2007年02月28日

把手共行

『把手共行』
   「無門関」より

信じるもの、
愛するもの、
いつも一体であると感じ
手を取りあって、
共に歩んでいく。
人生における喜びを
感じられるときということ。

仏と自己が調和しひとつとなり
手に手をとって、
人生の旅を続けていく悟りの歩みの
喜びを表した言葉ということです。

信じるひと、愛するひとと
手をつないで歩くことは
自然なことでもあり、
お互いを感じ会う素敵なことでもあると
いうことなのですが、
恥ずかしがって、手をつなぐなんてと
思わずに、手をつないで、
散歩してみるのもよいのでは
ないでしょうか。

でも、
そんな人がいる人は、幸せですね・・・。
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2007年02月27日

名利共に休す

『名利共に休す』

名誉、お金や財産などの利益、
そんなものを求めるのは、
やめてしまいましょう。

禅の教えです。

千利休は、その名前「利休」を
この言葉からとってつけたそうです。

茶道の心もまた、この言葉が
真髄にあるといえるのかも
しれませんね。

人生を生きることは、
純粋に、自分の道をきわめていくこと
そこに、名誉もお金も関係はなく
生きることにこそ意味があると
いうことです。

人生は、生きてこそ価値のあるもの
そして、生きることのなかに
道がみえてくる。
道を刻んでいくことができる。

道を見出すこと・・・。
そして、生きること・・・。
まず、そこからですね。
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2007年02月26日

水到れば渠成る

『水到れば渠成る』
     「伝燈録」より

水が流れていくと
その後には、自然に溝ができていく。

優れた人物のもとには、自然に人が
集まってくる。

小さな流れも、やがて大河になりえる。

人生を自分に自身をもって
自分を信じて歩んでいくことで、
そのあとには、その軌跡が残っていくもの。

いろんな溝があるでしょう。
師の溝を大きくするという流れもあるでしょう。
それは、人それぞれ、
焦らずに、流れを絶やさずに、
歩み続けることが、大切なのですね。
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2007年02月25日

紅炉上一点の雪

『紅炉上一点の雪』
     「碧巌録」より

南北朝時代のお話しです。
高僧が、問答をしていたそうです。

月庵宗光「白刃で殺されようとするときの一句を言ってみろ」

抜隊得勝「紅炉上一点の雪」

月庵宗光「それが溶けたあとはどうする?」

抜隊得勝「雨霰雪や氷とへだつれど 溶くれば同じ谷川の水」

純粋な心、真意な気持ち、自分を信じて
歩んでいくこと、その熱意が、紅い炉の焔になって
いれば、煩悩や困難などは、
雪のように溶けて流れていってしまうもの。
不安も、悩みも、熱い気持ちと心で、
溶かして流してしまえるような
心境にいること。
それが、大切ということですね。
なかなか、そんな心境に至るのは、
難しいかもしれません。
でも、近づけるように、常におもっていること
そして、行動するように、考えるように
心掛けることから、始めて行けば
やがて、その境地にたどリつけるかもしれません。
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2007年02月24日

幸福な結婚がまれなのは、

『幸福な結婚がまれなのは、
 女性が綱をつくるのに忙しくて
 かごをつくる努力をしないからだ。』
         スウィフト

さて、この言葉、
やはり、結婚の幸福さは
女性が握っているということ
でしょうか。
綱とかご、
この差は、何をさすのか、
なんとなく感じられるのでは
ないでしょうか。

今朝のTVで、少子化問題など
女性の識者が集まって話していましたが、
やはり、女性といての見本となるべき
トップリーダの皆さんが、
働きながら子育てすることの
良さと素晴らしさを、もっと伝道して
もらう必要もあると感じました。
悲観論は、悲惨な未来しか呼びません。
希望があるからこそ、未来を信じて
歩んでいけるはずなのに、
そのことを理解していない女性が、
政治のトップ層にいるのって、
なんだか哀しい気がしました。
TVでも、子育ても、仕事もしっかり両立して
いるトップレディをもっと多く扱って欲しいですね。
そんな女性がいること、そして、
そんな女性が、どんな環境で、働いているのか
それを知らしめることが、
女性の仕事と子育ての両立が、しやすい環境を
つくるための道しるべとなるのでは
ないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 21:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月23日

八風吹けども動ぜず

『八風吹けども動ぜず』
      「寒山詩」より

 人の心をまどわすもの、
あおりたてるものが、八つあり
それを、八風というそうです。

・利(意にかなうこと)
・衰(意に反すること)
・毀(陰でそしること)
・誉(陰でほめること)
・称(目の前でほめること)
・譏(目の前でそしること)
・苦(心身を悩ますこと)
・楽(心身を喜ばすこと)

常に、人生においては、
これらのことが、かわるがわる
おとずれてくるものであり、
その中を歩んでいっているもの
なのですね。

これらのことで、
よろこんだり、
おちこんだりしている
そんな人が多いのではないでしょうか。

そんな八風にさらされても
ゆるがない心、不動心を
もって、歩んでいくことが、
目的を達成するために、
必要なことなのでしょう。
そんな心を育てていくことが
必要であると語ってくれていr
言葉です。
posted by 清水の伏竜. at 20:22| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月22日

他人の短所が目につきすぎる人物は・・・

『他人の短所が目につきすぎる人物は
 経営者には不適だ。
 長所を効果的に発揮させるのが
 自分の仕事だと考える人物が、
 有能な経営担当者になれる。』
      ドラッカー

経営者、経営トップ、管理職、上司、
上に立つ人間にとって、
その下につくものを、
どのように活かすことができるのか、
それがとても大切ということですね。
そのためには、他人の短所を知る能力は
邪魔なだけで、
他人の長所を知る能力、
その長所を伸ばすことが出来る能力こそが
求められるということです。
でも、なかなか、それが出来る人は
少ないのが、世の常です。
誉めるよりも、叱る方が多い上司は
数多くいるものの
叱ることより、誉めることの方が
多い上司は少ないものです。
人の上に立つものが、
学ぶべきことは、
その下のものよりも
はるかに多いのだということを
もっと知る必要があると
いうことでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 07:50| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

貧の内に多くの幸福が伏在するが如く、

『貧の内に多くの幸福が伏在するが如く、
 富の底にはおびただしい不幸が潜んでいる。』
          シセロ

貧乏であっても、
幸福であるということが
人生にはあるものです。

裕福で富をもっていても、
不幸であるということが
あったりもするものです。

人生において、
幸福か、不幸か、
それは、貧富によって
決まるものではないと
いうことですね。

でも、富みがあって
幸福な人生という方が
より良いという
気持ちがするのは、
多くの人が、感じること
思うことではないでしょうか。

ただ、貧富に目がいってしまって
幸せを逃してしまう。
そんなことがないように
注意しなければいけないと
いうことでもあるといえるでしょう。

あなたにとっての幸せ、
その本質を見逃さないという
ことが大切なのですね。
posted by 清水の伏竜. at 07:58| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

良識を求めることの出来ない人間に三種ある。

『良識を求めることの出来ない人間に三種ある。
 一つ、恋をしている男。
 一つ、恋をしている女。
 一つ、それは、恋をしていない女である。』
       バーナード・ショウ

恋は盲目という言葉があるように
恋に夢中の人に、良識を求めても
ダメというのは、理解できないわけでも
ありません。
さて、解釈に困るのが、
恋をしていない女の意味ですね。
なぜ、良識を求めることができないのか、
感性の問題なのでしょうか。
それとも、女性は、母性をもたない人は
良識を求めてもだめということなのか、
バーナード・ショウが、
伝えたいこと、
あなたにはわかりますか。
posted by 清水の伏竜. at 07:48| 静岡 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

繁栄は友をつくり、逆境は友を試す。

『繁栄は友をつくり、
 逆境は友を試す。』

ことわざのなかには、
人の経験からくる教えが
そっと、おり込まれているものです。
この言葉は、友情の価値と
友とは、どんな相手をさすのかについて
考えさせてくれることわざです。

繁栄している人のところには
多くの人が集まってきます。
そして、友人になっていくことでしょう。
でも、繁栄が終わり、
逆境のなかに陥ったときに、
本当に人柄にほれて友人になった人と
繁栄しているという環境によって
友人になった人が、
はっきりとする。
試されるということですね。

本当の友人であれば、
逆境になったとしても
離れてはいかないでしょう。
友人になるきっかけは様々です。
でも、友人で居続けるのは、
人と人との関係の中で、お互いに
尊敬し、認めあうことが出来るという
ことが必要になります。
その人の心に惚れていなければ
だめだといえるでしょう。
逆境をともに乗り越えた仲間ほど
素敵なものはないといえるでしょうし
価値あるものはないといえるでしょう。

そんな友人を多くもっている人は
幸いです。
posted by 清水の伏竜. at 03:49| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月18日

「長」とは、自分の時間を会社に・・・

『「長」とは、自分の時間を会社に提供するものである。
 「長」とは、寿命を縮めるものである。
 よって、私は「長」と名のつく地位には絶対つかない。』
        大橋武夫

長とつくもの、
社長、部長、課長、議長、・・・
いろいろあります。
そこに、生き甲斐を見出せるなら、
命をかけてもよいのかもしれません。
長の重責をきちんと担ってくれているなら
それなりの報酬を得ることは
当然だと思います。
また、長は、それを支えてくれる人が
何人いるのかで、
苦労も変わってくるといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 22:33| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月17日

清福の心・惜福の心

『清福の心』
『惜福の心』

富を得て、名声を得ても
足りることない心のままでは
心は貧しく、幸福ではないのでは?。
富はなく、貧乏であっても
心の充実があり、
日々の生活が楽しく感じられているなら
その人は幸福といえるでしょう。
幸せの基準は、
結局は、富、財産ではなく
心の充実感、心の問題であると
言うことなのですね。
posted by 清水の伏竜. at 06:57| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。

『人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。
 しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に、』
        森信三

出会いは、
人を変え、人を育てる。
出会いは、
人生の糧であり、人生の楽しみである。
出会いは、
その人の一生に影響をもたらす。
出会うべき人に
必ず出会えるなら、
幸いである。
その時を、待っていられるか
それが問題になるかもしれない。
まで、出会っていない人、
縁をもっていない人、
残りの人生を変えてくれる人、
その出会いが
やがて、訪れることを
信じていたい。
posted by 清水の伏竜. at 07:51| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

強い人間は自分の運命を嘆かない

『強い人間は自分の運命を嘆かない』
        ショウペンハウエル

人間には、
さまざまなタイプがあり、
さまざまな性格があり
さまざまな感性をもち、
同じ人は、存在しない。

強い人と呼ばれる人は、
自分の運命、歩みの結果に
くよくよ悩むことなく、
前に進んでいくことができる。

どの程度強いのか、
それは、以外にわからなかったり
するもの。
思いがけない人が、
とても強い心の持ち主であったり
することもある。

あなたは、心の強い人だろうか。
強い人であれば幸いであろう。
posted by 清水の伏竜. at 07:09| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

人生にとって幸福な音が三つある。

『人生にとって幸福な音が三つある。
 ひとつは、夫が家にいて、静かに本を読んでページをめくる音、
 ひとつは、その傍らに妻がいて、何かを作っている音、
 ひとつは、その夫婦の側で、子供が元気に遊び戯れている音』
              西洋のことわざ

幸せの音。

人生にとって、幸せな音は、
やはり、素敵な家庭のなかで歌だねられる音。

幸せな家庭の音は、小さいかもしれないけど、
宝石のような輝きを放っていて、
天使のように美しいもの。

そんな幸せを、得られずにいて、
幸せだと、思っている人は、
心のなかに哀しみと寂しさを抱えているのを
必死に他のもので、覆って隠していると
いえるのでしょう。
そして、そのことに眼をむけないように
努力している。
本当の幸せを知らずに人生を終えるとき、
その人生が、本当の幸せのないものであったことを
知ることになるのでしょう。

そうならないように、
素敵な出会いが、あることを願いたい。
そして、
幸せの音を聞いて過ごすときを
迎えてみたい。
そんな気持ちは、
だれの心のなかにもあるのだと思います。
posted by 清水の伏竜. at 02:06| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月13日

拈華微笑

『拈華微笑』
   「無門関」より

釈尊が、霊鷲山で、法会を
行なったときに、
集まった会衆を前にして
無言で、金波羅華という花を
手にして差し出したそうです。
その時に、大勢の弟子たちは、
何もわからずに黙っていたのに
ひとり、摩華訶迦葉だけが
にっこり微笑んだそうです。
それをみて、釈迦は、
摩華訶迦葉に、教えを
伝えたということです。
花をみて微笑むことができる
無心で、あるがままを感じて
釈迦の真意を理解できたから
微笑みを浮べることが
出来たという。
言葉が無くても
感じ取れるものがある
そのことに気付けるどうか、
そんな心の会話の出来る相手に
出会えることは、
幸せなことですね。
posted by 清水の伏竜. at 02:25| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

人民の、人民による、人民のための政治

「人民の、人民による、人民のための政治」
       エイブラハム・リンカーン

 奴隷解放宣言と、この言葉を交えた演説で
今も知られる第16代アメリカ合衆国大統領
リンカーンが生まれたのが、2月12日。
当時の民衆も新聞も、
ゲティスバーグでの演説を酷評したという。
しかし、歴史は、新聞よりも、
リンカーンの方が正しいことを
証明したのではないでしょうか。
 今、この時代において、わたしたちも、
新聞、マスコミをうのみにして、
後の歴史で、笑われることになるかもしれません。
 本当に正しいことは何なのか、
その判断は、誰でもない、自分自身で
よく考えて、みなければ、ならないことだと
言えるのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 12:51| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

身心脱落

『身心脱落』
   「正法眼蔵」より

心と身体を曇らせているものが
人には、ついてくるようです。
その心を覆っていた妄想、煩悩のしがらみを
すべて削ぎおとして、
身も心も澄みきった境地にたどり着くこと
辿り着いた境地のことを、身心脱落という。
座禅や瞑想は、
そのような澄みきった身心の状態に
至るための手段であるということです。

心も身体も、澄みきった
スッキリとした状態に、
時々リフレッシュしなければ、
なかなか、今の社会を
生きていくのは、大変かもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 02:09| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

人間には上・中・下の三種類がある。

『人間には上・中・下の三種類がある。
 上というのは、他人のいい分別を学んで、
 自分の分別とすることである。
 中というのは、他人から意見されて、その意見を
 自分の判断にかえる人物である。
 下というのは、他人から良いことを言われても、
 ただ笑って聞き流す人間を言う。』
          佐賀藩主 鍋島直茂

 佐賀といえば、
歌で有名になりましたね。
その藩主が、残した言葉は、
現代の社会でも通じる言葉です。
誰でも、上の種類に入ることは可能です。
また、上の種類だけの集まりも
世の中にはあります。
 この言葉には、人生を良く生きるための
基本ともいえる心がまえの
ひとつが語られているといえるでしょう。
 メンターの存在は、人を上の種類に
導きます。よきメンターとの出会いは
とても大切なものだといえるでしょう。
その機会を逃さないように
心掛けていることが、
大切なのではないかと思います。
posted by 清水の伏竜. at 20:10| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月10日

未来を信じる心の強さが不可能を可能にする

『未来を信じる心の強さが不可能を可能にする
 信じる力が勇気となるのだから』
   ビビノ・ミライ
   「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」より

 ウルトラマンとの出会いは、
少年の頃でした。
流星のバッチに憧れたころ、
正義とは何かを、心のどこかに感じさせて
くれていたと思います。

 ウルトラシリーズも昨年40周年を迎えて
当時の少年の思いは、今も変わらずに
子供たちの心に伝わっていると信じています。

ウルトラQの表題の出かたも再現されていて
そして、

初代ウルトラマン=ハヤタ。

ウルトラセブン=モロボシ・ダン。

新ウルトラマン=郷秀樹。

ウルトラマンA=北斗星司。

4人の懐かしのヒーローたちが、
みためは歳をとっても
心は変わらない。
変身の姿をみせてくれる。

また、ヒーローからヒーローへ
受け継がれる想いも、
時代から時代へ、世代から世代へと
受け継がれていって欲しいですね。

40周年記念劇場作品のエンディングロールでは、
これまでのウルトラマンたちの勇姿を
垣間見ることができます。
どのウルトラマンを知っているかで、
世代もわかっちゃうかも・・・。

 勇気、愛、正義、信じることの大切さ

いつの時代も、ちょっとはずかしっていう人が
いたりしますが、大切なものであることに
間違いはありません。

 作品の最後に、ウルトラサインが描かれます。

”未来へ飛び立て ウルトラの光を信じて”

 子供たちの未来に、希望あれ!
posted by 清水の伏竜. at 13:52| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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