2006年10月31日

何を笑うかによって、その人柄がわかる。

『何を笑うかによって、その人柄がわかる。』
  マルセル・パニョル

笑いにも、いろんな種類があります。
どんなことに、どんな笑いをするのか、
それは、たしかにその人の
人柄や知性、心のありようが
表に出てくるひとつの形だと
思います。
どんなときに、どんな笑いかたをするのか
その笑いは、
やさしさのゆえか、
おかしさのゆえか、
安心のゆえか、
それとも、軽蔑ゆえなのか、
笑いの様子によっても
さまざまです。
笑顔、怒った顔、渋い顔、きつい顔、
苦しい顔、厳しい顔、哀しい顔、
顔の表情は、人の心を映し出すものですから。
posted by 清水の伏竜. at 02:33| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

木にはそれぞれクセがあり、一本一本違います。

『木にはそれぞれクセがあり、一本一本違います。
 産地によって、また同じ山でも斜面によって変わります。
 真っすぐ伸びる木もあれば、ねじれる木もある。
 材質も、堅い、粘りがあると、さまざまです。
 木も人間と同じ生き物です。
 今の時代、何でも規格を決めて、
 それに合わせようとする。
 合わないものは切り捨ててしまう。
 人間の扱いも同じだと思います。
 法隆寺が千年の歴史を保っているのも、
 みなクセ木を上手に使って建築しているのです。』
    法隆寺宮大工 西岡常一

 個性を大切にするといいつつ
実態は、個性を大切にはしていないのが
今の社会のありようなのかもしれません。
格差社会の根底にあるものは、
個性を許さない成果主義・結果主義なのかも
しれませんね。
 人件費を抑制するために、
生活費を人質にとって、賃金を一定以上には
あげないようにする。
そして、一部の評価する権限や、配分する権限を
もったものが、自らの価値を高いものとして
多くのものを得る。
一部であっても、そんな現実が存在している
そのために、歪んだ社会になっているのかも
しれませんね。
人は、なぜか、ものごとに優劣をつけたがります。
でも、どんな仕事にも、どんな役割にも、
必要のないものって、
あるのでしょうか。
もしあれば、その仕事も、役割もなくなって
しまうでしょう。
でも、なくなっていないのなら、
その仕事も、役割も、必要なものであり、
なければならないものなのではないでしょうか。
だから、その仕事や、役割に、
優劣をつけることって、
本当に意味のあることなのでしょうか。
優劣は、差別を生み出す温床になりかねない
危険をはらんでいます。
必要なこともあるでしょうか、
あまりに強調しすぎたときに、
そこには、おおきなリスクがあるような気がします。
バランス感覚と、価値への平等性とが
とても大切になってくる気がします。
でも、それを忘れがちなために、
いろんな弊害を生み出し、
ときには、人の命をも奪ってしまうことに
なってしまっているような気がします。
posted by 清水の伏竜. at 01:31| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

人間をよく理解する方法は、たった一つしかない。

『人間をよく理解する方法は、たった一つしかない。
 それは、彼等を判断するのに、決して急がないことだ。』
        サント・ブーヴ

第一印象、
これが大切とよくいわれます。
人は、人を理解するときに、
第一印象によって、大きく左右されてしまうようです。
しかし、第一印象ほど、
不確かな要素で満ちているものは
ないきがします。
なぜなら、誰もが、第一印象は
良くしたいという気持ちから
真実の姿をみせることは、
殆どないからです。
でも、人は、第一印象で、物事を
判断してしまうのです。
それが、誤っていても、関係なく。
そんな人間の感情的な部分に、
訴えかけるために、
賢い人ほど、第一印象を、大切にします。
でも、その人の真実は、
実際に付き合って見なければわからない
ものです。
真実の姿は、
一定の時間以上、よくその相手を
みていなければ、みぬけないということです。
だから、人を判断するのは、
急いではダメだというのは、
まったくもって正しい言葉ではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 22:58| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

好事不如無

『好事不如無』

よろこばしいことも、
その結果として
煩悩を産み出してしまうなら
執着や妄想をつくってしまうなら
なかった方が
よかったということに
なってしまいます。
そんなことにならないように
常に自らを戒めておくことが
大切であるということですね。
良いことがあるのは
素晴らしいことです。
でも、それが、誤った方向に
むかわねように、
注意しなければいけないと
いうことですね。
より善く生きていくためには
大切なことだといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 06:16| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

無位の真人

『赤肉団上に一無位の真人有り、
 常に汝等諸人の面門より出入す。
 未だ証拠せざる者は、
 看よ、看よ』
      「臨済録」より

臨済禅師の説法は、
人の中には、眼や鼻や口や耳などから
出たり入ったりしている真実の人間性が
存在していて、それは時空をこえた存在であり
その存在を自覚できないものは
しっかりとみつけなさいと
いっているわけです。
誰もがもっている純粋な人間性を
しっかりと自覚するところから、
悟りははじまるということですね。
それは、人には、真人というべきものが
備わっているのに、
気がつかないでいる人が多いという
ことでもあったりします。
自己の中の善、仁、真理に目を
むけることが大切なのだとも
いえるでしょう。
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2006年10月26日

短い人生の中で、最も楽しいことは、

『短い人生の中で、最も楽しいことは、
 自分の心の波長と合う人との出会いです。』
           稲盛和夫

本当に、人生をより充実したものに
するためには、自分と波長の合う人に
出会うことは重要ですね。
とくに、人生を友に歩む伴侶となる人と
心の波長があっていたなら、
素敵な人生を歩むことができるでしょう。
そんな人との出会い。
あるといいなって思います。
posted by 清水の伏竜. at 23:58| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月25日

なかなか知らない言葉など

IT関係の仕事をしていると、
カタカナ語や、アルファベットの略語などが
出てきます。
おなじ文字なのに、意味が違う略語が
結構あったりして、どの技術、業界で使用しているのか
前後の文脈をふくめて、判断しなければ
ならなかったりします。
英語のフルスペルを一緒に記載しておかないと
文書などでは、間違って解釈されることも
あるかもしれません。
便利なようで、便利ではない
そんな言葉って、
結構多いものですね。
最近、ちょっと、そんなことを感じたりします。
posted by 清水の伏竜. at 23:48| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月24日

行住坐臥

『行住坐臥』

日々の生活、
過ぎ行く日常、
そのなかの立ち居振舞いに
よって、心が育つもの。
生活そのものが
修行のようなもの。
行動に、規律と作法を
もって、それが自然に
行なえるように、
生活できるとき、
心に何かを得ることが
出来るでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 05:12| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月23日

人間には上・中・下の三種類がある。

『人間には上・中・下の三種類がある。
 上というのは、他人のいい分別を学んで、
 自分の分別とすることである。
 中というのは、他人から意見をされて、
 その意見を自分の判断にかえる人物である。
 下というのは、他人から良いと言われても、
 ただ笑って聞き流す人間をいう。』
     佐賀藩主 鍋島直茂

人の価値とは、何なのか、
それを図る目安として、
分別に関することを基準としたときの
ことを、昔の人が語っています。
そして、その判断の基準は
現代社会においても
どうようであるといえるのでは
ないでしょうか。
そして、世の中の大人が、
上になるように意識していかなければ
子供たちも、上の意識を
もってはくれないでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 21:45| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

自浄其意

『諸悪莫作
 衆善奉行
 自浄其意
 是諸仏教』
   七仏通戒偈

悪いことをするなかれ、
善いおこないをしなさい、
そして、みずからの心をきれいにしましょう。
それが、仏の教えです。

こんな短い文ですが、
人として、生きていくうえで
大切なことを伝えてくれています。
心をきれいに、することで、
より善き人生を歩んでいく
必要最低限のことなのかもしれません。
簡単な言葉であるけれど、
言っていることは大切であり
重いことばです。
そして、簡単な言葉でいえることほど
実行するのが難しかったり
困難であったり、
大変であったりするのかも
しれません。
posted by 清水の伏竜. at 17:23| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

情けは人のためならず

『情けは人のためならず』

よく、耳にすることわざです。
相手の為に、何かをすること、
情けをかけること、
それは、相手のためにするのではなく
自分のためにすることだと
いうことですね。
よき人生を歩むためには、
他人に対しても、仁をもって
情けをあたえることが
大切であるということです。
善行が、誰のためでも無く、
自分自身のために行なうもので
あるのと同じことですね。
posted by 清水の伏竜. at 08:10| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

人間にとって、苦悩に負けることは

『人間にとって、苦悩に負けることは恥ではない。
 快楽に負けることこそ恥である。』
      パスカル

人が生きていく、
長い長いときの流れ、
そのなかで、出会う、
さまざまなこと。
そんな中で、
人が人であるがゆえに、
いろんな壁、誘惑に、
負けそうになること
負けてしまうことが
あるかもしれない。
その中でも、
人であるという尊厳を
守るために、
苦悩に負けても、
最低でも、
快楽に負けてしまうことだけは
さけなければならない。
そのことを、
しっかりと、心に刻みこみ
生きていって欲しい。
生きていきたい。
そう感じるものです。
posted by 清水の伏竜. at 05:59| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

底浅き小川は音をたてて流れ、

『底浅き小川は音をたてて流れ、
 満水の河は、おのずから静かに流れる。』
     スッタ・ニパータ

 静かに、優雅に流れる河のような
人生を送りたいものですね。
今の社会は、多くの矛盾をかかえ
多くの問題を抱えています。
人は、さまざまな軋轢のもとで
多くのストレスをうけながら
生きています。
 底浅き小川では、辛い苦しい
流れになってしまうでしょう。
 でも、なかなか大きな河に
なるのは大変です。
 でも、なんとか、そんな大きな河へと
かわっていきたいと
誰もが願っているのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 08:02| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月18日

人生は道路のようなものだ。

『人生は道路のようなものだ。
 一番の近道は普通一番悪い道だ。』
       ベーコン

何かを成し遂げるために
近道をしようとすれば、
それは、もっとも困難な道を
進むことを意味するということですね。
楽できる近道は、
人生にはないということです。
もし、成功にはやく辿り着くことを
願うなら、困難を覚悟する必要があると
いうことでしょう。
もし、夢や目標に早くたどりつきたいなら
大変なことが多いということを
知っておくべきだということでしょう。
なぜなら、
近道ほど、悪い道だから。
実際、世の中、人生を歩むにあたって
まさに、その通りであるように
感じます。
posted by 清水の伏竜. at 07:09| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

「恋と願いは思えば叶う」といわれます。

『「恋と願いは思えば叶う」といわれます。
 願い事があったらいつも念じていなさい。
 念ずれば思いは必ず天に通じます。』
         大石政代「大教訓」より

常に念じていれば、
願いは叶う?。
必ず天に通じる?。
世の中、そんなに甘くないという
気もします。
とはいっても、
願いを常に、思っていること
考えていることは、
大切なことであると
いえるのでしょう。
叶えるためには、まずは、
その想いを常に心と頭に、
刻み込んでいることが
必要であるということでしょうか。
でも、
願っても、願っても、
念じても、念じても、
天に通じないことも多いです。
恋なんて、特にね。
posted by 清水の伏竜. at 06:28| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

心中常に神を含むこと。


『一、心中常に神を含むこと。
 一、心中絶えず感謝の念を含むこと。
 一、常に陰徳を志すこと。』
      安岡正篤

よく生きるために
何を心掛けるべきなのか、
そんな日頃から、
心掛けておきたい言葉で
あるように思います。
posted by 清水の伏竜. at 06:15| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

円くとも、一角あれや人ごころ、

『円くとも、一角あれや人ごころ、
 あまり円きは転びやすきに。』
       ことわざ

まるいことは、よいことです。
でも、まるすぎると、
ころがってしまいやすいもの。
だから、ひとつくらいは、
かどがあったほうが、
ことがらずにすむのだから
よいのではないでしょうか。
個性的なものを、何かひとつ
もっていることが、
ひとを安定させてくれる。
そんな言葉が、昔から伝わって
いるのですね。
他の人と違うものを、
ひとつもっていることは、
よりよくいきるのに、
人生をたのしむのに
必要なことだといえるのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 04:35| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月14日

独立の気なき者は、必ず人に依頼す。

『一、独立の気なき者は、必ず人に依頼す。
 一、人に依頼する者は、必ず人を恐る。
 一、人を恐るる者は、必ず人にへつらう。』
           福沢諭吉

 学問のすすめ、福沢諭吉の言葉に
人のある側面が語られています。
人は、どこかに弱さをもっているものです
しかし、弱さを乗り越えてこそ
成長があるといえるでしょう。
自立することは、
人が成長するにあたって、
まず第一に必要であることなのでしょう。
そんなことをが感じられます。
posted by 清水の伏竜. at 01:59| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

「私は正直者です」と自分で言う者に、

『「私は正直者です」と自分で言う者に、
 決して正直者はいない。
「私はなんにも知りません」と言う者はよく知っている。
「私はなんでも知っている」と言う者はホラ吹きである。
 なにも言わない人間は賢明な人か、
 利己主義の人かどちらかである。』
    O・ヘンリー

 言う言葉と、実態の差。
世の中には、よくある話ではあります。
この言葉は、正しいとも言えますし
そうではないともいえるかもしれません。
ただ、なかなか人の心の中と
その行動から出てくる言葉との
関係を、よくとらえていると
いえるかなと感じるところも
ありますね。
 人を見抜く力というものは、
なかなかつけるのは大変です。
経験がもっとも大きな教師となる
ケースが多いのではないでしょうか。
そう考えると、
より多くの人と出会い、
語らうことの有意義さを、
感じられるといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 06:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。

『ある人に合う靴も、別の人には窮屈である。
 あらゆるケースに適用する人生の秘訣などない。』
           ユング

人生は、ひとりひとり、
違っているのがあたりまえ。
誰にもあてはまるような人生は
ありえないのだから
誰にでもあてはまる人生の歩み方や
生き方など、誰も教えることなど
出来ないもの。
人生は、たったひとつ。
自分だけのもの。
だからこそ、
大切に生きていきたい。
posted by 清水の伏竜. at 05:45| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする