2007年04月30日

春はあけぼの

『春はあけぼの
 やうやう白くなるゆく
 山ぎは少しあかりて、
 紫だちたる雲の細くたなびきたる』
          清少納言

暁から曙へ、朝の自然の光景に、
春の美しさを感じる
そんな情景をみながら目覚めることが
できたなら、どんなによいでしょう。
そんな環境に暮らせたら幸せだなって
感じてしまいます。
四季の美しさを
いつまでも感じられるように
環境を大切にしていくことが
本当に重要になってきている
そんな気がします。
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2007年04月29日

はかない

『行く水に数書くよりも
 はかなきは
 思わぬ人を思ふなりけり』
      「古今集」より

消えていっていまう
一時のこと、もろくこわれやすい、
そんな情景

想い人を詠う詩に、
昔も今もかわらぬ人の悩みを感じます。

はかないもの

そんなものに、憂愁のときを感じ、
切なさき思いを感じる心
日本人は四季の変化のなか、短い期間に
美しく咲く花を愛し、
虫の声に耳を傾けてきた民族であるように
思います。
人生もまた歴史の流れからみれば
一瞬のはかなきもの
そこに、はかなさき自然をみて感じるおもい
一生懸命に輝き、生きる命の美しさと
尊さとを感じられるもの

生きていくこと
そこに、何かを得たいと思うのは
自然なことかもしれません。
共に歩める愛しき人がいるひとは
幸せなことだとおもいます。
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2007年04月28日

まほろば

『まほろば』

 「大和は国のまほろば、畳づく青垣、
  山籠れる大和うるはし」
       「日本書紀」より

 すぐれたよい場所、まほろば。
日本人が、大和という言葉に
なぜか、感じるものがあるのは
昔から、日本人にとってのまほろばの
象徴であったからなのかもしれませんね。

 あたなにとっての「まほろば」は、
何でしょう・・・
 人は、それぞれの夢をもって
目的をもって、生まれ、育ち、歩み、
去っていく・・・
 その人生のなかで、まほろばを
もてるか、もてないかは、
きっと、大きな差になるのかもしれません。
 安らぎのない人生は、
哀しいものですから・・・。
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2007年04月27日

悪法もまた法なり

『悪法もまた法なり』
   ソクラテス

紀元前399年4月27日、
ギリシャの哲学者のソクラテスが、
当時の権力者によってはめられ、
捕らえられて
毒杯をあおっての死刑の宣告を受け、
その死刑を受け入れ、
亡くなった日。
享年70歳であったそうです。
その時に、脱獄逃亡をすすめた弟子に
いった言葉として、
伝えられているのが、
この有名な言葉です。

4月27日は、哲学の日だそうです。
世界でも有名な哲学者であった
ソクラテスをはじめとした
著名人から、何かを学ぶ、
よい機会かもしれませんね。
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2007年04月26日

花冷え

『花冷え』

桜の咲くころに、一時的に
寒くなる。
花の季節に、似合わない寒さを
感じる気候を
表すことばとして、
馴染み深いですね。
今年も、花冷えの日が、
多かったように思います。
明日の朝も、かなり冷えるようですね。
気候が不安定になっていると
日本語での気候の表現の
美しさを、
感じてみて、気分を
変えるのも良いかもしれません。
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2007年04月25日

瑞穂の国

『瑞穂の国』

日本は、みずみずしい稲の穂が
産み出される国。
新鮮で瑞瑞しく美しいもの。
生気に満ちたもの、
そんな、社会を目指すべく
政界も
財界も
企業も
民間も
努力していくことが
今の日本にとって
必要とされていることでしょう。
自然と調和し、
自然と共存し、
自然を育む、
環境問題も、社会問題も、
人間の本来よりもっている
愛を見つめ直すことから、
始めなければならない、
そんな状況なのかもしれません。
老齢社会、少子化は、
日本と日本人が、戦争と戦後の発展のなかで
見失ってきたものの代償かもしれません。
明治維新の若者たちの心にあったもの
大正浪漫の女性たちの心にあったもの
生きることの意味と
生きていることの証、
それは、何なのか、
平成の子供たちには、見失って欲しくないと
願ってやみません。
でも、それは、昭和以前の大人たちに
課せられた義務なのでしょう。
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2007年04月24日

芳紀

『芳紀』

「花の色はうつりにけりなり
 いたづらに我身世にふる
 ながめせしまに」
      小野小町

 女性がもっとも美しいといえる
年頃のことを「芳紀」という

 芳紀を迎えた彼女に
魅せられる男性は、数多くいることだろう。
そんな、女性のお年頃って
昔に比べると、長くなっている
そんな気がするのですけど
どうなのでしょう。

 小野小町は、芳紀の時期の短きことを
詠っています。
でも、芳紀の時期は、女性が輝いてみえる
時期ということなのだとも
言える気がします。
 40歳になっても、芳紀のような
女性って、いらっしゃると感じますから。
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2007年04月23日

サン・ジョルディの日

 昭和61年に、
日本カタロニア友好親善協会などにより
4月23日を、サン・ジョルティの日としたそうです。

スペイン・カタルーニャ地方、
あのサッカーの名門クラブ・バルセロナのある
地方では、昔から、
守護聖人サン・ジョルディをたたえる習わしがあるそうです。
男性が女性に薔薇を贈り
女性は男性に本を贈る。
なんとなく、よい感じの慣習だなって
感じてしまいました。

女性が、ある男性に、本を贈るとしたら
どんな本を選ぶのでしょうか。

本は、言葉の宝庫です。
素敵な本との出会いは、
とてもよいものです。
その本が、女性からの贈り物だったら
もっと素敵な気がします。

ところで、
昨日は、1970年からアメリカではじまった
地球の日であり、
1954年に清掃法が制定された日でもあったそうです。
環境問題を考える日であったのですね。
昔からの慣習を大切にすることって、
地球を大切にすることにも
どこかで通じるところがある気もします。
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2007年04月22日

小春日和

『小春日和』

 立冬をすぎてから、
春のように暖かい日々がつづくことを
小春日和というそうです。
 最近の寒さを思うと、
春なのに小春日和って、
いいたくなってしまう日が
出てきそうですね。
 季節を表す言葉、
自然を表す言葉に、
日本語には、美しい言葉が
多くあります。
 季語と呼ばれる
言葉の使い方って、
自然との調和と協調が
日本の文化の基本にあることを
示しているような気がします。

 環境問題が、深刻化するなかで
どんなことをすべきなのか、
人類に課せられた大きな課題を
解決していくための先駆けと
日本はなれるでしょうか・・・。
posted by 清水の伏竜. at 09:49| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

壬生狂言

「壬生狂言」

 重要無形文化財に昭和51年に指定された
京都の壬生寺で、4月21日〜29日に
行なわれる「壬生大念佛狂言」。
 私は残念ながら観たことが無いのですが
演目は、30番あるそうですね。
初番の「炮烙」から、
毎日、5番上演されるそうです。
 重要無形文化財は、
観ることができるときが、
限られているだけに、
そのチャンスがある方は、ぜひ観ておくべきでは
ないでしょうか。
 日本の伝統文化に触れることって
日本人として、とても良いことであるし
貴重なことだと感じます。
また国際人として海外で活躍するときでも
やはり日本人として、みられるわけですから
日本の文化を知っておかないと
恥ずかしいということになりかねません。
 国際人としてレベルの高い人は
やはり、自国の事に精通していますし
家族や家庭も大切に出きる人であると
思います。
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2007年04月20日

鳥啼山更幽

『鳥啼山更幽』
    王籍

 鳥の鳴く声がひとつ響き、
その後、何の声もしなくなった山の中は
いっそうの静寂に包まれる

 静寂、人生の歩みのなかで
哀しみ、苦しみ、困難、悲劇、
楽しくはない出来事に出会うことが
あります。
 笑い声が消え凍ったような静寂の時、
そんな時も、また人を成長へと
導くものであり、
人間を深めてくれるものであると
そんな教えを伝えてくれる言葉の
ひとつです。
 苦しさ、辛さ、悲しみ、
それを知る人は、知らない人よりも
いっそう深く、暖かく、
他人の想いや悩みを感じ取れるものです。
 だから、そんな経験も、
人生の糧として、捉えて
前向きに歩んでいきたいものですね。
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2007年04月19日

生我者父母 成我者朋友

『生我者父母
 成我者朋友』
   管仲

 親友の存在の大切さを
語った言葉です。
なにか大きなことを成し遂げるとき
人はひとりでは、
できないものであり、
心の友として、志を同じくし
本音で語り、支え合える友が
いることが、とても価値のあること
なのだということですね。

 今、自分が存在しているのは
父母のおかげである
 だが私を理解し、私を私らしく
いかしてくれたのは、友のおかげだ

 そう言いきれる友をもてることは
人生にとって最高の幸せのひとつと
いえるでしょう。
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2007年04月18日

死ぬ時節には死ぬがよく候

『死ぬ時節には死ぬがよく候』
        良寛

 人生の最後は、誰にでも訪れる
災害にあうときには災害に遭うしかなく
年を老いるものは、老いていくしかない
死ぬときには死ぬしかない
怖がっても、
嘆いたり諦めたり妄想に逃げたり
そんなことはせずに、
あるがままを受け入れて、
あるがままを受けとめて
そのときそのときに
できることを精一杯おこなっていく
それだけのことだというのです。
それは、「天真に任す」の境地であり
「無」、「寂」の言葉の示すが如く
良寛和尚の最後も、そんな最後であったそうです。

 アメリカで、また学校で、乱射事件がおき、
学ぶ志をもった若者の命が、奪われました。
 長崎市長が、市長選挙の最中に
銃撃されて亡くなられました。
志なかばで、凶弾に倒れた市長にとって
この死は受け入れられるものでは
なかったはずです。
ただただ御冥福を祈るのみですが、
市長の志を継ぎ、彼の死を無意味なものに
しないことが、この事実を受け入れて
残されたものが成すべきことなので
あるのもまた確かなことなのだと
いうしかないでしょう。

 死という別離は、いつか誰にも
訪れるものですが、それがどのように
訪れるのかは、わかりません。
召されるもの、みとるもの、
往くもの、残されるもの、
それぞれの想いが、そのにはあることでしょう。
そのときが来た時に、
無の境地でいられるのか
・・・・
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2007年04月17日

一切有為法如夢幻泡影

『一切有為法
 如夢幻泡影』
   「金剛般若経」より

この世は、すべて夢まぼろし、
水泡や影のように儚いもの
だからこそ、今の一瞬を
精一杯生きていくことが
大切なことだということです

永遠なものなど、何もない、
いつか消え往くもの
残るのは、自分の心と身についたものだけ
だから、ものごとに執着しても
意味はなく、無常であるという

でも、そんな世界に生きているからこそ
夢を大切に、精一杯生きていくことが
人生を価値有るものにしていける
生きている限り
夢をみて、
夢を追い続けていくことが
大切なのだということですね。
posted by 清水の伏竜. at 04:48| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

青空は教えてくれる風の色を、そして、遥かな夢を

『青空は教えてくれる風の色を、そして、遥かな夢を』
        エミリー「風の少女エミリー」より

 自然豊かな土地、
風のおばさんを追いかけて走るエミリー
きらめく、魔法の泉、
三人の王女、
森の王女のベット、
 少女の心に、自然の美しさが
語りかけます。
 風を感じながら、エミリーが言ったことば、

 青空は教えてくれる風の色を、
   そして、遥かな夢を

 日本にも、そんな想いを抱かせてくれる
自然が、四季の美しさと共に
あったはずです。
 そんな、自然に、子どもたちが
接することができたなら
どんなに素敵でしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 03:54| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分の生き方を貫くものは、どんな困難があろうと前を向きつづける

『自分の生き方を貫くものは、
 どんな困難があろうと前を向きつづける』
  ヒュー・マレーの言葉「風の少女エミリー」より

  父の死により、おばさんのマレー家に
 引き取られたエミリー、
 愛する父親に、誉められた髪型を、
 変えるようにいわれたとき、
 それを拒否したエミリー、
 閉じ込められた部屋から抜け出したあと
 おばさんから、髪をきられそうになったとき、
 エミリーは、その素直な瞳で、真っ直ぐに
 おばさんの顔をみて、言います。
 「髪を切られれも気持ちは変わらないわ」

 自分の生き方を貫くために、必要なものを
 既にエミリーは感じとっているかのようでした。

 自分の生き方を貫くこと、
 簡単なようでいて、とても難しいことです。
 まず、自分の生き方を定めることですら
 出来ないで迷う人だっているのですから、
 そして、自分の生き方、夢をもっても
 それを、貫き通すためには、
 さまざまな障害や困難の壁に突き当たっても
 それを乗り越える力、突き破るためにぶつかって行く勇気が
 求められます。
 人は、楽をしたいと思いがちです。
 その誘惑に、なかなか勝てないものです。
 それに勝つための意思の力が、
 必要になります。
 それは、知恵や知識では得られないものです。
 また挫折を恐れず、そこから這い上がる強さも
 必要です。

 自分の生き方は何なのか、
 そして、その生き方を貫けるのか、
 私の過去は、それが出来なかったと
 感じいます。寂しいですが、現実は厳しいものですから・・・。
posted by 清水の伏竜. at 03:53| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

若者よ、大志を抱け

『BOYS, BE AMBITIOUS!』
     ウィリアム・S・クラーク博士

 1877年4月16日、札幌農学校に8ヶ月滞在した
クラーク博士が、アメリカに帰国。
そのクラーク博士が、学生たちに
残した有名な言葉です。
 若い時代に、どれだけの大志を抱けるのか
それは、とても大きなことだと感じます。
今になって、本当に後悔している自分が
いるという感じがしてなりません。
 若いときって、年上の人の言葉に
何となく反発したくなったりするものです。
しかし、自分が年をとっていくにつれて
いかに、あのときの言葉の意味が
大切なものを含んでいたのかを
感じることになってしまいます。
そうならずに、聞いていて、考えてみて
良かったと思えるように
何事も、吸収し、冒険心と夢と希望を
もって、若さで、踏み出してみて
欲しいと思います。
若さというものの価値の大きさを、
失った時に、後悔することがないように・・・。
posted by 清水の伏竜. at 02:42| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

相送当門有修竹為君葉葉起清風

『相送当門有修竹
 為君葉葉起清風』
    虚堂智愚

友を門まで送ると
門前にあった竹の葉までも
清らかな風を起こし
友を送ってくれている

惜別の情に、真心をこめて
そこには清らかな風が吹き
清清しさが溢れている
日常でも、出会い、別れが
繰り返されています。
日々のそんな出会いや別れでも
大切にしていく気持ちがあると
また違った世界が開けてくるのかも
しれません。

少し、長い別れになるなら、
別れのときの想いも、
また強いものになるでしょう。
でも、別れは、次の出会いの始まり
またいつか出会うものと、
その一瞬を大切にしていくことで
違った心持ちになっていくのでしょう。

出会いと別れ、日常、共に過ごしている
家族や愛する人との間でも
別れて過ごす時間があります。
だから、
いってらっしゃい、
いってきます、
ただいま、
おかえりなさい
そんな挨拶や触れ合いが
とても大切なものであり
大切なことなのだと
いえるのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 16:40| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

親の生涯の成功か失敗かは・・・

『親の生涯の成功かは、
 子どもの結婚の成功か失敗による。』
     川端康成「山の音」より

 耳にいたい言葉です。
親不幸してるなって、
感じちゃいます。
でも、是ばっかりは、
縁ですから・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 22:00| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月13日

子供は父母の行為を映し出す鏡である。

『子供は父母の行為を映し出す鏡である』
         H.スペンサー

 いじめの問題にしろ、
子供たちの社会で起こっている
問題の多くは、大人たちの社会で
起こっていることの縮図であると
いうことですね。
 子供は、親や身近な大人の行動や
言動をみて育ちます。
そこから学んだものを
そのまま出してくるということでも
あるわけです。
 子供を叱るということは
自分を叱るということに
なることもあるのでは
ないでしょうか。
 自分たちが子供であったころ
どんなことが嬉しかったのか
どんなことがありがたかったのか
よく思い出すことが
大切な気がします。
posted by 清水の伏竜. at 07:39| 静岡 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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