2006年11月30日

人の心はパラシュートのようなものだ。

『人の心はパラシュートのようなものだ。
 開かなければ使えない。』
      オズボーン

人の心をひきつけるため、
人の心をよびよせるため、
人の心にあたえるため、
みな、心を開いてこそできること
相手の心を開くために
何をなすべきか、
それは、まず自らの心を
開かなければならないのでしょう。
心を開き合って、
通い合える相手との出会いは、
貴重で尊いものであるといえます。
だから大切にして
育んでいきたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 02:29| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月29日

自費出版

自費出版

最近は、この言葉がニュースになることも
出てきています。
まあ、感覚的には、同人誌の延長ですね。
しかし、同人誌が、すべて自分達で
行なうのに対して、
自費出版をしてくれる会社というものが
あって、装丁やタイトル、デザインなどを
手伝ってくれたり、
販売の支援をしてくれるというものだそうですが
60萬から200萬とか、お金かかるみたいです。
また、自費出版の本のコンテストなども
あるようですね。
携帯小説、ブログ小説など、
出版しなくても、小説や自伝を公開する方法は
あります。
また、同人誌即売会に参加するといった方法も
昔からあります。
自費出版の会社のなかには、
多額の費用請求で、トラブルになっているケースも
あるようですから、
いろいろと調査してから、
行なうようにすることをお勧めしますね。
どうせ出版するなら、国会図書館に送りたいものです。

自分の想いや考え、空想、創作の世界を
かたちに残したいという気持ち、
言葉に綴りたいという気持ちは、
とても素敵ですし、夢があってよいですよね。
私も、自分の本を出してみたいという想いはありますから。
posted by 清水の伏竜. at 06:54| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月28日

平和な・穏やかな大洋

Pacific Ocean 太平洋

平和な・穏やかな大洋 と
1520年11月28日、マゼランによって
名付けられた大海。
マゼラン海峡を通過して、太平洋を横断し
地球を一周したマゼラン。
太平洋と名付けられたその海の周辺が
本当に穏やかで、平和な日々を
おくれるようになって欲しいと
願いたいですね。
posted by 清水の伏竜. at 06:28| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

郷里を異にし、職業を異にし、貧富を異にし、

『郷里を異にし、職業を異にし、貧富を異にし、
 家庭の中でも性質の異なったのがいる。
 我々の生活にはいろいろな要素がまざりあい、
 組み合わさって、どの家庭にも、
 それぞれの「家風」が出てくる。』
         庄野潤三

現在、社会において、
大きな問題になっているものに、
教育問題に絡んだ、いじめ、自殺があります。
また、家庭内暴力、
子供の食生活の問題(成人病の低年齢化)、
少子化の問題、介護の問題、
どでも、問題の核は、家庭にあると
いえるものでしょう。
得てして、学校や先生や教育委員会や自治体、
社会の問題に、親はしたがります。
そして、自分たちの問題には、
どうしても目をそらしがちです。
しかし、それでは、問題は解決していく
ことはないように感じます。
親子の会話、どんな家庭教育をしてきたのか
子供のことを、どこまで理解していたのか
本音を言える環境、見つけられる環境に
あったのか、自殺した子供たちの
家庭環境についても、
しっかりと検証していくことが
必要な気がします。
家風は、家庭の個性です。
それが、どのようなものになっていくのかは
家庭の人達の関係、コミュニケーション、
そして、愛、仁、孝、礼、義、忠、信、悌、など
道徳的な面での環境は、どうだったのか、
自殺が、起こったり、
殺人が、起こったり、
そんなことがおこる原因は、何なのか。
学校の問題や、先生の問題、教育委員会の問題も
しっかりと追求していかなければならないでしょう。
でも、家庭の問題も、目をそむけてはいけないことで
あるといえます。
自殺した子供の両親は、何故、子供の苦しみに
気がついてやれなかったのか、
何故、子供がいじめられていることに気がついて
あげられなかったのか、そして、その苦しみから
守ってあげることが出来なかったのか、
その原因をはっきりとさせて、
同じ過ちを他の家庭で起こさないよいな
活動を、学校を訴えると同じにしていって
欲しいと思います。
両親も子供を失った被害者だけでなく、
子供を助けられなかった加害者でもあるのですから。
そして、他の家と比較したり、
他の子供と比較するのではなく、
その子供の本質と可能性を伸ばしてあげること
見つめてあげ、見守ってあげることが
大切であるのではないでしょうか。
家庭は、みな異なるものなのですから。
posted by 清水の伏竜. at 06:24| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月26日

どんな女性にとっても最良の夫というものは、

『どんな女性にとっても最良の夫というものは、
 考古学者に決まっています。
 妻が年をとればとるほど、
 夫が興味を持ってくれるでしょうから。』
       アガサ・クリスティ


ミステリィの女王であり、
自身の生涯もミステリアスであった
クリスティの言葉ですが、
彼女の人生経験と無関係ではない言葉で
あるのかもしれませんね。

エルキュール・ポワロ、
ミス・マープル、
は、稀代の名探偵として有名ですが、
わたしは、おしどり夫婦探偵コンビのシリーズが
作品の中ではお気に入りです。

女性にとっての最良の夫とは?
男の私には、わかりかねるところですね。
でも、未だに縁のない私は、
良い男性ではないのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 22:45| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月25日

可山優三

『可山優三』
  三澤千代治

学術優等・品行方正である人間でなくて
成績の中に、優が三つあってあとは可であるような
学生を採用したいということを、
三澤氏は、語っていたそうです。
個性のある人間、
何かが得意、好きである人間、
そんな人間の方が、
何かをしでかしてくれる
そんな期待があるのではないかなと
感じました。
受験のための勉強であっても、
本質としての勉強をしている人と
単に試験に受かるテクニックとしての勉強を
している人では、
その中身の濃さと理解の深さは
異なってきます。
また応用という面や、創造、想像といった面での
差はより大きいのではないかと
感じます。
親も、可や不可の成績を叱るのではなく
優の成績を誉めることに力をいれて
あげることが、子供の可能性を伸ばすためには
大切なことではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 23:01| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月24日

幸せは分かち合うようにつくられている

『幸せは分かち合うようにつくられている』
           ラシーヌ

自分は幸せだと思っている人、
感じている人は、
その幸せを誰かと分かち合っている
だろうか。
もし、ひとりで、そう思っているのだとしたら
それは幸せではなく、
傲慢なだけなのかもしれない。
他人の不幸の上にいるだけなのかもしれない。
勘違いの幸せ、偽りの幸せなのかもしれない。
あなたは、本当の幸せを
つかんでいますか?。
posted by 清水の伏竜. at 03:17| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月23日

女性にとって満足のいく・・・

『女性にとって満足のいくただ一つの運命は、
 幸福な結婚である。』
      モンテルラン

さて、この言葉の価値は、
現代社会においては、
もしかしたら小さくなってしまっているの
かもしれませんね。
でも、幸福な結婚は、
女性だけでなく、男性にとっても
人生を満足いくものにするためには
本質的には、必要なもので
あるように思います。
それは、人間が、男女という2つの
性別をもって生まれていること
そして、愛し合うことが
幸福において必要なことであり
子孫を残すことは、
生きている証であり、
存在意味のひとつであること。
そのためには、幸福な結婚と
幸福な家庭は、人生を満足ゆくものに
するために必要不可欠なもので
あるといえるでしょう。
それが得られない場合、
自分では幸せだ、満足だといいながらも
どこかに、不満を残しているのでは
ないでしょうか。
ただ、意地をはって、それを認めたくないだけ
そんな気がしてなりません。
私もそんなひとりなのかなと感じます。
posted by 清水の伏竜. at 23:27| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月22日

それ自体の不幸なんてない。

『それ自体の不幸なんてない。
 自ら不幸と思うから不幸になるのだ。』
       アルツァバーシェフ

ものごとは、何ごとも
考え方ひとつで、
よい方向にも悪い方向にも
いっていまうものなのかもしれませんね。
不幸の基準も、人それぞれ、
でも、不幸だ、不幸だと
思っていれば、本当に不幸に
なってしまって、そこから脱することは
ますます難しいことに
なってしまうのでしょう。
パレアナのよかった探しのように、
幸福だ、よかったなと思うことを
いつも見つけて、思っていれば、
やがて、幸福に、なっていくもの
なのかなと思います。
落ち込んでいるときや、
病のときは
なかなか、難しいものです。
誰かが、そばにいて、
よい方向に導いてくれるとよいのですけどね。
そんな相手がいる人は、
それだけで、幸福なのだと思います。
posted by 清水の伏竜. at 06:11| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

