2007年05月31日

百日の説法屁一つ

『百日の説法屁一つ』

百日間、説教をしてきて、
さいごに、説教者が、おならをしてしまったことで
それまでの説教の内容が、
みんな吹き飛んでしまった。
長い間の苦労が、ほんのひとつのことで
吹き飛んでしまう。
悲しいですが、現実の社会においても
そんなことがあったりします。
ハロー効果といわれる心理的影響は、
百個の優秀な結果があっても、
最後に1回失敗しただけで、
全体が失敗したように思われて、
評価されてしまう。
そんなことが、実際に多く存在しているために
成果主義が、信用のないものになっているわけです。
印象に残るのは、成功事例よりも、失敗の方が大きいのです。
そして、一度、失敗の印象がついてしまうと
その後で、百回の成功をしても、
その印象を取り払うことができないのです。
もちろん、そんなことに影響されないで、
しっかりと客観的に判断できる能力をもった人もいますが
非常に稀です。
私、自身の実感が、それを確証として
認識させています。
だからこそ、自分は、そんなハロー効果に惑わされない
人間になりたいと思います。
病気のとき、体調不良のとき、
そのとき、ちょっと居眠りしてしまった、
1ヶ月のなかの数回のことであっても、
そのときを観られてしまったら、その人はダメな人間だと
言われてしまうのが、社会の現実なのです。
病気を理由にできない社会、それが日本の企業内の実態です。
「努力が足りないからだ」
「弛んでいるから病気をするのだ」
そう言い放つ人がいます。
そして、そんな人が、得てして地位のある人であり
人事権や決済権や評価査定権をもっていることが多いのです。
となると、気に入られるようなキャラクタで
あること、立ち回りのうまいことが
高評価を得て、出世するために必要なスキルということになります。
悲しいかな、現実は、まさにその通りなのです。
それが、変わるまでには、
まだまだ、日本では時間がかかるように思います。
一部の優秀な企業、ほんの一握りだけが、
そうではなくなってきていますが、
そんな良い企業へは、なかなか就職できないのも
現実の社会です。
若い人には、だからこそ、マナーと健康には、十分に注意して
欲しいと思います。
技術力やアイディア力といった能力は、
大半の企業内の評価においては、
2番手以下なのが、現実であるのですから。

その現実が、どんなかたちで出ているかといえば
有給休暇の消化率が低い、フレックスの利用率が低い、
裁量労働なのに定時出勤残業時間退勤率が高い、
育児休暇をとるひとがいない、
などの結果として、明かになって出て来ています。
これは、それらをすると、上司の印象を悪くする
評価が下がるということが大きく影響している
からなのです。
そして、その事実を認識できない人が、
評価する側に多いということも現実なのです。

これが、変わっていくのか、
そのまえに、日本はダメになってしまうのか、
団塊ジュニア世代のこれからにかかっているのかも
しれません。
その前の世代は、あきらめて現実に迎合するしか
多くの企業内では生きていけないのでしょうから・・・。
posted by 清水の伏竜. at 03:49| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

弱肉強食

「弱肉強食」

今の日本は、弱肉強食の時代に
なっているのかもしれません。
力あるものは、勝ち組みとして
栄華を貪り、
力なきものは、負け組みとして
貧困に喘ぐ、
そんな社会になっているようです。
力なきものは、力あるものに
労働によって、使え貢いでいく
しかし、貢いでも貢いでも
何ももらえるわけではない。

働けば働くほど貧乏になる
ワーキングプア

何もしなくてもお金が増えていく
富豪

そんな、貧富の差のひらきという
2極化の進む一方で、

他にも、さまざまな差がついていきます。

人口は都心に集中して、
都心と地方での人口格差は増加していき、
土地の価格も、
サービスも、
働き口も、
どんどん差が広がっていっているようです。

格差社会は、しかたがない、
いや、良いことだという人がいます。
そんなことを言う人は、まず富める人です。

問題がある是正すべきだという人がいます。
こちらには、言うだけで何もしない富める人と
言うだけで何もできない貧乏なひと、病める人が
います。

そんな社会で、子供たちは、
どんな夢を描けるのでしょうか・・・。
その先にある未来とは・・・。
でも、社会に矛盾が増えれば、
いずれは崩壊していきます。
富めるものは、お金で安全を買い
安全な場所へと移っていくでしょう
貧しいものは・・・・。
そのにあるのは、富める人には美しいが
そうでない人には、地獄という
2面性をもった社会でしょう。
そんな社会になっていくのは
やはり、仕方のないことなのでしょうか・・・。
posted by 清水の伏竜. at 23:49| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月29日

