険王、学習と科学。
中学では、中学時代か中学コース、それに、小説ジュニア。
花とゆめ、少女マーガレット、少女フレンド、
少女コミック。少年ビックコミック。
平凡、明星。などなど。

 SFマガジン、ミステリーマガジン、
ドラゴンマガジン、など。

 最近、私と同じ年月を経過した
雑誌「少年」の復刻版なども出たりしました。

 そして、同人誌といえば、宇宙塵 でしょうか。

時代の流れのなかで、いろんな雑誌が出版されて
きました、そしてこれからもそれは続いていくでしょう。
どんなかたちになったとしても・・・。

 読書の楽しみは、かわりませんから。
posted by 清水の伏竜. at 09:17| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月20日

この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である

『この一歩は小さいが、人類にとっては偉大な一歩である』
     アームスロトング

 人類が、初めて、地球以外の星に
降り立った日、1969年7月20日、
その記念すべき一歩とともに、
語らえた言葉です。
 アポロ計画で、人類は、月に足跡を残しました。
しかし、その後は、月に降り立つことなく
今に至っています。
 地球の環境問題を、真剣に考えるには
地球がいかに美しく貴重な星であることを
自分の目でみるのが一番なのかもしれません。
その意味では、再び、人類が、月に降り立ち
月面基地を建設して、太陽系の中を
活動と生活の空間として、
はばたいていける日がくることを
願ってやみません。
 国際宇宙ステーションが、完成して、
運用が安定化すれば、そこを拠点にして、
月面へと向かうことも可能になるでしょう。
 人類は、地球のなかで生きていくだけでは
収まらない生き物だと思います。
月そして火星へと、その活動範囲を広げていくことに
世界の軍事費の全てを注いでくれたら
良いのになって思います。
posted by 清水の伏竜. at 03:56| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

結局のところ、最悪の不幸など決して起こらない。

『結局のところ、最悪の不幸など決して起こらない。
 たいていの場合、不幸を予期するから、
 悲惨な目にあうのだ。』
    バルザック

 不幸は、不幸になると思うから
やってくるということですね。
だから、不幸なことは、考えない方が
良いという事です。
占いなどでも、不運なものは忘れて、
幸運や幸福なものだけを覚えておいた方が
良いということですね。
不幸や不運を予期したり、予想するから、
そうなってしまう可能性を高めてしまう。
そんな事が、心理的にあるのかもしれません。
だから、いつも心の中は、幸福を予感し、
幸福を予期していることが大切なのでしょう。
そして、訪れる幸福のために
努力し、頑張っていきていく、
そう前向きに考えていくことが、
いろんな事を、よい方向へと
もっていくために大切なのだということですね。
 暗くなって、落ち込むときに、
叱られて失敗して、落ち込んだときに、
気分を明るく、希望をもった方向に
もっていくために、何をすべきなのか、
何をしたら気分転換できるのか、
その方法を持っていることが、
よい生活をしていく秘訣なのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 03:02| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

直きを友とし、諒を友とし、・・・

『直きを友とし、諒を友とし、
 多聞を友とするは、有益なり。』
       孔子「論語」より

 正直に生き、誠実に生き、
見聞を豊かにすることが、
人生にとって、良いことになる。

 そんな生き方をして生きたいと
思います。
 なかなか、世間の荒波の中では
難しいこともあるかと思いますが、
気持ちだけは、いつも正直であり
誠実でありたいし、
いろんなことを見聞して、
知っていきたいです。

 よく、目的のためには、手段を選んでなんか
いたら、達成できないといわれます。
でも、自分の心にやましさや、負の感情を
抱くような手段で、目的に達しても、
そこに、満足感が得られるとは思えません。
もちろん、それで満足と思う人もいるでしょうが、
私には、それは出来そうもありません。
だから、いつも貧乏なのかもしれませんけど・・・。
posted by 清水の伏竜. at 02:33| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

光化学スモッグ

「光化学スモッグ」

 環境問題が、話題になるなか、
公害問題も、日本において、いろんな変遷を経てきています。
最近は、あまり耳にしなくなった
 ”光化学スモッグ”
1970年7月18日に、日本で最初の被害が発生したことから
7月18日は、「光化学スモッグの日」ということだそうです。
東京都杉並区で、体育の授業中に高校生が40数名、
目の痛みや頭痛などをうったえて倒れて、病院に運ばれたのが
始まりで、以後、数多くの被害を出していくことになり、
社会問題となっていったわけです。
 そこで、工場の排ガス、自動車の排ガスなどに規制が
かけられるようになっていったというわけですが、
まだまだ、日本でも環境汚染の問題は、残っていますし
解決されていない問題もあります。
しかし、あまりスポットがあたることがなくなってきています。
ひとつにはメディアが取り上げないということもありますね。
 さて、クリーンなエネルギーとして、
やはり日本は水素立国を目指すしかないような感じです。
政府も、規制や助成により、その方向に舵をとっていくよう
英断を下して欲しいという気がします。

 考えてみれば、子供のころ、米国の政策で、
パン食を強要されて、日本人の体質に合わない油漬けの
食生活にならされてしまった上に、
公害にされされてきた私たちの世代は、
きっと長生きできないだろうなって感じたりします。
日本の人口構成も、全体的に人口が少なくなるというだけで
逆ピラミッドにはならないかもしれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 19:10| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月17日

言葉は刃物、使い方をあやまると

『言葉は刃物、使い方をあやまると
 たちの悪い凶器に変化する』
    アニメ「名探偵コナン 海の日スペシャル」より

 言葉、何気ない一言が、
相手の心を深く傷つけてしまうこともあるものです。
その事を、コナンの物語のなかで、事件に絡めて
語っています。
探偵が、言葉を扱い犯人を突き止めるということも
あってですが、
実際の世の中でも、よくあることです。
とくに、パワハラやセクハラといったハラスメントや
いじめにおいて、言葉の凶器は使われていますね。
パワハラやセクハラでは、凶器を使っている本人が
それを意識できていないというケースがあるため厄介です。
自分では、そんなつもりはないと思っているのです。
まあ相手を思いやる心が不足しているということなのでしょう。
しかし、パワハラも、セクハラも
なかなかなくなりません。
もっと、そのあたりの教育を管理職に行なうことが
経営者に求められているのだと思います。
人材派遣業者なども、搾取するだけでなく
しっかりと教育するような社会への責任を果たせる会社が
増えていって欲しいですね。
最近の事件のニュースなどをみていると
そんな気持ちになってしまいます。
言葉は、相手の気持ちを、盛り上げてくれることもあり
元気付けることも、慰めることもできます。
しかし、傷つけ、絶望させ、追い込むことも
できるのです。
そして、その言葉は、聞く人によって、どんな効果を
与えるのか異なってきます。
その事もしっかりと理解しておかないと
人の上に立つべきではないと思うのですが、
世の中は、そうはなっていないのが現実です。
言葉の凶器に対して、どうやって防御していくのか
考えていかないといけない社会になっているのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 00:21| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月16日

海が好き

「海が好き」
   高橋留美子著「うる星やつら」より

 海の日(第三月曜日)。海の月間(文月)です。
さて、海の台詞で、あまりのも有名なのが、
高橋留美子さんの名作「うる星やつら」のなかの
浜茶屋の親子の叫ぶ「海が好き〜」というのが
思い浮かびます。
 ちょいど、海の日ですし、
海と日本、海と地球、海と人類について
考えてみるのにもよい機会であると思います。

 海の恩恵に感謝する日

海は、母なる海というように、
地球の命の源泉です。
海洋資源は、人が生きて行く糧でもあったりします。
人しか天敵のいない生き物を狩るのは、
人の役目であるともいえるかもしれません。
自然の循環を維持していくためには、
バランスが大切です。
保護して増やしすぎてもダメだし、
乱獲して減らしすぎてもダメなのですから。
バランスよく狩りをして、人のために役立てる
そして、その恵みに感謝をすることこそが
人の役割であるように思います。
日本人の体は、米の主食、味噌や漬物などの食べ物
季節の植物、果実、そして、魚や鯨といった海の幸を
食べてつくられてきました。
だから、それ以外の食事は、体には合わないように
なっているのです。それは、数百年の単位でつくられてきたもので
戦後のたった60年では、変わるはずもないことなのです。
健康で、ダイエットするなら和食中心にバランスをとって
食事をして、運動することが、
一番よいということが、医学的にもはっきりとしてきました。
海の幸について、考えてみること、
感謝して、いただくこと。
そんな、生活と海との関係を、考えてみてもよい気がします。
posted by 清水の伏竜. at 19:17| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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