うつせみの命を惜しみ波に濡れ

『うつせみの命を惜しみ波に濡れ
 伊良虞の島の玉藻刈りはす』
        万葉集

島に流されて、自分の命のはかなさを
感じる様子を謳った歌ですね。
命は、はかないものです。
うつせみの命、
だからこそ、大切にしていかなければ
いけないのだと思います。
posted by 清水の伏竜. at 05:28| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

人は誰しも一人の生涯を一人で生き、

『人は誰しも一人の生涯を一人で生き、
 己一人の死を一人で死ぬものです』
         ヤコブセン

人生観、死生感は、人それぞれなのかも
しれません。
先人のさまざまな言葉には、
それぞれの生きざまと環境、経験から
うまれている人生観を感じられます。
人生において、自分の生き方に
悩んだとき、先人の言葉の中に
何かを見出せることがあるかも
しれません。
一人で生き、一人で死ぬ。
でも、その過程においては、
愛する人、愛してくれる人、
様々な出会いと、
支え合えるあいてなど、
一人ではない歩みがあります。
生涯は、それぞれ一人一人別なもの
唯一なものです。
でも人生を歩むには、一人っきりでは
寂しいものです。
死は一人なのですから、
それまでは、一人でなく、多くの人と
出会い、愛する人と生きていきたい
そうして、より充実したものに
していきたいものではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 06:52| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

あたかもよく過ごした1日が、

『あたかもよく過ごした1日が、
 安らかな眠りをもたらすように、
 よく生きられた一生は、
 安らかな死をもたらす。』
    レオナルド・ダビンチ

安らかな眠り・・・
何となく久しい気がします。
安ならかな死が
訪れるか否か、
どんな生き方をしたのかに
よるということですね。
精一杯、生きて、
生きて、生きて、
そして、自然に、神に召される日まで、
夢を追いかけていきたいものですね。
安らかに、その日をむかえるために。
posted by 清水の伏竜. at 22:29| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

他は是れ吾にあらず

『他は是れ吾にあらず』
      道元禅師

何かをしようとしたときに、
他の人から、
「いまやらなくても大丈夫なのでは」
「だれか若い者や、手のあいている者にやってもらえば」
「そんなことしなくてもいい」
など、いろいろと言われることが
あるかもしれません。
人の助言、忠告は、ありがたいことですし、
考えさせられることです。
でも、自分で、しなければならないと
判断し、決めたのであれば、
他からの言葉に左右されることなく
自分でやりぬくことも
大切なことですということを、
禅師は、伝えてくれています。

自分でやるべきことを、自分で決めたのなら
それは、自分でしっかりとやりぬくことが
意味を持つことであると
いうことですね。
自分でやらないのであれば、
最初から自分ではやらないと
決めるべきなのだとも言えるのでは
ないでしょうか。
するべきこと、しないこと、してもらうこと、
それらをしっかりと判断して
決めていくこと、
そして、決めたら、やりぬくこと。
大切なことなのだと思います。
なかなか簡単なようで、難しいことでも
あります。
人生の歩みのなかで、自己を成長させていくためには
必要なことなのではないかと感じます。
posted by 清水の伏竜. at 08:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月17日

随処に主と作れば立処皆真なり

『随処に主と作れば立処皆真なり』
       臨済禅師

いつでも、どこでも、どんなときも
真実の自分を、見失わないようにして
常に自己の純粋な心をみつめて
他人に振り回されずに、
真心から行動するようにしなさい。
そうしてうれば、
どんな状況、環境においても
人生の真意や、生きる意味を
見出すことができるでしょう。
自然体でいること、
無心でいること、
執着心をもたないこと、
難しいことですけど、
それが、人生をしっかりとした
土台のもとで、歩んでいくために
大切なことなのだと
いえるのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 06:47| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