七重の膝を八重に折る

『七重の膝を八重に折る』

 丁寧なうえにも丁寧に
謝罪しお願いする。
 そんなことをしないと会社で仕事ができない
といったこともあるようです。
 仕事への取り組みかたに
何よりも成果を求める時代、
その成果とは、お金であり、顧客の印象であるわけで、
愛想がよく、うまくはなしをもっていくことが
できる人が評価される時代となりました。
また、サラリーマンは、
一にもニにも、体力と健康と明るさが
大切であり、技術や能力は、その次の話しということに
なっているようです。
なぜなら、ストレス耐性が弱い人は切り捨てられ、
病気の人も切り捨てられていくのが、
大半の企業の実態のようだからです。
そして、会社は、捨て行く社員には冷たいものです。
徐々に査定を悪くして、給与を下げていき
そして、仕事を与えない、
「君に割り振る仕事がない」という言葉で
かたずけていってしまう。
上司も自分の成果をあげないと、より高給を得られないから
稼げない部下は必要ないと、受け入れないように努力する。
そして、部下にたいして、言葉をかける
仕事を出来るように苦心しているのだからわかってよ。
これが最後のチャンスだよ。
誰に迷惑をかけているのか考えてみてね。
温情で仕事させてあげているのだから。
いやなら、やめてくれてもいいんだよ。
お客からも苦情がきているのだから。
無理をいってお願いして仕事をもらっているのだから。
わかるよね。
これが最後であとはどうなるのかわからないよ。
給料をあげているのだから。
よけいな給料はさげるのはしかたないでしょう。
といった言葉を、投げかける。
生きていくために
まだ、リスクをとることができないために、
言われることに黙ってうなずき、
七重の膝を八重に折るしかないのが
サラリーマンの悲哀なのかもしれません。
サラリーマン格差社会の物語。
まだまだ、企業内には、
真にメンターといえる人は稀であり、
コーチングとティーチングとカウンセリングを
使い分けることができる人も稀であるのですから。

好きなことが、仕事である人は、
とても幸福であり、幸運な人であると
いえるでしょう。
そのことだけで、メンタル面で、充実感を
得られますから。

若い人たちは、いろいろトライして、
自分が好きで、やりがいを感じる仕事を見つけて
それを極めていって欲しいと思います。
人手不足=若手不足の時代です。
若い人には、まだまだ希望はあるといえるでしょう。

もちろん、家庭に生き甲斐をもとめて、
生活のために仕事をする生き方もありだと思います。
子供を育てることの価値は、
企業の行なっていることなど、足元にも及ばないほど
大きなものですから、
なぜなら、人類の未来、歴史の継続性は、
子供たちがいるからあり得るものなのですから、
企業などなくても構わないけど、
子供たちがいないことは、大問題ですから
人類にとって、日本にとって。

さて、私などは、疲れたサラリーマンとして
反面教師にしかなれないかもしれませんけど・・・。
posted by 清水の伏竜. at 02:40| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月28日

君子危うきに近寄らず

『君子危うきに近寄らず』

 徳の高い人は、
危険を冒さずに、これを避けるもの。
むやみに事を構える必要はなく、
賢い人は、自分を危険にさらすことを
しないもの。

 この言葉は、たしかにその通りとも
いえるけれど、今の世の中で
成功するためには、リスクをとることが
求められるのも確かです。
 成功することが、良いこととは
限らないかもしれませんし、
幸せとも限らないでしょう。
でも、格差社会で生きていくとき
やはり、収入は多い方がよいと思ってしまうもの
そうすると、リスクを負うしかなくなります。
精神的なリスク、
肉体的なリスク、
金銭的なリスク、
・・・・。

 お金持ちの皆さんは、金銭的なリスクからは
解放されています。そのことで、精神的なリスクも
肉体的なリスクも軽減させることができています。
格差の恩恵の差は、
今の日本で、生きていくにあたっては
やはり大きなものだといえるのかもしれません。

