2005年10月31日

一人口は食えぬが、

『一人口は食えぬが、
 二人口は食える』
   日本のことわざより

ひとりでは生活できなくても、
夫婦であれば生活していけるという意味だそうです。
昔から、人生を生きていくには、
ひとりきりだと大変であるということ、
やはり、ふたり、それも、人という文字のように
互いに支え合っていける関係にある
夫婦であると、良いということなのでしょう。
孤独死という死亡要因があります。
寂しい出来事ですが、日本では増えてきていると
言われています。
また、日本でも餓死する人がいると言います。
それも、ひとり暮らしの結果です。
家というものを、見直す時代になってきたのでは
ないでしょうか。
少子化問題も、そんな中のひとつである気がしてきます。
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2005年10月30日

三軍迷い、かつ疑えば、則ち諸侯の難に至る

『三軍迷い、かつ疑えば、則ち諸侯の難に至る。
 これ軍をも乱して勝を引くという』
           孫子

方針の定まらない戦術は、部下を迷わせて、
負けにつながるといった意味合いのある言葉です。
これは、経営者が明確なビジョンと経営戦略を示せないと
戦術レベルから混乱していくということを示しています。
オーナ経営者は、いがいとしっかり考えている方が多いですが、
いわゆるサラリーマン社長の場合、
社長になったのがGOALで、あとは定年まで失敗しなければ
よいといった風潮が日本の企業には多いです。
その場合、中長期的なビジョンも戦略も、みあたりません。
短期的によければ、あとはどうなってもよいのですから。
ただ、年功序列,終身雇用が、終焉へと向っているなかにあっては
こんな社長の元では、不安になっていくだけであり、
社員も保守的になり、リスクを嫌うようになってしまい、
会社の未来は暗いものになってしまいます。
実際に、これからもそんな企業は、出てくるでしょう。
まだまだ、日本は、変革の時期の中にあると思われますからね。

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2005年10月29日

神の一手に続く遠い道のり

『神の一手に続く遠い道のり』
   藤原佐為「TVアニメ ヒカルの碁 第60局」より

何代にも、何世代にも、わたり伝えられながら、
究極への探求をしていく、人類の夢、ロマンといったものを
囲碁という勝負の世界で、語ってくれている言葉です。
職人の技、伝統の文化、芸術、芸能、また、○○道の技、
文化というものが、人類の人類足り得る理由であるとしたら
本能のままに生きる人生なんて、なんと無味乾燥であり、
つまらないということになってしまうでしょう。
理性と知性と愛情、人の人たる所以、万物の霊長たる理由なの
かもしれませんね。
そんな文化、情報、技能を、師匠から弟子へ、
親から子へ、過去から現在そして未来へと、つないでいくこと。
その意味の奥深さと重要さ、それを考える必要があるという
ことでしょう。
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涙とともにパンを食べた物でなければ

『涙とともにパンを食べた物でなければ
 人生の味はわからない』
        ゲーテ

人生において、苦労、苦難、困難を経験して、
涙をながしたことのないものには、
人生の本当の意味など理解できないと、ドイツの文豪は
言っています。
確かに、その通りなのかもしれませんね。
苦しみや悲しみは、人を成長させます。
それは、間違いありません。
苦労や苦悩、悲しみを知る人ほど、やさしさの本質を
知っているともいいます。
そして、それもまた真実であるといえるでしょう。
もし、困難や悲しいこと、苦しいことに会ってしまったら、
それは、これからの自分を成長させてくれるために
必要なことであったのだと、昇華させてみるのが
一番よいことなのだと思います。
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2005年10月28日

人に従うことを知らない者は、良き指導者になりえない。

『人に従うことを知らない者は、良き指導者になりえない。』
       アリストテレス

この言葉は、相手の気持ちを理解できなければ、
その相手を指導することは出来ないということを言っている
わけですが、ある意味、いろんな事で同じようなことが
いえるでしょう。
指導するとき、そのポジションをどこにおくのか、
上か、横か、やや下か、
これは、重要なポイントです。
TPOによって、上手に使い分ける必要があるでしょう。
それが出来ないようでは、良い指導者には、なれないといって
良いとおもいます。
また、その位置からの立場での経験の有無も大きい差となります。
擬似体験レベルであっても、
経験の有無は、指導者のスキルの優劣となって、
結果に出てくることでしょう。
故に、コーチング、ティーチング、カウンセリングなど、
コミュニケーションに関連したスキルが、指導者、上司となるべき
人材には、要求される時代になったのだとおもいます。
でも、成功する場合には、それは、古代より変わってはいない
ということなのですよね。
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2005年10月27日

自分に打ち勝つことは、

『自分に打ち勝つことは、
 勝利のうちの最大のものである。』
      プラトン

ギリシャの哲人、ソクラテスを師をして、学んだプラトンの
言葉です。勝利のなかでも、自分自身に勝つことが
もっとも凄いことであるということ。
確かに、自分との戦いに勝利しなければ、
何事もなし得ないといえるでしょう。
勉学でも、スポーツでも、仕事でも、・・・。
自分の弱い心、欲望、恐怖、不安、そんなものに勝つことは、
簡単なようで、実はもっとも難しいものですからね。
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2005年10月26日

福は無為に生ず

『福は無為に生ず』
  「淮南子」より


自然に、無欲に、そんな生き方をしている人のところに
幸福は訪れるものです。そんな言葉が、古来より
存在していたということですね。
幸福とは、何なのか、その価値観と定義の考え方にも
よるのかもしれません。
確かに、欲のあるひとは、その欲が満たされないと
幸福だと感じられないのかもしれません。
結果として、不幸な人生だったということになってしまう
可能性もあり得ます。
お金は目的ではなく、手段であり、
人生の目的は、幸福な生活、心の充実感を感じられることなのかも
しれませんね。
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2005年10月25日

確信を持つこと、

『確信を持つこと、
 いや確信を持っているかのように
 行動せよ。』
    ゴッホ

”炎の人”、”太陽の画家”、ゴッホの残した言葉です。
確信を持ちつづけていれば、それは、やがて真実となっていく
だから、確信をもっているようにしていなさいということらしいです。
たとえ、ちょっと不安であっても、確信を持つように努力することで
不安も解消されていくといった意味でもあるといえるでしょう。
とはいっても、なかなか、大変です。
とくに、疲れているとき、ストレスが溜まっているときは、
難しいかもしれませんね。
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2005年10月24日

悩みは忘れ去ろう。

『悩みは忘れ去ろう。
 目の前は困難だらけだ。
 降りかえって過ぎ去った困難まで
 顧みる必要はない』
    フーヴァー(第31代米大統領)

過去の失敗は、恐怖感を心に植え付ける、
同じ失敗をしたくない、そう思うのは誰しも同じでしょう。
そのために、躊躇してしまう。
そんなことにならないように、
昔の困難など、振り返らずに、
前の希望と夢をみて進んでいくことが必要だということのようです。
昔の失敗や困難や苦労で、悩むことはない、
それは、昔のこと、その経験が、自分を成長させていると
信じることが大切なのでしょう。
また、同じ失敗というものは、無いのかもしれませんね。
一見すると同じように見えるだけで、注意深くみれば、
同じ失敗ではないのかもしれません。
同じ失敗は、起こらない、そう思って、目の前の困難に
アプローチすべきだということなのかなと思います。
その思いこみをどこまで強くもてるのか、
それが、問題でしょうか。
人によって、千差万別でしょう。だから他人と比較することも
ナンセンスなのかもしれませんね。
だって、同じではないのだから、比較すること自体が、意味などないのかも
しれません。それぞれの個性と、価値と、良いところを見つける、
そして、それを伸ばしていけばよいのでしょう。
コンピテンシー評価は、ある意味で、画一化した労働者を作り上げて
しまいかねない危険を持っているのかもしれないなとも思ったりします。
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2005年10月23日

夢のゆきついたところに結婚があるのではなくて、

『夢のゆきついたところに結婚があるのではなくて、
 結婚から夢の実現がはじまるのです。』
          山本周五郎

山本周五郎の「日本婦道記」のなかの言葉だそうです。
夢の実現のはじまり、
確かにそうなのかなと思います。
多くの成功者は、内助の功に支えられていたことは、
知られています。
これからが、夫婦どちらの成功にも、お互いに内助の功で
支えあいながら、未来への希望としての
子育てもできる、そんな社会になっていって欲しいですね。
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2005年10月22日

女をよく言う人は女を充分知らない者であり、

『女をよく言う人は女を充分知らない者であり、
 女をいつも悪く言う人は、女を全く知らない者である。』
               ルブラン

女性のことを、悪く言う、あまり聞いたことはないです。
良く言うことはあるかも、
では、私は、前者にあたるのかな〜、
どうなんだろうか。
付き合ったことのある女性といっても、初心な付き合いだけだし、
深い付き合いの出来た女性って、記憶にないし・・・。

部首に女のつく文字は多い、その意味もまた・・・
女奴奸好妁如妃妄妓妍妝妥妊妨妙〓妖委姑妻姉始姐妾姓妲
妬〓姆妹姨威姻娃姶姦姜姿姙姪姥姚娟娥姫娯娑娘娠娜娚娉
娩婀婬婉婚娵娶娼婆婢婦婪婁媛婿嫂媒媚媼嫁嫌媾嫉嫋嫐媽
嫉嫣嫦嫡嫩嫖嫗嫺嫻嬉嬌嬋嬢嬖嬰嬬嬲嬪嬶孃孅孀
日本人は、女系種族であるという。

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2005年10月21日

愛することにかけては、女性こそ専門家で、

『愛することにかけては、女性こそ専門家で、
 男性は永遠に素人である。』
      三島由紀夫「愛するということ」より

三島らしい言葉なのかもしれません。
切腹自殺をした彼が、どんなことを思い考えていたのか、
彼の作品や、彼を知る人の著作などから垣間見ることが
できるのだと思います。
さて、やはり男女の関係で、最終的にリードするというか
主導権を握れるのは、女性の方である場合が多いのだろうなと
思います。少なくとも、私の見聞している範囲では、
そうですね。
愛することについて、女性の方が男性よりも上である理由には
やはり子供を産めるかどうかの差があるのかなとも思います。
母性愛と父性愛、やはり母性愛の方が深いような気がしたり
しますしね。
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2005年10月20日

すべて物事には終わるがある。

『すべて物事には終わるがある。
 したがって忍耐は成功をかち得る
 唯一の手段である。』
      ゴーリキー

成功までの道のりには、長いように感じるかもしれない
でも、その長い道のりにも終わり=GOALがある。
そこにたどり着くためには、忍耐が必要だということのようだ。
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2005年10月19日

兄弟は金銀よりも尊いものである

『兄弟は金銀よりも尊いものである』
          ソクラテス

兄弟姉妹の関係の尊さを、金銀よりも大きいということを
古代ギリシャの哲人も語っていたということですね。
共感という言葉があります。
助け合いという言葉があります。
その言葉をもっとも具現化しやすい関係のひとつが
兄弟姉妹の関係であると言えるでしょう。
苦言も、諌言も、慰めも、いたわりも、励ましも、
遠慮という言葉の示す障壁が低い関係であるからこそ
相互に高め合うことも可能であるといえるかもしれません。
よい家庭には、よい関係の親子と兄弟姉妹が、
やはり存在しているのだと思います。
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2005年10月18日

恋いなき人生は死するに等しい

『恋いなき人生は死するに等しい』
       マルチン・ルター

ドイツの宗教家として、名前も知られている
マルチン・ルターですが、当時は聖職者が妻帯するのは
許されていませんでした。
しかし、ルターは、以前修道女であった女性、ボーラと
結婚して、模範的な家庭を築いたとのことです。
恋いから、愛へ、そして、愛ある家庭を、築いたルターならではの
言葉だと言えるでしょう。
愛の溢れる、模範的な家庭、幸せな家族、そんな生活が出来たのも
恋いからだったということなのでしょうね。
そんな、素敵な恋いが出来たら、幸せなことだと思います。
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2005年10月17日

意義ある人生、価値ある人生を過ごすには、

『意義ある人生、価値ある人生を過ごすには、
 三勿・・・怒らず、恐れず、悲しまず
 三行・・・正直、親切、愉快
 を実行すること。
 良い習慣をつけるよう心がけること。
 積極的な人と交際すること。
 消極的な感情、思考を抱かないようにすること。
 常に心に理想を描くこと、
 相手の気持ちになって考えてみること、
 落ち込んでいる人には励まし、勇気づけてやること、
 常にはっきりとした気持ちでいること。
 苦しいこと、嫌いなことがあっても、
 心は肯定的に握りあえること、
 これが人生を正しく生きる基本である。』
       中村天風「成功の実現」より

人生を如何に充実し、意義あるものにしていくのか、
誰もが経験する2つの扉、生と死。
その扉の間を、駆け抜ける人生。歩む人生。
出会いのなか、環境のなか、様々な出来事のなか、
時代と社会と、そして関わりあう人々と、
その影響のなかで、自分をつくりあげていく、成長していく、
もちろん、人は、最初の扉を開けるときに、持っている個性と特性があり、
それをベースとして、環境の影響をうけていく、
特に、最初の10年は、その後の人生の歩みかたを決定するために
必要な要素となるべき、ベースの素養、能力の基礎が、身につけられる。
感情の起伏や性格、コンピテンシーのベースも同様に、
だから、幼き時代の親や親族、御近所、幼馴染、地域の影響は、
その人の人生に与える影響が大きい。
歩み出した人生の早い時期であればあるほど、
自分の変革は容易であり、コンピテンシー、EQといったものの変化も
可能であるが、遅くなると、身に着いてしまったものを、
変えるには、身につけたときの、何倍もの労力を、精神力、意思力を
必要とする。それゆえに、ひとりで行うのは困難だといえる。
支えてくれる人がいてくれるかどうかは、大きなことであるといえる。
特に、人生のパートナーとなる異性は、大切であり、貴重であり、
重要である存在となるのは、運命であるといってよいだろう。
出会い、人との出会い、チャンスとの出会い、環境との出会い、
出会いのなかで、人は成長していく、成長していける。
出会い、今、もっとも欲しいと思うものなのかもしれない。
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2005年10月16日

子どもを持つのは、なんと誇らしいことであろうか。

『子どもを持つのは、なんと誇らしいことであろうか。
 子どもが食事をするのを眺め、
 子どもが大きくなるのを眺め、
 また夜、子どもが天使のように眠るさまを眺めるのは。』
            ペギー

人としての生き方、社会人として、地域人として、国際人として、
企業人として、奉仕者として、・・・
いろいろな生き方があるなかで、
やはり、親としての生き方を経験するか否かは、
人の器の大きさを左右する大きな要因であるといえるのでしょう。
未来への責任を果たしたか否かの、最初のひとつでもあるのですから、
でも、親になるには、ひとりではなれません。
そこがまた、難しいところですね。
いつの日か、親になり、成長した人生を歩めるのか、どうか、
本当に、考え込んでしまうようなこともあったりして・・・。
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2005年10月15日

あなたは、私の誇りよ

『あなたは、もう私の夢ではないわ、
 あなたは、私の誇りよ』
    レイラ・ハミルトン「カレード☆スター」より

真のカレードスターを目指して、カレードステージに訪れた少女、そら。
彼女が、あこがれた先輩が、レイラ・ハミルトンでありました。
最終話、天使の技を完成させて、披露したステージのあとで、
そらは、レイラに「私は、これからも、レイラさんの夢って思っていていいですか」と
尋ねます。そのそらの問いかけに、レイラが答えた言葉です。
この言葉には、師弟的関係にあるもの同士で、弟子にあたるものの成長を
師であるものが、認めたことを、表現した、素敵な言葉であると言えます。
今、日本国内では、伝統的な技術、匠の技の伝承と継承にあたって、
人材の問題が、出ているものがあります。
そこには、確かに辛い修行の期間が必要になります。
しかし、それによって、得られるもの、その大きさは、辛さの何十倍、何百倍、何千倍と
いえるものなのではないでしょうか。そんなことを感じさせてくれる言葉です。
尊敬し敬愛する人から、こんな言葉がかけられるようになるまで、
成長できたら、それって、本当に凄いことであり、素敵なことだと思います。


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2005年10月14日

私は一つの痛切な願いを持っている。

『私は一つの痛切な願いを持っている。
 それは、私がこの世に住んだが故に、
 少しだけ世の中がよくなったということが
 認められるまで、生きたいということだ。』
       リンカーン

まさに、言葉通りに生きた人の残したものです。
なかなか、できないも言葉ですが、夢でもありますね。
本当に、もし誰もがこんな気持ちをもって生きていたら
世の中は、平和で住み良いものになっているでしょう。
生きるということばには、死んでも生きているという意味が
あったりします。リンカーンも今も時代でも生きているひとりでしょう。
彼の残した言葉は、今も多くの人の心を捉えているのですから、
また、彼の行った業績も、多くの人が知っているのですから、
死んでからも、生きられる、そんな人生を歩めたら最高ですね。
posted by 清水の伏竜. at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

幸福な結婚は婚約から死ぬまで、

『幸福な結婚は婚約から死ぬまで、
 決して退屈しない長い会話のようなものである』
      モーロア

お互いに、思いやりをもって、退屈することなく
向き合っていくことができる関係を、いつまでも続けていくこと
それが、幸福な結婚であるということ、
お互いに、よいところをみつけあって、
プラスの方向へ、関係を発展させていくことができれば、
常に成長しあっていける。
そして、夫婦としての生活を経験することで、人間として成長し、
親として、子育てを通じて協力し会うことにより、
人間としての更なる成長と、社会的な責任を果たしていけるのだと
言えるのでしょう。
10組の夫婦がいれば、10通りの形態があるのだから、
他の夫婦の関係と比較して、一喜一憂することは意味がないと
いうことでもあるようです。
posted by 清水の伏竜. at 06:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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