2005年04月30日

春百花有り・・・・

『春百花有り 秋月有り
 夏涼風有り 冬雲有り
 もし閑事の心頭にかかるなくんば、
 すなわち是
 人間の好季節』
    無門慧開禅師「無門関」より

俗なことに関わらずに、無心にいきることにこそ、幸福があるということを
うたっているそうです。
自然の美しい日本、四季の移り変わりの中で、自然とともにいきていくということも
また、素敵なことなのかもしれません。
ストレス社会、競争社会、他人となにかと比較し合う社会、
成果主義、学歴主義、成績主義、すべて、他人との比較で、その人の価値を決めています。
よい方向に向けばいいですが、もしベクトルが狂えば、他人を蹴落とすことへ向かってしまいます。
進歩よりも後退を生むことになる危険性を含んでいるといえるでしょう。
他人の幸福を祝福するよりも、他人の不幸を喜ぶ、そんな社会に幸福な生活があるのでしょうか。
最近のテレビの番組って、他人の不幸を喜ぶような番組やニュースばかりを取り上げているような
気もして、いやだなって思ったりします。
相手の視点で、子供の視点で、外人の視点で、・・・他人の視点で、世の中を眺めて考えてみる
そういったことの中で、自分の価値観と視野を深く広く大きなものにしていくことも
必要な気がします。
人は、生まれてくるときも、死んでいくときも、何か物をもってはいません。
もてるのは、心の中と頭の中にあるものだけなのですから・・・。
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2005年04月29日

自分の仕事を愛し、・・・

『自分の仕事を愛し、その日の仕事を完全に成し遂げて満足した。
 −軽い気持ちで晩餐の卓に帰れる人が、
  もっとも幸福な人である。』
        ワナメ−カー

仕事と自分、仕事と人生、仕事の生活、この関係が、バランスよくまた相互に
うまくかみ合っていることは、本当に幸せなことだと思います。
また仕事で満足感を得られる環境もまた幸せなことでしょう。
そして、帰れば晩餐の卓があることも、幸せなことでしょう。
そのどれもがない・・・、やはり幸せではないということになるのかな・・・。
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2005年04月28日

最大多数の最大幸福が、・・・

『最大多数の最大幸福が、
 道徳と立法の基礎である。』
           ベンサム

政府、国会、行政の担うべきものというか、目指すべきものは、
最大多数の最大幸福ということなのでしょうね。
さて、今の日本の政府、国会、行政、自治体は、どうでしょうか。
郵政の民営化の内容のない話し合いには、ただただあきれるばかりですが、
財政面で、小さな政府を目指して、地方分権、行政改革、公務員改革を
推し進めてもらいたいものです。
そして、善意の寄付、企業メセナといった、社会貢献への行為をしやすい仕組みに
して欲しいですね。
消費税も、一律ではなく、4段階くらいにわけて、
生活必需品(生鮮食品、低価格衣類、低価格雑貨、水道、ガス、電気、通信、薬、家賃、といったもの)は、3%。
通常品は5%。
高級品(高級家電、調度品、美術品、贅沢品)は10%。
高級嗜好品・環境消費材(煙草、ガソリン、車、石油ストーブ、宝飾品、高級時計、高級衣類、毛皮など)は15%
かけるといったようにすべきだと思います。
1品あたりの価格と、用途、環境への影響などを考慮して分類すればよいと思います。
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2005年04月27日

我々が幸福にないたいと望むだけなら簡単だ・・・

『我々が幸福になりたいと望むだけなら簡単だ。
 しかし、人は他人になりたがるので、そうなるには困難だ。
 我々は他人はみんな実際以上に幸福だと思っているからだ。』
             モンテスキュー「考察」より

幸福の基準とは、何なのか、それを考えたときに、
人は、どうしても他人と比べてしまうものということでしょう。
しかし、本当の意味で、幸福とは、他人と比較しても意味はないものと
いうとこなのだろうと思います。
それは、価値観が異なるように、幸福感も人によって異なるからです。
また、何をもって幸福と感じるのかも、人によって異なることでしょう。
心の問題は難しいです。
幸福を感じるのは、心です。
ある映画をみたとき、自然に感動の涙が流れてくる人もいれば、
何も感じないひともいる。それと同様に、幸福感を感じる基準も人それぞれと
いうことではないでしょうか。
従って、自分の基準で、他人をみても仕方がないということでしょう。
自分にとっての幸福とは何かを考えてみることが、大切なことだということですね。
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2005年04月26日

希望−それ自体は幸福の一様態にしか過ぎない・・・

『希望−それ自体は幸福の一様態にしか過ぎない。
 だが、ひょっとすると、現世がもたらし得る
 一番大きな幸福であるかもしれない。』
         ジョン・レノン

パンドラの箱に最後に残っていたものと言われている・・・希望。
希望、これだけが、現世の幸福だとしたら、あまりにも人類は
さみしく、あわれで、かなしい、そんな感じがする。
希望、夢、それらは、考えているとき、思っている間だけは、
確かに幸福かもしれないが、本当の幸福とは、希望、夢が
現実となったときにこそ存在しえるものであると思いたい。
しかし、現世は、そうではないのかもしれない。
そうだとしたら、その原因は、人間の罪にあるのかもしれない。
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2005年04月25日

人間の幸せとは、・・・

『人間の幸せとは、金でも、地位でもない。
 天職についているという気持ちで、
 元気に働いている満足感である。』
         小島直記「一期の夢」より

さて、自分の仕事が天職だと感じるという気持ち、
仕事での満足感という感じとは、いったいどんな気持ちなのだろうか。
社会人になり就職してから、とにかく目の前の仕事をこなしていくことに追われていた気がします。
そのなかで、ふっと気がつくと、井戸の中の蛙になっている自分がいて、
仕事のやり方についても、会社の中での方法に固まっていたような感じで、
そんな中で、知らないこと、経験のないこと、勉強の機会もないまままに
権限もなく、責任だけを負わされて仕事をさせられるなかで、
いったい仕事って何なのだろうという不安と不信とに悩まされ、
ストレスからうつ病となってしまい。それでも、最低限の責任だけは果たすべく
自己努力で、仕事をしてきたけど、天職という感じも、満足感も得られたという記憶はない。
そして、知らぬ間に、厄年を過ぎていた。
すると、転職も、難しい年齢となってしまっていて、
仕事の中の満足感と、自分の人生の満足感とは、一致しないのかもしれないという気持ちも
出てきてしまっている。難しい問題で、悩ましい問題で、でも生活のために仕事をしないわけには
いかずに、会社は年功序列から能力給与へ変わり、こんどは成果給与へとかわる。
成果を出せる職場や、仕事のとれる上司の下にいる人と、そうでない人の格差は大きくなっていく
チャンスの平等も、評価の透明性も、権限の委譲も、すべて中途半端な状態で、
はたして、やっていけるのか、不安と疑問が、渦巻くなかで、
とにかく生きていかなければならない。
そんな、日本人が、きっと大勢いるのではないだろうか。
日本社会の歪は、まだまだ直っていない、変化の過渡期で、日本にあった労働環境を模索していると
いった感じである。でも団塊の世代以前の人たちは、終身雇用、年功序列賃金時代の恩恵を得て
裕福になっている。若い人は、まだこれからチャンスがある。
かなしいのは、その狭間の世代である。過労自殺や行方不明も多いのではないだろうか。
歪の被害をうける世代にもチャンスを与えられる社会になれるのかは、
団塊の世代の人たちが、本当に日本の未来のことを考えてくれるのかにかかっているのでは
ないだろうか。それは経営者の責任として、社員をどう育てていくのかということにも関わってくる
問題のような気がします。
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2005年04月24日

逃げるな、生きる方が戦いだ

『逃げるな、生きる方が戦いだ』
        カガリ「ガンダムSEED」より

さて、ガンダムシリーズも25年という年月を経て、
今、またTVシリーズと、劇場版Z三部作が製作されています。
そのTVシリーズの最新作の前作の最後の方で、
主人公のキラの妹?姉?である、カガリという少女が
好きになった少年、アスランに対して、叫ぶ言葉です。
自分の機上するガンダムを自爆させることで、
最悪の事態を回避しようとして脱出のことを考えずに
行動したアスランに向かって、追いかけていったカガリが
この言葉を発するのですが、自己犠牲という言葉は、
自分が死ぬことではなく、生きることでもあるはずだということを
感じさせるシーンでもあります。
ガンダムという作品は、単にSFアニメというだけではなく、
宇宙という舞台と地球という舞台の上で、
少年、少女の成長、人間の葛藤、迷い、命の尊さ、儚さ、
戦争と平和、政治と大衆、権力と個人、家族と友人、といった
様々な関係の中の問題について、投げかけているテーマ的な要素を
持っています。故に、名言といわれる言葉も数多く生まれています。
時代は流れ、世代はかわっても、悩みや大切なものは、あまり変わって
いないのかもしれません。
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2005年04月23日

仕事に楽しみかあれば極楽だが、・・・・

『仕事に楽しみがあれば極楽だが、仕事が義務になれば地獄だ。』
                 ゴーリキー「どん底」より

さて、何人のひとが、極楽にいるのだろうか?
今、35歳以下の求人数は求職数を上回っているという。
一方で、高年齢の転職、再就職はかなり難しい。
フリーターと呼ばれる若者、ニートと呼ばれる若者が
増えているという。
ただ、守るべきものがあるとき、たとえ地獄であっても、
我慢しなければならないこともあるのが、現実世界ではないだろうか。
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2005年04月22日

人間は人道以上に気高いものを発明し得ない

『人間は人道以上に気高いものを発明し得ない』
             ラスキン(英)

人道、人といての信頼と誇り、信用と徳、そのようなものこそが気高く
それ以上のものはないのかもしれません。
目に見えないものにこそ大いなる価値があるもの。
そのことを、忘れてはならないのでしょう。
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2005年04月21日

どんな世界であってもいい、・・・・

『どんな世界であってもいい、好きなものを一つ見つけなさい。
 そして、夢を失うことなく最後まで持ち続けなさい。
 夢を持ち続ける限り、心も体も若さを保つことができます。』
                小出義雄

好きなものをもつこと、夢をもつことの大切さ、
それは人生を歩むにあたって、本当に必要であり、重要なことなのかもそれません。
好きなこと、夢、ただ、それを実現できるか、行うことができるのかは、
また別な問題でもあるような気もします。
でも、まずは持つことこら始めないと、その先には進めません。

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2005年04月20日

希望というのは、片方に絶望があって、・・・

『希望というのは、片方に絶望があって、
 絶望の深い闇のなかから一条の光がさしてくる』
              五木寛之「大河の一滴」より


絶望の中にも希望という一条の光がある。
新ローマ法王が決まりました。
世界にとって、新たな希望となってくださる人物であることを願いたいです。
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2005年04月19日

不自由を常と思えば不足なし、・・・

『不自由を常と思えば不足なし、
 心に望みおこらば、
 困窮したる時を思い出すべし。』
       徳川家康

貧乏であっても、不自由であったとしても、それが普通だと思えば
不足だとは感じないものだということのようです。
また、不足だとおもったなら、貧乏であったときのことを思い出しなさいという
ことのようです。
自分の過去で、もっても不自由で、貧乏で困窮していた時代のことを
忘れないこと、苦しくなったら、その時のことを思い出してみれば、
決して、不自由ではないということを感じるだろうといったところでようか。
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2005年04月18日

山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し。

『山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し。』
                  王陽明

心のなかの敵をやぶることは、難しい。
人間の弱さは、自らの心の中にあり、それを破ることは難しいということにも
つながっているのでしょうか。
人の心というものが、いかに難しく複雑なものであるのかを示すことばでもあるように
感じられます。
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2005年04月17日

すぐれたところがありながら疎んじられる・・・・

『すぐれたとことがありながら疎んじられる人がおり、
 欠点だらけでも好かれる人がいる。』
           ラ・ロシュフーコー

人と人との関係というものが、簡単なものではないということですね。
また人の評価は、能力や成績、結果だけでは、測れないものであるということでも
あるということではないでしょうか。
お金持ちで、お金儲けが上手であっても、孤独な人もいれば、
貧乏であっても、心豊かな生活を送っている人もいる。
人の生き方、関わり方に、何が大切なのか、やはり心の問題が一番肝心なのかもしれませんね。
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2005年04月16日

万物は聖なる愛によって動かされる。

『万物は聖なる愛によって動かされる。』
         ダンテ

聖なる愛という言葉は、慈悲であり、仁であり、救いであるのかもしれません。
この宇宙と、太陽系と、地球と、生命と、そして人類とが、どうして誕生したのか、
科学でわかっているところと、まだまだわからないところとがあります。
ビックバン以前の宇宙という話もあります。
マクロの世界から、そしてミクロの世界、遺伝子、原子、素粒子まで、
科学のメスが入っていくなかで、解明されつつあることもあれば、
あたらな謎も出てきます。
すべての根源というとき、神という言葉で、その根源を表現することもあります。
そして、ベクトルを神の愛と、
愛という心の動き、感情は、不思議なものです。
暖かくもあり、厳しくも有り、しかし、安心と平安と幸福を与えてくれるものでもあるのです。
バチカンで、新らしい法王が、もうじき決まります。
世界三大宗教のひとつを導くひとが選ばれるのです。
やはり、気になるところです。
posted by 清水の伏竜. at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛は最高の奉仕だ。みじんも・・・

『愛は最高の奉仕だ。みじんも自分の満足を思ってはいけない。』
              太宰治「火の鳥」より


愛する人と出会える機会というのは、どのようにやってくるのだろうか。
愛する人、愛してくれれる人との出会い、それが出来た人は幸せだと思います。
私にも、愛してくれる人が、現れてくれるでしょうか。
それを祈る日々でもあったりします。
posted by 清水の伏竜. at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心を求めよ、仏を求めるな

「経に云く、
『聖人は心を求めて仏を求めず、愚人は仏を求めて心を求めず、
 智人は心を調めて身を調めず、愚人は身を調めて心を調めず』と。」
     (「頓語要門」『禅家語録1』前出)

禅の根本は、心を求めることにあるということを忘れてはならないという
教えを説いた言葉だそうです。
心、そのあり方、その真実を求めることにこそ、大切なものがあるということなのでしょうか。
自分の中に仏をみるということは、仏をもとめることではなく、
心そのものを求めることからでなければ、たどり着くことはないということかもしれません。
自分の心、その真実をみることが、いつかできるでしょうか・・・。
posted by 清水の伏竜. at 03:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

青春 1970年代のノートより

現実という名の悪魔がおれの心の中に入りこんできた


青春の旅路
 思い考え悩む・・・・・よろこびが・・・・・
    涙が・・・・・・・・・
  彼らは青春の日々を生きる・・・
   ・・・旅人のように・・・・・・・・
   そう巣立つ日まで・・・・・

ないだがあり よろこびがある
その中で青春の日々はすぎてゆく

人を信じ 心をひらく
そこから何かがはじまる・・・・


青春よ  君はいったいどこにいるのだ
私のそばにきて
美しいことばをなげかけておくれ
私はくるしんでいる
私は悩んでいる
君の存在は 私にとっては無なのかもしれない
青春よ
私にかたりかけてくれ
そして 私に君の存在を
みいださせてくれ そして私のところから
いつまでも はなれないでくれ

〜 〜 〜

私の心の中を流れる川、その川はやがて
海にそそぐ・・・・川の中に静かに沈む宝石
それが私の青春の姿
私はそれをひろおうとはしないだろう
心の川の流れは速く 宝石のかがやきは私には
みえないのだから    人々は青春の宝石を
川の中からひろいあげ賛美する
しかし私にとって それは 無意味なものでしかない
そう青春の存在など
人生の川のうんだ副産物にすぎないのだから


人生という長く短い旅
その途中で君とであった
しかし君は 私の前をすどうりしていった
君は私の心のとびらを
ひらいて中へ入れなかった。
だけど私は君をみた
君はすさんでいた
社会という悪魔がきみをかえてしまったのか
昔の君はもっとすてきで太陽のように
かがやいていたことだろう
人は君についてかたり
君の姿をその瞳にもとめる
人は君を賛美する
そう君の名は・・・・
人は君を
青春と呼ぶ



いつ死ぬかもしれない この命
だからこそ力いっぱい生きぬきたい
きずつき つかれた私の心
でも こうかいはしない
私は彼女を愛しているのだから
ただ今は
彼女の幸せをいのるだけ・・・・

Her memory is enshrined in his heart.
I saw her for the last time.

きみには涙はにあわない
きみは、いつもニコニコと笑って
みんなに陽気にふるまっていた
ぼくが君と出合ったのは、いつだったのだろう
いつのまにかき身とぼくは仲の良い友になっていた
君はいつもたのしそうにおしゃべりをしてうたっけ
そして、かわいいえがおでぼくにせっしてくれた
君と語り合った日々をぼくはわすれない
きみはとってもあかるくて、そしてちょっぴりおてんばだった。
でもときどき君は何かを考えこむように、だまってうつむいてしまうことがあった
そんなときの君をみていると
君はほんとうは さみしがりやなのかななんて気がした
そして君はいつしか、ぼくのむねの中で大きくなっていった
君はぼくに愛について考えさせた。人生について考えさせた

君のえがおは ぼくの心をなごませてくれた
君のたのしそうなあかるい姿を
ちょっぴりおさないしぐさを みていると
ぼくの心は なんか あたたかく すがすがしい 気持ちになった
もしかしたら君は ようせい だったのかも・・・・

さようなら おじょうさん
君の名前は何っていったっけ
あれはもう遠い昔のこと
君はぼくに語りかけてくれた
それから君とぼくはよくお話をしたもんだ
いろんなことを2人で・・・・
君はとってもおしゃべりで、いつもニコニコ笑いながら話していたね
でもときどき君はだまって うつむいて何だか考え込むことがあったっけ
さみしがりやだったのかもね きみは
今思うとぼくは君に恋していたらしい
君のえがお、君のちょっぴりおさないしぐさ
君の陽気であかるくかわいらしい姿をみていると
ぼくの心はやすらぎ すがすがしい気持ちになった
君は愛について人生について ぼくの心に
新しい いぶきをふきこんでくれた
君にあってからぼくの考えも少しかわったようだ
とても短い日々だったけど ぼくは君に会えてしあわせだった
さようなら おじょうさん
すてきな人をみつけてしあわせになってください
そして、いつまでも そのすてきなえがおをわすれずに

君は、ぼくの初恋の人・・・・





posted by 清水の伏竜. at 02:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「人生」 1980.4.16より

人生

 ある日
 鸛が天を舞い
 産声が新世界の空間に響いた
 小舟は綱を解かれ
 川を下りはじめる

 サラサラサラ・・・・
 砂時計の砂は落ちつづけ
 やがて尽きようとした時
 黒衣をまとった鸛が
 地に舞い降りた
 最後の一粒が音もなく落ち
 小舟は霧海の中へ消えて行った・・・・
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とある中学生たちのノートから・・・(引用・紹介 1970年代より)

人間は自然を忘れていまった
 そして また 愛も・・・・

つかれた 何もかもすべてに
人類の一員として
私はなにをしてきたのだろう
そして これから
 何をするのだろうか・・・・

    〜 ある中学生のノートより H.M. 〜


詩 Y.M. 「忘れられたもの」

 ひとつ公園に
 残された 紙飛行機

 遠い空に
 だれが持っていたのか
 飛んでいった風船ひとつ
 もう点となってしか・・・・見えない。

 みんな 忘れられたもの
 ・・・・悲しきもの。

 この世の中に
 忘れられたものは、
 何と多いことだろう

 その悲しみの中に
 私も生きている
 考えるだけで 気が遠くなる



「ノートに書いた文字から」H.M.

  SO-LONG
  BE SEEING YOU ・・・・

  WILL YOU WISH
  I'll HAVE A PLESANT VOYAGE?

WILL YOU SEE OFF ME?

I WILL GO ON A JOURNEY TO HADES.

FOREWELL・・・・GOOD−BYE・・・
    FOREVER・・・
      FOREVER・・・

地球は、我々を育ていくつしみ またみつめてきた
ときには いくつかのしれんをなげかけて
人間の・・・またあらゆる生物の母として
しかし 今 人間は母なる地球を
きずつけ よごしてしまった
自然は苦しみの声をあげ・・・
地球はやんでしまった・・・
ゆえに母はその子に罪のつぐないを
させるであろう
人間は、まだ自分たちの罪のおもさに
気がついていない
また 母のいかりにも・・・
いつかきっと人々はそのいかりにふれ
その罪のおもさを知ることであろう
しかし その時はもう何もかも
ておくれになっているかもしれない
そう何もかもておくれに・・・・・・・・


posted by 清水の伏竜. at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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