相手の本心を知りたければ、

『相手の本心を知りたければ、
 相手の顔をじっと見つめることだ。
 表情を見ていると、言葉の意味が
 つかみやすくなる。』
   チェスタフィールド

 人の表情には、その人の考えが
どこかに出てしまうものだといいます。
また、人の顔には、その人の人生と
その人の人柄が、表れてくるといいます。
表情と顔のつくりは別物ですから、
その点には注意が必要かも
しれませんね。
また、仕草にも、人の心の動きが
表れてくるともいいます。
よりよきコミュニケーションを
とるためのプラス思考での
取り入れ方をしていって欲しいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 06:13| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

上手なあいづちは、

『上手なあいづちは、
 人の心の真実を汲み出す誘い水である。』
          吉川英治

 会話をスムーズに進めるのに
あいづちの使い方は、大切ですね。
むやみに多いのも、良くないでしょうし
肝心なところで、使わないのも
だめといった感じでしょう。
 そして、会話のうまい人、
人に話しを促がすのが上手な人は、
あいづちの使い方もうまいと
いえるでしょう。
 ちょっと、気にしてみるだけで
よいコミュニケーションが
とれるかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 03:18| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

生を明らめ死を明らむるは

『生を明らめ死を明らむるは
 仏家一大事の因縁なり』
      道元禅師

生とは、死とは、何なのか、
人はどう生きるべきなのか、
仏道を歩むものが、ときあかすべきこと。
より、みのある人生を歩むために、
今日をひたすらに賢明に生きること。
それが大切なこと。

死は、賢明に生きたあとのこと。
だから、自ら死を選んだり
殺生をすることは、大いなる罪であり
意味なきことであるといえるでしょう。
人生は、たったの1回きり、
やりなおしは出来ないものだから。
生まれ変わりなどはない、
天上天下唯我独尊、唯一無二の存在で
あるのだから、生まれてくる命は、
まったく新たなる命。
死後は、ずっと死後の世界に留まるだけ、
もしくは現世をさまよい憑依するだけ、
2度はない人生であることを
もっとしっかりと自覚して、
生きていって欲しい。
posted by 清水の伏竜. at 02:50| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

明珠在掌

『明珠在掌』

透明で曇りのない珠玉の
ありかは、自分の中であることに
人は、気がついていないことが
多いということです。
外ばかりに目が言ってしまい
心のなか、自分のなかに
目を向ける余裕が
なかったりします。
自分の個性と能力に
気がつき、信じること、
そこから、何かが変化していく
変わっていけるのかも
しれません。
posted by 清水の伏竜. at 09:35| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

応に住する所無うして其の心を生ずべし

『応に住する所無うして其の心を生ずべし』
         金剛般若経より

心をひとつのところに、
ずっと留めておくのではなく、
その時々の状況に応じて
自由自在に、動かして、対応して
いくことが、大切であると
いうことです。
心を留めてしまうこと、
それは、執着心となって
その人の成長も前進も止めてしまいます。
怒り、喜び、悲しみ、悔しさ、苦しみ、
感情は、その時々のものであり、
それをいつまでも同じ状態でいることは
よいこととはいえないということですね。
平安で、静かなる状態を基準にいて、
心を動かしていくこと、
感情をコントロールしていくことが
大切なのであるといえるのでは
ないでしょうか。
それが、ひとりでは難しいときは、
誰かの助けを借りて行なえばよいのだと
思います。
posted by 清水の伏竜. at 14:12| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

一切唯心造

『一切唯心造』
   甘露門より

あらゆるものは、
すべて、心がつくりだしたものに
すぎない。
心が濁っていれば、
周囲の環境も生活も濁っていくもの
清い世界は、清い心からしか
産み出せない。

やはり、今の社会の暗部は、
大人たちの心の貧しさ、自分本意で
思いやりのない心が産み出しているのだと
いえるのかもしれません。
だとしたら、それを改善していくためには
大人の心が、変わっていかなければ
ならないということでしょう。
それも、影響力をもった、
大人の責任は非常に重いのだと
いうことになります。
それをしっかりと認識して
自覚して欲しいと感じます。
posted by 清水の伏竜. at 20:21| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。