2007年06月30日

あの子はあなたの天使なんだから!

『あの子はあなたの天使なんだから!』
       三善征子
      二ノ宮知子著「のだめカンタービレ」より

 アニメ「のだめカンタービレ」が最終回となりました。
日本編の最後の方のちょっとまで描いての終了です。
コミックも18巻が発売されて、Kissの連載も
まだまだこれから盛り上がっていくのかなといった
感じですので、ぜひ、続編の登場に期待したいところです。
 クラシック音楽の世界が、注目されるのは
個人的にも嬉しい限りです。
ドラマの方も、なかなかの出来映えでしたが、
アニメの方もよい出来映えの作品でした。
やはり、原作であるコミックの魅力が大きいのだと思います。
 天才少女と、努力の少年が、それぞれの過去に
哀しい経験をもって成長し、大学生となって、出会う。
出会いはまさに不思議な縁ですね。
 2人の主人公の恋と成長を描いた作品でも
あったりします。
欧州編では、フランス語のマスターにおいても
のだめの天才ぶり?が発揮されていましたが、
オタクは、世界の言葉として、しかも尊敬される感じで認知されて
いたりしますからね。
さて、欧州編では、のだめもサロンコンサートデビューして
千秋も指揮者として、前進していきます。
今回の台詞は、千秋が、のだめと離れて暮らすことにした
引越しのときに、千秋にいった母の言葉。
子供のことは、やはり母は鋭く感じとっているといった
ところでしょう。
 この作品は、子供のころに体験したことが
いかに子供の成長に影響を与えるのかを示していたりもします。
また、それを乗り越えるために、
やはり、ひとりでは難しいということも伝えてくれている気がします。
のだめと千秋のこれからに注目ですし、
のだめがコンクールにでるのかも注目であったりしますが、
さて、これからどうなるのか・・・。

ちなみに、噂では、
のだめの欧州編のTVドラマの企画も進行中のようです。

posted by 清水の伏竜. at 23:53| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どんなふうに生きれば・・・

『どんなふうにいきれば・・・』
 アニメ「おおきく振りかぶって」
 エンディング主題歌
      「メダカが見た虹」高田梢枝

 コミック原作は、8巻まで進み、1年生チームの
夏はまだまだ熱いです。
アニメは、まだ大会まえ、
この作品は、高校野球漫画のなかでは、
青春少年物路線をまっしぐらといった感じで
好感がもてる作品です。
 さて、アニメの主題歌が、タイアップに利用されるように
なって随分と時間がたちました。
なかには、なんで???という曲の場合もありますが
映像でなんとか凌いでいるといった感じだったりします。
そんななかで、このエンディグ曲は、
この作品のもっている雰囲気をとってもよく表現していて
なお、聞いていてとても、清々しく、
詩も心に響いてきます。
 生きていくこと、幸せ、いろんな想いを
考えさせられます。

posted by 清水の伏竜. at 14:33| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月29日

石見銀山

「石見銀山」

島根県に残る石見銀山が
世界遺産に認定されました。

自然と調和した銀山であること。
銀山の跡がきちんと残されていること。
歴史的も記録に残っている銀山であること。
そんなことから、認定となったようですね。

自然との調和。
これは、日本人が、昔から行なってきていたことです。
日本の文化や伝統、慣習の多くは
自然との調和、共存という生活のなかで
生まれてきたものが多いと思います。
今、環境問題が、世界的にも重要になってきているとき
日本は、昔、自然と調和し共存していたことを
思い出して、良い慣習や伝統を
しっかりと引き継いでいくことが
大切なのではないのかなと感じます。

世界遺産は、管理して状態を維持していくという
必要が生じます。
これは、簡単のようで、大変な作業です。
自然と調和した銀山の状態を、
変わらぬように管理していきながら、
観光としての地元の産業の活性化にも
役立てていくというためには、
多くの地域の人々の協力と努力とが
必要とされるでしょう。
よい世界遺産として、残っていくことを
願っています。
posted by 清水の伏竜. at 08:06| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月28日

ワークライフバランス

「ワークライフバランス」

最近、よく耳にするようになった言葉の
ひとつに

 ワークライフバランス

があります。
内容は、仕事の家庭・個人の生活の
バランスをとって、
より充実した生活を送って行くために
仕事の量と環境を整備することで
バランスを保とうという感じでしょうか。
このような言葉が、
出てくるようになったということは
今の社会、企業において、
生活のバランスが崩れているということを
意味しているのだともいえるでしょう。
少子化や晩婚化などの要因とも
なっているといえるでしょうし、
離職率の増加、
心の病の増加、
労災の増加、
過労によるダウン、自殺の増加なども
まさに、バランスの崩れた生活に
要因のひとつがあるといえるでしょう。
そして、そのバランスを崩しているのは
企業における仕事のあり方であり
仕事の環境にあるといえるようです。
人の集まる会社の条件に、
ワークライフバランスがとれるか否かが
追加されたということでも
あるといえるでしょう。
企業内におけるワークライフバランスの改善は
トップダウンでなければ実現不可能です。
ますます、経営陣や管理職への責任は
重要になってきているといえるでしょう。
でも、それにみあう対価は得ているのですから
当たり前であるともいえるかもしれません。
これまで、得ている対価に見合った責任を
はたしてきていなかったとも
いえるのかもしれませんね。
もちろん、そうでない人もいますし、
しっかりワークライフバランスが
とれる会社もあります。
ただ、この言葉が表に出てくるということは
出来ていない方が多いということで
あるのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:53| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月27日

明日、何をなすべきかわからぬ人は不幸である。

『明日、何をなすべきかわからぬ人は不幸である。』
           ゴーリキー

 何をすべきか、
それに迷いをもっていることは
確かに幸福な状態とはいえないでしょう。
その意味で、不幸であると
いえるかもしれません。
この言葉は、ある意味で、
幸福であることについて、
未来への一歩を歩むことが出来ているか
出来ていないかといった、
日々の生き方についての心のあり方
意識のあり方を、問いただしているものとも
いえそうです。
 明日、やるべきこと、やりたいことが
見えていることは、明日も生きるという
意思があるということです。
そして、生き甲斐があるということでも
あったりします。
 今、明日のことまで、考えの及ばない状況で
あることは、哀しいことなのだなと
感じてしまうことでもありますね。
posted by 清水の伏竜. at 07:08| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月26日

どうにもならないことは、

『どうにもならないことは、
 忘れることが幸福だ。』
    ドイツのことわざ

 どうにもならないこと、
そんなことがあったとき、
そのことが気になって、
気になってしかたなく、
悩み、苦しみ、ストレスとなって
だんだん暗くなっていってしまう。
そんなとき、確かに忘れることが
出来れば、そのことのわずらわしさから
解放される。
 くよくよしないということは
幸福なことなのかもしれません。
性格的に、それが自然に出来る人が
います。
そんな人が、とても羨ましく
思えてしまうことがよくあります。
 忘れてしまえれば、
楽なのですけど・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 06:05| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月25日

ポストは人を育ててくれる。

『ポストは人を育ててくれる。
 ありがたいことだが、
 人はまたポストにお辞儀するこわい面がある。』
        石井菜穂子

 ポストが人を育てる
確かに、それは事実ですね。
役職につくことで、あたらな責任と権限を与えられ
それを使いこなすために努力するなかで
成長していくことができます。
しかし、ポストには、限りがあり、
誰もにチャンスを与えることは出来ません。
従って、ポストではなく人を育てるすべを
考えていかなければいけないでしょう。
また、ポストが成果のように扱われ、
ポストさえ得れば、給与があがるという仕組みは
成果主義になっても変わってはいません。
かえって、ポストによる給与格差が増大しているのが
実情であたりします。
その結果、ポストにお辞儀するように
なってしまう傾向が、年功序列時代よりも
大きくなってしまっているようです。
そこに社内格差がうまれ、若い社員に夢を
与えられないといったことが起こっているようです。
しかし、その事実にポストにいる人の多くは
気がついてはいないようです。
それが、哀しい結果をうんでいるように感じます。
うつ病の増加、過労死の増加、
そして、過労自殺、うつからの自殺の増加となって・・・。
それを、いかにして改善していくのか、
日本にあった制度への見直しが
今、現場に、経営者や管理者に、
求められているといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 01:56| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月24日

幸福になりたいのなら

『幸福になりたいのなら、
 まず、人を喜ばせることからはじめたまえ。』
         プリオール

 幸福は、どこから訪れるのか、
どうすれば、幸福を得られるのか、
それは、昔から人が考えてきたことのひとつです。
だから、幸福に関する言葉も
数多く残されています。
そんな言葉のひとつです。
幸福は、与えるところから、訪れるものだということです。
つまり、自分が幸福を得たいなら
まず、誰かを幸福にしなければならないと
言うことですね。
この気持ちは、社会をよいものにしていくためにも
大切なものであるといえるでしょう。
誰かを幸福にする
それは、とても大変なことでもあります。
もっとも、そのことが出来易い関係には、
親と子の関係、恋人や夫婦の関係、
そして、上司と部下、先生と生徒といった
関係があるでしょう。
あなたは、誰かを幸福にできますか・・・。
私は、まだ誰も幸福に出来ていません、
だから、私もまた幸福ではないといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 22:01| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

幸福は分かち合うようにつくられている。

『幸福は分かち合うようにつくられている。』
         ラシーヌ

 幸せは、ひとりで得られるものでもなく
ひとりっきりで感じられるものでもない。
誰かと、一緒にいて、
はじめて感じられるもの。
それは、幸福が、分かち合ってこそ
存在しえるものであるからだと
いえるのでしょう。

 ひとりぼっちなのに
幸福だと、言える人っているでしょうか。
おそらくは、いないのではないでしょうか。
どんなに富みを得ても、
どんなに名声を得ても、
何の不自由もなく、贅沢な生活をしていても
ひとりっきりであったら、
幸福を感じることができるのか・・・。
淋しさ、寂しさ、さみしさ、
そんな思いが、心に浮かんできてしまうのでは
ないでしょうか。

 ひとは、ひとりでは生きていけない。
それは、ひとりでは幸せにはなれないということ

 私は幸せを感じる日がくるのかな・・・・
posted by 清水の伏竜. at 13:07| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月22日

アメリカンインディアンの教え

『1.批判ばかり受けて育った子は、非難ばかりします。
 2.敵意に満ちた中で育った子は、だれとでも戦います。
 3.ひやかしを受けて育った子は、はにかみ屋になります。
 4.ねたみを受けて育った子は、いつも悪いことをしているような気持ちになります。
 5.心が寛大な人の中で育った子は、我慢強くなります。
 6.はげましを受けて育った子は、自身を持てます。
 7.ほめられる中で育った子は、いつも感謝することを知ります。
 8.公明正大な中で育った子は、正義心を持てます。
 9.思いやリの中で育った子は、信頼心を持てます。
10.人に認めてもらえる中で育った子は、自分を大切にします。
11.仲間の愛の中で育った子は、世界に愛を見つけます。』
     加藤諦三「アメリカンインディアンの教え」より

 子育てにおける大切なものって、
昔から変わっていないのではないでしょうか、
3歳から12歳の間を、どんな大人と接してきたのか
どんな社会と接してきたのか、
どんな環境と接してきたのか、
どんな子供と接してきたのか、
どんな自然と接してきたのか、
それが、その子供の将来の殆どを決定ずけてしまう
人格、身体、感情、心のありようを
決めてしまうといわれています。
よい習慣を身につけることができるのも
この時期です。
コンピテンシーの基礎を決めてしまうのも
この時期です。
ものごとの考え方や、捉えかたなども
他人との接し方なども、
その基礎となるものは、みんなこの時期に
決定ずけられてしまうといえるようです。
もちろん、そのあとでも、努力と忍耐によって
変えることはできる部分もあるでしょうが、
それは、この時期に出来上がってしまったものに
比べたら微々たるものであるようです。
それだけ、子供の時代の生き方は、
のちの人生、大人になってからの人生の
可能性を決定付けてしまうといえるのです。
そのことからも、親やまわりの大人たち
地域社会の責任の大きさは、
計り知れないものがあるのではないでしょうか。
未来を託す子供たち、
未来を担う子供たちを
どんな大人にするのかは、
今の大人と社会のありかたにかかっているということですね。
posted by 清水の伏竜. at 06:05| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月21日

親の生涯の成功か失敗かは、

『親の生涯の成功か失敗かは、
 子どもの結婚の成功か失敗による。』
  川端康成「山の音」より

 人間にとって、生きた証として
もっとも大きく重要なものは、子供ということが
いえるでしょう。
なぜなか、人類の歴史を、文明を継承していく
礎を築くということなのですから、
子供がいなくなれば、文明も国も亡びます。
人類も滅亡してしまうのです。
そんな子供を育てていった結果として
次の世代への更に次の世代へ継承を
促がすための結果が、子供の結婚ということに
なるのかもしれません。
だから、子育てのひとつの節目であり、
結果であるといえるのでしょう。
 逆に、子供からいえば、
良き結婚をして家庭を築くことが
大きな親孝行であるといえるのでしょう。
その意味では、親不幸な人が、
今の社会は多くなったのかもしれません。
少子化もそのひとつの結果なのかもしれません。
そう思うと、私もまた親不幸しているなって
感じてしまいます。
親孝行できるような、良き伴侶にめぐり合える
そんな日がくることを願ってやみません。
posted by 清水の伏竜. at 04:26| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月20日

すべてがどんどん変わっていく現代においては、

『すべてがどんどん変わっていく現代においては、
 あなたが何を知っているかはもうあまり
 意味を持たなくなっている。
 なぜなら、あなたが知っていることが
 もう時代遅れになっている場合が多いからだ。』
  ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター
  「金持ち父さん 貧乏父さん」より

 この言葉の紹介されている書籍は
ベストセラーになりましたね。
でも、なぜか私は読んでいなかったりもします。
ただ、部分的に目に触れることもありますし、
いくつかの言葉も読む機会もあったりします。
そんな中のひとつの言葉ですが、
この言葉だけを切りとってみたとき、
必ずしも正しいというわけではない
という言葉になってしまいますね。
なぜなら、昔から”温故知新”とか、
最近では、”温故創新”といったことが
言われているように、
何を知っているのかは、何を産み出すのかに
結びついていくものであるからです。
時代遅れの知識というのは、実は存在していないと
いえるでしょう。
そのまま今使える知識なのか、
今はそのまま使えないが、応用し、加工して
展開していけば、あらたに使える知識や知恵を
産み出せる知識なのか、
その違いだけであるといえるでしょう。
無駄な知識というのは、使わない知識であって
知識の古さや新しさとは無関係であるというべきです。
なぜ、歴史や古典を学ぶのか、
それは、そこから得るものがあるからなのです。
この言葉を引用して、勉強しなくてもいいと言う人が
出てきたとしたら、ちょっと害ある言葉と
なってしまうように感じます。
知恵や知識の価値は、それを使うものの使い方にあるので
あって、知恵や知識を知ることは、
使うための前提として必要なことであるのですから。
posted by 清水の伏竜. at 06:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月19日

女は好きな人と結婚しなきゃだめよ。

『女は好きな人と結婚しなきゃだめよ。
 好きな人だったら、
 その人のためにどんな苦労をしたって、
 後悔はしないと思うの。
 お金も、地位も、何もいらない。
 大切なことはその人が好きだってことね。』
    井上靖「満ちてくる潮」より

 純粋な恋、それが、純粋な愛となったとき、
人は、その愛する人のために、
何かをしたいと思う。
そして、決して、何か見返りを望んだりはしない。
そんな、純粋な好きという気持ちを
持てる人は、今の社会に、どのくらいいるのだろう。
さまざまな差別や格差、ストレスの溢れてる社会で
純粋さを持ち続けることは、
とても大変なことのような気がする。
でも、そんな純粋な心をもって生きていけたら、
その人のもとには、幸福の女神が微笑むことだろう。
 好きな人と、結婚することは、
女性だけでなく、男性にもいえること。
ただ、好きになる過程や、好きになる機会は、
それぞれ、さまざまに異なっている。
 最初は、嫌いだった人が、なぜか、
とても好きになってしまうこともあったりするのが
人の心の不思議・・・。
でも、まずは出会いが無ければ、
何もはじまりはしないことは確かなこと・・・

 運命的な出会い、それは最初はそうとは思っていない
かもしれません。
そこが、また人の出会いの不思議でもあったりします。

 よき出会いが、あることを願って・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 05:38| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月18日

私は、自分と自分の行動が

『私は、自分と自分の行動が
 ばかばかしく思えるようになったとたん、
 変わりはじめたのだ。
 自分が変わるには、自らの愚かさを
 あざ笑うことだ。
 そうすれば見切りをつけ、
 前進することができるのだ。』
   スペンサー・ジョンソン
    「チーズはどこへ消えた?」より

ブームというものがあります。
一時、大ブームになって、ベストセラーになった本も
ロングランになるかどうかは、
時代の変化によるものと、その本の内容によるものとが
あるのだろうかと思います。
この本が、どちらになるのか、
それとも一時のブームで終わるのか、
ただ、この本のこの言葉にあるように、
教訓的なお話しが、比喩的に語られたお話として、
ひとつのパターンが、この世の中にあることを
教えてくれています。
それが、正解かどうかは、それぞれの人によって
異なることでしょう。
それは、その人の性格、環境、ポジション、そして、夢が
みんな違っているから・・・。
自分の愚かさを笑うことは、実は簡単です。
しかし、それが出来ても、
なかなか変化はできないのが人間というものです。
また、変化して、前進するのは更に大変なことです。
そこには、大きなパワーが必要だからです。
そのパワーを与えてくれるもの、与えてくれる環境、
与えてくれる人、与えてくれる状況があれば、
変わることは可能でしょう。
でも、それがないのであれば、ただ自分を笑うだけで
何もできない虚しさを感じて、
落ち込み、自分の存在意義を失ってしまうかもしれません。
今の日本で、過労死、過労自殺が多いのは、
人は、そう簡単に変われないからに他なりません。
個性の時代といいながら、企業が求めるものは、
やはり企業のカラーをもった人、
それが多くの場合であるのが、今の時代であるといえます。
これは、変わりつつあるけれども、
まだ変わっているのは、ほんの少しでしかないということです。
だから、変わっている職場に出会えた人は
幸運であるといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 06:53| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

サラリーマン人生を面白くしたいなら、

『サラリーマン人生を面白くしたいなら、
 与えられた持ち場ごとに、一つでもいいから、
 「あれは私がやったんだ」と言える仕事を
 やるように努力することだ。
 先例に従って、ソッなく仕事をこなすだけでは、
 後に何も残らない。振り返った時、
 淋しいと思うよ』
  河合滉二(サッポロビール)

 大企業の経営に携わる方々の言葉は、
確かにと思わせるものがあります。
しかし、それと同じに、苦悩と苦痛と
屈辱を与えられて、叩きのめされることも
あったりします。
できる環境に、できる状況に、
誰もが平等に機会が与えられる企業など
まず存在しないという現実が、
そこには存在しないからなのかもしれません。
価値組みに、負け組みの気持ちを理解するのは
まず不可能であるとも言われます。
もともとの精神のありかたや、
その育成のプロセスの違いの大きさに
原因があるのかもしれません。
私がやったのだと思う仕事があっても、
評価されなかったり、面談では、
その仕事は君だけの仕事ではないでしょう。
○○くんがいたからできたのだから
君の仕事だなって思ってもらってはこまると
言われてしまうことがあったりして
否定されてしまうことが多いものです。
特に、気に入られていない場合は顕著です。
そんな柵のなかで、サラリーマンは仕事を
しているのが、現実ですが、
それを感じない鈍感力のある人は、
幸いです。そんな人がソツなく仕事をこなしながら
役職の階段を上っていくことが
多かったりするものです。
結局、人間関係に尽きるのが、
サラリーマンの社会なのですから。
もちろん、そうではない、実力,能力をしっかり認める
企業もあります。
客観的に評価し、誉めることのできる管理者もいます。
でも、まだまだ少数派でしょう。
それは、障害者の就職困難や男女の差別がまだまだ
現実に残っていて、問題になっていることからも
明かではないでしょうか。
ただ、サラリーマン生活で、楽しく過ごすのであれば
今のところ多くのケースでは、ながいものにはまかれて
鈍感力をもって、できることをしっかりと行なっていく
それが一番なのかもしれません。
もちろん、上を目指す場合には、
また異なってくるでしょう。

難しい問題です。
より生き甲斐をもって仕事をするということは・・・。
posted by 清水の伏竜. at 10:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月16日

清福の心・惜福の心

「清福の心」「惜福の心」

 富みをいくら得ても足ることを
知らなければ心は貧しいままで
楽しみも感じられない。
 貧乏でも知恵の心をもって
日々を楽しく暮らして、
気持ちを豊かになっていくことの
方が、幸せを感じることが
できるもの。
 人にとっての幸せは、
人それぞれなのかもしれません。
でも、やはり人の幸せは、
日々の喜びと、充実感を感じられるか
ということに係わっているのでは
ないでしょうか。
 落ち着いた心、気持ち、
豊かな心をもてることが、
やはり幸せを感じるためには
必要な気がします。
そのために、何かをすることが
一歩、前に進むことが
大切なのかな・・・・。

清福の心、惜福の心を
あなたは持つことができますか・・・
posted by 清水の伏竜. at 08:16| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月15日

どんなに賢くても、

『どんなに賢くても、
 人間は自分の背中を見ることはできない。』
         山本周五郎「さぶ」より

 人には、できないことがあるということです。
もちろん、道具をつかえば、背中をみることは
できるでしょう。
でも、道具を使わずにみようとしたら、
幽体離脱するしかありません。
 人の背中をみて育つという言葉もあったりします。
その人の生きざまを、メンターとして
歩んでいくということですね。
そんな出会いがあった人は、幸せです。

 不可能なことは不可能なものとして、
理解して、無理はせずに、別の道、方法、手段を
考えて、前進していくことが大切だともいえるでしょう。

 山本周五郎「さぶ」には、
私のなかで、ひとつの思い出があります。
それは、中学1年のときの思い出です。
当時、担任の先生が国語の先生で、図書室を管理されていて
図書室の整理のお手伝いなどをしたりしてました。
その先生が、読書量コンクールを行なっていたのです。
読書カードに、読んだ書籍名と著作者とページ数を記載して
読書したページ数の総数の多い人に、
プレゼントをあげるというものでした。
1年の読書結果で、私は2位になり、
その時にプレゼントされたのが、
文庫本「さぶ」でした。
たしか、当時の書籍数では、1日1冊以上のペースであったと
思います。1位は、女の子でした。
私の読書の傾向が、探偵小説、ミステリー、SF、ファンタジー、
不思議系、科学系、心霊系、歴史系といった感じのものが多く
純文学が皆無であったことから、先生からは、このような本も
読みなさいというメッセージもあったのが印象に
残っています。
posted by 清水の伏竜. at 06:59| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

愛というものは、

『愛というものは、
 愛されることによりも、
 むしろ愛することに存在すると考えられる。』
         アリストテレス

 愛は、受けるものではなく
ただ、ひたすらに与えるもの
慈愛というものの真理は、
古代ギリシャ時代も変わらない。
 そして、もちろん現代の社会でも
変わらずに、愛は存在している。
愛する人に、与える愛の心、
愛することの喜びと幸せは、
鏡のように、与えることで、
戻ってくる。
与えなければ、何も戻ってはこない。
 愛する相手との出会いこそが
人生における大きな出来事であると
いえるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 03:53| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月13日

人生最上の幸福は、

『人生最上の幸福は、
 愛されているという確信にある。』
   ユーゴー「レ・ミゼラブル」より

 親が子を愛することは、
当然の事だと言えます。
それなのに、親から愛をもらえない
子供たちが、世の中には存在しています。
哀しいことです。
 親のかわりに大人の誰かが、
社会が、愛を与えてあげなければ
子供は、道を誤ってしまうかもしれません。
 そんな親子の愛情をもって、
社会全体で、子供たちのことを考えていくことが
教育問題や育児問題においては
重要なのではないでしょうか。

 人は、大人になっても、
いや人生において、愛が必要な生き物なのでしょう。
愛されているこという確信をもてることは
本当に幸せなことだといえるでしょう。
誰からの愛に確信をもてるのか、
それは、神の愛かもしれません。
イエスの愛かもしれません。
または、愛する人からの愛かもしれません。
もしかしたら子供からの愛かもしれません。

 愛を感じることの人生、
人にとっての幸福な人生とは
実は、ただそれだけのことなのかもしれませんね。

 愛を感じられない人生、
哀しく、寂しい、虚無感をともなった日々・・・。
何か変わらなければを思いながらも
なかなか変われない、
変えるための一歩を踏み出せない、
そんな自分に、憤る自分がいて・・・・
苦しくなってくる・・・
そこから、脱することができる事を
今は願うのみかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 06:42| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月12日

恋人の日

 ブラジルのサンパウロ地方では、
6月12日は、「恋人の日」で、恋人たちが、
自分の写真を写真立てにいれて贈りある習慣があるそうです。

 「恋愛で第一に大事なことは何かと聞かれたら、
  私は好機をとらえることと答えるだろう。
  第二も同じ、第三もやはりそれだ。」
       モンティーニュ

 何かのきっかけ、機会を、捕らえて
告白することが、最初の一歩ということでしょうか、
そんな好機を、
逃し続けてきたものとしては・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 03:16| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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