2005年09月30日

一人の人間には、その運命と人生を決するよな時が、

『一人の人間には、
 その運命と人生を決するよな時が、
 生涯一度は必ずあるもので、
 それを乗り切った瞬間、
 彼の未来は全面的に変わる。』
      遠藤周作

運命を決する瞬間、
それを乗り切れなかったとき、
その人の人生は、どうなってしまうのでしょう。
人生を決するよな時であったのに、
それに気付かずに、ただ通りすぎてしまっていたら、
その後の人生は、どうなってしまうのでしょう。
今、私が、不安に想うのは、
私は、人生を決するようなときを、
何もせずに、過ぎてしまったのではないのだろうかと
いうことです。

   
posted by 清水の伏竜. at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月29日

”HOPE”=希望 を実現するために

「HOPE」希望を実現するには、次の四つの要素が必要とのことです。

”H”:health 健康
”O”:opportunity 機会
”P”:parsents 両親
”E”:equality 平等

さて、この四つの要素があれば、希望は叶うのでしょうか?。
健康と機会は、素直にわかるような気がします。
両親とは、やはり幼い時代における環境=教育と愛ということでしょうか。
平等とは、機会をはじめとした、各種条件が、与えられることでしょうか。

パンドラの箱に、最後に残ったといわれる希望。
人生を生きていくにあたって、常に持っていたいものの一つでしょう。
夢と希望が、ない人生なんて、やはりつまらないものでしょうから。
posted by 清水の伏竜. at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月28日

人生は一冊の書物に似ている。

『人生は一冊の書物に似ている。
 馬鹿者はたちはそれをペラペラとめくっていくが、
 賢い人間は念入りにそれを読む。
 なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが
 できないことを知っているから。』
     ジャン・パウル

人生という名の書物は、ただ一度しか読むことができない。
だから、念入りに、しっかり読むべきということ。
もし、その本の内容のなかに、自分で記入することが
できるスペースがあったとしたら、
ペラペラとめくってしまい、それを見過ごしてしまい。
自分の意思で、人生を変えるチャンスを
逃してしまっているのかもしれません。
また、その書物の内容は、読む人間によって、
一冊毎に違っているのでしょう。
そして、もしかしたら、選択肢のような文書があって、
どちらに話しをもっていくのか、ゲーム本のように
選べるようになっているのかもしれません。
その選択の個所を読み飛ばしてしまっていて、
人生の選択をあやまっていて、流されてしまっているのかも
しれません。
人生の書物が、楽しい内容になるのか、悲しい内容になるのか、
苦しい内容になるのか、辛い内容になるのか、
楽な内容になるのか、それは、自分の書物を、自分で選んだ
瞬間に決まってしまうのか、それでは、ちょっと寂しい
そんな気がします。
posted by 清水の伏竜. at 03:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月27日

生きていくには、いやが応でも社会の約束という紋切型を・・・

『生きていくには、
 いやが応でも社会の約束という紋切型を
 守ってゆかねばならぬ。
 足で歩くのが紋切型でいやだといって、
 逆立ちをして歩けば狂人扱いされrのだ。』
  織田作之助「神経」より

社会の約束、紋切型、そんな人生を生きることについて、
最近の風潮は、逆にダメだといったことを言われることも
あるような気がします。
特に、企業内では、言われたことを、あたりまえに行うだけでは
評価されなくなってきました。
これまでは、上司に逆らうことはよくないことであり、
意見をいうことさえも、マイナス評価になっていたことが
あたりまえのようにあったのではないでしょうか。
今は、自分の主張をはっきり言えることが要求されています。
ただし、妥当性と正当性といった、論理的な背景が
必要とされるといった条件はつくのでしょうけど。
実は、企業毎によって、この状況は様々に異なっていて
混沌としているのが、現状なのかもしれませんね。
だから、ストレスが余計にたまりやすくなっているのでは
ないでしょうか。口では意見を言えというのに、
いざ意見をいうと、そんなことを言うなら責任をとれと
いってくる矛盾、そんなのが企業内での実態のような
気がします。まだまだ、改革途中なのですよね。
その苦しみを、いま中間管理職年代の人が、もっとも受けている
だから、過労死や過労自殺が多いのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 02:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月26日

人生も長距離型、中距離型、短距離型があるようだ。

『人生も長距離型、中距離型、短距離型があるようだ。
 じっくりと、一生を長い目でみて走る長距離型、
 ここぞという時にスパートをかける中距離型、
 スタートで決まってしまう短距離型。』
      藤本義一「今日は明日の昨日」より

人生のスタイル、いろんなタイプがあるでしょう。
だから、自分が、他人と違っているのはあたりまえ、
違っていなければおかしいということですね。
自分の人生は、どんなスタイル、どんなタイプ、
どんな型なのか、
人生に悩んだときには、考えてみてもよいのでは
ないでしょうか。
無理して、なにかの型にあわせる必要などはないのですから。
posted by 清水の伏竜. at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

人間は、みんな一人一人が船頭のようなものだよ。

『人間は、みんな一人一人が船頭のようなものだよ。
 一つの信念を持って、自分で選んだ人生の川を渡ってゆく。
 舵をとるのも、荒波を乗り越えるのも、
 みんな自分だ。自分だけが頼りなんだ。』
  TV「渥美清の父ちゃんが行く」より

人生の川を渡っていく、
自分の思う通りに、
それとも、流れのままに流されていくのか、
荒波に飲み込まれて転覆してしまうのか、
それも、みな、自分の責任であるということだろう。
posted by 清水の伏竜. at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月24日

「あっちの水は甘いぞ、こっちの水は辛いぞ」なんて、

『「あっちの水は甘いぞ、こっちの水は辛いぞ」なんて、
 お互いにその水につかってみない限り、
 わからないものなんですよ、人生というものは。』
             藤原新也

なにごとも、まずはチャレンジすることが必要だということでしょうね。
しかし、水につかってみるには、いろいろな壁があったりします。
それは時間かもしれません、人間関係かもしれません、
お金かもしれません、健康問題や家庭問題かもしれません、
また、誤った水につかってしまったときに、
必ずしも、その水から出て来れるかどうかも問題でしょう。
ひとは、リスクを恐れるものですし、
変化を恐れるものです、
それを乗り越える精神力、体力、気力、財力など、
必要なものは、いくつもあるでしょう。
そんなことはない、心さえしっかりしていれば大丈夫だという人が
います。それは、大抵が成功者の皆さんです。
または、自分の力で這い上がったことの出来た皆さんです。
でも、だれもが、同じように出きるのでしょうか?。
もし、そうなら、3万人をこれる自殺者や、
14万人をこえる行方不明者・失踪者は、なぜ出続けているいるのでしょう。
難しい問題です。
やはり、人はひとりでは、力ないものなのではないのかもしれません。
よきメンターに出会えたひと、よき伴侶に出会えた人は、
幸せな人だと思います。
posted by 清水の伏竜. at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月23日

いいかい、人生というものは矛盾から成り立っているものなんだ。

『いいかい、人生というものは矛盾から成り立っているものなんだ。
 もしも、矛盾の中心にちゃんと止まるものなら、
 人生の意味がわかるはずだ。』
     サム・シェパード

矛盾の中心、人生の意味、
どう理解できるのか、
なかなか、難しい問題です。
しかし、矛盾を感じることは、いろんな場面であります。
では、その矛盾の中から、人生の意味を見出せるのか、
もしかしたら、すでに答えは自分の中にあるのかもしれません。
しかし、そのことを認識し、自覚するには、
まだ何かが足りないのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 05:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月22日

人生には、どうしても必要なことが三つある。

『人生には、どうしても必要なことが三つある。
 それは、夢と、ロマンと、反省だ。
 人間はこの三つを持っていないとうまくいかない。』
           山村雄一


ロマン
反省

この三つの言葉のなかのひとつ、夢の文字は
色紙に筆文字で描かれたものが額に入って部屋に飾ってあります。
ロマン、この言葉とは、なんだか縁がないような気分に
なることが多いような気がすることがあるような感じもします。
反省、常にしてばかりです。なくなることがない後悔から反省へ
懺悔から反省へ、計画実行できずに反省へ、
計画が出来ずに反省へ、
反省すること、反省すること、反省すること、
なんだか、そればかりでは、辛いですね。
夢とロマンが、多くあって、喜びの体験もしたいものです。
最近、喜ぶような出来事は、ないですから。
posted by 清水の伏竜. at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月21日

登山の目標は、山頂と決まっている。しかし、人生の面白さ、

『登山の目標は、山頂と決まっている。
 しかし、人生の面白さ、
 生命の息吹の楽しさは、
 その山頂にはなく、かえって逆境の、
 山の中腹にあるという。』
       吉川英治

山の中腹での楽しみを感じることができると良いですね。
気になる女性との間には、秋風が立つばかりで、
縁も無く、かわいい、もみじを散らす頬をみることなど、
夢のまた夢、そんな感じの日々ですからね。
さて、さて、何か良いことがありますか・・・。
posted by 清水の伏竜. at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

人間の一生は誠にわずかの事なり。

『人間の一生は誠にわずかの事なり。
 好いた事をして暮らすべきなり。
 夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして、
 苦しみて暮らすは愚かな事なり。』
     山本常朝「葉隠聞書」より


人の一生、どのようにして暮らすべきなのか、
なかなか難しい問題です。
他人に助言できても、自分のことはうまくいかない
そんな事もあるのではないでしょうか。
自分以外のことを客観的に冷静に観察し分析し判断し提言することと、
自分自身のことを客観的に冷静に観察し分析し判断し行動することは、
非常に大きな違いがあります。
また、その間には、大きな壁が存在しています。
好きなことをするためには、必要な環境や必要な素養や必要なものが
多々存在しているもので、それを揃えることが、大変な作業であったり
するものですから。
その中には、好かぬこともあることでしょうし、
苦しいことや、辛いこともあることでしょう。
物事をどう捉えることができるのか、
どの様に解釈して心のなかに納めることができるのか、
その内容の違いは大きいです。
良き人生を歩みたいのは、誰もが願っていることだと思います。
しかし、誰もが手にすることが出きるわけではないのも
世界の現実であり、実態であることでしょう。
だから、できるだけ、少しでも、といった修飾語が、
出てくることが多くなってしまうのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月19日

今は長い短いの問題ではありません。

『今は長い短いの問題ではありません。
 楽しいか楽しくないかの問題です。
 下手に人生をすごすのは全く下の下です。
 よく考えてみなさい。』
   清水雅「続・みやびざれごと」より

楽しめる人生、今の自分を振り返ってみると、
本当に楽しめる人生なのかどうか、
疑問がふっとわいてきてしまいます。
よく考えてみなければならないのだなと
思います。
仕事、趣味、親族家族、
今だに独身であること、
長男としての役目、
自分のしたいこと、好きなこと、
・・・・・。
posted by 清水の伏竜. at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

ランプがまだ燃えているうちに、人生を楽しみたまえ、

『ランプが燃えているうちに、
 人生を楽しみたまえ、
 しぼまないうちにバラの花を摘みたまえ。』
       ウステリ

人生は、何があるのかわからない。
いつ、最後の扉をあけることになるのかしれない。
だから、この瞬間を、精一杯に生きれるように
したいものですね。
でも、人間は、なかなかそうもできないものです。
posted by 清水の伏竜. at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月17日

自分を憐れむという贅沢がなければ、

『自分を憐れむという贅沢がなければ、
 人生なんていうものには、
 堪えられない場合がかなりあると私は思う。』
   ギッシング「ヘンリ・ライクロフトの私記」より

自分を憐れむ、最近の言葉でいえば、負け組みのやることだと
言われてしまいますね。
でも、確かに、人は落ち込むことがあります。
その理由は、人それぞれです。
強い人、勝ち組みのなかには、弱い人、負け組みのことを
理解できない人も多いのは事実のようです。
「なぜ出来ないのか、やれば出きるはずだ、やる気がないだけだ」
そんな言葉を安易に言う人は、相手のことを理解しようとは
思わない人が多いのだろうと感じます。
その理由がわからないから、苦しんでいるのですから、
悩んでいるのですから。
「もっと悲惨な人はいる、もっと苦しいひとはいる」
そんな言葉もまた、人の気持ち、価値観の違いを、理解していない
ケースがあり得ます。
他人には、何でもないことが、ある人にとっては、生き死にの問題で
あることも、実際にあり得ることを感じなければ、
人を導くような立場に、本当の意味では、つけていないのだと
思います。それこそ、自己満足に浸っている贅沢な幸せを感じているだけなのでしょう。
でも、それに気付けるひとは、まれです。
マザーテレサや、ガンジーのような人、ブッタやイエスのような人は、
そうは、現れないのですから。
posted by 清水の伏竜. at 05:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

いくつになってもわからないのが人生というものである。

『いくつになってもわからないのが人生というものである。
 わからない人生を、わかったようなつもりで
 歩むほど危険なことはない。』
       松下幸之助

わかったようなつもりになるリスク、
人生における大きなリクスなのですね。
謙虚になって、あゆんでいくことが、大切なのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 04:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

生きる正しい法を知って生きていたら、

『生きる正しい法を知って生きていたら、
 人生ぐらい愉快な、
 人生ぐらい恵まれた、
 人生ぐらいありがたいものはないんです。』
      中村天風「成功への実現」より

生きるべき、正しい法とは、何か、
それは、善行、慈愛、献身、それとも・・・。
1日、1瞬を、悔いなく過ごすこと、
為に生きること、
感謝の気持ちを忘れないこと、
さて、正しい法とは、何なのでしょう。
人生を過ごしていることだけでも、
本当は、ありがたいことなのですよね。
でも、人は、他の地球上の生きるものとは異なり
より良く生きたいと願い、挫折を、悲しみを、空しさを
感じるのです。
他の生き物は、種の保存のために、ある程度きまった
生き方を、繰り返しているに過ぎません。
人に関わらなければ、それで一生を終えていくのです。
人だけが、そうはならない。
故に、人が、地球上で、唯一の存在と言われるゆえんですね。
不思議なことです。
ありがたいものになるような人生を歩みたいものですね。
posted by 清水の伏竜. at 05:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月14日

人生は芝居のごとし、上手な俳優が・・・

『人生は芝居のごとし、
 上手な俳優が乞食になることもあれば、
 大根役者が殿様になることもある。』
        福沢諭吉

人生を例えるなら、いろいろな例えがあります。
福沢諭吉の言葉では、芝居に例えて、
人生の不思議さをあらわしているようです。
人生における見えない未来、その結果、
しかし、人生は、自分自身のものであることには
変わりありません。だれもが、素敵な人生を得る可能性が
あることを、この言葉は示しているといえるでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 05:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

人生は一箱のマッチに似ている。

『人生は一箱のマッチに似ている。
 重大に扱うのはばかばかしい。
 しかし、重大に扱わなければ、危険である。』
     芥川龍之介「侏儒の言葉」より

芥川の人生を暗示しているかのような言葉でもあります。
人生、それをどういきるのか、本当に難しい問題です。
なにをもって充実した人生であったといえるのか、
まだ、理解できないでいる自分の姿があります。
posted by 清水の伏竜. at 04:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

我々は、人生という大きな芝居の・・・

『我々は、人生という大きな芝居の熱心な共演者だ。』
           カロッサ「指導と信徒」より

人生という名の芝居があったとしたら、
その共演者という立場であるとしたら、
主役は神なのか
それとも運命なのか
または、自分自身なのか、
第三者なのか、
恋人、妻、両親、兄弟姉妹なのか、
国家なのか、家族なのか、地域なのか、
さて、どうなのでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 03:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

人間生きることが全部である。

『人間生きることが全部である。
 死ねばすべてなくなる。』
     坂口安吾「不良少年のキリスト」より


坂口安吾というと、私にとっては、探偵小説の著作が
まず浮かび上がる作家なのですが、
こんな言葉の出てくる作品もあったのか、
そんな気持ちでした。
人は、生まれてきたとき、その瞬間と、
死んでいったあと、その瞬間は、
自分自身以外には何ももってはいなく、
もってはいけないのです。
posted by 清水の伏竜. at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする