2009年07月10日

子や孫の時代のために

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『子や孫の時代のために
 国産のものを
 食べよう!』
   藤田和芳

 日本の食料自給率40%、
世界で餓死している人が大勢いる現実と
残飯として、大量に廃棄される食材を生み出す日本、
その中で、農薬や遺伝子組み替えにより、大量生産された
輸入品によって、蓄積されてきた毒素が
アレルギーやアトピー、そして遺伝子異常となって
日本人の肉体を蝕んでいます。
 グローバリズムの崩壊と失敗のつけを、
いつまで払い続けなければならないのか、
 安かろう危険かろう、
  安かろう不味かろう、
その事実から目をそむけても、現実はまっては
くれないでしょう。

 農薬の危険が、明らかになったのは、1970年代の
ことであったようです。既に、無農薬の野菜の美味しさが
はっきりとわかっていたようです。
無農薬野菜の生産は、かなり難しい状況にあったようです。
農家も、売り物にはならないので、自家用に無農薬野菜を
栽培する程度であったそうです。
それは、農業生産物の販路の問題であり、
農業政策の問題であったということのようです。
 無農薬の安全で美味しい野菜を、消費者に届けたい
そんなところから、はじまったのが、
藤田氏の取り組みであったそうです。

 コストも価値のひとつですが、安いから良いという
わけでもありません。安全、安心、そして、美味しい、
そこにこそ食の価値はあるはずでしょう。
 それを、受け入れる消費者と生産者を繋いで、
Win−Winの関係を築いてみんなハッピーという
ビジネスモデルを実践しているのが、

 大地を守る会
 http://www.daichi.or.jp/

であったりします。

NGO 大地を守る会 と
それを、ビジネスの面から支える
株式会社 大地を守る会
株式会社の形態をとったソーシャル企業です。

 地産地消の時代に向かって、時は流れていると
いえるでしょう。
消費者の意識変革が求められています。
何が、価値があるのか、何が幸せなのか、大量消費によって
コントロールされてきた価値観からの脱却の時代が
やってきているといえるでしょう。

 大地を守る会に、ちょっとお願いがあるとしたら
多様性への対応として、ベジタリアンへの配慮をもって欲しい
そんなところでしょうか。

多様な食文化・食習慣を有する客への対応マニュアル
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/sangyou/taiou_manual.html
「いのちの食べ方」
http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/
「食の未来」
http://syoku-no-mirai.net/
「おいしいコーヒーの真実」
http://www.uplink.co.jp/oishiicoffee/
「肉の消費減らせばCO2削減」 IPCC議長が提言
http://www.asahi.com:80/eco/TKY200809080055.html
「肉食をやめ菜食主義になれば、温室効果ガス排出量を大幅削減できる」
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2511945/3268781




 
posted by 清水の伏竜. at 02:02| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

慰められるより慰めることを

『慰められるより慰めることを
 理解されるより理解することを
 愛されるよりは愛することを』
   マザー・テレサ

 ひとは求めることの方が多いものです。
これがない、あれがない、これが欲しい、あれも欲しい
要求が絶え間なく出てきます。
 そして、ひとは、
さみしかったり、かなしかったり、
つらかったり、くるしかったり、
そんなとき、
慰められたいとおもい、
理解して欲しいとおもい、
愛されたいとおもうのでしょう。

 受け身に待つことは誰にでもできます。
そして、簡単で、楽なことであったりします。
そこに、癒しはあっても、
成長も、進歩もないような気がします。

 誰か、困った人がいたら、悩んでいる人がいたら、
慰めてあげて、理解してあげて、
愛してあげることの方が、
自分自身も成長し、進歩していけるのでは
ないでしょうか。

 そして、多様性をみとめ、相手をみとめ、
理解して、愛することができたなら、
そして、その見返りを求めずに、愛し続けられたなら
世界は、変わっていくことでしょう。
posted by 清水の伏竜. at 22:57| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

幸運を望む男よ、お前が三つしか事を為さないのに

『幸運を望む男よ、お前が三つしか事を為さないのに
 十の結果を望んでいる間は、幸運は来はしない。
 幸運を望む男よ、お前が二つ結果を得る為に、
 十の事を為したら必ず、幸運は来るぞ。』
    山本周五郎

 運も実力のうちといわれます。
まさに、運を呼び込むのには、自らが努力し
実行し、成し遂げていくことが必要という
ことになるのでしょう。
また、多くを幸運に望んでも、得られることなく
特に望むこともなく、自然体でいた方が
幸運が訪れるということであるようです。
 まさに、天命を待つというところでしょうか
まずは、自分の力で、出来ることを行っていく
あきらめずに、やり続けていると、
おもわぬ幸運が訪れたりするのでしょう。
 幸運とは、まさに、訪れるべき人のもとに
やってくるものだということに
なるのでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 06:47| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

過ぎ去ったものは既に無いものである。

『過ぎ去ったものは既に無いものである。
 未だ来ないものは未だ無いものである。
 で、あるものはただ現在だけだということになる。』
   唐木順三

 今を生きている。
過去も、未来も、無いものであり、
その無いものについて、どうこう悩むのも
おかしなことなのかもしれません。
過ぎ去った過去を、今と想像してみたとき
今の方が良いと思えるなら、意味あるのかもしれません。
まだ来ていない未来を、今と想像してみたとき、
喜びを感じられるのなら、意味あるのかもしれません。
今、この時に、リアリティのあるものは、
現在の状況であり、存在です。
過去は変えられない記録であり、
その記録を、今の状態を良く感じるように
利用することが大切になるのでしょう。
そして、未来は、まだ来てないものですが、
その未来をリアルに想像し、今だと思えたら
現在は過去になります。
そうすると、どのようなプロセスで、今に
いたるのかを考え描くことができます。
そのプロセスをたどることで、描いた未来は
実現するということになるのです。
夢は現実になる。夢は実現する。
それを、確実にするために、夢の実現したときの
状況をよりリアルにイメージして、
その状況が、今だったら、今の状況は過去のことに
なり、過去から今への流れをイメージしていくと
それは、夢へのステップとなり、
現実になるという確信を持てるようになる
そんなイメージトレーニングによって
夢を、より前向きに捉えていけるように
なるといわれてます。
過去、現在、未来。あるのは現在だけでも
すべては繋がっているものでもあるという
ことではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 08:06| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月06日

自由であるべき運命を負った人間は、

『自由であるべき運命を負った人間は、
 世界の重みをすべておのれの双肩にになっている。
 人間は、自分の存在のありようについて、
 世界および自分自身に対する
 責任を負っているのである。』
   サルトル

 自由を謳歌できるような状況におかれたら
その自由にみなう、世界への貢献が、
義務として与えられているのだということでしょう。
自分自身に対しての責任と
世界に対しての責任を、同時に与えられていると
いうことです。
責任を果たせなければ、ペナルティがあるかも
しれません。
何のために、何のおかげで、自由であるべき
生活が与えられたのかを
わすれてはならないということでしょう。
 人は、まず自分自身に対して、
責任を負っています。
それは、自分の人生を全うするという責任であり
自分の行動に対する結果についての責任であり
生きるということに対して得るものに関しての
責任であるといえるでしょう。
自分を信じられるかどうか
自分を愛する事が出来るかどうか
これによって、人生は大きく変化します。
成功者は、誰もが、自分を信じて、自分を愛して
歩んでいます。それがなければ、他人を信じることも
他人を愛することも出来ないからです。
 そして、社会や世界に対するときに、
社会や世界に対して、自由であることは、
同時に責任を持つと言うことでもあるわけです。
自由でないことは、責任も軽いといえるかもしれません。
どのような道を歩むのかを決めるのは
自分自身でしかありません。
他人によって決められたと思うのは、
自分を守るために自分の責任から逃げるために
自分に対してついている嘘だといえるでしょう。
選択するのも、決断するのも、行動するのも、
結局、自分が決めるしかないことであったりします。
もちろん、他人の助言や、周囲の環境などの自分以外の
情報を判断のために使うかもしれません。
でも、最後の最後に、決めるのは、自分自身でしか
ないのです。
 自分の弱さに嘆くのか、それとも前をみて
夢を追いかけていくのか、
それも、自分自身で決めることです。
結果は、自分自身に返ってきます。
どんなふうにかえってくるのかは、
本当に後悔しない判断や決断が出来たかどうかで
変わってくるのかもしれません。
posted by 清水の伏竜. at 17:54| 静岡 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

中傷誹謗というこの厚かましい物の怪は、

『中傷誹謗というこの厚かましい物の怪は、
 どんな高貴な人々の墓にもとりつくものなのだ。』
   ハイネ

 どんな偉人にたいしても、
いつの世にも、文句をいい、誹謗し、中傷する
そんな人がいるものです。
しかし、他人を誹謗し、中傷することで
得られるものなど、何もないといえるでしょう。
人の良いところ、素晴らしいところに
注目し、それを自分のものにしていくことこそ
意味のあることだといえるのではないでしょうか
posted by 清水の伏竜. at 22:06| 静岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

個人もしくは一国が貧しくなると、

『個人もしくは一国が貧しくなると、
 その友人たちは、助言者と、
 批判する者と、裁く者とに変貌する。』
   モーリアック

 子ども貧困国ニッポンといった記事が
雑誌に掲載されるような日本の今、
まさに、批判する者は多く、
裁く者もあり、そして助言者も増えているような
気がします。
 失業者も増加し、賃金は下降し、
ホームレスやネットカフェ難民といわれる人たちが
増えてきています。
 そんな日本ですが、それでも世界全体からみたら
富める国であり、幸せな国、恵まれた国で
あるのも事実であったりするのです。
 相対的な比較でみるのか、
絶対的な判断でみるのか、
そして、その基準となるものはなにか、
それが違うことで、いろんな意見が出てきます。
助言や、批判も、何をベースにしているのかで
まったく意味が違って聞こえるでしょうし
響くこともないということになってしまうでしょう。
 自己責任で解決するケースもあれば、
支援で解決するケースもあれば、
援助しなければ難しいといったケースもあり、
まさに、ひとつだけの方法では、解決することなど
あり得ないのが、現代社会の問題であり、
課題であるといえるのかもしれません。
 だとしたら、それぞれが、それぞれに出来ること
社会問題に対して、熱意をもって取り組めること
夢と希望を抱いて歩めることをしていけばよいと
いうことになるでしょう。
 そんなことしても・・・とか、
それだけでは・・・とか、
否定的な批評をするひとに対しては、正しくものが
見えていないのだと思って、聞き流せばよいのです。
視野が狭く、視点も固定している人には、
見えるものも僅かであり、理解できる範囲も少しなので
なかなか的確なことがいえないものですから・・・。
 ひとりひとりが、それぞれのビジョン、
夢、志に向かって、熱意をもって歩んでいったなら
社会は、変革していくことになるでしょう。
そうあって欲しいとおもいます。
posted by 清水の伏竜. at 02:37| 静岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

咲くも無心

『咲くも無心
 散るも無心
 花は嘆かず
 今を生きる』
  坂村真民

 人の生き様を、他の生き物の姿に喩えることが
よくあります。花に喩えて人の生きる姿勢を
示した言葉です。
 もちろん、花がものを考えないのはあたりまえだし
ただ生きているのもあたりまえです。
人は、いろんなことを考える力をもっています。
生き死にについても自由に出来る力をもっています。
それゆえに、守るべきことがあり
理性が与えられているともいえるでしょう。
 何かを成すときにも、失敗するときにも、
文句をいうことなく、次に向かって生き続ける
それが大切であるということでしょう。
 嘆くことは簡単です。悩むことも簡単です。
でも、それでは何もかわりません。
生きるということは、成長するということでもあります。
ときに無心となって、自らを省みることも必要でしょう。
そして、今を、どう生きるのか
それが、過去を活かすことにつながり
未来を築くことにつながっていくのだと
いうことなのではないでしょうか。
posted by 清水の伏竜. at 00:56| 静岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

あきらめなければ夢に近づく

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『あきらめなければ夢に近づく』
   村田早耶香

 学生時代に、出会った現実を前に、
何かをしなくてはという強い想いを抱き、
その想いに共感してくれる仲間と出会い、
児童買春の撲滅のために、
かものはしプロジェクトをはじめた女性は、
今、ここまで歩んでこれたのは、
あきらめなかったことだと、
教えて下さいました。
 自分にできること、自分がやりたいこと
自分の目指すもの、それがはっきりとしたなら
どんなことがあっても、諦めないで、
歩んでいくことで、道は自然と開けてくる
実体験からの言葉には、強い確信と重みが
あるものです。
 いろんな困難に出会い、
不安なときもあり、悩んだときもあっても
自分の夢、ビジョンへの想いに、変わることは
なかった、そして、あきらめずに、努力してきた
そして、今があり、これからも歩んでいける
そんなメッセージが込められています。

あきらめない、あきらめきれない
そんな夢、想い、ビジョンをもてたら
人は、幸せなのかもしれません。
そんな夢と出会うためには、
やはり、じっとしているだけではダメなようです。
多くの出会いや、見聞を広めることが
大切なのだといえるでしょう。

特定非営利活動法人かものはしプロジェクトHP
http://www.kamonohashi-project.net/ 
e-マガジン月刊「貯徳時代」2008年6月号
http://www.da-na.jp/download/200806/200806-02tokinodanna.pdf
上記内容の動画(youtubeより)
http://www.youtube.com/watch?v=jVyrZBYCnSo&feature=related
posted by 清水の伏竜. at 14:58| 静岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする