2007年01月31日

たったひとことが人の心に温かみを与え、

『たったひとことが人の心に温かみを与え、
 たったひとことで人の心を傷つける。』
          永崎一則

言葉のもつ力の大きさ、
たったひとことが、
人の心に与える影響には、
計り知れないものがあるかもしれない。
特にその言葉が、
自分の近しい人からであったとき
自分の信じる人からであったとき
自分の愛する人からであったとき
その与えられる衝撃は
ものすごい大きさになるでしょう。

だから、言葉には、気をつけることが
大切になるのだとも言えます。
特に、愛する人への言葉、
信じてくれている人への言葉、
近しい人への言葉、
どんな言葉が相手にどんな影響を
与えるのか、相手の気持ちになって
語ることが大切になるといえるでしょう。
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2007年01月30日

刀傷は治るが、・・・

『刀傷は治るが、
 ことばで与えた傷は治ることはない。』
          西洋の諺

 体への傷は、やがて癒される
でも、心への傷は、癒されることはない
そんな言葉が、西洋にあるということは、
心の傷へのケアーが、いかに大変なことであり
大切なことであるのかと
言うことだといえるでしょう。
 日本で、自殺の数が減らないのは、
やはり、心の傷へのケアーに関して、
未熟な国であり、意識がまだまだ低い国だと
いえるのだと思います。
企業の中でも、うつ病など、
心の風邪になってしまう人が増えていること
また、過労自殺の増加も、
身体の疲労だけではなく
心の傷も大きな要因になっていると
いえるでしょう。
企業内のいじめという問題があるのは、
心の傷を負わせることが、
企業内での行為や言葉がいかに
酷いことになっているのかと
いうことなのだといえるのでしょう。
 経営者や管理者などの言葉への
無頓着さが、従業員の心を傷つけ、
従業員満足度を低下させて
生産性を悪化させているのだということに
早く気付くことが求められているのだと
言えるでしょう。
 そして、その大人の社会でのいじめは
そのまま子供の社会に映し出されていると
言えるでしょう。
 子供のいじめは、教育問題だけではなく
大人のいじめを無くしていかなければ
無くならないような気がします。
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2007年01月29日

如何にして生くべきか、

『如何にして生くべきか、
 そういうことは、
 文学者の問題じゃなくて、
 人類全体の問題だ。』
     坂口安吾「新人へ」より

 生きかた。
いろんな文学作品の中に、
いろんな人の人生が描かれています。
それらの人生は、読む人に
何かのメッセージを与えてくれるでしょう。
でも、実際に生きているのは
物語の中の人ではなく
現実の社会、世界の中で息づく人です。
 今や、世界全体の問題が
人の生きかたに係わってくる時代に
なっています。
 環境問題、食糧問題、病気問題、経済問題、
さまざまな問題が、
一国だけの問題では、
なくなってきています。
 その意味では、人が生きていくことは
ひとりひとりの問題であると同時に
人類全体の問題、世界の問題にも
なっているといえるのかもしれません。
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2007年01月28日

運命を乗り越えられるのは

『運命を乗り越えられるのは
 最後まで自分を信じるものだけだ』
       アニメ「スパイラル」より

 自分を信じること。
何かを成し遂げる人や
成功を手にした人は、
そこに至る過程で、必ず自分を
信じることが出来ている人だと
いえるように思います。
 最初から最後まで
自分を信じて、チャレンジして
進んでいくことができる人は
自らの道をつくりあげていくことが
出来るのだといえるのでしょう。
 この自分を信じること、
簡単のように感じられて、
実際は非常に難しいことで
あったりします。
不安、恐怖、安全への逃避、
人は安定を望みがちです。
しかし、不安定な状況になっても
自分を信じて動じることがない
そんな心を保っていくことは
なかなか困難なことであったりします。
ひとりで、それを成し遂げることが
困難なことであったとしても
誰かに支えてもらってなら
出来ることが多いといえます。
成功者の中で、その支えとなる人が
いた人も多いと感じられます。
それはメンターであったり、
妻や夫、親、子供、友人であったり
人によって異なるでしょうけど、
そんな支えてくれる人がいたことで
成功できた人も多いのは確かなことです。
そんな人は、心に素直さと謙虚さを
持っているものです。
その人がいるから自分を信じれる
そんな人もまた運命を乗り越えて
自らの道を歩んでいける人でしょう。

どちらにせよ、成功した人たちの心と体の
支えとなる信念を、どう保っていったか
それは、見習うべき点ではあります。
それが出来るかどうかは、
また別の問題ではありますけど・・・。
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2007年01月27日

新入社員にオリジナリティはない。

『新入社員にオリジナリティはない。
 ”謙虚”の一語を叩き込み、
 ”この人だ”と思う人のコピーをするがいい。』
        嵐山光三郎

新入社員教育、
企業における企業理念と経営理念、
そして、その企業マインドを、
理解してもらうことが必要ですけど、
なかなかそれが出来ていないことも
多いようです。
もちろん、企業理念や経営理念が
しっかりしていない経営者では
そんな教育は出来ないわけですが。

さて、この人だと思う人をコピーしていく
この人、メンターといっていいかもしれません。
メンターとなれる人との出会いは、
とても大切なものであるような気がします。
そのメンターは、何も同じ会社の中に
いる必要はありません。
また、同じ会社や勤め先に、
メンターと思える人がいないかもしれません。
そんな意味でも、
新入社員の時代は、基本的には定時の勤務ですから
時間には余裕があります。
その時間に、いろんなところに出かけていって
自分のこれからを考えていくにあたって
メンターとなれる人との出会いを
求めていくことが必要な気がします。
もし、良いメンターに出会えたなら、
きっと、その後の人生が、大きく変わって
いくことでしょう。
そのためには、出会いと共に、
自分の夢と目的をしっかりと見つめなおす
ことが大切です。
入社したら、これをしたいと思うこと
その勤め先で、したいこと、
得たいことを、とにかく思いつくままに
書いてみるのもよいと思います。
そうしてみることで、
自分の思いを整理すること、
見なおしてみることが出来るでしょう。

企業からみたとき、
新入社員にオリジナリティはないと思って
教育することもあります、
そんな事わかっているとか、
なぜそんな事するのとか、
そんな思いは捨てて、
まずは謙虚に、学んでみることが
大切だと思います。
どんなことでも、まず学んでみる、
判断は後からでも出来ることですから。
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2007年01月26日

白馬蘆花に入る

『白馬蘆花に入る』
     「碧巌録」より

たくさんの小さな白い花の咲き乱れる野に
白馬が、入っていくと、
見分けがつかなくなることがあります。
でも、白馬と白い花は、まったく別のものです。
ひとつにみえても、別のもの。
別のものでも、ひとつにみえるもの。

同じようにみえる人であっても
同じ職種、職業の人であても
同じ会社の人であっても
人はそれぞれ違った個性をもった存在であると
いうこと。
ひとくくりにしてしまうレッテル張りした
集団の中にあっても、その中のひとりひとりは
まったく違った個性と人格をもった存在であると
いうことを、忘れてはいけないということですね。
ひとくくりにした判断は、
大きな過ちを犯すこともあり得るということです。
人は、何かの区分に属する人は、
みんな同じと思ってしまうことがあります。
でも、それは危険な思い違いを生み出すことに
成りかねないということを
考えておくことが必要だということですね。
また、その逆のこともいえるでしょう。
ある人が、いい人であっても、その人と同じに
みえる人がいい人であるとは限らないという
こともあり得ます。
 人は、ひとりひとり、違った存在であり
それぞれの価値をもった存在であるということを
忘れないで、接していくことが
大切なのだということですね。
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2007年01月25日

月落不離天

『月落不離天』
    「五燈会元」より

修行僧が問う
「仏法とはどのようなものか」
福厳守初が答える
「水流れて元の海に在り、
 月落ちて天を離れず」

水はいろんな場所を流れているけれど
やがて、大海へと行きつくもの。
月は東から昇って西に沈んでいくけれど
いつで天に在るもの。
仏法も、真理も、常にそこにあるもので
あって、特別なものとして特別な場所に
あるようなものではなく、
身近に存在しているもの。
目に見えなくても、誰の側にも、真理は
存在しているのだから、
いずれは真理に至ることは出来るものであり
それに気付くこと、気付くために
心を磨き、修行の日々を送るということ

近くにあっても、遠いと感じてしまう。
そんなものにこそ、大切なものが
あったりするということですね。
それは、親の愛かもしれないし、
友情かもしれません。
自然の恵みかもしれないし、
健康かもしれません。
本当に大切なものは何なのか、
心を澄ませて、見つめなおしてみる
そんなことも時には必要なのでは
ないでしょうか。
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2007年01月24日

私たちの世界は、私たちの手で、・・・

『私たちの世界は、私たちの手で、
 取り戻してみせる』
   「ふたりはプリキュアSplash☆Star」
      咲、舞、満、薫のセリフより

「最終決戦!奪われた緑の郷」の回での
最後のセリフです。
この言葉は、今の地球の問題への私たち全ての
人類が、感じるべきことを含んでいるように
感じられます。
 このセリフまでに以下のような言葉が
4人のヒロインたちによって、紡がれます。

  :
「鳥がいない」
「花も咲いていない」
「これが亡びの世界」
   :
「花を咲かせる大地はまだ残ってる」
「鳥が飛べる大空はまだ広がっている」
   :
「全てのものに命はやどる」
   :
「花が咲き」
「鳥は舞う」
「風が薫り」
「月は満ちる」
「それが、私たちの、命の輝きに溢れる
 私たちの世界」
「私たちの世界は、私たちの手で、
 取り戻してみせる」

 子供たちへ向けたアニメ作品の中にも
全ての人達へ、贈るべきメッセージを含んだもの
大人も考えるべきものが、あるものです。
そこが、アニメの素敵なところでもあったりします。

 緑の郷、この物語で出てくるこの郷は
私たちの地球そのものだといってよいのでは
ないのかなって思います。
 自然の美しさを豊かさを、私たちは、
無償で与えられ、決してなくならないもの
そんな感覚で、暮らしてきたのかもしれません。
しかし、それが失われるという事態になったとき
その大切さに気付いても、
既に手遅れであるかもしれないのです。

 ”地球温暖化”これは、自然の摂理で、
仕方がないものというわけではない現象です。
人類が、自分達のことしか考えずに暮らしてきた
その結果としての代償だといえるものです。
 このままでは、地球は亡びの世界に
なってしまうかもしれません。

 自分が何かしても、何にも変わらないという
後ろ向きの考えが、すべてを悪化させていきます。
 自分だけでも、何かをするのだという
前向きの考えが、すべての好転への礎となり得るのです。

 作品では、敵がいて、それから守るという
ストーリーになっています。
でも、その敵を、ちょっと今の自然破壊の温床と
なっている人類の行動に置き換えてみると、
地球温暖化という恐怖に対して、
立ち向かっていくこと、そんな行為を
ヒロインたちの言葉と行動から、
子供たちと一緒に、考えることが出来るのでは
ないでしょうか。

 何気ない自然、そして、その自然の恩恵、
日本人は、昔から、四季を感じ、自然の変化を感じ、
その変化に生活をあわせながら、
自然の恵みに感謝し、自然と共に歩んできた様に
思います。
 近代化の波の中で、見失ってしまった、
人間と自然との協調と融合、そんな生活の知恵と
慣習などを、思い返していくべきことが
必要になってきているのかもしれませんね。
 地球の自然を守りながら、
生活も便利にしていく、そんな両立を可能にする
努力と歩みが、私達人類に今、求められているのでしょう。

 ちょっとした注意から、
その小さな行為の積み重ねが、
大きな力となっていく、
ひとりでは、出来なくても、仲間と一緒にならできる
そんなメッセージも、物語からは、
伝わってきます。
posted by 清水の伏竜. at 05:39| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月23日

自灯明 法灯明

『自灯明 法灯明』
     釈迦

釈迦が亡くなるときに、
弟子が、
「師が亡くなられたあとは
 何を頼りに生きたらいいのでしょうか?」
とたずねたときの
釈尊のこたえが「自灯明 法灯明」でした。

闇夜に歩いている時に、
突然、灯りが消えたら。

修行の最中に、師が突然いなくなたら。

そんな時に、どうすれば良いのか。

その場に蹲り、泣き、留まって、
悩み、惑っているだけでは、
何も解決はしないでしょう。

そんなときには、
自分自身を、灯りとして、自分を信じて
前に進んでいくしかない。
自分の信じる法を頼りにして、
前に進んでいくしかないと
釈迦は言っているのです。

人生において、何が突然起こるのかは
誰にもわかりません。
そんな時に、結局、留まることなく
進んでいくために、頼りにできるのは
自分自身と自分が信じている法=理になると
いうことなのですね。
それが、信じられないと、
前には進めません。

この事は、人は、まず自分を大切にすることが
必要であるということにも
繋がっているといえるでしょう。
自分を大切にすること、
それは、命を大切にすることでも
あるのです。
posted by 清水の伏竜. at 05:24| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月22日

逢茶喫茶 逢飯喫飯

『逢茶喫茶
 逢飯喫飯』
   瑩山禅師

お茶が出たら、お茶を飲み
ご飯が出たら、ご飯を食べる

それらを与えてくれた
自然と農家の皆さんに感謝の心をもって
より好のみなどせず、
縁によって出会った飲み物、食べ物を
素直にいただくことが大切ということ。

澄んだ心で何事に対しても自然に
対応していけるように。

感謝の気持ちをもって、
目の前の飲み物、食べ物を楽しみながら
いただくことが、よき歩みへと
繋がっていくのでしょうね。
posted by 清水の伏竜. at 04:47| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月21日

眼横鼻直

『眼横鼻直』
   道元禅師

当たり前のことを
当たり前として受けとめ、
あるがままに心に
入れること。

それが仏法の真髄である。

生きているこの場所の
当たり前のことに
真理があることに
気がつけること。

簡単なようにみえることが
もっとも難しいということ。
posted by 清水の伏竜. at 04:51| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月20日

不雨花猶落

『不雨花猶落』
    趙州和尚

「槿花露を凝らし、梧葉秋になる、
 この中現成の事如何が提唱せん」
との修行僧からの問いかけに
「不雨花猶落、無風絮自飛。」
と答えたそうです。

 雨が降らなくても
やがて花は散っていく、
風がなくても柳のたねは飛んでいく、
それは、命の証であり、
自然のありのままの姿であり、
真理であるのに、
それを目にしていて、ありのままを
感じ取れないとは、
何をみているのかといわれたそうです。
 目の前にあるものを、
どのように見つめるのか、
そこにあるものをどう感じ取るのか、
そこに、何かを得ることが出来るか
できないのかの差が出てきてしまうと
いうことなのだといえるのでしょう。
 真理に出会っても、見過してしまわないように
心を開き、自然のまま、ありのままを
受け入れることができるような
気持ちでいられるようにしたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 07:14| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月19日

微妙の法門

『微妙の法門』

 人間のもっている
理性、知恵、常識では
捉えることのできないほど
卓越した不思議な、
素敵な、最高の教えのことを
いうそうです。
 そんな教えに出会えたとき
人は、悟りの境地を
感じることができるのかもしれませんね。
 その瞬間は、
きっと何ごとにも代えられないほど
凄い瞬間なのだろうと思います。
 そんな出会いを
いつの日にか、
感じてみたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 05:30| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月18日

実相無相

『実相無相』

すべてのものは、
その本当の姿、本性を
限定することはできないもの
固有に実態をもっているのではなく
”無相”であるということ。

無の境地へ到達することが、
座禅における悟りひとつ・・・。
心を無にして、
リラックスして、
人生を、生きることの意味を
考えてみることが
必要な時代なのかな・・・
そんな感じを受けるニュースが
多いですね。
posted by 清水の伏竜. at 04:15| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

不立文字

『不立文字』

 真理は、ことばや文字で
伝えられないものがある。
知性や概念をこえたもの。
悟りへと至る瞬間に感じること。
文字や語句にたよらないことも
ときには必要であるということ
であるようです。
 そういえば、
ソクラテス、イエス、釈迦、自ら文字を
残す事なく、側にいた弟子たちにのみ
その心のありようについて
言葉だけでなく、行動によって
伝えていたのでした。
 便利な時代、携帯電話、メール、
インターネット、電報、放送など、
情報を伝える手段、方法は、
さまざまなものがあります。
でも、真に深いところまで、
伝えるためには、側で感じると
いったことが必要なのかも
しれませんね。
posted by 清水の伏竜. at 04:48| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

教外別伝

『教外別伝』

 仏法の伝承は、
師から弟子へ心と体験と実践を
通じてのみ伝えることが出来るものであり
決して、経典だけで、伝えられるものでは
ないという言葉。

 今、少子化の中で、
技術やノウハウの伝承が、
経済界、産業界の中でも、
問題になってきています。
人を大切にしてこなかったことが
企業にとっての未来を閉ざす危機を
産み出しているとも
いえるのではないでしょうか。
特に特殊技能、各産業で特有な技能や
ノウハウは、マニュアルでは
伝えられないものです。
そのためには、指導者と指導されるものの
間で、やはり師弟的な関係の中での
伝承が、必要になってきます。
日本の良かった昔からの手法が
最近は、欧米の制度の真似によって
破壊されてきてしまったことにより
大きなリスクを抱え込んでいるとも
いえるような気がします。
経営者、株主、管理職といった
上に立つ人達が、しっかりと
未来への投資と人材を大切にすること
そして、育成とは何かを
もう一度、心の問題も含めて
しっかりと見直すべき時なのでは
ないのかなと感じます。
posted by 清水の伏竜. at 07:38| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

春闘

「春闘」

例年、春を前に、始まる
労使の間での交渉が、
今年も実質的な討議に入ったという
ニュースが流れていました。
戦後、最長の好景気といわれながらも
労働者には、まったくその実感のない
おかしな年月が、長く続いています。
格差という言葉が、貧富の差の
変わりに使われるようになって、
勝ち組み、負け組みという言葉が
流行るようになった最近の流れでは、
春闘は、労使が対等ではない
交渉の場に、なってしまっている
そんな印象が拭えません。
産業革命の後に起こった、
労働者への酷使の時代と
同じような時代になっている
そんな感じすらしてしまう人が
多いのではないでしょうか。
正しい評価基準も不透明で、
成果主義という名の使側の都合での
査定と賃金の決定が、
サービス残業の増加や
ストレスによる心の病の増加を生み出し
自殺者の増加、過労死の増加を
作り上げてた日本の経済界、
でも、経営者には、そんな意識はなく
株主と企業と経営者だけが、
利益の恩恵に授かってきた好景気は
まだまだ続いているわけです。
終身雇用、年功序列の恩恵を受けた
団塊の世代が、定年を迎える年となり、
サラリーマン、ビジネスマンの
生涯年収は下がっていくばかりの時代に
入っていっています。
そして、少子化のなかで、労働力の確保の
問題が出てきているなかで、
格差は、貧富の差へと変化していく
ことになるのかもしれませんね。
会社が、頼りになり信頼できた労使関係のあった
終身雇用・年功序列の時代は終わり、
会社は、頼りにはならない、信頼もできない
労使関係となっていっている成果主義の時代に
変わってきているなかでの
春闘の意味あい、出来ることも
変わってきているのだろうと感じられます。
さて、今年の春闘は、
どんな話題を提供してくれるのでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 05:49| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月14日

引退

「引退」
この言葉を、よく耳にするのは
スポーツや芸能の世界が多いですね。
その活躍の場から、去っていくこと。
現役として、選手や芸人などの職種における
仕事の場から離れること。
”2007年問題”といわれる
団塊の世代の企業からの退職も
いわば、引退といってもよいのかもしれません。
ただ、引退は、
次のステップへのスタートであるともいえます。
これまでとは異なる形で、
異なる立場で、
異なる環境で、
新しいことにチャレンジしていくことを
意味しているとも言えるでしょう。
昨年は、
サッカーの中田、城などの現役引退、
野球の新庄の現役引退などが、
話題となりました。
でも、それぞれ、次のステップへと
進んでいくという新しい活躍の場へと
踏み出したということでもあります。

清水エスパルスでも、
清水エスパルスが、0からスタートした
最初の年に入団して、
クラブの中心選手のひとりとして、
活躍してきた、澤登選手が、現役引退しました。
清水エスパルスの背番号10を長く背負ってきた選手です。
国際Aマッチ16試合、
Jリーグ381試合、
Jカップ66試合、
天皇杯39試合、
その出場試合のなかで、
Jリーグの初代新人王となり、
1996年には、Jカップ優勝、
1999年には、Jリーグ2ndステージ優勝、ベストイレブン、
2000年には、アジアカップウィナーズカップ優勝
2001年には、ゼロックススーパーカップ優勝、天皇杯優勝、
2002年には、ゼロックススーパーカップ優勝
と、クラブの栄冠の歴史を、
ともに歩んできてくれました。

その澤登選手の引退試合が、

1月21日 13時 日本平スタジアム で開催されます。

元日本代表選手、清水エスパルスのOB、現役選手などが
参加して、行なわれる引退試合は、
きっと、素敵な試合となることでしょう。

チケットも発売中(ぴあ、ローソン、CN、e+など)です。

LEGEND OF Mr.S−PULSE
澤登正朗 引退試合
ミスター・エスパルスと呼ばれた選手の最後の勇姿を
スタジアムで共に楽しみたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 04:33| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月13日

敵に塩を送る

『敵に塩を送る』

 永禄11年1月11日(AD1569)
上杉謙信が、
新潟県糸魚川市と長野県松本市を結ぶ
「塩の道・千国街道」を使って
武田信玄に塩を送ったことが、
この言葉の由来となっているそうです。

 戦国の世、まさに雌雄を決する戦いを
行なっていた者同士でありながら、
相手のことも認めていた。
武士道という言葉で、表されるような
心の交流の一旦が、形として表れたこと
なのかなと思ったりします。

 ライバルは、競い合ってこそ、
お互いに、成長することが出きる。
時には、助けてあげる余裕も、
人間の大きさを図る意味でも、
成長という意味でも、必要なこと
そんな感じのするエピソードですね。
posted by 清水の伏竜. at 08:01| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

サポーターズサンクスデー

サポーターズサンクスデー

ファン感謝デー

プロスポーツは、観戦してくれるお客さんが
とても大切であるわけです。
そんな、お客さんに、応援してくれた感謝と
これからもスタジアムへ足を運んで
応援して欲しいというお願いを込めた
イベントですね。

それぞれのスポーツのシーズンオフの期間に
行なわれるのが通常です。

やはり、日本では、プロ野球とプロサッカーの
クラブイベントが、目立つことになりますが、
他のスポーツでも行なわれているようです。

さて、清水エスパルスも
サポータズサンクスデーを開催します。

後援会員の皆さんには、入場引換券が送付されていますが、

一般のお客さんへの入場券の販売
も,
1月13日より開始されます。

清水エスパルスへの応援、宜しくお願い申し上げます。

☆清水エスパルス サポーターズサンクスデー
 日時:平成19年1月20日(土)13:00〜15:00
    当日券販売:10時 開場:11時
 会場:ツインメッセ静岡・北館【所在地:静岡県】

当日は、「あなたが選ぶ2006年チームへの貢献度No.1選手は誰?」の
結果表彰式も行なわれます。
選手との触れ合い、ゲームやステージなど、
楽しんで欲しいと思います。

 
posted by 清水の伏竜. at 06:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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