 どんな人生が、その人にとって幸せなのか
その幸せを叶えるために、何が必要なのか、

 自分にとっては・・・・
生きていくことの意味と、
夢と、
幸せと、
 人生の残りを、どう過ごすべきか、
悩みは尽きないものです・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 01:38| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月27日

官吏が守るべきものは・・・

『その力を使えるものが使えなくて
 どうするのですか、・・・』
     :
『できることがあるならやるだけやります』
     :
『官吏とは何のために存在するのか』
     :
『拝命した官位にかけて』
     :
        紅秀麗
        彩雲国物語2 第八話
        「人知を尽くして天命を待つ」より

 政治を司り、民をおさめるものが
何をすべきなのか、病がはやり民が死の危険にさらされたとき
その民のうえにたつべきものが、何をすべきなのか
権力の上に乗っかって、形式にとらわれ、
手続きにとらわれて、本当にすべきことができないものたちの
前で、初めての女性官吏となったヒロインは、
その地位をかけて、民のためになせることをして、
そのことに、何の後ろめたさもなく、
何もしない官吏たちの問い詰めに答えるのでした。
 国を支えているのは、誰なのか、
それは、民そのものであるはずであり、
民の命は、王の命と同様に、変わりなどない
尊いものであるということ、
その民を守るのが、官吏の役目であるということ
それは、いつの世もかわらないことでしょう。
 今の政治家、公務員が、思い出すべきこと
わすれてはならないことが、
このヒロインの言葉と行動に、示されていると
いえるでしょう。

「彩雲国物語」

この作品が、彩雲国という国で、初の女性官吏となったヒロインの
成長の物語です。
王との仮初めの結婚があり、出会いがあり、
そこから、官吏への道が開かれていく、しかし、初めてのこと
前例のないことをしていくために、
さまざまな障壁を乗り越えていかなければならないことになって・・・。
そんな中で、紅秀麗が、なぜ官吏になりたかったのか、
そして、何のために官吏になりたかったのか、
その気持ちは、まさに公僕としての官吏の持つべき志と
精神が溢れています。
NHK-BSで、アニメ化された放送され、シリーズも
第二シリーズに入っています。
そのなかの一話のなかで、紅秀麗が、自分のしたことを
他の男性官吏たちに、説明するシーンでの台詞には、
今の日本の公務員にも、しっかりと感じて欲しい内容の言葉が
並んでいます。
また、人の上にたつもの、権力や力を得たものが、
負うべき責任ということについても、考えさせられるものです。
原作小説では、まだまだいろんな面で苦労しながら、
頑張っている主人公です。
今後の成長と、そして歴史に残る名官吏となるまでのあゆみとが
気になる物語です。
小説の次の新刊が、楽しみな作品のひとつですね。

彩雲国物語―青嵐にゆれる月草
彩雲国物語 紅梅は夜に香る
彩雲国物語―はじまりの風は紅く
彩雲国物語―緑風は刃のごとく
彩雲国物語 光降る碧の大地
彩雲国物語―花は紫宮に咲く
彩雲国物語 欠けゆく白銀の砂時計
彩雲国物語 心は藍よりも深く
彩雲国物語―黄金の約束
彩雲国物語 藍より出でて青
想いは遙かなる茶都へ―彩雲国物語
彩雲国物語 漆黒の月の宴
彩雲国物語 朱にまじわれば紅
彩雲国物語 第1巻
彩雲国物語 第1巻〈初回限定版〉
posted by 清水の伏竜. at 04:59| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月26日

先ず隗より始めよ

「先ず隗より始めよ」

 物事は、言い出したものが
最初に行なうものという。
しかし、故事によれば、
中国にて、昔、昭王が国を再建するとき
人材を集めるのに、郭隗という人物に相談したところ
まずは、私のようにたいして優秀でないものを優遇しなさい、
そうすれば、私よりも優秀な人が、きっと優遇されると
思って集まってくることでしょうと進言したことから
生まれた言葉で、
少し意味合いが異なるようです。

 人材を集めるのは大変です。
やはり、その人が、気持ちよく仕事のできる環境、
そして、評価できる仕組みなどが
整っていなければ、ダメだということでしょう。
折角、集めた人材も、やる気を出せなければ
意味はありません。
 やる気を出させることができるかどうか
それは、トップや管理者に求められる技量であり
才覚であり人としての器であるといえるでしょう。
自分の富みを削っても優遇するという気概が
なければ、誰もついてはこないでしょうし、
能力以上のものを引き出すことなど
出来ないでしょう。
しかし、今の社会では、人件費を削減することに
頭を使ってばかりいるトップや管理者が
多いのかもしれません。
未来を見据えた投資が人材であるということが
忘れられてしまっているのかもしれません。
 言い出したものが、まず先頭をきって
行動できる環境、チャンス、そして、
それを評価し、後押しできること、
そんな会社が、日本にいったいどれくらいあるのか
人が、育ち、能力以上に頑張ってくれる会社には
そんな雰囲気をつくれるトップや
管理者のいるところなのではないかと思います。
posted by 清水の伏竜. at 12:16| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月25日

引かれ者の小唄

「引かれ者の小唄」

負け犬の遠吠え、負け惜しみ、
まさに、勝ち組みの笑いを横目で
みながら、小唄を歌いたくなる
そんな心境が、
サラリーマン社会にも、
訪れました、格差社会は、
年功序列や職能などでなく、
みための成果主義によって、
とにかく少ない役職者が高給をもらい
役職にもれたエンジニアは、
サービス残業に追われて、
手当ても廃止、減給・減給・減給・・・。
その格差は4倍以上にも及ぶ現実をまえに
いったい、人生って何だろうと
社内の根回し上手でないものは
年とともに、その存在場所を失っていくのか
厳しい現実、ストレス、ストレス・・・
上司のプレッシャは、顧客の満足では
満たされない数字の結果が求められる
ノルマ主義が、のしかかっていく
右肩上がりではない時代・・・、
過労死、過労自殺の増化、
失踪者の増化、労災認定は減ることなく
増え続ける。
使えないフレックス制度、
出勤退勤時間も自由にならない裁量労働制度、
使うことのない有給休暇、
使えない育児休暇、
それが、日本の多くの現実・・・・。
その元で我慢して、日々の糧を得ているのは
生きるためか・・・・。
それで、はたして生きているといえるのか・・・
勝ち組みが、羨ましいと感じてしまう
惨めさのなかで、何かを変えたいとも
思いながら、疲れた体に鞭打って、
会社へ・・・・・。
幸せって何なのだろうって、思うのかもしれません・・・。
posted by 清水の伏竜. at 03:20| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月24日

ゆかしい

「山路来てなにやらゆかしすみれ草」
            芭蕉

上品で落ちついた美、
控え目で、心ひきつける魅力、
奥深いやさしさ、

ゆかしい人柄、
ゆかしいたしなみ、
ゆかしい仕草、
ゆかしい儀式、

上辺だけでなく、みためだけでない
本質にそなわったもの
そこを見出し、大切にできる人が
すくなくなっているのかもしれません。

ゆとり、よゆう、そんな気持ちと
目立たない美しさを
大切にしていきたいものですね・・・・
posted by 清水の伏竜. at 02:18| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月23日

破鍋に綴蓋

「破鍋に綴蓋」

ひびのはいった鍋、
繕いのある蓋、
お似合いということ。

お互いに、同じもの、近いもの
そんなもの同士の方が
ぴったりくるもの、
そんな相手と、一緒にいることが
安心できるもの
そんな言葉は、他にも
いろいろあります。

牛は牛づれ、馬は馬づれ

似たもの夫婦

類は友を呼ぶ

完璧さをもとめるよりも、
お互いの不完全さを認め合って
支えあって、
補い合って、
生きていけるなかで、
見出せる幸せって、
あるのだと思います。
そんな相手でもよいから、
出会えることが、何よりも幸せなこと
そう思います。
いまだに、出会えずにいる身としては・・・。

時に愚痴を聞いてくれ、
時に叱咤してくれ、
時に慰めてくれ、
時に励ましてくれ、
そして、何よりも信じてくれる
それが、深い絆なのかな・・・・。
そんな人との出会い・・・。
いつか訪れるでしょうか・・・。
posted by 清水の伏竜. at 02:39| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

貧乏暇無し

「貧乏暇無し」

ワーキングブアーということも
いわれる時代です。
サービス残業あたりまえ、
フレックス制度があっても使えない
裁量労働制度があっても時間は自由にならず
みなし以上に残業する。
それでも、給料は下がっていき
手当ては廃止されて、
成果という名の評価は、量の評価で
とにかく労働時間は増えていく
でも、給料は下がっていく
そんな時代が、今の日本の社会です。
でも、それでも食べていくことが
出来るだけ幸せなのかもしれません。
過労死、過労病気で、労災認定される人は
増加していて、
自殺者や行方不明者は減少しない。
貧乏暇なし、格差社会で、
地位さえ手にすれば、富む事ができる。
そんな時代で、夢ってみれるのか・・・。
posted by 清水の伏竜. at 06:31| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月21日

ローマ字の日

 1952年5月21日に、
日本式のローマ字を主張して、
ローマ字国字論をとなえた、田中舘愛橘が亡くなりました。
そのこともあって、5月20日をローマ字の日と
1955年にローマ字社が、制定したそうです。

 日本語の表現の多様性のひとつである
ローマ字表記、ヘボン式と日本式があることや
その違いなど、今も国語で教えているのでしょうか。
 どちらを使うべきなのか、
いろんな主張があるのかもしれませんが、
最後は、自分の好きな方ということに
なってしまうのかもしれませんね。

 漢字、カタカナ、ひらがな、ローマ字、
日本語の表記には、いろいろありますが、
書道の世界での、書の美しさというのも
また、ひとつ考えてみてよいのかもしれません。
 それは、フォントの多様性ということに
なるのかもしれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 08:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月20日

浩然の気を養う

”浩然の気を養う”
ことの大切さを
いま一度考えてみる必要がありそうですね。
 公明正大、
 恥じ入ることなき心、
 たくましい精神、
 おおらかさ、
 のびのびとした気持ち、
ひろく、ゆったりとした心、
そんな心、気持ちを
もっていきたいし、
子供たちには育んでいって欲しいと
思います。
 そのためにも、
無理をしない時間、
自然とふれあったり、
ゆったりとする時間って
大切なのだなって、
このごろ感じることが多かったりします。
posted by 清水の伏竜. at 09:19| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月19日

いずれあやめかかきつばた

『いずれあやめかかきつばた』

 美しく咲く花に、
女性を喩えていうことばは
いろいろあります。
そんな言葉のひとつで
古くからいわれてきたものです。
 女性たちの美しさを
誉めることばですが、
このような言葉も、TPOを
間違えると、ハラスメントと
いわれかねない時代にも
なっているのかもしれません。
 誉める側の気持ちも
誉められる側の気持ちにも
余裕の心と、素直な心が
大切になっているともいえそうです。
posted by 清水の伏竜. at 07:17| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

ことばの日

 5月18日は、
言葉遊びの語呂合わせから、
5=こ
18=とば
で、ことばの日。
 ことばを正しく使うように
心掛ける日ということです。
 美しい日本語を
美しく、正しく使うこと、
それが、日本人が、国際人となるための
第一歩であるともいえます。
 国際人は、国際共用語などの
他国語が話せることが、望まれますが
その前に、自国語をしっかりと
話せて、自国の文化をしっかりと
理解していることが大前提です。
 日本語は、四季を表す言葉や、
感情を伝える言葉など、
独特の表現があります。
 季語をはじめとして、
いろんな言葉に接してみて、
使ってみて、日本の文化を支える
日本語を、見直してみるよい機会かも
しれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 07:42| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月17日

神は細部に宿り給う

『神は細部に宿り給う』

 どんなものでも、
素晴らしい作品、
素晴らしい出来映えのものには、
その細部にわたって、
注意深く、しっかりと
心がこめられているもの。
 素敵な仕事には、
手を抜いたものはなく
そのディテールまで、
細心の注意がなされているということ。
 なかなか、出来そうで出来ないもの。
無意識のレベルで、
それが出来るようになった人こそ
名人とか達人とか
いわれる人であると
いえるのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:00| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月16日

槿花一朝の夢

『槿花一朝の夢』

木槿の花は、華麗で美しいでも
朝咲き、夕方にはしぼみゆく。
その美しさは、たったの一日のもの。
どんなに栄華を誇ったものも
やがて衰えて行く
栄華は、長く続かない
それは、人の驕りによる場合が
殆どのような気がします。
謙虚さを忘れたとき、
自分の地位に驕りをもったとき、
人は、ただ落ちて行くだけなのかも
しれませんね。
そうならぬように、
常に子供の言葉にも素直に耳を傾けることの
できる謙虚な心をもっていたいものです。
posted by 清水の伏竜. at 02:43| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

深窓の令嬢

お蚕ぐるみで育てられ、
乳母日傘で育てられ、
蝶よ花よと育てられ、
大きな御屋敷の奥深い居間で
大切に育てられた乙女、
生娘で、ろうたけて、たおやかな少女、
凛としたところもあり、楚楚とした
瑞瑞しい早乙女、
芳紀となったそんな女性と
人生を共に歩みゆくことが
出来やなら、きっと幸せなのでしょうね。
美しさ、聡明さ、可愛さ、
しっかりとした意思と、
清純で、貞淑な心と、
慈愛をもった行動をなせる人
そんな女性が、よき母になり、
良妻賢母であって、キャリアウーマンでもあり、
社会を引っ張っていく時代
そうなっていくのでしょうか。
そうなっていけば、
この国も、もっと輝きをもった国になるかもしれません。

男女の関係で、お互いに良きパートナーとなるとき、
それは、美の基準も、価値感も、その当人同士の
基準に従って、相性がよいものであり、
一般的なものでもなく、普遍的なものでもなく、
それぞれのペア毎に異なっているのだと思います。

そんなペアになれる人たちは、幸せですね。
羨ましい限りです。
posted by 清水の伏竜. at 02:53| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

門前の小僧習わぬ経を読む

「門前の小僧習わぬ経を読む」

お寺の門前の小僧は、
習っていないのに、
毎日聞いているお経を
覚えてしまって、読むことが
できるようになっている。

普段から見聞きしていれば、
知らず知らずのうちに、
学びとってしまうもの。

習うよりなれろといったところか、
繰り返すことでの学びの
大切さを示しているともいえるかもしれません。
九九や書きとリなど、
子供のころの学びには、
毎日、繰り返すことで、
覚えていくことが、以外に多いものですから。
最近は、社会人でも
どうようなことがいえるでしょう。
伝統工芸をはじめとした
職人の技や知恵は、日々の鍛錬や、
訓練の積み重ねが不可欠な伝承もので
あったりします。
そんな技や知恵を大切にできるかどうかは
その技や知恵によってなりたっている企業に
とっては重要なことなのですが、
経営者によっては、そのことを
忘れて目先のことだけで動いてしまう人も
いるみたいですね。
posted by 清水の伏竜. at 06:59| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月13日

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花

「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」

 立ち姿、
 座り姿、
 歩き姿、
どれをとっても
綺麗であり
美しい女性を、
花に喩えていった言葉は、
江戸時代より、伝わっています。
そんな女性も、
最近は少なくなってきたのかも
しれません。

 素敵な母親となる女性には、
物腰の美しさが、自然に備わっているのかも
しれません。
振る舞いの美しさは、
健康にも繋がるものですから、
心掛けたいものではあります。
posted by 清水の伏竜. at 22:58| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月12日

縁は異なもの味なもの

「縁は異なもの味なもの」

江戸時代から、世の中の出会い、
人の縁というものは、
不思議なものであったということですね。
いろはかるたに詠われるように

男女の縁も、微妙なもので
どんなことから、互いに意識しあい
近づいていくことになるのか
わからないということのようです。

とはいっても、いまだに
そんな感覚を実感していないので
何とも言えないところですけど・・・。

人の縁、良き縁は、いつまでも
大切にしていきたいものですね。
また、ちょっとした出会いから、
その場は、特に意識していなかったとしても
再会するといったこともあるようです。
小説でも、そんな展開ないでしょうと
思えるような縁が、
世の中にはあったりするから
不思議です。

素敵な縁が、いつか訪れることを
願ってやみません。
posted by 清水の伏竜. at 06:23| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする