『蝸牛角上の争い』
「荘子」より
つまらぬ争いなのしない方がよいという
意味の言葉だそうです。
中国の昔、魏の恵王が斉の国を攻めようと
したときに、戴晋人という人物が
恵王に対して言った例え話からきた言葉だそうです。
そのたとえ話とは、
「かたつむりの左の角の上にある触氏という国と
右の角の上にある蛮氏という国があって、
いつも領土争いをしていました。
ある時は、双方数万人の死者を出すほどでした。
地上の戦いもこれとどれほどの違いが
あるでしょう」
というものであったそうです。
ようは、より大きな視点、視野でみたならば、
領土争いで国と国とが地上で戦っていることに
どれほどの価値があるというのでしょう。
小さなことではないですか。
その戦いで、数多くの命が亡くなることの
愚かなこと。
そんな愚かなことをする必要などないでしょう。
といった意味だといえるようですね。
「人類は一家」という言葉がありましたが、
宇宙の広さからみれば、地上の狭いこと。
その狭い中で、領土を奪い合うことなど、
どれほどの意味があるのかといったところでしょう。
国は、何のためにあるのか、
領土拡張のため?、他国を支配するため?、
違いますよね。国民を幸福にするためでしょう。
それならば、争い事など、自ら進んで行うことほど
愚かなことはないといえるということですね。
posted by 清水の伏竜. at 18:09| 静岡

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